第7話 終章
――こうして、コラボ祭の開催前に起きた一連のテロ事件は、その前日の朝を迎えることなく終結した。
これにより、
小野寺一家、及び、龍堂寺
しかしそれは、小野寺家の敷地内にあるプレハブの再建費に、その全額が充てられる次第となった。
野外実験場として公的な認可を得ていなければ、家屋火災として警察や消防が処理してしまうところであった。
無論、『実験』である以上、火災保険は適用されないので、全焼したプレハブの再建や、屋内にあった調理機材の買いなおしは、全額自腹で賄わなければならなかった。
「…………………………………………………………………………………………………………」
焼け崩れるプレハブの光景を目の当たりした
その背後を、
まるでこの事を確信のごとく予期していたかのように。
いずれにしても、ローカルテロ組織の脅威におびえていた地元の住人が、小野寺家の敷地内で行われた『実験』に対して、関心や注意を払うことは、ついになかった。
いつものことだと言わんばかりの
すっかり慣らされている様子であった。
それに対して、
「……慣れてええんか? これ?」
テロよりも深刻な疑問を、深刻に
ただ、黒煙が上がるそれを、なんの予備知識もなく見かけた観光客に対しては、『地元の名物です』と、最後まで目を合わすことなく答えていた様子を、
それでも、
邪馬台国の女王、卑弥呼に願いを請う下僕たちのごとく。
無論、土下座で。
コラボ祭の開催が予定より一日遅れになった原因は、この説得にかなりの時間を使ったからである。
そして、この事実は観光客に対していっさい伝えてないので、コラボ祭の順延はテロ騒動の影響によるものだと、信じて疑わなかった。
「……テロよりも脅威だった……」
このセリフは、卑弥呼に擬した
卑弥呼に擬された
「――なんにしても、よかったですね、
「……うん……」
草履を履き終えた
「――どうしたのですか?」
それを見て取った
「……もし、七年前、僕が誘拐犯から逃げる時、
「――辛い想い出が長く続くことはなかった――と、思っているのですね」
「……うん……」
「――そうですね。たしかに、そうすれば、そんなことにはならかったでしょう」
「……………………」
「――でも同時に、
「――――――――」
「――いえ、もしかしたら、時間の問題だったかもしれません。いつか直面する事態であったかもしれませんし、直面しない可能性もあった。それを回避する手立てだってあったかもしれない。けど、仮にあったとしても、最後まで続けられるとは限りませんし、たとえ最後まで続けられたとしても、それが
「……と、父さん。そんなことを言ったら――」
「――ええ、
振り向いた息子と同じ糸目の眼差しで。
「――だから、やめましょう。仮定の話は」
「……………………」
「――いくらそれを重ねて思い悩んでも、過去は決して変えられないのですから」
「……………………」
「――だから、変えることができる未来を、これからも変え続けて行きましょう。過去を教訓にして」
「……うん。そうだね」
父親そっくりの穏やかな笑みで。
「――
――返した直後、玄関の引き戸が勢いよく開け放たれる。
嬉しくてたまらない声と同時に。
そこに現れたのは、
ツーサイドアップの髪型にあどけない顔立ちの幼馴染――鈴村
身にまとっている桜模様の白い浴衣がまぶしく映る。
コラボ祭で賑わう
真昼よりも明るく、活気的であった。
「――
「――行こっ!」
「――うんっ!」
「――ホンマ、良かったで」
それをサイドビューで眺めていた
「――ホント、そうよね」
隣に並んでいる
「――アタシも誘ったことを失念するほどに大変だったからね」
「――そうそう。せやから、今回は堪忍せい。代わりにワイがつきあったるさかい、一緒に行こうや、コラボ祭に」
「――うーん、そうねェ……」
「――なんで悩むねんっ?!
――まだ、残っていた。
小野寺家の門の前に。
むろん、
そこで立ちはだかるように佇んでいる一個の人影は、二人の幼馴染に対して向けらていた。
「……
息が止まる思いで地元の友達の前で立ち止まる。
とびっきりの笑顔が消失し、不安にとって代わる。
同時に立ち止まった
「――ずいぶんと嬉しそうな
「……………………」
「――そんな
「…………………………………………」
「…………………………………………」
両者の間に友好的とはいえない沈黙がわだかまる。
だが、長くは続かなかった。
「――小野寺」
「――はい」
「――なぜ、あの時、幼馴染よりも先にアタシを逃がしたの? そんなに大切な幼馴染なら、アタシよりも先に逃がすべきでしょ。必死な思いをしてまで助けに来たっていうのに」
「……………………」
「――どうしてなの? 教えて」
「……………………」
「――
「――っ!」
思わぬ返答に、
「――大切な友達を危地に残して、自分だけ先に安全な場所へ逃がされることを望むような
『……………………』
「――そんなことをすれば、それこそ、今度こそ、絶交されてしまいます。僕は、それが、イヤだった……」
『…………………………………………』
「……ただ、それだけの、ことです……」
だが、今度のそれは決して非友好的ではなかった。
『………………………………………………………………』
しかし、今度の沈黙は長かった。
永遠に続くのではないかと思えるほどに。
それは、
「――とりあえず、判断は保留、様子見、というところね」
両者のやり取りを見守っていた
「――よかったわね、
「……うん」
……けど、
「――さ、行ってらっしゃい。待ちに待っていた夏祭り。思いっきり楽しみなさい」
手を取り合って。
玄関で繋いでからずっと離さずに握っている手を。
コラボ祭が開催された地元の町中の賑わいが、二人の幼馴染を待っている。
「――行きましたね」
息子とその幼馴染の後姿を。
妻に告げたその言葉も、それに準じていた。
「――一時は――いえ、七年前の時から、一体どうなるのか、不安で仕方なかったけど、これでもう大丈夫ね、あなた」
「――そうですね」
夫は万感の想いを込めてうなずく。
「――ですが、訳ありな幼馴染になってしまいましたね」
「……そうね」
うなずいた妻の表情に翳りが差す。
「――なにも、そこまで
「……そうですね」
夫が口を閉ざすと、妻との間に、表現しがたい沈黙で覆われる。その間、
その後姿が消えても、いまだ続く沈黙。
「――
――を、
「してないからっ!」
さえぎるように
「――後悔、してないから……」
声を震わせて。
「……あなたと、結ばれたことを……」
おびえた表情で。
目は合わさず、うつむき加減になる。
幼児さながらの頼りないそれは、とても勇猛果敢な士族には見えなかった。
女性とはいえ。
「――わかっています」
妻の横顔を糸目で見ようとはせずに。
「――ただ、確認したかっただけです。人の心は、うつろうものですから。当人の意思に関係なく、どうしても」
「……そうね」
「――申し訳ありません。
夫の謝罪に、
「――気にしないで。確認したかったのは、わたしも同じだから」
夫の糸目に自分のツリ目を合わせて。
小野寺の姓を持つ夫妻は、しばらくの間、そのまま見つめ合う。
そして、以心伝心のごとく、同時に視線を戻す。
コラボ祭で賑わっている
いつの間にか取り合っていた小野寺夫妻の手に、包み込むような力がこもる。
離したくない一心が、それに集約する。
意識する必要も余地もない、自然を極めた自然さだった。
――完――
才能と志望が不一致な小野寺勇吾のしょーもない苦難5 -苦い過去を持つ小野寺勇吾と鈴村愛の絆- 赤城 努 @akagitsutomu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます