第4話 小野寺勇吾にも及んだ影と懊悩
「――うわっ!?」
相手の迫力に押されて。
「――なにやってるのよ、もう」
「――ホラ、もう一度」
そして、起立をうながすと、渋々とそれに従う息子を背に、開始線まで戻る。
「……なんや、いまの……」
道場内の壁際で小野寺
正座による膝の痛みが吹き飛ぶほどの衝撃的な瞬間に。
空手に似た道着を、両者は身にまとっている。
「――あれが小野寺流前屈立ち式突進型移動術――『瞬歩』だそうよ……」
隣で同じ姿勢で座っている
「……『瞬間移動』っちゅう超能力やないのか、コレ?」
それを聞いた
「……ええ。瞬間移動じゃないのよ。凄いことに……」
だが、返ってきたのは、ともすれば安定を欠きそうな口調で否定した
「……なんちゅう
「……アタシもそう思うわ……」
「……でも、もっと凄いのは、あの『瞬歩』に反応できる
――という感想もつけ加えて。サイドビューだからこそ
「……そして、その
続けてつけ加えた
小野寺
小野寺流総合武術道場の床に差し込んだ夕闇の窓明かりが消えつつある、そんな時である。
「……
「……せやけど、肝心の息子がやなァ……」
同時に、相手のわずかな接近だけで萎縮し、何もできなくなってしまう親友に対して、残念な気持ちと惜しさでいっぱいであった。そんな致命的な弱点を、『早斬り』という神速の斬撃でカバーしたそれ自体は、観静
「……考えるまでもあらへんな……」
諦観の眼差しで小野寺
「――始めっ!」
審判を務める師範代の合図が上がった直後、一瞬にして相手との間合いを侵略する
「――うわっ!?」
それに対して再びへたり込む
母親たる師範の『瞬歩』に対して、なす術もなく。
今度は『早斬り』すら放てなかった。
ここまで実力差を見せつけられると、むしろ気の毒であった。
「――この調子やと、自警団に加われへんかもな、
だが、それと入れ替わるように、我が子同士との仲が悪くなったのは皮肉でしかないが。
そして、小野寺家の当主にして小野寺総合武術道場の師範である小野寺
『……………………』
むろん、
反応も視認も不可能な師範の『瞬歩』に。
実の息子といえど、手加減も容赦もない闘いぶりである。
だが、これはあえて本気で――全力で闘っているのだ。
今回の相手は、
その恐怖におびえる地元の住人や観光客が存在する一方、コラボ祭の中止を要求するテロ組織に対して、激しい怒りや義憤に駆られた地元の住人や観光客も存在し、アスネなどで自警団員の募集を呼びかけていないにも関わらず、一度実家に戻った小野寺一家と一人息子の友達は、その門前で待っていたその者たちと遭遇したのだ。
そのほとんどは、コラボ祭に合わせて休日を取らせた小野寺流総合武術道場の門下生たちで占められていた。
彼らの気持ちを、小野寺夫妻は嬉しく思ったが、同時に、夫妻から見ればまだ未熟な門下生たちを、危険な相手と闘わせるのは、本意ではなかった。たとえ、テロ組織の首謀者が、他ならぬ小野寺流総合武術道場の元門下生だとしても、その責を負うべきとしたら、それは道場の師範と師範代である。だが、そう説得しても引き下がりそうにはないので、ここは急ごしらえの自警団加入テストで
同然ながら、加入テストの内容は実戦形式な上に、その合格基準は極めて高い。
そしてそれは、実子ですら例外ではないことをアピールするために、自分の息子を加入テストの一番手として指名したのだ。
「……おいオイ。手も足も出ないじゃないか……」
「……超常特区の陸上防衛高等学校に通っている上に、そこで開催された武術トーナメントで優勝するほどの実力を身につけたっていうのに……」
「……やっぱスゲェぜ。オレたちの師範は……」
「……第二次幕末の動乱を戦い抜いた志士って、これが
「……だとしたら、
「……オレたち平民が、平民にされるのも、うなずけるぜ……」
正座で見学している門下生たちの間で、自分の意思では抑えられようにもないどよめきが、沸騰を始めた水のように上がり始める。彼らもまた、テロの首謀者のように、法的に制度化された格差社会の中で、少しでも将来の可能性を広げようと、小野寺流総合武術道場の門戸を叩いたのだが、小野寺家の当主たるその道場の師範が、門下生に対して初めて見せた本気と実力に、ただただ驚愕と感動に震えていた。そして、それに幸運や誇りも加わった。身分や
それだけに、憤りを覚えずにいられなかった。
これほど恵まれた稀な環境に、いったいなんの不満があって自分から道場を去り、超常特区で連続記憶操作事件を引き起こした挙句、今回のローカルテロに及んだ元門下生に対して。
「――はい。ここまで」
小野寺流総合武術道場の師範が、手を叩いて宣言する。
だがそれは、手も足も出なかった対戦相手の一人息子よりも、門下生たちに対して向けられたものだった。
門下生たちの決意が鈍りつつある気配を、どよめきから感じ取って。
「――どうやら成功したみたいね」
師範たる
「――これで加入テストを受けようと前に出る門下生は、一人も現れないでしょうね」
身分は同じだが年齢はバラバラな門下生を見やりながら、
その間、試合が終了した道場の中央で、小野寺
「――さァ、次はだれ?」
師範が次の対戦相手を所望する。
「――遠慮なんて要らないわ。今日は特別に師範のわたしが相手になってあげる。こんな栄誉を逃す手は、いまに置いてなくてよ。だれでもいいから、わたしの前に出てきなさい」
『……………………』
――が、むろん、だれも出てこない。
相手になるわけがないことを、これ以上ないほどに痛感させられては。
自分たちよりも強い(はずの)師範の息子ですらこの有様では、なおさらだった。
「――ご苦労さま、
「……うん……」
「――どうしたの?」
それを見て、
「……………………」
「――そう落ち込むなや、
そこへ、
「――アレはもう次元が違うってレベルじゃあらへん。
――つもりで掛けられたセリフに、
「――――――――――っ!!」
落雷に打たれたような衝撃が、
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
糸目の表情が苦渋と恐怖にゆがみ、
それも当然であろう。
――と、凛は思う。
今しがた言った
「――このままじゃ、七年前みたいな失態をまた犯してしまうわよ」
というセリフを。
「――昨日は
も。
無論、小声だったので、
励ましたつもりだった
「……間違い、ないわね……」
この一日で
超常特区ではすでに都市伝説と化しているヤマトタケルの正体は、小野寺一家の間では公然の秘密になっている事を、
それでも、卒業まで知られずに済むがどうか、はなはだ心許ないが。
だが、いまの
目前までせまっている重大で深刻な懸案に比較すれば。
ましてや、ふたつ同時ではなおさらだった。
ひとつは、萩原
これまで、帰省時期の盆と正月だけは地元を離れていたので、今年もそうだろうと、なんの根拠もなく、無意識に思い込んでいた。
それに気づく
その際、幼馴染にとって唯一の女友達の名前が上がったことで、それに至ったのだ。
今年だけは、その限りではなかったことも。
ようやく仲直りを果たせた幼馴染との楽しい想い出を、地元で作ろうとした矢先に突きつけられた、それは現実だった。
よりによってとは、まさにこの事であった。
事情や立場は違えど、心境は幼馴染と同じである。
自分の父親から、萩原
ゆえに、夏祭りの手伝いに、
もし、今年は地元に残った萩原
その配慮と洞察は完全に正しかった。
そのあと、折しも、ローカルテロ組織のテロ予告をアスネで知ると、状況と対応を聞くべく、両親とともに地元の警察署へ駆けつけ、そこで
「――アンタが今回の騒動を起こしたんでしょっ!? アタシの企みを知ってっ! コラボ祭が中止になれば、それがご
この暴論が、
むろん、事実無根もはなはだしい言いがかりだが、士族に対する
それを、地元の警察署で再確認させられたのだった。
この暴論に腹を立てた
自分と同じく、士族を憎んでいると信じて疑わずに。
「……………………」
それに対して、
後ろ髪を引かれる思いで顧みる幼馴染の後姿を。
その時だった。
今生の別れになるような予感が、
それが、もうひとつの、深刻で重大な懸案であった。
もし、七年前と同じ過ちを繰り返してしまったら、今度こそそれが現実化してしまう。
精神的な意味で。
その時に及んで、自分から『ヤマトタケル』の正体を明かしても、後の祭りである。
仮に今から明かしても、通常
それに、その『ヤマトタケル』
だからこそ苦労しているのだ。
これほどまでに。
『勇』の一字を名の一つとして命名してくれた両親に対しても、申し訳がない。
幼馴染にいたっては、言わずもがなである。
無論、このままでいいわけがなく、前述の経緯で、自警団の加入テストを受けることで、克服を試みた。
もはや、なりふりを構ってなどいられなかった。
だが、結果はご覧の通りである。
一朝一夕で身に着けられるものではないのは充分承知している。
それでも、せめて
しかし、その手応えは、まったく感じなかった。
――である以上、
「――それにしたって、容赦あらへんなァ、
今の
「――誰も出てこないようね。なら、こちらで次の相手を選ぶことにするわ。それじゃ、わたしの前に出なさい。龍堂寺
小野寺
「……………………………………………………………………………………………………へ?」
――とは、微塵も欠片も思っていなかったので、それを耳にした途端、その耳を疑った。
誰よりも真っ先に。
「――なにボサっとしているのよ。さっさと師範の前に出なさい。なんのためにアンタもアタシも道着を身に着けて正座しているのか、その時点でわかるでしょ」
「イヤイヤイヤイヤッ!! 無理むり無理ムリッ! ワイじゃ相手になるわけがあらへんやろぉっ!! それはおまいだってわかるはずやでェッ!!」
そのあとに続く拒絶や同意も、大げさな
「――残念だけど、わからないわ。アタシ、陸上防衛高等学校じゃ、工兵科だから」
これも冷たくあしらわれてしまう。むろん、
その理由は後述で明らかになる。
「それを
「――いいから出なさい。ここでのアンタは、士族とはいえ、なにひとつ公的な権限を持たないただの一般市民なんだから」
痛いところを突かれたからである。
学業の傍ら、超常特区で警察の職務を遂行している
超常特区という地方自治体の運営は、教育分野で活動しているその関係者を除くと、そこに住む一〇代の少年少女たちに一任されているが、その人口構成で落ち着くのに、一筋縄ではいかない紆余曲折を、当時の中央議員たちは強いられていた。
理由は明白。二十歳に満たない少年少女たちに、府県
ギアプの補助や、超常特区特有の精神的
教育分野は成人以上の大人が必須なのは、年齢的に考えて、これも当然だが、それ以外の分野――特に、行政、司法、立法の三権に関わる、政治、議会、警察、裁判といった公務は、精神的に成熟した大人でなければ、運営の停滞だけに留まらず、破綻の危険すらはらんでいた。
それが中央議会に挙げられると、中央議員の間でその危険性に気づき始め、次第にその方向で議論が纏まるかに見えたが、結局、見えただけで終わった。
原因は適用範囲と希望者の肥大化であった。
一応、公務に携わっている中央や地方の公務員に対象を絞って、超常特区での勤務希望者を募集したのだが、その人数が桁違いなまでの値を示したのだ。その比率は全国で従事している公務員の約八〇%に達した。無論、希望者全員を超常特区に転勤させるわけにはいかず、様々な条件や審査で
このまま議論が長引けば、第二日本国の統治にまで支障がきたしかねなかった。ましてや、公務員の口からサボタージュを示唆する発言までされたら、なおさらであった。今度は第二日本国が、運営の停滞や破綻の危険にさらされる番となった中央政府は、結局、この問題が議題に挙がる前まで、時計の針を戻すしかなかったのである。
それでも、成人以上の公務員たちの間では、超常特区の統治と運営を、一〇代の少年少女に委ねることへの抵抗が、以前とあり、慢性的な不満がくすぶっていた。これも放置すれば再燃しかねないと判断した中央政府は、超常特区で公務に従事する成人以下の公務員たちの職権適応範囲を、超常特区のみに限定する法案を採択することで、ようやく沈静化が計れたのであった。
つまり、超常特区以外の地域では、超常特区の自治体が発行した、警察などといった公的権限がいっさい通用されないのである。
成人以上の公務員たちからすれば、超常特区の統治と運営は、生徒会の延長的な感覚で受け取っているのだ。
超常特区の統治と運営の最高責任者たるその肩書きが、『統合生徒会総生徒会長』という名称で呼ばれているのが、なによりの証左である。
形式的には府県知事と同等だが、実態は子供を子供あつかいする大人げない大人さながらの対応と待遇であしらわれている。
中央警察の要請で、S級犯罪特殊能力者用刑務所へ出向することになった龍堂寺
そして、アスネに拡散された捜査対象のテロ予告を、実況見分中だったS級犯罪特殊能力者用刑務所で知ると、上司にあおいだ命令で、ただちにテレタクで
龍堂寺
脱獄した国事犯級の囚人に関する情報を、これまでの捜査協力で一通り得た上に、今まで抑え続け得ていた前述の悪感情が、ついに爆発し、上司の命令も相まって、ためらうことなく実行したのある。ただ、地元の警察署長だけは、
「――
と、信じて。
――というわけで、
「――一本っ! それまでっ! 龍堂寺
――になるのは、当然の結果である。
龍堂寺
とはいえ、最初から加入テストを受けさせるつもりもなければ、加入テスト自体、実施する予定もなかった。だが、前述にあった自警団加入希望者の殺到と事情を受けて、実施することになり、加入希望者の手前、例外を認めるわけにはいかないので、形式と体裁を繕うべく、
合格を前提に。
「――やるじゃない。このわたしに一本を取るなんて。さすが、息子と同じ陸上防衛高等学校で厳しい鍛錬を積んでいるだけのことはあるわ」
師範から手放し同然の賞賛を、
「……………………へ? ……………………え?」
わけがわからないまま……。
それも当然である。
なし崩し的に受けるハメになった加入テストの試合で、開始の合図が上がってから、終わりの合図が下りるまでの間、指一本すら動かしてないのだから。
対戦相手の師範も。
通常なら首を大きく傾げるべき事態と事象なのだが、通常からほど遠い師範の、視認や感知が不可能な闘いぶりなら不思議ではないと、観戦していた門下生たちは、無意識かつ無条件で思い込み、納得したのだ。
先入観に惑わされて。
「――ま、無理もないわね」
「????????????????????????????????????????」
門下生たちから驚嘆された
これも当然である。
今回の出来レースについて、
前述のわからないフリを取ったのも。
――なので、
(――ふん。ザマァ見なさい――)
連続記憶操作事件が解決してからすっかり
「――次、観静
師範に指名されたショートカットの少女は、指名者ほどではないが、それでも充分な美貌に落ち着き払った表情で返事し、正座の姿勢から立ち上がると、颯爽とした足取りで師範と対面する。
「――大丈夫やろか?
自警団の無条件加入が。
その理由が、
また、
ゆえに、本来なら地元の警察に協力させた方が格段に有益なのだが、士族出身の公安にその申し出を拒絶されては、署長の
――こうして、即席で結成された自警団の即席加入テストは終了した。
合格者は龍堂寺
審査側の意図に即した事実上の人選であった。
「……………………」
辺りはすっかり闇夜に包まれ、昼間と変わらぬ位置にある陽月が、闇夜に覆われた中庭を薄く照らすが、見通しは真昼のそれからほど遠い。
一軒家や道場から遠く離れているプレハブでは、
現在、即席で結成された自警団は、即席の加入テストで合格した二人の少年少女を加えて、小野寺流総合武術道場の師範代たちを中核に活動中であり、その師範と主席師範代は、彼らのために、前述の作業に従事しているのである。
テロ組織の暗躍に、地元が不要不急な活動を自粛している状況下では、他所から家政婦を呼ぶわけにはいかなかった。その上、素人でも作れる
そして、分担された役割の中で、小野寺
食事はともかく、自警団に加入できなかったのは、当然の結果だと思っている。
あの醜態では。
この前の武術トーナメントで優勝を果たせたことで、多少の自信はついたのだったが、そのついた自信は、志望してやまない将来の職業に対してであって、勇気ではなかった。
その履き違いを、この加入テストで気づかされたのだ。
自身の母親から。
意思消沈するのも、無理からぬことである。
かといって、このまま何もせずにただ傍観するわけにはいかなかった。
こんな自分でも、なにかできることがあるはず。
たとえどんな状況におちいっても。
それは――
「――今の自分にできることをする」
事と、
「自分にできることを可能な限り増やす――」
事の二つを、常に行い続ける。
それが、父親たる小野寺
息子はその教えを一瞬たりとも怠らずに守り続けている。
今回も例外ではない。
現に今の自分に何ができるのか、一生懸命考えている。
それが、今の自分にできる、精一杯の事である。
そんな時だった。
(――
という声が、エスパーダの
「――
(――
(――えっ?!)
(――そしたら、そこを動かないで。眼球も――)
(――えっ、ええェッ?!)
かけるなり出してきた幼馴染の指示に、
それからほどなくすると、
「――
の、姿が、
テレタクの
「……やっと、会えた……」
幼馴染と対面した
「……
幼馴染の様子に、
同時に、
今生の別れを、昼間の警察署で予感させられては、無理もかなった。
「……
だが、その元凶の名を、
「……………………」
テレタクの利用手順を守らなかった上に、その友達の隙を見てまで会いに来た理由も、それに違いないのだから。
「……………………」
だが、
どう切り出せばいいのか、わからずに。
「……………………」
わかっているのは、想い出づくりどころではないことだけ……。
『……………………』
……結局、小野寺家の中庭に、重苦しい沈黙が下りる。
「――久しぶりだな、お前ら」
――ことなく破られたっ!
静かな声で、不意に!
『――っ?!』
――かけられた二人の幼馴染は、驚いた表情でその方角に視線を揃える。
「――あれから七年――が、経った割には、あまり変わってねェなァ」
その先に佇んている一個の人影を認めたそれが、あざけり混じりに懐かしむ。
「――特に、その糸目の小僧はなっ!」
突如、憎悪で煮えたぎった口調に転じて。
「――――――――――っ!!」
その怒号に、
落雷に撃たれたかの如く。
縦一直線に全身を貫いたそれは、一撃目の比ではなかった。
恐怖と戦慄の鉄鎖が、青ざめた
金縛りさながらに、身動きが取れなくなる。
その背後に隠れた
幼馴染の背中を掴まなければ。
「……う……」
「……ウソ、でしょ……」
人影を視認した
そう。
忘れるわけがない。
忘れられるわけがない。
記憶操作を施しても、きっと。
二人の幼馴染にとって、両者の仲を裂く根源的な原因となった元凶が、何の前触れもなく目の前に現れてはっ!
正確には、その四人組の一人である。
七年前の地元で起きた鈴村
「……
という名を。
人相も、出で立ちも、七年前と変わらない。
濁った瞳、恨みがましいヒゲ面、生地は立派だが手入れがまったくされてない剣道着に似た服装。
七年前から時が止まったかのような、それは姿だった。
少なくても、その被害者である幼馴染たちの目には映った。
それだけに、鮮明にフラッシュバックする。
七年前の地元で遭遇した、残り三人の誘拐犯の姿も。
「――待っていたぜ、この時を。シャバに出た後、
「……う、うう……」
「――七年前、本当はお前を誘拐する予定だったんだが、そこの
「――それでも、成功するはずだった。あの時、あの小僧が不意打ちしなければなぁっ!!」
その声をふたたびび憎悪に転調させて咆える。
「……う……う……」
その当人は全身ごと震えあがった声で、ただただうめく。
その時の面影など素粒子レベルですら見出せないほどに。
「――だが、今回はそうはいかねェぜ。今のオレはあの時よりもはるかに強くなったんだからなァ。
目の前に立ち尽くす
「――それじゃ、あの時の
「――人質に」
それが、久川
――七年前、
そのあと、各地の刑務所にそれぞれ収監され、実行犯の一人が服役中に病死した。
それが久川
そして、刑期を終えて釈放された三人のうち、一人が再犯して刑務所へ逆戻りし、もう一人は別件の犯罪に手を染めた末に死亡。残りの一人は――
「――逃げるんじゃねェぞ」
――現在、
「――そうだ。動くなよ。動けばどうなるか、わかっているよなァ」
須賀
二人の幼馴染にとって、果たしたくなかった再会だった。
少なくても、前には。
そうなる前に放つべきだった早斬りも、その時点で不可能となった。
トラウマの擬人化に等しい相手との遭遇に、精神的な衝撃を受けて。
もはや
勇気にいたっては言わずもがなである。
あるのは七年前のあの時に戻ったような恐怖と、再会によってもたらされた戦慄だけだった。
その状態で取れる残された手段は、
それが『ヤマトタケル』
肉体的な活動が不可能になっても、精神的な活動までは不可能になっていない。
精神的な衝撃と混乱からかろうじて立ちなおった
――が、
(……で 出ない。
――状態に、激しく困惑する。
今回に限って。
よりによってとは、まさにこの時であった。
それが二度も立て続けに起きられては、なおさらだった。
後に判明したが、
精神エネルギーをエネルギー源とする様々な超能力や超脳力は、それを持つ者たちの精神状態に左右されるため、氣功術と比較すると、安定性に欠ける。それを、エスパーダや
だが、
(――なぜっ!? どうしてっ!?)
一度目よりも増して。
ましてや、そこまで思いが至らない状態では、なおさらである。
そこへ、さらに距離を縮めて来る須賀
(~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!)
呼吸が急速に荒くなり、心臓の鼓動も加速度的に速まる。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」
もう限界だった。
――直前、
「――須賀ァッ!!」
雷閃の如き怒号が、中庭にとどろき渡る。
と、同時に、須賀の姿が消失する。
青白色の剣閃が須賀の身体を斬り裂いたのも。
だが、半瞬の差で間に合わなかった。
斬り裂いたのは、半瞬前まで実体があった須賀の残像だけだった。
「――逃げられたか、
「――二人とも、大丈夫?」
息子とその友人に尋ねる。
『…………………………………………………………………………………………………………』
だが、それに応えられる状態では、二人ともなかった。
肉体の方は大丈夫だが、精神の方は完全に大丈夫ではなかった。
特に
「……僕は、また……」
同じ過ちを繰り返すところだった自分に、かつてないほどの絶望感が襲いかかっていた。
小野寺家の中庭は、地元の警察官や警察車両であふれかえっていた。
そこの住居者からの通報で、急遽、駆けつけてきたのだ。
テレタクと物理移動の両方、もしくはその両方を組み合わせて。
超常特区ほどに防犯カメラが設置されてないため、出動の足並が揃えられなかったのだ。
ましてや、地元を騒がすローカルテロ組織の一員が現れたと知らされては、迅速な現着が最優先にせざるを得なかった。
それでも、手遅れであることに変わりはなく、現場検証と事情聴取が関の山であったが。
「――なんてことや。よりにもようて、
その光景を、道場の外壁を背に眺めている
「――それも、その隙を突いて」
隣にたたずむ
「――まるで見計らっておったようなタイミングでの出現や。やっぱ神出鬼没きわまりないで、
「――いいえ、実際に見計らっていたのよ、アイツは」
「――でなければ、不可能だわ。あの小野寺夫妻の隙を突いて
それを聞いて、
「いやイヤ、無理やろっ! 絶対にっ!」
「……けど、それしか考えられないわ」
「――せやなら、どないな方法で見計らっておったんやっ!」
怒鳴るように問いただすと、
「――
「――あるじゃない。防犯カメラや自分や他人の視覚を使わなくても、
「……なんや、それ?」
「――忘れたの?
そこまで言われた
「……『
に。
「――それなら、
「……せやった。それがあったんや、アイツには……」
「――どうりで捕捉でけへんわけや。それらの施設の機能を、
「――あの時に使った
「――超常特区と
「――もし、人跡未踏の広大な山奥を拠点に活動していたら、追跡はほぼ不可能よ。テレ管の
「――空から気球で捜索しても、森林が邪魔で見つけれへんやろうし……」
「――もはや、アイツ自身が、動くテレポート交通管理センターよ」
「――それも、テロ組織専用のな。留置場への誘導は不可能や……」
話せば話すほど気が滅入ってしまうので。
テロ組織が久川
現に地元の警察や公安が、一周目時代の警察機構と同じ捜査法で捜査しても、手掛かりの一本すら掴めずにいる。
一周目時代の日本に、そのような超能力者など存在しないのだから、通用しなくて当然である。
テロ予告の落書きやそれをアスネに拡散させた犯人やその位置が特定できないのも。
人跡未踏の広大な山奥を、
ましてや、複数の人間が複数のアカウントを個別に駆使してはなおさらだった。
特殊能力とアスネを最大限に活用した犯罪組織ならではの手口である。
ゆえに、二周目時代の第二日本国において、特殊能力者の犯罪を摘発するには、新たな捜査法を模索しなければならないのだが、暗中もいいところなのが現状であった。
観静
それが、現場にいる
だからこそ、こちらでも対策を協議していたのだが、前述の通りな流れの末に中断したのである。
それでも、協議は中断しても、思案までは中断しなかった。
(――個人でテレ管として運用するには、それなりの精神エネルギーが必要だわ。あの
少なくても、観静
(――でも、そこまで遠くに人体を飛ばせられても、その着地点の確認に必要な視点までは飛ばせられないわ。
――と、そこまで思案を巡らたその時、
「――
思わず声に出す。
「――なっ、なんやっ、
「――そうだったわ。
だが、見やられた方は、
そして――
「――
見やっている相手に見返し、頼む。
「――どっ、どないしたんやっ!? やぶからぼうに」
「――いいから早くっ! アタシの推測が正しければ、テロ組織を一網打尽にすることができるかもしれないんだからっ!」
――
「……………………」
家の居間の片隅に、無言で。
一時は
「……………………」
こちらも無言で。
一人息子がなにを思い悩んでいるのか、手に取るようにわかるだけに。
だからこそ――
「――
あえて断言した。
自分の想いを、率直に。
「――そんなものボクにあるわけがない――」
――と、顔を上げて反射的に叫びかけた息子のそれを素早く先取りすると、
「――なら、なぜ、
核心を突く問いで返す。
息子に穏やかな笑みを浮かべて見せて。
「――っ!!」
父親のそれと合わせた顔に、意表と盲点を同時に突かれたような表情が浮かぶ。
父親譲りの糸目にも。
「――よく、勇気を示してくれた
「――なぜなら、元々その人に勇気が備わっていたからこそ出せた勇気だからです。その
「……………………」
「――
「――――――――」
「――もし、それが、わたしの想像どおりなら、きっと大丈夫です。一度出せた勇気が、二度と出せなくなるなんて、ありえません。第二次幕末を戦い抜いた
中庭の喧騒が耳につくが、どちらも鼓膜の奥にまでは入らなかった。
「……………………」
そして、
その表情や足取りには、
「……………………」
遅れて立ち上がった
誇らしげな糸目の眼差しで。
結局、
口には出さなくても。
それは、洞察や
「……………………」
そんな小野寺
居間側の壁に背を寄せて。
うつむくその表情には、自己嫌悪の念がむき出している。
幼馴染に頼ろうとしていた自身の情けなさに。
「……………………」
いつも自分なりに考えて頑張っている。
そして、その姿に心を打たれた周囲が、自分から頼られに来るのだ。
それに対して、自分は自分なりに考えて頑張っているのか?
少なくても考えているのは確かである。
答えだって出ている。
だが、それを行動に移せるだけの決心がつかなかった。
それを、幼馴染に押し付けようとしていたのだ。
無意識の
その自覚のないまま、ふたたび頼ろうと幼馴染を捜していたら、この場面に直面したのだった。
そして、小野寺
「――――――――」
廊下を踏むその足音は、静かな力強さに満ちていた。
その後、
「――っ?!」
「――――――――」
あまりにも似ていたのだ。
記憶の奥底に眠る――
「…………
――の、後姿に……。
「――ちょ、ちょっとォ。なによ、いったい?」
たださずにはいられなかったのだ。
「――ちょっと目を離した隙にいなくなったと思ったら、突然アタシの前に現れて手を引っ張ってェ――」
「……………………」
「――ねェ、なんか言ってよ、
自分の手を掴んて連れて行くツーサイドアップの少女に、
「……………………」
その周囲には、二日後の夏祭りに向けて準備中の屋台が並んでいるが、テロ組織のテロ予告により、作業が中断されたままの状態で放置されている。しかも深夜なので、
それを悪用したテロ組織の遭遇も。
出くわしてしまった小野寺家の中庭と違い、ないはずである。
「……………………」
地元でできた唯一の女友達と。
「……ねぇ、
そして、おもむろに切り出す。
静かな声で。
「……アタシたち、友達だよね?」
「……な、なにを言ってるのよ?」
「……友達、だよね……」
だが、
、
「……もちろん、だよ」
困惑を心中に抱えながらも、うなずいて答える。
「……じゃ、聞いてくれる。アタシのお願い……」
今度は辛そうな口調で。
「……な、なによ。いったい、どうしたのよ……」
六年前とはまったく異なる友達の雰囲気に、
「――あ、そうか」
その見当がつくと、途端に困惑の色が消失する。
「――アイツのことね、小野寺
「…………………………………………」
「――まったく、どうしようもないヤツだね。イジメられても文句の言えないことを散々しておきながら、いまになって仕返しを企むなんて、ホント、士族ってクズな
「……………………………………………………………………………………」
「――しかも、今回の事件を起こしたテロ組織に、士族や士族崩れが関わっているっていう話じゃない。そいつらのおかげで、夏祭りや町おこしを含めたコラボ祭は開催の危機に立たされて、この有様よ。こんな状況じゃ、コラボ祭でアイツに恥をかかせられないし、いい迷惑だわ」
「――もし、アイツがテロ組織の一員だとしても、アタシはちっとも不思議に思わないわ。現にそのテロ組織のリーダーは、アイツの道場の門下生だったそうじゃない。アスネのカキコミに、そんなことが書かれていたわ。
そして、周囲に振り回していた視線を、根拠が絶無な邪推を述べながら正面に戻す。
――と、
「――えっ?」
その奔流を止めてしまう。
正面にいたはずの友達の姿が、いつの間にか消失していることに気づいて。
「――
それも当然である。
いましがた見回したばかりなのだから。
「――どこへいったの?
何度も見回し続ける
時が経つにつれて、その度合いは徐々に濃くなる。
(――まさか、アイツに
邪推も極まる根拠で決めつけたその時――
「――えっ?!」
――ようやく気づく。
何度も周囲を見回しても見つからない事象に。
それもそのはずである。
土下座で。
地面に額を擦りつけるほどのそれは、萩原
両者の他に誰もいない以上、それ以外に考えられなかった。
「――えっ?! ちょ、えっ――」
想定外の極致というべき事態に、
ただただうろたえ、当惑する。
立ったまま。
――では、気まずく感じ始めたので、
「……や、やめてよ、
混乱と当惑を引きずりながらも立ち上がらせようと伸ばした
「――アタシ、
地面に伏したまま発した
呼吸や心臓も。
幸い、そのふたつだけは一瞬だけだったが、その後に襲った衝撃は一瞬だけでは収まらなかった。
大きく見開いた表情も。
「……ごめんなさい。今まで隠していて。
自分の想いに命と魂を込めて。
「……でも、
「…………………………………………」
「――そんな
「……………………………………………………………」
「……そのあと、アタシは
「……………………………………………………………………………………」
「…………だから、お願い。アタシと
「…………………………………………………………………………………………………………」
それは、見栄も恥も外聞も、すべてをかなぐり捨てた、必死の歎願だった。
いまだ頭を上げようとせずに続けている土下座が、それを物語っていた。
幼児ですらわかるほどのわかりやすさで。
「…………………………………………………………………………………………………………」
歎願された
だが、それ以上のことや、それ以外のことは、まったくわからなかった。
自分はどうしたらいいのかすらも。
あまりにも衝撃的な告白に、思考は完全に停止し、心は整理をつけるどころではない。
頭を上げる気配のない
――だからこそなす術もなく捕縛されてしまったのである。
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