第一話 剣客宿
天下無双武術会本戦に出場する十六名は、芝増上寺で一回戦の組み合わせ抽選を済ませたのち、三々五々、それぞれの住まいにもどっていった。
大地の初戦の相手は剣客番付第三席の
身長は大地と変わらない。やや小柄で五尺(約150センチ)を超えるか超えないくらいだ。
江戸時代、男子の平均身長は五尺二寸程度(155センチ前後)なので、格段に低いというわけではない。
大地は羽州の田舎からでてきたので、江戸に住まいを持たない。そういった大地のような地方出身者には
その旅籠の屋号を「
「ちょいと邪魔するで」
声がしたかと思うと、いきなり障子が開いた。
眠りかけていたところを起こされ、大地が目をこすって
「なんだ、虎縞のあんちゃんだべか。なんのようだべ?」
巌流・佐々木小次郎の正統を名乗る
「いよいよ、明日やな。対策はできとるんか?」
身を乗り出し、瞳をキラキラと輝かせてきいてきた。
「いや、なんも」
再びごろりと横になって大地はいった。
「相手の一丸初のことはわかっとるんやろな」
「
「よっぽど腕に自信があるか、よっぽどのアホか、どっちかやな、あんた」
虎之介は感心したかのようにいうと、ずいと膝を詰めてきた。
「なあ、一丸がどないな剣、使いよるか知りたくないんか。物見のお代(情報料)として一両でどや?」
「カネなんかどこにもねえべ。この宿の宿賃すら払えるかわからんちゃ」
「勝てば、報奨金がもらえるがな」
天下無双武術会は公儀公認の賭け試合でもある。現代ふうにいえば配当に応じたファイトマネーが勝者に支払われるのだ。
「おい、あんた、聞いとんのか、おい!」
ぐごーっ、すぴーっ。
大地がいびきを立てはじめる。相手にするまでもないといわんばかりだ。
「勝ってにせい。負けても知らんで。
せやけど、これだけは教えたるわ。相手は“跳びの一丸”いうんや。
それだけは覚えとき!」
そういうと、虎之介は手荒に障子を締めて出ていった。
大地が薄目を開ける。
――“跳びの一丸”
どうやら相手も自分と同じ奇抜の剣を使うようだ。
天狗の師匠から教わった業が破れるとも思えぬが、勝負はなにが起こるかわからない。
大地の目的は武術会の優勝ではない。松浪剣之介に勝って、彼の口から若槻一馬に関する真実を聞き出すことなのだ。
それまでは負けられない。
師匠との約束を破ってまで大会にでた以上は、勝ち進んで松浪に辿り着かねば意味がないと、大地は思い定めているのであった。
第二話につづく
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