第6話 決着と結末。そして……

『ぐわァッ!?』


 そのフラッシュに、久島健三ケンゾウと久川比呂ヒロは同時に叫びを上げる。

 脳内が白色にくらみ、視界が不鮮明になる。


「……くっ、やってくれたぜ……」


 よろめく身体を樹木に預けて、比呂ヒロは忌々しげにつぶやく。遭遇した部下との戦端が開かれる前から、こちらが遠隔透視リモートビューイングで戦況を観察していることに、相手は気づいていたのだ。でなければ、勝利したあとにフラッシュを放っても意味がない。単なる嫌がらせだと、比呂ヒロは判断し、実際そのセリフを相手は口にしていたが、遠隔透視リモートビューイングの視覚に映った対象の物音まで聴けるわけではないので、それが判断の根拠ではなかった。


「……まさか、これほどとは……」


 比呂ヒロと同じ症状の健三ケンゾウは、苦悶に近い表情と口調でこぼす。比呂ヒロ遠隔透視リモートビューイング感覚同調フィーリングリンクして観戦していたので、その巻きぞえを喰ってしまったのである。小野寺流総合武術道場の門下生として鍛錬に励んでいた経験と経歴を、テロ組織のリーダーは持っていたので、その師範と主席師範代の実力は、比呂ヒロや部下たちよりも知っていたが、熟知からはほど遠かったことを、健三ケンゾウはこの期に及んで思い知らされたのだ。部下は全滅し、比呂ヒロ遠隔透視リモートビューイングで捉えていた相手の三人は、回復しつつある視野から完全に喪失ロストした。もはや、コラボ祭の妨害どころではない。一刻も早くこの八子やご町から撤退しないと。


「――比呂ヒロ、あの三人の捜索はいい。それよりも、できるだけ遠くに空間転移テレポートを」

 健三ケンゾウの指示に、比呂ヒロは一瞬ためらうが、すぐに気を取りなおすと、

「――わかった。タンクに残っている精神エネルギーのすべてを使って、この場から離脱する」

 したがう旨を伝える。

 そして、エスパーダに手を置き、


「――どうした?」


 それっきり動かない比呂ヒロの様子に、健三ケンゾウは不審に思い、問いただす。


「……接続アクセス、できない。アスネに……」

「なんだどっ?!」


 今度は驚きの声を上げる健三ケンゾウ


「――そらそうやろ」


 ――に、第三者の声が投げかけられた。


「――たったいま停止させたんやから。おまいのアスネ利用を、アス管が」


 それも関西弁で。


『――っ?!』


 二人は驚いた表情で同時に振り向き、特徴のある方言で告げた当人の姿を認める。


『――お前は――』


 声をハモらせて。


「――久しぶりやな、二人とも――」


 関西弁の少年は非友好的な笑みと口ぶりで対峙した両者に言い放つ。無論、両者は忘れてなどいない。それぞれが起こした事件に、超常特区の警官として深く関わっていたのだから。

 龍堂寺イサオは。


「――そして、今度も逃がさへんで」


 小野寺流総合武術道場の道着をまとった少年は、帯に差していた光線剣レイ・ソードを抜いて構える。


「――どういうことだっ!? アス管がオレのアスネ利用を停止させたっていうのはっ!?」


 比呂ヒロは怒号に似た声で問いただすが、イサオは答えない。

 km《キロ》単位の長距離空間転移テレポートに、比呂ヒロがアスネを利用していることを。

 そして、それを教えてやる義理もないことも。

 比呂ヒロ空間転移テレポート先の着地点の確認に、遠隔透視リモートビューイングという超能力を使用しているのは確実であったが、それをアスネに乗せて使用していることに、リンは気づいたのだ。最長でも一○○mがせいぜいな直接接続ダイレクトアクセスと異なり、精神感応テレパシー通信の射程距離はアス管の管理が及ぶ範囲――つまり、第二日本国全土なので、理論上は無限である。

 だから山奥からでも町中にいきなり空間転移テレポートすることができるのだ。

 しかし、アスネを利用しているがゆえに、アス管に探知されてしまったのである。

 いくらテロ組織が、自分たちがバラ撒いたテロ組織に関する情報発信源の特定を、複数の構成員メンバーと複数のアカウントによる攪乱で阻止できても、遠隔透視リモートビューイングの使用者の特定までは阻止できなかった。

 遠隔透視能力者リモートビューラーの絶対数が極めて少ない上に、それをアスネに乗せるという特殊な利用と使用法とあっては。

 ましてや、その範囲を、八子町の山林に限定して探索すれば、比呂ヒロの現在位置を特定するのは容易であった。

 せめて非接続状態オフラインを駆使していれば、特定はコラボ祭の後にまで引き延ばせたであろうが、常時接続状態オンラインのままにしていたのが、取り返しのつかない致命傷となってしまったのだ。

 あとは、その位置の捕捉に成功した旨の連絡と情報を、依頼したアス管から受け取り次第、行動を開始するだけとなったが、その前に思わぬ事態が発生した。

 それが、テロ組織による鈴村アイと萩原杏里アンリの拉致であった。

 この事態の対処と対応を優先すべく、小野寺一家とリンイサオは、前述の処置と行動を、それぞれ取ったが、その最中に、テレ管から遠隔透視能力者リモートビューラーの現在位置の特定に成功した旨の連絡と情報を、山奥で受け取ると、方針を変更したのだ。

 これを機に、テロ組織を壊滅させるという、勇次ユウジの判断に。

 四人の男女で構成された自警団は、満場一致で賛同すると、道なき山奥の最中で二手に別れた。

 小野寺夫妻とリンの三人は、引き続き鷹のバッジの反応と、先行した勇吾ユウゴの痕跡を頼りに、進行を続行し、イサオはその後方にいる比呂ヒロを目指して迂回するという形で。

 イサオ一人だけ向かわせたのは、目的の鷹のバッジの反応があるその周辺に、テロ組織の構成員メンバーが多く割かれている可能性が高かったからである。これまで静止していた鷹のバッジに突然の動きがあったので。その速度スピードから見て、これは逃走であり、しかもテロ組織に追われている。それも大勢の。その分、比呂ヒロの周辺は手薄であり、むしろ、リーダーの二人しかいない可能性が、これも高い。勇次ユウジの戦力分散案とその人数配分・人選に賛同した三人は、それを元に行動を再開したのだ。

 勇次ユウジたち三人がテロ組織と遭遇したあと、リン遠隔操作リモート様式モードを切り替えた物体探知装置に、予想通りの位置と、その数を示したそれが、勇次ユウジが下した判断の正しさを裏付けていた。

 むろん、これらを駆使されたことで、自分たちテロ組織の現在位置と行動が筒抜けになった事実を、健三ケンゾウ比呂ヒロは知らないし、知る由もない。そして、繰り言になるが、それを二人に教えてやる義理が、その二人と再会したイサオにはないことも。


「――そういや、おまいらにはそれぞれ借りがあったな」


 イサオは両者をにらんだまま過去を振り返る。

 思えば、記憶操作事件の時から、色んな相手から借りをつくりまくっていた。

 目の前のオトコたちに加えて、あの二人のオンナたちも。

 オンナたちの方は借りが膨らんだり、微妙な返し方に釈然としなかったりと、どちらにしても、完済には遠く及ばない。しかし、期せずして再会を果たしたこの二人のオトコたちに対しては、せめてきっちりと完済して、少しでもすっきりしたかった。幸い八子町ここでは、士族とはいえ、なにひとつ公的権限を持たないただの一般市民。警察官として逸脱した行動を取ってもとがめられる心配や筋合いはない。

 ――ので、


「――なら、返してもらうで。この場で、耳を揃えて」


 二人に要求するイサオだった。

 むろん、強気の表情口調で。


「……くっ……」


 健三ケンゾウの頬に焦りの汗がにじみ出る。


「……どうする? こんなヤツに構わず、ほっといて逃げるか?」


 隣にいる比呂ヒロが判断をうながす。逃亡を前提に。


「……いや、倒そう」


 しかし、健三ケンゾウは首を横に振る。このままおめおめと逃げ去ってしまったら、『ナンバーズ』が課した加入テスト不合格は確実である。手ぶらではとうてい戻れない。せめてこの関西弁の少年だけでも倒して、少しでも評価を上げなければ。ただでさえ合格は絶望的なのに、これ以上の失態は絶対に許せなかった。


「――わかった。アイツ一人なら、簡単だからな」


 そう言ってうなずいた比呂ヒロは、光線剣レイ・ソードを抜いた健三ケンゾウの背後に回ると、背中合わせで右腕を伸ばす。

 イサオと対峙する健三ケンゾウとは正反対の方角へ。

 健三ケンゾウが居なければ、イサオの視点からだと背中が丸見えになるところである。


「……………………?」


 比呂ヒロの奇怪な行動に、イサオは一瞬、首を傾げるが、


「――っ!」


 二舜後に気づいた時には、健三ケンゾウ越しに立っていた比呂ヒロの後姿は消失していた。

 イサオの背後に出現したのと同時に。

 むろん、『瞬歩』でもなければ『瞬間移動』でもない。

 どちらも、移動する先との間に、壁のような物理的障害物があると、移動はできない仕様である。

 となると、考えらえるのはひとつしかなかった。

 空間転移テレポート、である。

 着地点の確認は、遠隔透視リモートビューイングで行った。

 アス管にアスネの利用を封じられても、直接接続ダイレクトアクセスならその影響はいっさい受けない。

 しかも標的ターゲットは長くないその射程に収まっている。

 標的ターゲットに背を向けて手を伸ばしたのは、標的ターゲットの背後に空間転移テレポートした後、即座にその首筋に触れられるよう、向きを揃える必要があったためである。

 空間転移テレポートしても、身体の向きは変えられないので。

 そして、空間転移能力者テレポーターが、空間転移テレポートさせたい対象を、対象の意思やその有無に関係なく、強制的に空間転移テレポートさせるには、直接対象に触れなければならない。だが、それも空間転移能力者テレポーター自身が空間転移テレポートで瞬時に移動してしまえば、わざわざ正面から二本足で近づく必要がない上に、とても安全である。

 事実、その通りであった。

 イサオは振り向く間すらなく、比呂ヒロに首筋を触れられた。

 即死が確実な地中への強制空間転移テレポートに、イサオは道着を残して、なす術もなく空間転移テレポートされ――


「つアぁッ?!」


 ――なかったっ!

 イサオの首筋に触れた比呂ヒロの手が、弾かれたように撥ね上げられた。

 痛そうな声とともに。

 それにより、ガラ空きとなった比呂ヒロの脇腹に、振り向きざまに払ったイサオの横薙ぎが食い込み、『く』の字となって横に折れる。

 背骨が折れたのではないかと思えるほどの角度で。

 そして、そのままの勢いで振り抜き、比呂ヒロを横倒しにした。


「なァっ?!」


 健三ケンゾウは驚愕の呻きを上げる。比呂ヒロの必勝攻撃を破られ、敗北したことに。


「――残念やったな」


 イサオは勝ち誇った声で言うと、懐から針の短い注射器を取り出し、地面に伏したまま気絶している比呂ヒロの首筋に投げ刺す。丸一日は超能力や超脳力の使用が不可能になる液体の薬物が、比呂ヒロの全身に染みわたる。


「……いったい、なにが……」

「――あったんやろなァ」


 イサオはこれも勝ち誇った表情を健三ケンゾウに向けて言い放つ。むろん、種明かしをする気など毛頭ない。

 観静リン八子やご町へ来る途中から作成していた『静電気発生装置』を。

 この前のバッチ盗難事件を教訓に、対空間転移能力者テレポーター用に開発した小型機器である。

 名称通りに受け取ると、静電気を作り出す装置だと思いがちだが、厳密に言えば、静電気のような現象を、超心理工学メタ・サイコロジニクスの理論にもとづいて人工的に起こす原理なので、エネルギー源も、電気ではなく、装着者の精神エネルギーである。しかし、人工ゆえに、出力の調節が可能で、最大にすれば、イサオの首筋に触れようと伸ばした比呂ヒロの手のように弾き飛ばせるほどの威力を出すことができるのだ。

 まさしく、静電気さながらな現象で。

 ただし、まだ試作段階のため、完成品が四つしかなかった上に使い捨ての仕様である。つまり、一度しくじったらそこまでであった。

 ――なので、


(~~よかったァ~ッ! うまくいってェ~~)


 勝ち誇った表情の裏では、安堵のため息を極限の大きさでつくイサオのそれがあった。

 いずれにせよ、ローカルテロ組織と戦うにあたって、一番やっかいで要注意な相手を倒したことで、戦局は一気にかたむいた。

 自警団有利で。


「――さァ、どないする」


 そう言ってイサオひとりとなったローカルテロ組織のリーダー――久島健三ケンゾウに青白い刀身の切っ先を向ける。


「……くっ……」


 健三ケンゾウは苦しげにうめく。もはや形勢の逆転は不可能であった。である以上、残された手段は逃走しかなかった。だが、それが容易な相棒を倒されては、それもままならない。なら――


「~~であああアアアアァッ!!」


 自棄ヤケ気味な声と光線剣レイ・ソードを上げて突進する。

 イサオに向かって。

 逃走は目の前の相手を倒してからと、健三ケンゾウは判断した。

 それに対して、イサオは好戦的な笑みを浮かべて、こちらも相手に向かって突進する。

 光線剣レイ・ソードを振り上げて。

 両者の刀身が激突し、青白色の火花が散る。

 しばらくの間、鍔迫つばぜり合いとなるが、両者が同時に離れると、青白色の刀身を縦横無尽に繰り出し、激突を繰り返す。

 二合、三合、四合と。

 それは十合に達しても変わることなく続いていた。

 両者の技量は完全に互角であった。

 ともに戦闘と氣功術のギアプを使用している。

 素の地力差も、それによって補正されているので、このまま続ければ長期戦と消耗戦は確実である。

 健三ケンゾウにとってそれは絶対に避けたかった。

 その末に勝てたとしても、消耗しきった体力では、逃走もおぼつかない。

 どうにかこの状況を打開しないと。

 それも早期に。

 そんな時であった。

 健三ケンゾウが思いついたのは。

 そのあと、イサオが振り下ろした青白色の刀身を受けずに躱すと、無手の左腕を、健三ケンゾウは伸ばす。

 イサオの右耳に。

 だが、その直前、光線剣レイ・ソードを捨てたイサオの右腕に掴まれ、阻止される。

 戦闘と氣功術のギアプが入力インプットされたエスパーダの強奪を。


「――惜しかったな」


 イサオは勝ち誇った表情と声で言う。


「――おない手が二度も通じるほどマヌケやあらへんでっ! あの時のワイとは違うんやからなっ!」


 そして間を置かずに言い放つと、


「――そんでもって、その手をそっくりそのままおまいに返したるっ!」


 健三ケンゾウの右耳に自身の左手を伸ばす。

 相手の同じ意図で。

 だが、


「――アれッ?!」


 イサオが掴んだのはくうだけであった。

 そこに装着してあるはずのエスパーダの。


(――まさか左か――)


 ――と思って健三ケンゾウの左耳に注視するが、そこにもエスパーダはなかった。


「――ンなアホなァッ?!」


 イサオは驚かずにいられなかった。エスパーダが両耳に装着する仕様になっているのは、そこ以外の身体部位だと、エスパーダの機能や性能が十全に発揮しないからである。無論、エスパーダなしでは、戦闘や氣功術に限らず、ギアプの使用は不可能な仕様となっている。にも関わらず、それらを用いて闘っているイサオと互角に渡り合えるのは、極めて不可解であった。外部からの情報が遮断された刑務所では、陸上防衛高等学校や武術道場みたいな鍛錬が積めるわけがなく、その期間中に起きた、新型の氣功術の解禁や、そのギアプの完成といった出来事に至っては、脱獄後にようやく知り得た世情のはず。

 なのに、


「――どういうこっちゃァッ!?」


 論理的な解答が導き出せず、イサオは混乱する。リンとちがって、理詰めな思考を得意とする頭脳派タイプではないので、健三ケンゾウのエスパーダは耳の裏の内側に埋め込みインプラントされているという結論と事実に、推測が及ばなかったのは、無理からぬことであった。健三ケンゾウが双子の女子によって無理やり改造手術を受けた結果であり、成果である。


「――残念だったな。当てがあはずれて」


 今度は健三ケンゾウが勝ち誇る番となる。これなら、エスパーダが取れることによって起きる、内部の記憶情報が消失する心配はない。あとはテレハックによるギアプ破壊クラッキングだが、目の前の相手にそれができないことは看破済みである。そして、その相手は想定外の事態に激しく動揺している。その隙を突かない手は、健三ケンゾウにはなかった。

 健三ケンゾウは相手に掴まれた左腕を強引に伸ばし、もぎ取った。

 イサオのエスパーダを。

 健三ケンゾウの左手首を掴んでいたイサオの手が弛緩してしまったのである。

 想定外の事態に動揺して。

 直後に、健三ケンゾウはすかさず右手の光線剣レイ・ソードを振り下ろすが、これは相手のバックステップで惜しくも躱される。


「――さァ、どうする」


 健三ケンゾウは舌なめずりするような表情と口調でイサオに尋ねかける。エスパーダを外されては、当然ギアプは機能せず、戦闘や氣功術のギアプに依存していたイサオにとって、戦闘力の低下は避けられない。これまで互角だっただけに、致命的であった。しかもイサオは素手になってしまっている。どう考えてもイサオに勝ち目はなかった。


「――へっ、なにをうてんねん」


 しかし、イサオは鼻で笑う。


「――どないな方法でエスパーダを装着しておるんか知らんが、ワイのやることに変わりはあらへん。おまいを倒すっちゅうことに」


 自分が置かれた状態や状況を認識していないのかと疑うほどに。


「――せやから、かかってィッ!」


 あまつさえ、挑発までする有様である。


「――ふん。いいだろう」


 それを認識していた健三ケンゾウは、こちらも鼻で笑って応じると、


「――それじゃ、ぶざまに倒されなァッ! あの時のようにっ!」


 光線剣レイ・ソードと声を上げて突進する。


 しかし、脚まで上げなかったので、顔から前のめりに倒れ込む。

 それこそ、ぶざまに。


「――がっ! かはっ……」


 健三ケンゾウはあがくように顔を押さえてのたうち回る。転倒のダメージが深く、激痛で思うように動かない。それでも、なんとか立ち上がるが、今度は自身の身体が所有者の意思に従わず、酔っ払いのようにフラフラする。


「……なっ、なんだっ?!」


 健三ケンゾウは激しく困惑する。転倒のダメージは回復し、失う寸前だった意識も戻ったのに、なぜ状態異常は治らないのか。


「……どうやらわからへんようやな」


 その様子を冷ややかに眺めやっていたイサオが、優越感に浸った声で言う。


「――うたはずやろ。あの時のワイとは違うと」


 繰り言をつけ加えて。

 健三ケンゾウイサオのエスパーダを奪おうと伸ばした左腕の手首を、そのイサオに掴まれた時、そこから全身に流し込まれたのだ。

 氣功術を使えなくする『封氣功』を。

 その結果、氣功術にって底上げされていた健三ケンゾウ肉体的仕様フィジカルスペック低下ダウンし、それに合わせて組まれていた戦闘のギアプに、自身の身体がついていけなくなってしまったのである。

 推奨仕様スペックを満たせなくなったことで。

 言ってしまえば、F1レーサーがその感覚で軽自動車を運転するそれに等しかった。

 それでは、F1レースカーから軽自動車に仕様低下スペックダウンした自身の身体を制御コントロールできるわけがかった。

 それなら、ペーパードライバーの方がまだマシ――どころか、最適である。

 それに気づいた健三ケンゾウは、内蔵型エスパーダのギアプ機能をOFFにして、自身の制御コントロールを回復させるが、それは同時に自身の戦闘力を素のそれにまで低下する事態をまねいた。刑務所では戦闘訓練などさせてもらえるわけもなく、素の肉体的仕様フィジカルスペックは逮捕前とほぼ変わらない。それに対して、イサオはこの二ヶ月で様々な事件や武術トーナメントといった荒事な出来事を経て、素の肉体的仕様フィジカルスペックは大幅に向上した。封氣功もギアプなしでも使える。さすがに『ヤマトタケル』には及ばず、戦闘のギアプなしではまだ本領に届かないが、それでも充分である。

 今の健三ケンゾウを倒すには。

 イサオは地面に落ちていた自分の光線剣レイ・ソードを拾い上げると、


「――ほな、ネンネしな」


 そう言って青白色の刀身を健三ケンゾウの脳天に叩き下ろした。


「ぐこぉっ!!」


 健三ケンゾウは短い悲鳴を上げて地面に叩き伏せられた。

 顔面から、ふたたび。


「――よっしゃ。これでオトコどもに借りていた借りは返したぜ」


 イサオは満面な笑みでガッツポーズを取る。


「――あとは、こいつらを地元の警察にしょっぴくだけや」


 そして、満足げに独語すると、気絶している健三ケンゾウの手から、もぎとられた自分のエスパーダを取り返し、右耳の裏に装着する。

 ――その直後だった。


(――イサオっ! 大変だわっ!)


 切羽詰まった声が勲の脳内に轟きわたったのは。


(――な、なんや、リン。いったいなにが――)

(――ユウちゃんと、アイちゃんが――)


 ――と、伝えたところで、精神感応テレパシー通話は途切れた。


「――オイ、リン。なんやって? どないしたんやっ!? リンっ!」


 イサオは声に出して応答をうながすが、返事はない。ただ、途切れる間際に、リンからのテレメールを受信した。脳裏の画面に展開したそれは、簡易表示のレーダーマップであった。それには、自身の現在位置を示す光の点滅と、もうひとつの光の点滅が記されている。


「――そこへ来てくれっちゅうことやな。急いで――」


 イサオは判断する。


「――なにがおうたかわからへんが、とりあえず、わかったで。今から向かうさかい、待っとれやっ!」


 そして、この場から走り去っていった。

 気絶している二人を残して。



 

(……終わった……)


 それを最後に、小野寺勇吾ユウゴの精神活動は、完全に停止した。

 身体活動も。

 樹木の根本でうずくまったまま、身動きひとつしない。

 生命活動すら感じさせぬそれは、はるか昔にそこで息絶えた死骸にしか見えなかった。

 追手を振り切り、疲労困憊だった身体や、荒かった呼吸も、正常に戻ったにも関わらず。

 それもそのはずである。

 絶対に繰り返してはいけなかったあやまちを、繰り返してしまっては……。

 たとえようもない絶望が勇吾ユウゴの全身を押し潰す。

 もはや、どうしようもなかった。

 だから終わったのである。

 今度こそ。

 例えそれが、


「――ユウちゃん、大丈夫?」


 アイも無事に逃げおおせられたとしても。

 今回は。

 それだけが唯一の救いであった。


「…………………………………………………………………………………………………………」


 だからといって、合わせる顔がないことに変わりはなかった。

 逃げた事実に変わりもないのだから。

 アイを置いて。

 どちらも無事に逃げおおせられたのは、結果論以外の何物でもない。


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」


 立ち向かうべきであった。

 闘うべきであった。

 抵抗すべきであった。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 負けるとわかっていても。

 負けることになっても。

 負けるしかなくても。

 絶対に、そうすべきだった。

 勇気を振り絞ってでもっ!

 なのに――


「…………………………………………………………………………………………………………」


 ……非情で残酷な現実と真実に、勇吾ユウゴはただ打ちのめされるしかなかった。


「…………………………………………………………………………………………………………」


 そして、その両者を擬人化した幼馴染が、自分のそばにいる。


「…………………………………………………………………………………………………………」


 正面から自分を見つめるアイの視線が、勇吾ユウゴにとって死よりもつらかった。

 だが、その顔を直視するのは、それ以上に恐かった。

 つむっているような勇吾ユウゴの糸目は、この時ばかりは完全にまぶたで閉ざしていた。

 しかし、瞼で視覚を遮断できても、聴覚までは遮断できない。

 当人に意識がある限り、絶対に不可避であった。

 だからといって、両手で両耳を塞ぐなど言語道断である。

 それは、処刑台を前にして悪あがきする死刑囚に等しかった。

 そんな権利など、同じあやまちを繰り返した時点で、すでに失っている。

 失ってないのは、置いて逃げられた幼馴染からなにを言われても、ただただ聞く権利だけ……

 ――否、義務である。

 それが、幼馴染との、最後のやり取り……。

 死刑の宣告と執行を兼ねた、並列実施――


「――どうしたの? ユウちゃん。そんなに落ち込んで。感覚同調フィーリングリンクしたけど、身体の方はなんともないわよ」


 ――にしては、内容がおかしいと感じ始めた勇吾ユウゴは、最深まで沈んでいだ意識を急浮上させる。


「……………………?」


 クエスチョンマークが記された浮袋に引っ張られて。

 そして、意識を鮮明化させると、あれほど恐がっていた幼馴染の顔を、恐れどころか、意外さを禁じえない糸目で見やる。

 その瞳に映ったのは、不安と心配ではちきれそうな表情で見つめる幼馴染の顔であった。

 雪女も凍てつく絶対零度以下の表情ではない。

 勇吾ユウゴにとって、想像だにしない、幼馴染の表情だった。

 しかし、その表情も、勇吾ユウゴと顔を合わせたことで、たちまち安堵に崩れる。


「――よかったァ。大丈夫みたいね。その様子じゃ。安心したわ」


 アイは自分の胸に手を置き、笑いかける。


「……アイ、ちゃん……」


 だが、笑いかけられた方は、戸惑うしかない。


「……怒って、ないの?」


 ゆえに、問わずにはいられなかった。


「……どうして?」


 しかし、問われた方も、同様の反応リアクションで返す。それにより、勇吾ユウゴの戸惑いに拍車がかかる。


「……だ、だって、ボク、また、逃げて……」

「――良かったわよ。それで」

「?!」


 予想だにしない幼馴染の返答に、勇吾ユウゴの戸惑いが驚愕に激変する。


「――だって、どう考えても、闘える状態じゃなかったじゃない。ユウちゃん」

「……………………」

「――なのに、そんな状態で闘っても、負けてしまうのが目に見えているわ。それはユウちゃん自身が一番よくわかっているはずなのに」

「……………………」

「――アタシにとって、むしろそっちの方が、よっぽど良くないわ。アタシが闘っても、勝てないから。悔しいけど」

「……………………」

「――だから逃げたんでしょ。アタシのために、一生懸命」

「――っ!」

「――本当なら、相手と闘ってアタシに勇気を示したかったはずなのに、それも懸命にこらえて、逃走を選択した。自分の勇気の誇示よりもアタシの身の安全を優先してくれた。アタシには、それが一番うれしかった……」

「~~~~~~~~っ!」

「――ユウちゃんはもう七年前の時のユウちゃんじゃない。この前の事件の時、身を挺してかばってくれたユウちゃんのままよ。今でも。だからこれからも自信を――」

「持てるわけないだろォッ!!」


 勇吾ユウゴは叫んだ。

 幼馴染の落ち着いた語りをさえぎって。

 それも、勇吾ユウゴらしからぬ言動で。


「なに言ってるの、アイちゃんっ! ボクは逃げたんだよっ! 七年前のように、アイちゃんを置いてっ! それのどこが七年前のボクと違うっていうのォッ!? アイちゃんも無事に逃げられたのは、まったくの偶然と幸運に過ぎなかったのに、そんなわけないだろうォッ!!」


 そして、むき出しの激情に身も心もをゆだねる。

 決壊したダムの洪水のごとく、内面に蓄積していた感情が、幼馴染に対してなだれ込む。


「――ちょ、ちょっと、ユウちゃん、何を言っ――」


 だからそれに呑み込まれた幼馴染の声も耳に届かなかった。


「――第一、ボクはそこまで考えて逃走を選択したんじゃないっ! 須賀に追い詰められたあの時は無我夢中だったっ! 何も考えられなくなったっ! 七年前と同じくっ! その証拠に、ボクのエスパーダには、その時の思考記録ログがいっさい残ってないっ! どこにもっ!」

「……………………」

「……もう、決定的だよ。だから、やめてくれ。ボクを、持ち上げるのは……」


 そして、激情の奔流はそこで収まる。

 深くうなだれる形で。


『……………………』


 両者の間に沈黙の架け橋が渡されるが、その上に言葉を乗せて行きうのに、たいして時間はかからなかった。


「……ユウちゃん……」


 アイが先に幼馴染の愛称を呼ぶ。


「……………………」


 勇吾ユウゴはうなだれたまま無言をつらぬくが、


「……もしかして、気づいてないの?」


 予想だにしないアイの問いに、顔を上げる。


「……え?」


 としか喩えようのない声と表情で。

 それを見て、アイはすべてを悟ったような表情で、


「……それじゃ、この手はなに?」


 自分の右手首を幼馴染に見せて問いかける。

 掴まれた状態の右手首を。


「……………………?」


 勇吾ユウゴは不思議に思った。この場には二人しかいないはずなのに、いったい誰が幼馴染の右手首を掴んでいるのか。

 勇吾ユウゴは涙に濡れかけた糸目の視線で追う。

 幼馴染の右手首を掴んだその手を。

 そして、それに続く腕を視線でなぞり、その手の所有者にたどり着く。


 ――それは、小野寺勇吾ユウゴ、であった――


 まぎれもなく。


「……………………」


 勇吾ユウゴの糸目が細目の太さまでに開く。

 信じられないと言わんばかりに。


「――自分でも気づいてなかったのね」


 アイはやや呆れた口調で勇吾ユウゴに言う。


「――ユウちゃんが背を向けて逃げ出した時、ユウちゃん、アタシの手を掴んだのよ」

「……………………」

「――そして、そのまま一目散に走って逃げた」

「…………………………………………」

「――アタシも一緒に連れて」

「………………………………………………………………」

「――アタシの手を引っ張って」

「……………………………………………………………………………………」

「――そして、逃げ切った今でも、こうして離さないでいる」

「…………………………………………………………………………………………………………」

「……本当に無我夢中だったのね。アタシに言われるまで、全然気づかないなんて……」


 いま言ったアイのそれは、今度こそ呆れきった口調だった。

 だが、それとは裏腹に、表情は嬉しさに充満していた。

 双瞳にいたっては涙で潤んでいる。


「……これでも、七年前と同じって言うの?」

「…………………………………………………………………………………………………………」

「……確かに、行為的には同じだったから、ユウちゃんがそう思うのも無理はないし、卑下したくもなる気持ちもわかる。でも、内面はまったくの別物よ。アタシに見限られる覚悟で取ってくれたそれは、『勇気ある逃げ』に他ならないわ」


 アイは確信を込めて断言する。


「――だから、見限ったりなんか、しないわ。決して」


 慈愛に満ちた声と瞳で。


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」


 その途端だった。

 勇吾ユウゴのうずくまった身体が横に傾き始めたのは。


「――ユウちゃんっ!」


 そのまま地面に倒れ込む寸前、アイが慌てて左腕と身体で抱きとめる。

 一瞬、恐怖の刃がアイの背筋をなぞるが、すぐに安堵する。

 幼馴染の安らからな寝顔を見て。

 勇吾ユウゴも安堵したのだ。

 極限まで張りつめていた緊張の糸が切れて。

 ブラックホールよりも凄まじかった絶望の重圧から解放されて。

 心身ともに疲労の極みに達していた彼が、全身の力と意識を留めておけるわけがなかった。

 ――なのに、アイの右手首を掴むその手だけは離れない。

 否、離さない。

 意識や全身の力が失っても、それだけは失わなかった。

 離したくないという想いが。

 その想いに、どれだけのものが込められているか。


「……本当、良かったわ……」


 アイは抱き止めた幼馴染の額に頬をすり寄せながらつぶやく。


「……見限らずに、そばに居続けていてくれて……」


 それも、か細い声で。


「……本当、に、良かっ、た……」


 潤んでいたアイの双瞳から涙がこぼれる。

 頬を伝ったそれは、水滴となって幼馴染の頬に落ちる。

 アイもまた離したくなかった。

 幼馴染の身体を。

 月明りだった頭上の陽月に日の光がともりはじめる。

 夜明けを知らせる朝日となって、暗闇に閉ざされていた地上に降りそそぐ。

 八子やご町の山林にも木洩れ日のごとく一斉に差し出す。

 垂直に立つそれは、神殿の柱さながらであった。

 その一筋が、二人の姿を明るく照らす。

 寄り添ったまま寝息を立てている二人の幼馴染を。

 穏やかな寝顔が、そのすべてだった。


「――どうやら無事だったみたいね。二人とも」


 そんな勇吾ユウゴアイを見守っていたリンが、安堵の笑みを浮かべて独語する。


「――色々な意味で」


 意味ありげな口調でつけ加えて。

 無事な二人を発見した時は声を上げて駆けつけようとしたのだが、余人が入る余地のない雰囲気を察して、何も言わずにその場で踏みとどまったのだ。

 むろん、周囲の警戒を怠らずに。

 そして、ようやく余人が入る余地のある雰囲気に変わったのだが、それでも入らなかった。


「……………………」


 胸中に表現しがたい想いが募って。


「――おお、リンやないかっ!」


 ――いたところへ、イサオが大声を上げて駆け寄って来る。


「――いったいなにがおうたんやっ!」


 空気を読まずに、ずげずげと。

 リンとは大違いであった。


「……なによ、いったい……」


 豪快に水を差されたリンは、水浸しにされたような表情と口調で尋ねる。


「――なにって、おまいがテレ通で勇吾ユウゴアイ――が……」


 尋ねられた方は、必死の形相で答えているうちに、その両者の姿を横目で視認すると、


「――無事やないかっ!」


 大声でセルフツッコミする。


「――なに言ってるのよ。アタシ、この森に入ってから一度もアンタにテレ通なんかしてないわよ」


 素っ気ないリンの返答に、イサオはまた声を上げる。


「――はァ? なんやそれ。おまいじゃないっちゅうんなら、いったいだれがワイに――」


 ――と、問いただしかけて、


「――しもたっ! 引っかかってもうたっ!」


 事に気づき、慌てて引き返す。

 イサオが先刻まで闘っていた戦場に。

 しかし、時すでに遅かった。

 そこには、倒れていたはずの久島健三ケンゾウと久川比呂ヒロの姿が、どこにも見当たらなかった。


「……やられた……」


 イサオはその場に立ち尽くす。


「……引っかかってもうた。ニセのテレ通に……」


 無念と悔しさで歯ぎしりしながら。




「――はァ~い。テスト終了ぉ~っ!」

「終了ォーッ!」


 双子の女子は声高に宣告する。

 地面にうつ伏せている二人の男子に、元気よく。

 ドリルとロールのツインテールが、バネのように伸び縮みする。


「……ここは?」


 その一人――久川比呂ヒロは、その声で目覚めると、首と上体を起こして周囲を見回す。

 意識と焦点が定まってないので、ここが八子やご町の山林ではないことに気づくまで、結構な時間を要した。

 それは隣に倒れている久島健三ケンゾウも同様であった。

 目が覚めた後も、状況を掴めないでいる。


「――あ、気がついた」

「気がついたね」


 そして、二人の男子も気がつく。

 双子の女子の存在を。


「――ってことは、聞いてないわね」

「ないわね。きっと」


 双子の女子はうなずき合う。

 鏡合わせのように、息がピッタリである。


「――それじゃ、もう一度」

「もう一度」


 そして二人の男子を見下ろすと、


「――テスト終了ぉ~っ!」

「終了ォーッ!」


 双子の女子は宣言する。

 同じ声量と調子トーンで、ふたたび。


「――えっ?! 終了っ!? 加入テストがっ!? これでっ!?」


 立ち上がった健三ケンゾウは慌てて双子の女子に詰め寄る。

 モヤがかかっていた意識も瞬時に鮮明クリアとなる。


「――ま、待ってくれ。たしかに、手下は全滅しちまったけど、まだ終わってない」

「――そ、そうだぜ。コラボ祭まであと一日残っている。それまでには必ず――」


 健三ケンゾウ比呂ヒロはすがるように留保を懇願するが、


「――もういいよ。なんか飽きて来たから」

「来たから」


 あえなくそでにされて、うなだれる。


「――だから、合格でいいよ」

「いいよ。合格で」


 ――必要のない双子の女子からの結果通達に、


『――――――――へ?』


 健三ケンゾウ比呂ヒロは間の抜けた声を漏らす。むろん、驚きに顔を上げて。


「――よかったね。合格して」

「合格して」


 双子の女子はそろって満面の笑顔で言う。


「……え、いや、その……」

「……あの、どうして……」


 予想外の結果と意表を突かれた通達の仕方に、二人の男子は困惑に困惑を重ねる。


「――実を言うとね、この加入テストは、最初っから合格にするつもりで出したの」

「出したの」

『――――――――はあァッ!?』


 今度は驚愕を二人の男子はそれに重ねる。


「――楽しみたくなったのよ。あなたたちの犯罪活動を」

「犯罪活動を」

「――でも満足したから、ここで切り上げることにしたの」

「したの」


 双子の女子は今でも楽しんでいる。加入テストを課した健三ケンゾウ比呂ヒロ反応リアクションを。

 それも、無意識で。

 それを察した健三ケンゾウ比呂ヒロは、


「……じゃ、オレたちが……」

「……これまでやって来たことって……」


 引き続き楽しませることになっても、たださずにはいられなかった。

 それに対して、双子の女子は、とびっきりの笑顔で、


『――うんっ! 単なる娯楽提供っ!』


 声をそろえて答えた。


『……………………』

 二人の男子はそろって沈黙する。予想していたとはいえ、取れる反応リアクションがひとつしかないのでは、そのひとつを選択するしかなかった。双子の女子は無邪気に続ける。


「――でも、お笑い芸人よりも面白かったわよ。だから合格にしたの」

「したの」

『……………………』


 その理由を伝えられても、健三ケンゾウ比呂ヒロは不本意な沈黙を続けざるをえなかった。自分たちのテロ活動が、そんな感覚でしか受け取ってなかったと思うと、さらにそれが増す。思えば思うほど。なので、今まで取っていた自分たちの行動が、双子の女子に監視されていた事や、タイミングよく窮地ピンチを助けられた事、そして、その双方を可能にした手段や方法に、二人の考えが及ばなかった。


「――だから、おめでとう」

「良かったね。念願が叶って」


 ましてや、双子の女子から祝いとねぎらいの言葉をかけられては、なおさらだった。

 目的や経緯がなんであれ、加入テストに合格した事実と現実に変わりはないので。


「……そ、それじゃ――」

「――オレたち、ついに……」


 健三ケンゾウ比呂ヒロはようやく実感する。


「――うん。二人ともアタシたち『ナンバーズ』に入れてあげる」

「わけないでしょうがっ!」


 このセリフは、追従のようにつけ加える双子の片割れが発したそれではなかった。

 その方角が両者の真横では。

 加えて、男性の声である。

 朝の木洩れ日差しと木々を縫って、その人物は両者に対して姿を見せた。

 きっちり着込んだ紺色のスーツ、六四分けで整えた癖のない髪型、真面目だが不機嫌そうな顔つき、そして、険しさを極めた目つきは、いかにも神経質でうるさそうな雰囲気を、固体としてかもし出していた。実際、双子の片割れのセリフをさえぎったそれも、耳障りなまでにうるさく聴こえた。


「――なに勝手に部外者たちを加入させようとしているんですか。こちらの相談や承認も得ずに」


 両者の間に直立不動で立ち止まった神経質な男子は、同年代の双子の女子に、険しさにふさわしい眼光を向けると、これも険しさにふさわしい口調で苦情を述べる。


「――しかもその部外者の一人が、あの手術オペマニアの患者だったとは、この件といい、いったいなにを考えて行動しているのですか」

「――いいじゃいのよ、別に」

「別に」


 双子の女子はたちどころに笑顔から不満顔へと変貌する。

 むろん、口調も。


「――そちらはよくても、こちらはよくありません。なので、この件は『別』にせず、なかったことにします。例外の黙認は集団グループとしての秩序が崩壊するその一歩になりかねませんからね」


 双子の女子と向き合った生真面目な男子は、表情と口調をさらに険しくさせて釘を刺す。

 根本まで深く食い込むほどの打撃力で。

 それだけに、反発も大きかった。


「――どうしてアタシたちだけよくないのよっ! 他のみんなはよくてっ! アタシたちも、他のみんなのように、趣味でやっているだけなのにっ!」

「だけなのにっ!」

「――不公平よ。不公平っ!」

「不公平よっ! アタシたちだけっ!」


 双子の女子は激しく言い立てるが、


「当然です。犯罪や国家がらみの趣味は例外として公認されているのですからね。これは集団グループ全体の総意です」


 生真面目な男子は微塵も動じずに反論する。


「――悪いのは、それを失念したまま実施に移したあなたたちでしょう。なのにわたしを責めるのはお門違いというものです」


 正論としかいいようのない正論も持ち出して。


「~~むぅぅぅん~~」

「~~ムゥゥゥン~~」


 双子の女子は不満顔をさらに募らせるが、どう見ても拗ねた子供のようにしか、健三ケンゾウ比呂ヒロの目には映らなかった。むろん、口出しなど論外なので、なりゆきの静観がせいぜいであった。


『~~~~~~~~』


 『ナンバーズ』の仲間たちは険悪な雰囲気に沈黙をまとってにらみ合う。


「……はァ……」


 生真面目な男子がため息をつくまで。

 かなりの時間を費やしたが、明らかに根負けで折れたため息であった。


「……どうして部外者を加入させたくなったのですか? 今までそんなこと一度もなかったのに」

「……育ててみたくなったんだもん。犯罪者を」

「……あと犯罪組織も」


 双子の女子がそれぞれ言った理由に、生真面目な男子は深く肩を落とす。


「……そんな家庭菜園みたいな動機と感覚で実施しないでください。あの手術オペマニアやあの人の趣味ならともかく、こんな飽きたときの後始末が大変な趣味の実施には、集団グループの管理者として看過できません。なぜ我々の抱く趣味にそんな例外を設けたのか、あなたたちだってよく知っているはずです。あの時は本当に面倒で大変だったのですから」

「――だったらアタシたちの頼みを聞いてよ」

「聞いてよ。少しでもいいから」

「――なるほど、そういうことですか」


 生真面目な男子は得心する。


「――おおかた、仲間内での賭けに負けが込み、その結果、事実上のパシリとなった自分たちの身代わりを見繕う目的で、新メンバーを加えようとした――といったところですか。新たに持った趣味の実践も兼ねて」

『ヴッ?!』


 双子の女子は揃ってうめき声を漏らす。図星のど真ん中を正確に突かれて。


「――確かに、その供給源が、裏社会にしか存在しないのでは、選択の余地がないのはわかります。けど、やはりわたしたちに無断で実施したのは、同情の余地はありませんね」


 一定の理解は示したものの、結局はそのように結論づける生真面目な男子。


『~~~~~~~~』


 ――の優越感に満ちた態度に、双子の女子は反感を覚え、無言で生真面目な男子をにらむ。

 眼光をさらに強めて。

 それを感じ取った生真面目な男子は、ふたたびため息をつく。


「……そんなに悔しいのですか。全員が参加したこの前の賭けに負けたことが」

「――だってアンタの一人勝ちだったじゃないっ!」

「じゃないっ!」

「当然の結果です。わたしは真面目に賭けに参加し、真剣に取り組みました。遊びで参加したあなたたちに負けるわけがありません。不真面目な人間がたどるべくしてたどった末路です。逆の結果なんてあってはならないことですし、あってはたまりませんからね」

『……………………』


 静観を続けている健三ケンゾウ比呂ヒロの胸中にツッコミの衝動が湧き上がる。


『~~~~~~~~』


 双子の女子は相変わらず生真面目な男子をにらみ続けている。無言も続けているのは、反論の余地がまったくないからである。だからといって、それで気が収まるような、双子の女子ではないことに、生真面目な男子はようやく思いつく。彼もまた失念しかけていたのだ。


「……わかりました。そこまでパシリが欲しいというのなら、今回は特別に認めてあげましょう……」

『やったァッ!!』


 双子の女子は喜色満面の笑みを合わせて、喜びの声と、これも合わせた両の手を、それぞれ上げる。

 現金なまでに。


「――た・だ・し!」


 だが、生真面目な男子は逆接の接続詞でそれに水を差す。

 喜ぶのはまだ早いと言わんばかりの強い口調に、双子の女子から笑顔が一瞬で消失する。


「――条件をつけさせてもらいます」


 そして、澄ました表情と口調で生真面目な男子が言うと、スーツの内ポケットから紙とペンを取り出して書き込む。そして、ほどなく書き終えると、背後で静観していた健三ケンゾウ比呂ヒロに歩み寄り、その紙面を突きつけて見せる。


「――これがその内容です」

『……………………』


 健三ケンゾウ比呂ヒロはしげじげと見つめる。


「……あの……」

「……これ……」


 なにかを言いたげに。


「――なんですか。なにか不服があるのですか。わたしが提示した条件に」


 生真面目な男子は眉をひそめて詰問調でただす


「……いえ、そうでは、なくて……」

「……その、なんていうか……」

「――あるなら言いなさい。さっさと」


 生真面目な男子に苛立ち口調で促されて、健三ケンゾウ比呂ヒロは恐る恐るのていで答えた。


「……全然、読めません……」

「……字が、汚くて……」

「……………………」


 生真面目な男子は沈黙する。

 反論の余地のない答えに。


「――相変わらずへたっぴね」

「へたっぴね」


 双子の女子が、二人の男子の左右から、生真面目な男子が突きつけた紙面をのぞき見る。


「――ここまで酷いと暗号ね」

「暗号ね」

「――それも、解読が不可能なほどの」

「一週目時代の古代文字の方がまだ読めるね」


 さきほどまでの意趣返しといわんばかりに、嘲りの笑みで酷評する。


『~~~~~~~~』


 今度は生真面目な男子が双子の女子の優越感に反感を覚える番となった。むろん、これも反論の余地はないので、不機嫌に沈黙するしかなく、それだけに内攻する。


「……あ、あの、思考記録ログにこの紙の内容を転載してテレメールで送信した方が……」


 比呂ヒロが前回以上に恐れに恐れた口調で提言する。差し出がましいのは承知の上だが、このまま看過を続けると、苦労してこぎ着けた『ナンバーズ』の加入を取り消される可能性が、時間経過に比例して高まって来たので、介入せざるを得なかった。


「……………………」


 生真面目な男子はまだ不機嫌な沈黙を続けるが、なんとか気を落ち着かせると、おもむろに右腕を上げて自分のエスパーダに触れる。そして、無言のまま自身が書いた紙の内容を思考記録ログに転載して、目の前の加入希望者たちにテレメールを送信した。


(――ホッ――)


 無事にテレメールを受信した比呂ヒロは心から安堵するが、それはまだ早かった。生真面目な男子が提示した条件に、絶句したからである。

 その条件は――


 一、正式メンバーではなく、準々メンバーとして待遇する。

 二、『ナンバーズ』の名の使用の禁止。使用にはリーダーとメンバー全員の許諾が必須。

 三、指示と命令の受諾は双子の女子限定。要望も同様。

 四、指示や命令のない待機中の行動は自身が責任を負う。『ナンバーズ』はいっさい関知しない。

 五、給与は無し。収入は自身で取得。

 六、契約の更新は一ヶ月置き。その時期以外での条件の見直しや変更は受けつけない。

 七、……

 八、…………

 九、………………

 一○、……………………

 一一、…………………………

 一二、………………………………

 一三、……………………………………

 一四、…………………………………………

 一五、………………………………………………

 ………………………………………………………………

 ……………………………………………………………………

 …………………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………


 ……といった具合の細かすぎる内容がどこまでも続いているので、


「…………………………………………………………………………………………………………」


 ……ただただ辟易するしかなかった。

 なにがなんでも加入を断念させるために提示した、無茶振り極まりない条件であった。

 ただ、最後の条項――


 九十九、あとは双子の女子次第。


「……………………?」


 ――に、首をかしげる。


「……あの、この最後のは……」

「――ああ、それですか」


 比呂ヒロの質問に、生真面目な男子は真面目に答える。


「――わかりやすく言えば、この双子が法律ということです。条件つきのね」

「……………………?」

「――つまり、わたしが提示したこれらの条項のひとつでも破ったり違反したりしたら、即座に除名追放処分にします。この双子がいくら手放したくなくてもね」

『ええェーッ! そんなァーッ!』


 双子の女子が不満の声を揃えて上げるが、真面目な男子は無視して続ける。


「――逆に、九十八までの条項をひとつ残らず守っても、この双子が除名追放処分を決めたら、逆らえないということです。双子以外のメンバーやリーダーの意思に関係なく」

「…………………………………………」

「――わたしとしては、妥当な条件と待遇を提示したつもりですよ。これまでの経緯や事情を勘案して」

「~~~~~~~~どこが?」


 ~~と、吐き出したい凄まじき衝動に、比呂ヒロは血の涙を流す思いで駆られる。


「――イヤなら別に構いませんよ。むしろそうして欲しくて提示した条件ですから」


 生真面目な男子は本心を包み隠さず堂々とぶっちゃける。


「……………………………………………………………………………………」


 比呂ヒロの表情に苦渋の断層が幾重にも刻み込まれる。


「――なァ、ホントなのか?」


 それをよそに生真面目な男子を問いただしたのは、これまで沈黙していた健三ケンゾウであった。

 今にも噴火しかねない衝動を懸命に抑えていたので、比呂ヒロは相棒のことまで考えが回らなかった。


「――ホント、とは?」

「――一国を滅ぼしたっていう噂だよ。比呂こいつがそう言っていたんだ。それはホントなのか?」

「一国を滅ぼしたっ?!」


 生真面目な男子は思わずオウム返しで問い返す

 意外さを隠せない表情で。

 当人にとっては不覚な反応リアクションであった。


「……なるほど、そんな噂が流れているのですか」


 ――と、思いつつも、気を取り直して応じなおす。


「――裏社会ではな」


 健三ケンゾウにつけ加えられた生真面目な男子は、表情を得心に入れ替れて、完全に立ちなおる。


「――で、どうなんだよ?」


 健三ケンゾウは急かすように改めて問いただす。それに対して、生真面目な男子は、


「――しょせんは噂ですね。間違いなく」


 肩をすくめて答える。


「――ええェッ?! そうなのかよォ……」


 比呂ヒロが落胆の声を上げる。


「――残念でしたね。正しい噂でなくて。そもそも、噂が正しかったことなんて、宝くじの一等前後賞よりも確率的にありえないのに、認識が甘すぎですね」

「……………………」

「――その様子では、気が変わったようですね。どちらとも」

「……………………」

「――それでは、この件は――」

「――いいぜ、その条件で」


 健三ケンゾウが生真面目な男子の言葉をさえぎって伝える。

 受諾の意思を。


「――えっ!? オイ、お前――」


 比呂ヒロが驚いた表情で健三ケンゾウに言いかけるが、「やめておけ」とまでは言い切れなかった。

 そこまで言える雰囲気ではなかったので。


「――おや、それでも『ナンバーズ』に加入したいのですか。過酷な条件なのに」


 生真面目な男子は当てた外れたような表情で加入希望者の意思を確認する。


「――ああ、構わない」


 意を決した健三ケンゾウの表情と断定の口調に、今度は生真面目な男子が落胆する番になるが、


「……ま、仕方ありませんか」


 長くは続かなかった。


「――こちらの条件を呑んだ以上、提示したこちらの手前、文句は言えませんからね」

「――よしっ!」


 健三ケンゾウは会心の笑みを高く浮かべる。


「――では、条項にあった通り、双子の命令や指示があるまで、自由に行動してください。自己責任で。逆に要望がある場合は必ず双子を通すこと。そして、命令や指示が来たら、待機中に取っていた行動は全面中断して即座に従うこと。最初の条項に記してあった通り、あなたたちの待遇は準々メンバー。正式メンバーである我々と違い、『ナンバーズ』内では下っ端の下っ端です。上位の正式メンバーに逆らえる立場ではありませんので、そのことをよく肝に銘じておきなさい。見聞記録ログや脳内記憶の完全保存機能を駆使してでも」

「――わかった」

「――よろしい。で、そっちの方は?」


 ――どうするか迷っていた比呂ヒロは、ためらいつつも、


「……わかった。アンタたちの傘下に入るよ。下っ端として」


 結局、同意する。

 健三ケンゾウと異なり、消極的だが。


「――よろしい。では、あなたたち二人を『ナンバーズ』に加えることを、ここに認めます。リーダーとメンバーの総意として」


 生真面目な男子はそっけなく、だが明確に宣言する。


「――ですか、そういう事情なので、歓迎や歓迎会はしませんよ。どうしてもしたいというのなら、この双子とで行ってください。わたしはお断りします」

「――だって。どうする。二人とも」

「二人とも」


 双子の女子が比呂ヒロ健三ケンゾウの意思を確認する。


「……いえ、いいです。メンバーの全員が歓迎されてない中での歓迎会は、楽しめそうにありませんので……」

「――こっちも構わない」


比呂ヒロ健三ケンゾウはそれぞれ異なる口調と同じ内容で返事する。


「――そう。じゃ、アタシたちの命令や指示があるまで、自由にしてていいよ」

「いいよ」


 双子の女子の指示に、二人の男子は従った。


「……そ、それじゃ……」


 比呂ヒロはその一言を残してその場から追う。

 無言のまま歩き去っていく健三ケンゾウのあとを。


「――オイ、いいのか、健三ケンゾウ。『ナンバーズ』に入っちまって」


 比呂ヒロは引き止めるように問いただす。


「――なに言ってんだよ。それを勧めたのはお前だろ」


 健三ケンゾウは歩みを止めぬままノールックで答える。


「……た、たしかにそうだけど、まさかこれほどツッコミどころが満載な犯罪集団グループとは……」

「……………………」

「……それに、一国を滅ぼしたという噂もデマだったし、結局、噂ほどの犯罪集団グループじゃ……」

「――なくても構わない」


 健三ケンゾウの断言に、比呂ヒロは驚きと戸惑いに表情が揺れる。


「――この前も言ったが、しょせん、オレたちは行く当ても帰る場所のない根無し草の犯罪者おたずねものなんだ。人脈コネ支援バックアップはひとつでも多いことに越したことはない。たとえそれが噂が先行した名ばかりの犯罪集団グループでもな」

「……………………」

「……それに、裏社会で生きるのに身分なんて関係ない。あるのは実力だけ。そう。実力こそがすべて。身分がすべての表社会と大違いなこの世界が、オレは気に入ったんだ。そこで面白おかしく生きられるなら、なりふりなんて構ってられるか。今回の件を通して、それがはっきりとわかった」

「……………………」

「――お前はどうする? オレの決断に引っ張られる形で、なし崩し的に入ったようだが、もし後悔して――」

「ねぇよ」


 相手の問いを中断させた比呂ヒロの表情に笑みが浮かぶ。


「――今のお前のセリフを聞いて、こっちもやっと腹がくくれたぜ」


 それも悪相の。


「――やっぱオレが見込んだヤツだよ、お前は。ここまで化ける思わなかったが、ま、うれしい誤算だぜ」

「――ってことは、ついて行くんだな。これまで通り」

「――ああ、お前にな」


 比呂ヒロは嬉しさに表情を輝かせる。


「――それじゃ、改めて」


 そして、前置きと同時に立ち止まる。


「……?」


 つられて立ち止まった健三ケンゾウは、首を傾げながらも、脱獄してからともに行動していた相棒と正対する。

 向かい合った比呂ヒロは、悪相の笑みをたたえたま、こう言い放った。


「――ようこそ、裏社会へ。アイツらと違って、歓迎するぜ」




「――ふう。やれやれ……」


 生真面目な男子は一息をつく。

 そして、準々メンバーとして加入を認めた二人の後ろ姿が、森の奥へと消えると、


(――これでどうですか――)


 精神感応テレパシー通話で尋ねる。


(――うん。いいよ、それで――)


 これまでのやり取りを感覚同調フィーリングリンクで視聴していた相手が、それに答える。


(――本当によかったのですか。あの二人を我々『ナンバーズ』に加入させて。この前みたいなことにならなければいいのですが――)

(――その辺りはお前がしっかりと対策や対処をすると思ってね。だから黙認と一任した――)

(……理由がそれですか。やはり……)


 生真面目な男子は苦々しくつぶやく。


(――仕方がありません。『ナンバーズ《われわれ》』がどう思おうが、周囲まわりがただの一犯罪集団グループとしか見てくれないのでは、それなりに合わせていきませんと――)


 精神感応テレパシー通話の相手は自分たちの現状と事情を述べるが、


(……それを押しつけられたこちらとしては、この前の賭けに一人勝ちしたわたしへの意趣返しとしか思えないのですがね……)


 生真面目な男子にとってはただの詭弁にしか聴こえなかった。


「――それしても、ひどい噂だったよね」

「だよね」


 双子の女子が、声帯で精神感応テレパシー通話に割り込む。


「――一国を滅ぼしたなんて、いったいどうしたらそんな噂になるのかしら」

「かしらね」

「――ホントは一国じゃなくて三国なのに」

「それも全部まとめてね」

「……ホント、あの時は面倒で大変でしたよ」


 生真面目な男子は声に出してしみじみと述懐する。


「――だから国家や犯罪がらみの物事からは遠ざけたかったのに……」


 そして願望も述べるが、


(――先方が近寄って来るのでは、どうしようもありませんよ。だから双子たちもこちらから積極的に近寄って対処と対応をはかったのです。適切なそれらを取るために。どのみち、時間の問題でした――)


 精神感応テレパシー通話の相手に諭されては、捨てざるを得なかった。

 事実と現実を突きつけられては。


「……これで完全に形骸化してしまいましたね。国家や犯罪の関与や関係を回避する方針は……」


 生真面目な男子は肩を落としてぼやくが、


「――そんなの、いまさらよ」

「いまさらよ」


 双子の女子がそろって言い放つ。


(――なので、これからはそれを逆手にとる方針に変更します――)


 精神感応テレパシー通話の相手がそれを打ち出す。

 生真面目な男子の怒気を制する形で。


(――状況や時代の変化に、その都度適応していきませんと、どんなに強くても、誰よりも賢くても、絶対に生き残れませんからね――)


 精神感応テレパシー通話の相手の言葉に、双子の女子と生真面目な男子はそろってうなずく。


(――では、これからはそれを念頭に入れて、でもこれまで通り、各々の趣味にふけりましょう。それでいいですか、『ワン』――)

「――はい。『レイ』さん――」


 生真面目な男子は生真面目に応える。


(――『スリー』と『フォー』も、ですよ――)

「――うん」

「――わかった」


 双子の女子もそれぞれ笑顔で応える。

 『ナンバーズ』のリーダー――『レイ』の指示に。

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