第5話 ローカルテロ組織VS自警団
「……う、うーん……」
混濁していた意識が、時間が経つにつれて、視界とともに鮮明になると、地面に横たわっていた身体の上半身を、湿った地面に両手をついて起こす。
「……ここは……?」
そして、緩慢な動作で周囲を見回すと、陽月の薄明かりで照らされた闇夜の森林が、どこを向いても、どこまでも続いていた。
「……どうして、こんなところに……」
――自分がいるのか、
だが、なかなかうまくいかない。
それもそのはずである。
常に装着しているエスパーダが、右耳の裏にないのでは。
そこに手をやったことで、
背後に横たわっているもう一人の女子の存在に。
ツーサイドアップの長髪を地面に寝かしたその後姿は、
「――
――にしか見えなかった。
「……くっ……」
その衝撃で苦痛に半面を苦痛にゆがめる
それにより、これも初めて気づく。
自分の両足が結束バンドで縛れていることに。
「――なんでこんなものがっ!」
――が、
「――おっ、気がついたか」
背後から投げつけられた声で、その手が中途で止まる。
「――久しぶりだな、萩原」
それも、聞き覚えのある声だった。
「……まさか……」
その先にたたずむ人影も、見覚えがあった。
「……なんでアンタが、ここに……」
「――それはこっちのセリフだよ」
その
驕り高ぶった上から目線の表情や態度は、華族の子弟や子女によく見られる傾向であった。
士族にも。
その根源が、華族の場合、虎の威を借りた狐な身分の高さなら、士族のそれは己の強さを頼みにした
「――まさかこんなところに移り住んでいたとはなァ。逃げるように
「だれのせいでこうなったと思ってるのよォッ!!」
「――アタシたち家族に死ぬほどの仕打ちをしておきながら、
だが、その少年は平然と聞き流す。
「――当然の報いだろう。第二次幕末じゃ、なんの貢献も果たさなかった下劣で低能な平民が、士族の子弟たるオレに意見や注意をするからだ。お前の親どもが、生意気にも」
「――っ!」
「――だから思い知らせるために当然の報いを受けさせてやったんだ。てめェの親どもがしでかしたことを棚に上げて逆恨みするんじゃねェよ」
士族の少年は傲慢に言い捨てる。
「――なのに、そんなオレを、警察は殺人の容疑で指名手配しやがったんだっ! この前まで、このオレに楯突いた生意気な平民の
それこそ逆恨みな事も。
「――おかげで
それも当然の報いである。
「~~ああ、もういいやっ! こうなったら
「――っ?!」
「――あの生意気な平民は
士族の少年はうなり声を上げながら猛然と
「……い、イヤ……」
――前に倒れ込む。
「……え……?」
なにが起こったのかわからず、
「――大丈夫っ!?」
安否の声が
倒れた少年の背後に。
こちらも、見覚えのある上に、倒れた少年と同じ身分の子弟である。
ただし、その顔は傲慢と無縁な糸目のそれであった。
それを視認した
「――小野寺
と、思わず声を上げる。
「――みたい、だね。よか、った……」
まだ意識が戻らない幼馴染に対しても。
「……はぁ、ハァ、はァ、はァ……」
その途端、
「……
声帯を使って通話するのは、意識が疲労で朦朧としているため、内心の思考発声でははっきりと伝えられないからである。
(――ホントっ?! よかったァ……)
応答した
「……急いで、テレ管の、テレタクで、
(――でも、距離が遠すぎて、安全な警察署までの
「――僕のを、使って。今から、そっちへの、
(――なに言ってるのよっ! そんなことしたら、
「いいから早くっ!!」
「時間がないんだっ! 急いでェッ!!」
それも、
(……わかったわ……)
それを聞いた
「――ちょ、離し――」
掴まれた
「――お願い、じっとして」
「――アンタ、アタシにこんな事して、ただで――」
「――僕をイジメたいんならあとでいくらでもさせてあげるっ! 恥だってきちんとかくっ! だから、今は僕の言う通りにしてっ!」
せっぱつまった
(――いいわ、
「――対象を、こっちの視界に、収めた。そっちは――」
(――ええ、確認したわ。
「――じゃ、緊急
断腸の思いすら浸らさせずに。
「――アンタ、どうし――」
そして
自身の意思に関係なく。
「――
(――大丈夫。無事、警察署に
「……そう。よかった……」
しかし、それによって気が緩んでしまい、引きずられる形で、これまで保っていた意識が――
「――
――呼びかけられたことで喪失を回避した。
呼びかけてくれた――
「――
に。
「――
手足を縛られたままの状態で上体を起こした
「――うん」
「――僕たちも早く――」
「――ええ」
「――
(……………………)
応答はない。
「――
何度呼びかけても。
「……どうしたの?
「……故障、した、みたい。……僕の、エスパーダが……」
絶望に青ざめた口調と表情で、その事実を伝える。正確にば、エスパーダの
故障の原因は装着者の過剰な酷使であった。一刻を争う事態で一杯いっぱいな精神状態の影響をモロに受けたのだ。なまじ装着者の精神エネルギーが膨大なだけに、掛かる負荷に耐え切れず、故障を早期に招く結果となってしまったのである。
「……どうしよう」
「……とにかく、ここを離れよう……」
それでも、それでの逃走を、
それを聞いた
――が、
「――待って」
制止の声をかけて立ち止まる。
数歩ほど進んだところで。
「――エスパーダなら、あるわ」
そして、それに続いたセリフに、
「――そいつが持っているはずよ」
幼馴染が指さしたその先に、一人の少年が湿った地面に倒れている。
その少年の右耳の裏に、三日月状の小型機器がある。
「――そうか。それなら――」
「――なにやってんだ。お前は――」
立ちはだかれてしまう。
突如出現した一人の男に。
その
「――人質の監視すらできないのか。危うく逃げられるところだったぞ。
その声で気がついたのか、『士族のお坊ちゃま』は緩慢な動きながらも、上体を起こして立ち上がる。焦点はぼやけているが、回復は時間の問題であろう。
「――だから平民ごときにアゴで使われるハメになるんだよ。あとでそのリーダーにこってり絞られろ。もう戻っているからな」
男は相手を見やらずに言う。
男の視線は正面の少年少女から離せないでいるので。
「――また会ったな」
男はその二人に対して言う。
「――それも、その夜のうちに」
「~~~~~~~~」
言われた二人は震え上がる。
骨の髄まで。
無理もなかった。
言ってきた相手の男が、あの須賀
須賀の左右には、同時に出現した男たちが立ち並んでいる。
久川
須賀だけでも充分なおつりが来るのに、その仲間まで来られては、どうしようもなかった。
闘うにしても、逃げるにしても。
実家から遠く離れた山奥な上に、エスパーダの
ましてや、前回のようなタイミングでなら絶無である。
ここは小野寺の家ではないので。
この状況の打破は、完全に小野寺
幼馴染にそれを委ねるなど、いたって論外。
一度目は逃げてしまった。
二度目は逃げかかってしまった。
そして三度目は――
(……逃げられない。逃げてはいけない。絶対に……)
そんなことをすれば、今度こそ終わりである。
幼馴染との仲は。
だから――
(――立ち向かえ。立ち向かうんだ。
全身を支配する戦慄と恐怖に、必死にあらがう。
ありったけの勇気を、自分の
――いる、のに……
(……どうして、どうして、動けないんだっ?!)
両足は所有者の意思に従わず、微動すらしない。
太い釘で打ち込まれたかのごとく。
闘える
精神エネルギーも
ヤマトタケル
……それでも……
――それでもっ!
(――闘わないと、立ち向かわないと、いけないっ!!)
隣で震えている幼馴染を守るためにも。
同じ過ちを繰り返さないためにも。
けど、
「――今度は逃がさねェぞ。七年前の時みたいに、そこの
――行きそうだった。
一歩ずつ近づいて来る須賀の言う通り。
その威圧感に、
脳内は真っ白になり 五感も喪失する。
なにも考えられなくなり、感じなくなる。
意識すらも、完全に。
そんな
それは――
――須賀に背を向けて走り出すことだった。
その場で踵を返して。
脇目はいっさい振らなかった。
「――――――――っ!?」
それを横目で視認した
須賀がいる正面に視線を固定させたまま。
――小野寺
……逃げて、しまった……。
「――で、こういうことになってしまったっていうのか?」
久島
「――まァな。例の士族のボンボンが、ヘタを打ってこの有様さ」
「――なにやってんだよ。この大事な時に余計な手間と仕事を増やしやがって」
リーダーの意図に沿って。
小野寺の家に
即席で結成された自警団の本部にテロ組織を忍び込ませ、この件をアスネで流し回れば、ゲリラテロ予告の落書き以上の効果と成果を挙げられると、テロ組織のリーダーが判断したのだ。
双子の女子たちに連れ去られる前に。
ただ、その人選に際して、自身の実父が名乗りを挙げて来た時は、リーダーを代行することになった
自分や
事実、自警団が出払った隙を突いて潜り込ませたその本部の留守番が、小野寺流総合武術道場の師範と主席師範代であった。その両者を
それが一瞬でも遅れていたら、実父は自警団に捕まっていた。
いつでも
その実父である須賀
「――逃がすなっ! 絶対に捕まえるんだっ!」
須賀
「――せっかく捕まえたっていうのに――」
須賀の口から忌々しげなぼやきが零れる。こんな状況でなければ、せっかくの苦労を台無しにてくれた士族のボンボンの横っ面に、愚痴や文句の山を、土砂崩れのような激しさで浴びせたかった。
陽月の明かりがあるとはいえ、深夜である。その上、頭上に広がる森林や樹木に、行く手までもさえぎられては、視界が悪いだけでなく、追跡もままならなかった。それは人質も同じ条件のはずなのだが、その姿は一向に見えずにいる。足跡や折れたての枝が、唯一の追跡手段であったが、それも中途で途切れ、完全に追跡の手掛かりを失った。現在、久川
そのような訳で、追跡の難航を覚悟した須賀の視界に、
「――ん?」
陽月の明かりに反射する光り物を、その下に発見する。
その場でかがんだ須賀は、足元に落ちてあるそれを拾い上げ――
「――なんだ? この鷹のバッジは?」
――しげしげと見つめる。
「――やっぱりそこに落ちていたみたいです」
――と、伝えたのは、後続の
「――
伝えた対象も。
「――っ?!」
予想外の遭遇者に、テロ組織の
伸長させた青白い刀身の切っ先を、正面の暗闇に向けて。
その奥からであった。
遭遇者の声が聴こえて来たのは。
「――また会ったわね」
続いて上がったその声は、明らかに自分に対して投げかけられたものであった。
第一声と同じく、女性の声。
だが、第一声者とは明らかに別人の声である。
「――今度は正面で――」
それも、第一声者よりも大人びた、聞き覚えのある声。
「――っ?!?!」
――に、過剰な反応を見せた須賀は、構えた刀身の光度を最大値まで上げ、森林に囲まれた闇夜を明るく照らす。
この状況となっては、
不規則に並び立つ木々の間から、その女性の姿があぶり出される。
両肩の家紋が特徴的な道着を身にまとった姿が。
小野寺流総合武術道場の道着である。
それも師範の。
「――よく考えたら、
同時にあぶり出された人影も、小野寺流総合武術道場の道着を身に着けている。
師範の隣に立つこちらは、師範代の上に、男性だが。
「――七年前は加害者と被害者の身内という関係上、警察が会わせてくれませんでしたから」
「――本当はわたしたちの手でお前やあとの三人を下したかったけど、(息子に)先を越されて悔しかったわ」
むろん、気分は爽快と無縁である。
果たしてもちっとも嬉しくない初対面なので。
「――どうしよう。
むろん、その形状データは、保存してある
そして、前回と同様、鷹のバッジがある位置の特定に成功すると、小野寺
文字通りの意味で、一直線に。
引きとめる間もなかった
物体探知装置から定期的に送信される鷹のバッジの現在位置情報を頼りに。
地元の警察もそのあとに続く予定だが、足並を揃えるのに時間がかかる上、それだけに警察力のすべてを割くわけにはいかず、現場で執っている署長の指揮能力をもってしても、管轄内の状況把握と、変化による対応の態勢と現状の治安維持が精一杯であった。
そういった事情なので、テロ組織が潜伏している山奥に入った自警団だけが、直面した事態に対応できる組織的な部隊だった。
その最中に、誰よりも真っ先に向かった
しかも、その直後、
それでも、その反応が、こちらに近づきつつある事実に、一時は安堵したが、それが途中で停止したまま、一向に動く気配がないことで、ふたたび危惧にとって代わった。しかし、
「……テロ組織に捕まってなければいいんだけど……」
しかし、依然として二人の友達を発見できない事実に変わりがなく、
それに対して、隣に立つ
「――それは大丈夫です。もし二人とも捕まっていたら、捜索自体、していません。にも関わらず、こんなところでいまだ続行しているのは、向こうもまだ発見できていない証拠。そして――」
「~~キサマらァ、なんでこんなところにィ~~」
「――わたしたちとの遭遇も想定外であることも――」
――証明してくれた須賀のセリフも拝借して、
「~~あの小僧といい、どうしてわかったァ? 人質の居場所をォ~~」
須賀は怨嗟を込めた声で問いただす。
それは妻の
その
威嚇するような足音をたてて。
須賀は一瞬ひるむが、すぐに立ち直ると、側背に並び立っている
その動きに応じて、
その間に
しかし、悠然としたその動きに、危機感や緊張感は皆無であり、余裕すら窺える。
ただし、眼光だけは、油断なく。
「――観静さん。これで全員? テロ組織は」
「――待ってください。いま、物体探知装置の
沈着な口調で答えた
「――少なくても、あの二人はこの中にいないみたいです」
視線を左右にめぐらしながら、そのようにつけ加える。むろん、『あの二人』とは、テロ組織のリーダーとその幹部――久島
「――恐らく、どこかで静観しているのでしょう。
「――ですが、この場だけでも、二〇人はいますね」
周囲の気配を探りながら。
「――目視で確認できた数よりも多いわ、あなた。伏兵の存在は確実ね」
「――いずれにしても、こちらから動くのは、得策ではない状況です。わたしたちを地中に転移・圧死させる隙を、
「――観静さんが、その対策として開発した試作品を全員身に着けているとはいえね」
「――けっ、
「――大丈夫ですよ、観静さん。
穏やかな口調で
「――あっ、そうか」
失いかけていた落ち着きを、思い出したかのように取り戻す。
「――とはいえ、この状況を長く膠着させるわけにはいきませんね。
「――お前らか。あの第二次幕末の動乱で成り上がった、小野寺という士族の家名を持つ夫婦どもというのは――」
「――するまでもなかったようですね」
三人を包囲している環の一角から、テロ組織|に所属する
隣に並んでいた須賀の険しい視線を無視して。
少年の声質に似合わず、尊大な物言いが、
実際、妻の前に出て来たその
小野寺夫妻や
「――だとしたら、どうなの? 士族のおぼちゃま」
正面の小野寺
「――お前、『桜華組』の生き残りなんだってな。オヤジから聞いた話じゃ――」
「……………………」
「――なんでも、第一次幕末の『新選組』さながらな活躍を、第二次幕末でもしていたそうじゃねェか。オンナのクセに」
「…………………………………………」
「――けど、しょせんはオンナ。オトコのオレにかなうわけがねェ。ましてや、戦闘のギアプを装備したオトコ相手では、なおさらだぜ。あの平民のヤロウは、
(――あ、そうなんだ。それなら、間違いなくあの二人にも反応するわ。さっそくアイツに知らせないと――)
それを聞いた
その間、士族の少年はさらに口上を垂れる。
「――お前らを倒したら、あの平民に
――した。
士族の少年は、瞬時に間合いを詰めた小野寺
反応らしい反応や、認識らしい認識も見せぬまま。
なんの苦もなく、あっさりと、であった。
「――残念、だったわね」
「――生憎と、足場の悪さで使えなくなるほど、小野寺流の移動術は非実戦的ではなくてよ」
眼差しも皮肉げだった。
「――
そして、そこまで言って視線を上げると、
「――息子は『三速』まで反応できるようになったわよ」
正面の須賀を睨んで言い放つ。
いささか親バカ的な内容ながらも。
「……くっ!」
しかし、威嚇としては充分ずぎる効果だった。
須賀はあからさまに怯み、あとずさる。
それは他の
「――
「――お願いします、観静さん」
二人のやり取りを背に、
「――息子が世話になったね。七年前の件も含めて」
「……………………」
「――おかげで、色々と苦労させられたわ。アンタに関わった人たちは」
「…………………………………………」
「――はっきり言って、うんざりなのよね。いいかげん、
「――だから、打たせてもらうわ。その
その宣言に、須賀の背筋に戦慄の冷刃が駆け上がる。
「――感謝しなさいよ。アンタの望み通り、決闘に応じてあげるんだから。アンタが七年前の犯行に及んだのも、それが目的だったんでしょ」
「――――――――」
「――アンタのような卑劣漢の望みを叶えてあげるのは本意じゃないけど、しかたないわね、この際」
「――――――――――――――――」
「――さァ、どうする?」
「~~そんなの、決まってるだろうがっ!」
須賀は咆えた。
自身を奮い立たせるかのように、全身を侵食しつつあった恐怖をねじ伏せる。
そして、残存する
「――お前ら、手を出――」
「――せる状態ではありませんよ。すでに」
須賀のセリフを先取りした
それこそ、すでに。
「うわワァわァぁっッ?!?!」
驚愕した須賀はうわずった叫びを上げながら反射的に飛びずさる。
「……なっ?! ナッ?! なッ?! ナっ?!」
口もろくに動かせなくなるほどに。
「……えっ?! エッ?! えッ?! エっ?!」
それは
しかし、須賀よりも早く混乱から立ちなおると、無意識に周囲を見回す。
包囲していたテロ祖機の
「……い、いつの間に……」
背後に立っていたはずの
まるで
狐さながらの糸目なだけに。
「……いったい、どうなって……」
茫然と立ち尽くす
そして、等速で脳内視聴を続けていると、
「……やっぱり……」
推測が確信に変わる。
それも、迅速な動きで。
しかも、物音のひとつすら立てずに実行していた。
さずがに『瞬歩』ほどではないので、その行動は
「……台所で料理していた
その
「……そ、そんなバカな……」
それに対して、須賀はいまだに驚愕から立ち直れないでいる。第二次幕末の動乱を経験した元士族とはいえ、『気殺』の存在は豆知識のレベルでしかないが、それでも、誰にでも使える技ではないことは、武術の心得がある者なら、容易に想像できる。少しでも身動きしたら、たちまち存在が認識されてしまうあろうことも。なのに、あれだけ派手に立ち回っておきながら、まったく気づかせないとは、とても信じられなかった。
「……人間業ではない……」
としか……。
「――さァ、これで邪魔者はいなくなったわァ」
その声に、目の前の現実に意識を引き戻された須賀は、目の前で対峙している相手に、視線も引き戻される。
「――よかったわねェ。その心配がなくなってェ」
その相手たる
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
ねじ伏せたはずの恐怖と戦慄で、ふたたび。
テロ組織に加入してから一滴もアルコールを摂取してないのに、それと同様な症状におちいる。
足取りも千鳥足よりもおぼつかなくなる。
いつ倒れてもおかしくない自身の身体を、
「……くっ……」
かろうじて支え切る。
自身の二本足で。
士族としての
わずかしか残っていないとはいえ。
「……………………」
その姿に、
そのリーダーや幹部も、例外ではない。
その二人の背後に見え隠れする黒幕も。
「……………………」
一方、なんとか踏みとどまった須賀であったが、勝算はない――
――わけでなかった。
須賀は相手を見据えると、光度を通常までに抑えた
「……………………」
両者とも無言で。
通常の剣では届かない間合いで対峙する。
刀身を早斬りのように伸長させれば、話は別だか。
「――さァ来いっ! 『瞬歩』でっ!」
自身に喝を入れる形で、須賀はそれを誘う。
小野寺流前屈立ち式突進型移動術を。
「――いいわ。望み通り、使ってあげる」
その宣言に、須賀は内心でほくそ笑む。
こちらの挑発に乗った証を見せつけてくれたのだから。
ただし、こちらの刀身は無色透明の
目に見えないその切っ先は、相手に向けられていた。
当然、無色透明なので、相手には見えない。
見えない以上、認識できるわけがない。
『気殺』と同じである。
そうとは知らずに『瞬歩』を使えば、串刺しは必然である。
それも自ら。
神速なだけに、相手の間合いを一瞬で侵略するそれが、仇となるのだ。
自滅同然に等しかった。
「――今度は『二速』でね」
それを聞いて、須賀は内心で確信する。
自身の勝利を。
相手の動きが見えなくても、相手が到達する位置さえわかれば、見えなくても支障はない。
すなわち、目の前に。
(――さァ、来いィッ!!)
と、須賀が内心で咆えた直後――
――
『瞬歩』で。
待ちに待っていた瞬間に、大きく口を開いた須賀は、
「――
――てずに敗北した。
右側頭部から地面に側転して。
左のこめかみに
視認も反応もできないまま……。
「――残念、だったわね――」
その態勢と残心を解いて立ちなおした
「――罠がミエミエだったわよ。無色透明の刀身よろしく」
だから、須賀の前ではなく、その真横に向かって『瞬歩』で突進し、そこでいったん止まったのである。そして、そこで立ち方を変えると、真横に向いたまま、真横へ移動し、そのまま須賀のこめかみに横肘打ちを叩き込んだのだ。
小野寺流騎馬立ち式
『瞬歩二速』と同等の
「――これでこの場にいるテロ組織の
見届けていた
「――観静さん、反応はどうですか?」
視線を転じて尋ねる。
「――ええ、付近にはありませんわ。遠方のふたつだけを除いて」
「――わたしも感じないわ。人の気配や殺気は――」
「――わたしもです。では、確定ですね」
そう言って
「――助かりました、観静さん。観静さんがテレ運で取り寄せてくれた物体探知装置のおかげで、相手の正確な人数と位置が把握できました」
年少の少女に礼を述べる。
「――あれだけ雑多な人数で取り囲まれては、ノイズが激しくて、気配の察知も精度が落ちますからね。誰にも気づかせずに全員を倒すには、厳しかったです。さすが、
「――物体探知装置――だっけ? 助かったわ、
「――え、ええェ、そ、そんなァ……」
物体探知装置の機能でテロ組織の人数と位置が正確に把握できたのは、鷹のバッジ盗難事件の際に起きた偶然が
盗まれた鷹のバッジの探索に、試作段階だったその装置を使用した時、探知したのは、鷹のバッジではなく、
その時はその時に求められていた機能が発揮できず、落胆したが、後になって
形状データに反応したのなら、ギアプにだって反応するのではないかと。
形状データやギアプも、人間の記憶を元に構成されているので、その意味で
そして、その事件が解決したあと、誤探知した時の機能構成を再現し、実験した結果、予想通りとなったのである。
消息を絶った
ただ、ギアプの種類は千差万別なので、テロ組織にしか反応できないギアプを選択する必要があった。また、戦闘のギアプも千差万別なので、当てにはならない。残されたのは、氣功術のギアプである。戦闘のギアプを発揮させるには、
あとは、テロ組織の全員が、リミッターの呼吸法のギアプを
むろん、味方にリミッターの呼吸法のギアプを
「――残りは、リーダーと幹部の二人だけになったわね」
「――けど、逃がすつもりは毛頭もありません。だから単独で向かわせたのですから」
それに夫が応じると、
「――大丈夫かな、あの二人を相手に」
「――大丈夫ですよ。あの二人の注意をわたしたちに向けさせたのはそのためなのですから。それに、わたしたちに施してくれた対策も、観静さんが同様に施してありますし」
「――そう、ですけど……」
「――それに、残りの二人も、この事態に動揺を禁じ得ないでいるはず。その心の隙を突けば、一人で事足ります。信じてあげましょう」
「……そう、ね」
最初こそ心配そうにためらっていたが、やがてその表情に信頼の明るさが灯る。
中学からの馴染に対する。
「――不安なら、わたしが増援に向かうけど」
「――そうですね。それでは、そうしましょう。息子と
「――では、さっそく行動を――」
と、言いかけて、
「――する前に、少し嫌がらせをしておきますか」
その先端の端末から、青白色の光が閃いた。
アナログカメラのフラッシュさながらに、周囲の森林を一瞬だけその色に染めあげた。
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