第6話 決着と結末。そして……
『ぐわァッ!?』
そのフラッシュに、久島
脳内が白色にくらみ、視界が不鮮明になる。
「……くっ、やってくれたぜ……」
よろめく身体を樹木に預けて、
「……まさか、これほどとは……」
「――
「――わかった。タンクに残っている精神エネルギーのすべてを使って、この場から離脱する」
したがう旨を伝える。
そして、エスパーダに手を置き、
「――どうした?」
それっきり動かない
「……
「なんだどっ?!」
今度は驚きの声を上げる
「――そらそうやろ」
――に、第三者の声が投げかけられた。
「――たったいま停止させたんやから。おまいのアスネ利用を、アス管が」
それも関西弁で。
『――っ?!』
二人は驚いた表情で同時に振り向き、特徴のある方言で告げた当人の姿を認める。
『――お前は――』
声をハモらせて。
「――久しぶりやな、二人とも――」
関西弁の少年は非友好的な笑みと口ぶりで対峙した両者に言い放つ。無論、両者は忘れてなどいない。それぞれが起こした事件に、超常特区の警官として深く関わっていたのだから。
龍堂寺
「――そして、今度も逃がさへんで」
小野寺流総合武術道場の道着をまとった少年は、帯に差していた
「――どういうことだっ!? アス管がオレのアスネ利用を停止させたっていうのはっ!?」
km《キロ》単位の長距離
そして、それを教えてやる義理もないことも。
だから山奥からでも町中にいきなり
しかし、アスネを利用しているがゆえに、アス管に探知されてしまったのである。
いくらテロ組織が、自分たちがバラ撒いたテロ組織に関する情報発信源の特定を、複数の
ましてや、その範囲を、八子町の山林に限定して探索すれば、
せめて
あとは、その位置の捕捉に成功した旨の連絡と情報を、依頼したアス管から受け取り次第、行動を開始するだけとなったが、その前に思わぬ事態が発生した。
それが、テロ組織による鈴村
この事態の対処と対応を優先すべく、小野寺一家と
これを機に、テロ組織を壊滅させるという、
四人の男女で構成された自警団は、満場一致で賛同すると、道なき山奥の最中で二手に別れた。
小野寺夫妻と
むろん、これらを駆使されたことで、自分たちテロ組織の現在位置と行動が筒抜けになった事実を、
「――そういや、おまいらにはそれぞれ借りがあったな」
思えば、記憶操作事件の時から、色んな相手から借りをつくりまくっていた。
目の前のオトコたちに加えて、あの二人のオンナたちも。
オンナたちの方は借りが膨らんだり、微妙な返し方に釈然としなかったりと、どちらにしても、完済には遠く及ばない。しかし、期せずして再会を果たしたこの二人のオトコたちに対しては、せめてきっちりと完済して、少しでもすっきりしたかった。幸い
――ので、
「――なら、返してもらうで。この場で、耳を揃えて」
二人に要求する
むろん、強気の表情口調で。
「……くっ……」
「……どうする? こんなヤツに構わず、ほっといて逃げるか?」
隣にいる
「……いや、倒そう」
しかし、
「――わかった。アイツ一人なら、簡単だからな」
そう言ってうなずいた
「……………………?」
「――っ!」
二舜後に気づいた時には、
むろん、『瞬歩』でもなければ『瞬間移動』でもない。
どちらも、移動する先との間に、壁のような物理的障害物があると、移動はできない仕様である。
となると、考えらえるのはひとつしかなかった。
着地点の確認は、
アス管にアスネの利用を封じられても、
しかも
そして、
事実、その通りであった。
即死が確実な地中への強制
「つアぁッ?!」
――なかったっ!
痛そうな声とともに。
それにより、ガラ空きとなった
背骨が折れたのではないかと思えるほどの角度で。
そして、そのままの勢いで振り抜き、
「なァっ?!」
「――残念やったな」
「……いったい、なにが……」
「――あったんやろなァ」
観静
この前のバッチ盗難事件を教訓に、対
名称通りに受け取ると、静電気を作り出す装置だと思いがちだが、厳密に言えば、静電気のような現象を、
まさしく、静電気さながらな現象で。
ただし、まだ試作段階のため、完成品が四つしかなかった上に使い捨ての仕様である。つまり、一度しくじったらそこまでであった。
――なので、
(~~よかったァ~ッ! うまくいってェ~~)
勝ち誇った表情の裏では、安堵のため息を極限の大きさでつく
いずれにせよ、ローカルテロ組織と戦うにあたって、一番やっかいで要注意な相手を倒したことで、戦局は一気にかたむいた。
自警団有利で。
「――さァ、どないする」
そう言って
「……くっ……」
「~~であああアアアアァッ!!」
逃走は目の前の相手を倒してからと、
それに対して、
両者の刀身が激突し、青白色の火花が散る。
しばらくの間、
二合、三合、四合と。
それは十合に達しても変わることなく続いていた。
両者の技量は完全に互角であった。
ともに戦闘と氣功術のギアプを使用している。
素の地力差も、それによって補正されているので、このまま続ければ長期戦と消耗戦は確実である。
その末に勝てたとしても、消耗しきった体力では、逃走もおぼつかない。
どうにかこの状況を打開しないと。
それも早期に。
そんな時であった。
そのあと、
だが、その直前、
戦闘と氣功術のギアプが
「――惜しかったな」
「――
そして間を置かずに言い放つと、
「――そんでもって、その手をそっくりそのままおまいに返したるっ!」
相手の同じ意図で。
だが、
「――アれッ?!」
そこに装着してあるはずのエスパーダの。
(――まさか左か――)
――と思って
「――ンなアホなァッ?!」
なのに、
「――どういうこっちゃァッ!?」
論理的な解答が導き出せず、
「――残念だったな。当てがあはずれて」
今度は
想定外の事態に動揺して。
直後に、
「――さァ、どうする」
「――へっ、なにを
しかし、
「――どないな方法でエスパーダを装着しておるんか知らんが、ワイのやることに変わりはあらへん。おまいを倒すっちゅうことに」
自分が置かれた状態や状況を認識していないのかと疑うほどに。
「――せやから、かかって
あまつさえ、挑発までする有様である。
「――ふん。いいだろう」
それを認識していた
「――それじゃ、ぶざまに倒されなァッ! あの時のようにっ!」
しかし、脚まで上げなかったので、顔から前のめりに倒れ込む。
それこそ、ぶざまに。
「――がっ! かはっ……」
「……なっ、なんだっ?!」
「……どうやらわからへんようやな」
その様子を冷ややかに眺めやっていた
「――
繰り言をつけ加えて。
氣功術を使えなくする『封氣功』を。
その結果、氣功術にって底上げされていた
推奨
言ってしまえば、F1レーサーがその感覚で軽自動車を運転するそれに等しかった。
それでは、F1レースカーから軽自動車に
それなら、ペーパードライバーの方がまだマシ――どころか、最適である。
それに気づいた
今の
「――ほな、ネンネしな」
そう言って青白色の刀身を
「ぐこぉっ!!」
顔面から、ふたたび。
「――よっしゃ。これでオトコどもに借りていた借りは返したぜ」
「――あとは、こいつらを地元の警察にしょっぴくだけや」
そして、満足げに独語すると、気絶している
――その直後だった。
(――
切羽詰まった声が勲の脳内に轟きわたったのは。
(――な、なんや、
(――
――と、伝えたところで、
「――オイ、
「――そこへ来てくれっちゅうことやな。急いで――」
「――なにがおうたかわからへんが、とりあえず、わかったで。今から向かうさかい、待っとれやっ!」
そして、この場から走り去っていった。
気絶している二人を残して。
(……終わった……)
それを最後に、小野寺
身体活動も。
樹木の根本でうずくまったまま、身動きひとつしない。
生命活動すら感じさせぬそれは、はるか昔にそこで息絶えた死骸にしか見えなかった。
追手を振り切り、疲労困憊だった身体や、荒かった呼吸も、正常に戻ったにも関わらず。
それもそのはずである。
絶対に繰り返してはいけなかったあやまちを、繰り返してしまっては……。
もはや、どうしようもなかった。
だから終わったのである。
今度こそ。
例えそれが、
「――
今回は。
それだけが唯一の救いであった。
「…………………………………………………………………………………………………………」
だからといって、合わせる顔がないことに変わりはなかった。
逃げた事実に変わりもないのだから。
どちらも無事に逃げおおせられたのは、結果論以外の何物でもない。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
立ち向かうべきであった。
闘うべきであった。
抵抗すべきであった。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
負けるとわかっていても。
負けることになっても。
負けるしかなくても。
絶対に、そうすべきだった。
勇気を振り絞ってでもっ!
なのに――
「…………………………………………………………………………………………………………」
……非情で残酷な現実と真実に、
「…………………………………………………………………………………………………………」
そして、その両者を擬人化した幼馴染が、自分のそばにいる。
「…………………………………………………………………………………………………………」
正面から自分を見つめる
だが、その顔を直視するのは、それ以上に恐かった。
しかし、瞼で視覚を遮断できても、聴覚までは遮断できない。
当人に意識がある限り、絶対に不可避であった。
だからといって、両手で両耳を塞ぐなど言語道断である。
それは、処刑台を前にして悪あがきする死刑囚に等しかった。
そんな権利など、同じあやまちを繰り返した時点で、すでに失っている。
失ってないのは、置いて逃げられた幼馴染からなにを言われても、ただただ聞く権利だけ……
――否、義務である。
それが、幼馴染との、最後のやり取り……。
死刑の宣告と執行を兼ねた、並列実施――
「――どうしたの?
――にしては、内容がおかしいと感じ始めた
「……………………?」
クエスチョンマークが記された浮袋に引っ張られて。
そして、意識を鮮明化させると、あれほど恐がっていた幼馴染の顔を、恐れどころか、意外さを禁じえない糸目で見やる。
その瞳に映ったのは、不安と心配ではちきれそうな表情で見つめる幼馴染の顔であった。
雪女も凍てつく絶対零度以下の表情ではない。
しかし、その表情も、
「――よかったァ。大丈夫みたいね。その様子じゃ。安心したわ」
「……
だが、笑いかけられた方は、戸惑うしかない。
「……怒って、ないの?」
ゆえに、問わずにはいられなかった。
「……どうして?」
しかし、問われた方も、同様の
「……だ、だって、ボク、また、逃げて……」
「――良かったわよ。それで」
「?!」
予想だにしない幼馴染の返答に、
「――だって、どう考えても、闘える状態じゃなかったじゃない。
「……………………」
「――なのに、そんな状態で闘っても、負けてしまうのが目に見えているわ。それは
「……………………」
「――アタシにとって、むしろそっちの方が、よっぽど良くないわ。アタシが闘っても、勝てないから。悔しいけど」
「……………………」
「――だから逃げたんでしょ。アタシのために、一生懸命」
「――っ!」
「――本当なら、相手と闘ってアタシに勇気を示したかったはずなのに、それも懸命に
「~~~~~~~~っ!」
「――
「持てるわけないだろォッ!!」
幼馴染の落ち着いた語りをさえぎって。
それも、
「なに言ってるの、
そして、むき出しの激情に身も心もをゆだねる。
決壊したダムの洪水のごとく、内面に蓄積していた感情が、幼馴染に対してなだれ込む。
「――ちょ、ちょっと、
だからそれに呑み込まれた幼馴染の声も耳に届かなかった。
「――第一、ボクはそこまで考えて逃走を選択したんじゃないっ! 須賀に追い詰められたあの時は無我夢中だったっ! 何も考えられなくなったっ! 七年前と同じくっ! その証拠に、ボクのエスパーダには、その時の思考
「……………………」
「……もう、決定的だよ。だから、やめてくれ。ボクを、持ち上げるのは……」
そして、激情の奔流はそこで収まる。
深くうなだれる形で。
『……………………』
両者の間に沈黙の架け橋が渡されるが、その上に言葉を乗せて行き
「……
「……………………」
「……もしかして、気づいてないの?」
予想だにしない
「……え?」
としか喩えようのない声と表情で。
それを見て、
「……それじゃ、この手はなに?」
自分の右手首を幼馴染に見せて問いかける。
掴まれた状態の右手首を。
「……………………?」
幼馴染の右手首を掴んだその手を。
そして、それに続く腕を視線でなぞり、その手の所有者にたどり着く。
――それは、小野寺
まぎれもなく。
「……………………」
信じられないと言わんばかりに。
「――自分でも気づいてなかったのね」
「――
「……………………」
「――そして、そのまま一目散に走って逃げた」
「…………………………………………」
「――アタシも一緒に連れて」
「………………………………………………………………」
「――アタシの手を引っ張って」
「……………………………………………………………………………………」
「――そして、逃げ切った今でも、こうして離さないでいる」
「…………………………………………………………………………………………………………」
「……本当に無我夢中だったのね。アタシに言われるまで、全然気づかないなんて……」
いま言った
だが、それとは裏腹に、表情は嬉しさに充満していた。
双瞳にいたっては涙で潤んでいる。
「……これでも、七年前と同じって言うの?」
「…………………………………………………………………………………………………………」
「……確かに、行為的には同じだったから、
「――だから、見限ったりなんか、しないわ。決して」
慈愛に満ちた声と瞳で。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
その途端だった。
「――
そのまま地面に倒れ込む寸前、
一瞬、恐怖の刃が
幼馴染の安らからな寝顔を見て。
極限まで張りつめていた緊張の糸が切れて。
ブラックホールよりも凄まじかった絶望の重圧から解放されて。
心身ともに疲労の極みに達していた彼が、全身の力と意識を留めておけるわけがなかった。
――なのに、
否、離さない。
意識や全身の力が失っても、それだけは失わなかった。
離したくないという想いが。
その想いに、どれだけのものが込められているか。
「……本当、良かったわ……」
「……見限らずに、そばに居続けていてくれて……」
それも、か細い声で。
「……本当、に、良かっ、た……」
潤んでいた
頬を伝ったそれは、水滴となって幼馴染の頬に落ちる。
幼馴染の身体を。
月明りだった頭上の陽月に日の光が
夜明けを知らせる朝日となって、暗闇に閉ざされていた地上に降りそそぐ。
垂直に立つそれは、神殿の柱さながらであった。
その一筋が、二人の姿を明るく照らす。
寄り添ったまま寝息を立てている二人の幼馴染を。
穏やかな寝顔が、そのすべてだった。
「――どうやら無事だったみたいね。二人とも」
そんな
「――色々な意味で」
意味ありげな口調でつけ加えて。
無事な二人を発見した時は声を上げて駆けつけようとしたのだが、余人が入る余地のない雰囲気を察して、何も言わずにその場で踏みとどまったのだ。
むろん、周囲の警戒を怠らずに。
そして、ようやく余人が入る余地のある雰囲気に変わったのだが、それでも入らなかった。
「……………………」
胸中に表現しがたい想いが募って。
「――おお、
――いたところへ、
「――いったいなにがおうたんやっ!」
空気を読まずに、ずげずげと。
「……なによ、いったい……」
豪快に水を差された
「――なにって、おまいがテレ通で
尋ねられた方は、必死の形相で答えているうちに、その両者の姿を横目で視認すると、
「――無事やないかっ!」
大声でセルフツッコミする。
「――なに言ってるのよ。アタシ、この森に入ってから一度もアンタにテレ通なんかしてないわよ」
素っ気ない
「――はァ? なんやそれ。おまいじゃないっちゅうんなら、いったいだれがワイに――」
――と、問いただしかけて、
「――しもたっ! 引っかかってもうたっ!」
事に気づき、慌てて引き返す。
しかし、時すでに遅かった。
そこには、倒れていたはずの久島
「……やられた……」
「……引っかかってもうた。ニセのテレ通に……」
無念と悔しさで歯ぎしりしながら。
「――はァ~い。テスト終了ぉ~っ!」
「終了ォーッ!」
双子の女子は声高に宣告する。
地面にうつ伏せている二人の男子に、元気よく。
ドリルとロールのツインテールが、バネのように伸び縮みする。
「……ここは?」
その一人――久川
意識と焦点が定まってないので、ここが
それは隣に倒れている久島
目が覚めた後も、状況を掴めないでいる。
「――あ、気がついた」
「気がついたね」
そして、二人の男子も気がつく。
双子の女子の存在を。
「――ってことは、聞いてないわね」
「ないわね。きっと」
双子の女子はうなずき合う。
鏡合わせのように、息がピッタリである。
「――それじゃ、もう一度」
「もう一度」
そして二人の男子を見下ろすと、
「――テスト終了ぉ~っ!」
「終了ォーッ!」
双子の女子は宣言する。
同じ声量と
「――えっ?! 終了っ!? 加入テストがっ!? これでっ!?」
立ち上がった
モヤがかかっていた意識も瞬時に
「――ま、待ってくれ。たしかに、手下は全滅しちまったけど、まだ終わってない」
「――そ、そうだぜ。コラボ祭まであと一日残っている。それまでには必ず――」
「――もういいよ。なんか飽きて来たから」
「来たから」
あえなく
「――だから、合格でいいよ」
「いいよ。合格で」
――必要のない双子の女子からの結果通達に、
『――――――――へ?』
「――よかったね。合格して」
「合格して」
双子の女子はそろって満面の笑顔で言う。
「……え、いや、その……」
「……あの、どうして……」
予想外の結果と意表を突かれた通達の仕方に、二人の男子は困惑に困惑を重ねる。
「――実を言うとね、この加入テストは、最初っから合格にするつもりで出したの」
「出したの」
『――――――――はあァッ!?』
今度は驚愕を二人の男子はそれに重ねる。
「――楽しみたくなったのよ。あなたたちの犯罪活動を」
「犯罪活動を」
「――でも満足したから、ここで切り上げることにしたの」
「したの」
双子の女子は今でも楽しんでいる。加入テストを課した
それも、無意識で。
それを察した
「……じゃ、オレたちが……」
「……これまでやって来たことって……」
引き続き楽しませることになっても、たださずにはいられなかった。
それに対して、双子の女子は、とびっきりの笑顔で、
『――うんっ! 単なる娯楽提供っ!』
声をそろえて答えた。
『……………………』
二人の男子はそろって沈黙する。予想していたとはいえ、取れる
「――でも、お笑い芸人よりも面白かったわよ。だから合格にしたの」
「したの」
『……………………』
その理由を伝えられても、
「――だから、おめでとう」
「良かったね。念願が叶って」
ましてや、双子の女子から祝いとねぎらいの言葉をかけられては、なおさらだった。
目的や経緯がなんであれ、加入テストに合格した事実と現実に変わりはないので。
「……そ、それじゃ――」
「――オレたち、ついに……」
「――うん。二人ともアタシたち『ナンバーズ』に入れてあげる」
「わけないでしょうがっ!」
このセリフは、追従のようにつけ加える双子の片割れが発したそれではなかった。
その方角が両者の真横では。
加えて、男性の声である。
朝の木洩れ日差しと木々を縫って、その人物は両者に対して姿を見せた。
きっちり着込んだ紺色のスーツ、六四分けで整えた癖のない髪型、真面目だが不機嫌そうな顔つき、そして、険しさを極めた目つきは、いかにも神経質でうるさそうな雰囲気を、固体として
「――なに勝手に部外者たちを加入させようとしているんですか。こちらの相談や承認も得ずに」
両者の間に直立不動で立ち止まった神経質な男子は、同年代の双子の女子に、険しさにふさわしい眼光を向けると、これも険しさにふさわしい口調で苦情を述べる。
「――しかもその部外者の一人が、あの
「――いいじゃいのよ、別に」
「別に」
双子の女子はたちどころに笑顔から不満顔へと変貌する。
むろん、口調も。
「――そちらはよくても、こちらはよくありません。なので、この件は『別』にせず、なかったことにします。例外の黙認は
双子の女子と向き合った生真面目な男子は、表情と口調をさらに険しくさせて釘を刺す。
根本まで深く食い込むほどの打撃力で。
それだけに、反発も大きかった。
「――どうしてアタシたちだけよくないのよっ! 他のみんなはよくてっ! アタシたちも、他のみんなのように、趣味でやっているだけなのにっ!」
「だけなのにっ!」
「――不公平よ。不公平っ!」
「不公平よっ! アタシたちだけっ!」
双子の女子は激しく言い立てるが、
「当然です。犯罪や国家がらみの趣味は例外として公認されているのですからね。これは
生真面目な男子は微塵も動じずに反論する。
「――悪いのは、それを失念したまま実施に移したあなたたちでしょう。なのにわたしを責めるのはお門違いというものです」
正論としかいいようのない正論も持ち出して。
「~~むぅぅぅん~~」
「~~ムゥゥゥン~~」
双子の女子は不満顔をさらに募らせるが、どう見ても拗ねた子供のようにしか、
『~~~~~~~~』
『ナンバーズ』の仲間たちは険悪な雰囲気に沈黙をまとってにらみ合う。
「……はァ……」
生真面目な男子がため息をつくまで。
かなりの時間を費やしたが、明らかに根負けで折れたため息であった。
「……どうして部外者を加入させたくなったのですか? 今までそんなこと一度もなかったのに」
「……育ててみたくなったんだもん。犯罪者を」
「……あと犯罪組織も」
双子の女子がそれぞれ言った理由に、生真面目な男子は深く肩を落とす。
「……そんな家庭菜園みたいな動機と感覚で実施しないでください。あの
「――だったらアタシたちの頼みを聞いてよ」
「聞いてよ。少しでもいいから」
「――なるほど、そういうことですか」
生真面目な男子は得心する。
「――おおかた、仲間内での賭けに負けが込み、その結果、事実上のパシリとなった自分たちの身代わりを見繕う目的で、新メンバーを加えようとした――といったところですか。新たに持った趣味の実践も兼ねて」
『ヴッ?!』
双子の女子は揃ってうめき声を漏らす。図星のど真ん中を正確に突かれて。
「――確かに、その供給源が、裏社会にしか存在しないのでは、選択の余地がないのはわかります。けど、やはりわたしたちに無断で実施したのは、同情の余地はありませんね」
一定の理解は示したものの、結局はそのように結論づける生真面目な男子。
『~~~~~~~~』
――の優越感に満ちた態度に、双子の女子は反感を覚え、無言で生真面目な男子をにらむ。
眼光をさらに強めて。
それを感じ取った生真面目な男子は、ふたたびため息をつく。
「……そんなに悔しいのですか。全員が参加したこの前の賭けに負けたことが」
「――だってアンタの一人勝ちだったじゃないっ!」
「じゃないっ!」
「当然の結果です。わたしは真面目に賭けに参加し、真剣に取り組みました。遊びで参加したあなたたちに負けるわけがありません。不真面目な人間がたどるべくしてたどった末路です。逆の結果なんてあってはならないことですし、あってはたまりませんからね」
『……………………』
静観を続けている
『~~~~~~~~』
双子の女子は相変わらず生真面目な男子をにらみ続けている。無言も続けているのは、反論の余地がまったくないからである。だからといって、それで気が収まるような、双子の女子ではないことに、生真面目な男子はようやく思いつく。彼もまた失念しかけていたのだ。
「……わかりました。そこまでパシリが欲しいというのなら、今回は特別に認めてあげましょう……」
『やったァッ!!』
双子の女子は喜色満面の笑みを合わせて、喜びの声と、これも合わせた両の手を、それぞれ上げる。
現金なまでに。
「――た・だ・し!」
だが、生真面目な男子は逆接の接続詞でそれに水を差す。
喜ぶのはまだ早いと言わんばかりの強い口調に、双子の女子から笑顔が一瞬で消失する。
「――条件をつけさせてもらいます」
そして、澄ました表情と口調で生真面目な男子が言うと、スーツの内ポケットから紙とペンを取り出して書き込む。そして、ほどなく書き終えると、背後で静観していた
「――これがその内容です」
『……………………』
「……あの……」
「……これ……」
なにかを言いたげに。
「――なんですか。なにか不服があるのですか。わたしが提示した条件に」
生真面目な男子は眉をひそめて詰問調でただす
「……いえ、そうでは、なくて……」
「……その、なんていうか……」
「――あるなら言いなさい。さっさと」
生真面目な男子に苛立ち口調で促されて、
「……全然、読めません……」
「……字が、汚くて……」
「……………………」
生真面目な男子は沈黙する。
反論の余地のない答えに。
「――相変わらずへたっぴね」
「へたっぴね」
双子の女子が、二人の男子の左右から、生真面目な男子が突きつけた紙面をのぞき見る。
「――ここまで酷いと暗号ね」
「暗号ね」
「――それも、解読が不可能なほどの」
「一週目時代の古代文字の方がまだ読めるね」
さきほどまでの意趣返しといわんばかりに、嘲りの笑みで酷評する。
『~~~~~~~~』
今度は生真面目な男子が双子の女子の優越感に反感を覚える番となった。むろん、これも反論の余地はないので、不機嫌に沈黙するしかなく、それだけに内攻する。
「……あ、あの、思考
「……………………」
生真面目な男子はまだ不機嫌な沈黙を続けるが、なんとか気を落ち着かせると、おもむろに右腕を上げて自分のエスパーダに触れる。そして、無言のまま自身が書いた紙の内容を思考
(――ホッ――)
無事にテレメールを受信した
その条件は――
一、正式メンバーではなく、準々メンバーとして待遇する。
二、『ナンバーズ』の名の使用の禁止。使用にはリーダーとメンバー全員の許諾が必須。
三、指示と命令の受諾は双子の女子限定。要望も同様。
四、指示や命令のない待機中の行動は自身が責任を負う。『ナンバーズ』はいっさい関知しない。
五、給与は無し。収入は自身で取得。
六、契約の更新は一ヶ月置き。その時期以外での条件の見直しや変更は受けつけない。
七、……
八、…………
九、………………
一○、……………………
一一、…………………………
一二、………………………………
一三、……………………………………
一四、…………………………………………
一五、………………………………………………
………………………………………………………………
……………………………………………………………………
…………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
……といった具合の細かすぎる内容がどこまでも続いているので、
「…………………………………………………………………………………………………………」
……ただただ辟易するしかなかった。
なにがなんでも加入を断念させるために提示した、無茶振り極まりない条件であった。
ただ、最後の条項――
九十九、あとは双子の女子次第。
「……………………?」
――に、首をかしげる。
「……あの、この最後のは……」
「――ああ、それですか」
「――わかりやすく言えば、この双子が法律ということです。条件つきのね」
「……………………?」
「――つまり、わたしが提示したこれらの条項のひとつでも破ったり違反したりしたら、即座に除名追放処分にします。この双子がいくら手放したくなくてもね」
『ええェーッ! そんなァーッ!』
双子の女子が不満の声を揃えて上げるが、真面目な男子は無視して続ける。
「――逆に、九十八までの条項をひとつ残らず守っても、この双子が除名追放処分を決めたら、逆らえないということです。双子以外のメンバーやリーダーの意思に関係なく」
「…………………………………………」
「――わたしとしては、妥当な条件と待遇を提示したつもりですよ。これまでの経緯や事情を勘案して」
「~~~~~~~~どこが?」
~~と、吐き出したい凄まじき衝動に、
「――イヤなら別に構いませんよ。むしろそうして欲しくて提示した条件ですから」
生真面目な男子は本心を包み隠さず堂々とぶっちゃける。
「……………………………………………………………………………………」
「――なァ、ホントなのか?」
それをよそに生真面目な男子を問いただしたのは、これまで沈黙していた
今にも噴火しかねない衝動を懸命に抑えていたので、
「――ホント、とは?」
「――一国を滅ぼしたっていう噂だよ。
「一国を滅ぼしたっ?!」
生真面目な男子は思わずオウム返しで問い返す
意外さを隠せない表情で。
当人にとっては不覚な
「……なるほど、そんな噂が流れているのですか」
――と、思いつつも、気を取り直して応じなおす。
「――裏社会ではな」
「――で、どうなんだよ?」
「――しょせんは噂ですね。間違いなく」
肩をすくめて答える。
「――ええェッ?! そうなのかよォ……」
「――残念でしたね。正しい噂でなくて。そもそも、噂が正しかったことなんて、宝くじの一等前後賞よりも確率的にありえないのに、認識が甘すぎですね」
「……………………」
「――その様子では、気が変わったようですね。どちらとも」
「……………………」
「――それでは、この件は――」
「――いいぜ、その条件で」
受諾の意思を。
「――えっ!? オイ、お前――」
そこまで言える雰囲気ではなかったので。
「――おや、それでも『ナンバーズ』に加入したいのですか。過酷な条件なのに」
生真面目な男子は当てた外れたような表情で加入希望者の意思を確認する。
「――ああ、構わない」
意を決した
「……ま、仕方ありませんか」
長くは続かなかった。
「――こちらの条件を呑んだ以上、提示したこちらの手前、文句は言えませんからね」
「――よしっ!」
「――では、条項にあった通り、双子の命令や指示があるまで、自由に行動してください。自己責任で。逆に要望がある場合は必ず双子を通すこと。そして、命令や指示が来たら、待機中に取っていた行動は全面中断して即座に従うこと。最初の条項に記してあった通り、あなたたちの待遇は準々メンバー。正式メンバーである我々と違い、『ナンバーズ』内では下っ端の下っ端です。上位の正式メンバーに逆らえる立場ではありませんので、そのことをよく肝に銘じておきなさい。見聞
「――わかった」
「――よろしい。で、そっちの方は?」
――どうするか迷っていた
「……わかった。アンタたちの傘下に入るよ。下っ端として」
結局、同意する。
「――よろしい。では、あなたたち二人を『ナンバーズ』に加えることを、ここに認めます。リーダーとメンバーの総意として」
生真面目な男子はそっけなく、だが明確に宣言する。
「――ですか、そういう事情なので、歓迎や歓迎会はしませんよ。どうしてもしたいというのなら、この双子とで行ってください。わたしはお断りします」
「――だって。どうする。二人とも」
「二人とも」
双子の女子が
「……いえ、いいです。メンバーの全員が歓迎されてない中での歓迎会は、楽しめそうにありませんので……」
「――こっちも構わない」
「――そう。じゃ、アタシたちの命令や指示があるまで、自由にしてていいよ」
「いいよ」
双子の女子の指示に、二人の男子は従った。
「……そ、それじゃ……」
無言のまま歩き去っていく
「――オイ、いいのか、
「――なに言ってんだよ。それを勧めたのはお前だろ」
「……た、たしかにそうだけど、まさかこれほどツッコミどころが満載な
「……………………」
「……それに、一国を滅ぼしたという噂もデマだったし、結局、噂ほどの
「――なくても構わない」
「――この前も言ったが、しょせん、オレたちは行く当ても帰る場所のない根無し草の
「……………………」
「……それに、裏社会で生きるのに身分なんて関係ない。あるのは実力だけ。そう。実力こそがすべて。身分がすべての表社会と大違いなこの世界が、オレは気に入ったんだ。そこで面白おかしく生きられるなら、なりふりなんて構ってられるか。今回の件を通して、それがはっきりとわかった」
「……………………」
「――お前はどうする? オレの決断に引っ張られる形で、なし崩し的に入ったようだが、もし後悔して――」
「ねぇよ」
相手の問いを中断させた
「――今のお前のセリフを聞いて、こっちもやっと腹がくくれたぜ」
それも悪相の。
「――やっぱオレが見込んだ
「――ってことは、ついて行くんだな。これまで通り」
「――ああ、お前にな」
「――それじゃ、改めて」
そして、前置きと同時に立ち止まる。
「……?」
つられて立ち止まった
向かい合った
「――ようこそ、裏社会へ。アイツらと違って、歓迎するぜ」
「――ふう。やれやれ……」
生真面目な男子は一息をつく。
そして、準々メンバーとして加入を認めた二人の後ろ姿が、森の奥へと消えると、
(――これでどうですか――)
(――うん。いいよ、それで――)
これまでのやり取りを
(――本当によかったのですか。あの二人を我々『ナンバーズ』に加入させて。この前みたいなことにならなければいいのですが――)
(――その辺りはお前がしっかりと対策や対処をすると思ってね。だから黙認と一任した――)
(……理由がそれですか。やはり……)
生真面目な男子は苦々しくつぶやく。
(――仕方がありません。『ナンバーズ《われわれ》』がどう思おうが、
(……それを押しつけられたこちらとしては、この前の賭けに一人勝ちしたわたしへの意趣返しとしか思えないのですがね……)
生真面目な男子にとってはただの詭弁にしか聴こえなかった。
「――それしても、ひどい噂だったよね」
「だよね」
双子の女子が、声帯で
「――一国を滅ぼしたなんて、いったいどうしたらそんな噂になるのかしら」
「かしらね」
「――ホントは一国じゃなくて三国なのに」
「それも全部まとめてね」
「……ホント、あの時は面倒で大変でしたよ」
生真面目な男子は声に出してしみじみと述懐する。
「――だから国家や犯罪がらみの物事からは遠ざけたかったのに……」
そして願望も述べるが、
(――先方が近寄って来るのでは、どうしようもありませんよ。だから双子たちもこちらから積極的に近寄って対処と対応を
事実と現実を突きつけられては。
「……これで完全に形骸化してしまいましたね。国家や犯罪の関与や関係を回避する方針は……」
生真面目な男子は肩を落としてぼやくが、
「――そんなの、いまさらよ」
「いまさらよ」
双子の女子がそろって言い放つ。
(――なので、これからはそれを逆手にとる方針に変更します――)
生真面目な男子の怒気を制する形で。
(――状況や時代の変化に、その都度適応していきませんと、どんなに強くても、誰よりも賢くても、絶対に生き残れませんからね――)
(――では、これからはそれを念頭に入れて、でもこれまで通り、各々の趣味に
「――はい。『レイ』さん――」
生真面目な男子は生真面目に応える。
(――『スリー』と『フォー』も、ですよ――)
「――うん」
「――わかった」
双子の女子もそれぞれ笑顔で応える。
『ナンバーズ』のリーダー――『レイ』の指示に。
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