第3話 小野寺家および鈴村家のカオスでスパイラルな家族模様と濃さを増す影
「――いらっしゃい。観静さん」
――を、中庭で出迎えた三十歳半ばらしき外見年齢の男性は、温厚な顔つきに柔和な表情を作って見せると、さっそく背後にある大きな一軒家へと続く石畳みの道を開けて案内する。
「――わたしは
そして、自己紹介がてらに、自宅の宿泊をうながす。
顔つきや表情にふさわしい口調で。
目つきにいたっては息子そっくりだった。
妻の
「――えっ!? よ、よろしいのですか?」
「――もちろんですとも。
小野寺
「――それに……」
だが、その後……
「……ご迷惑までかけてしまっては、なおさらですからね……」
負い目と罪悪感でいっぱいな表情と口調に変えてつけ加える。
「……それも、妻子ともども……」
「…………………………」
それもさもありなんであろう。
息子を出迎えに
右も左もわからないご学友の存在をそっちのけに。
そしてそれは、
先を行く
「……こうなるのが目に見えているからわたしが迎えに行くと言ったのに、妻は『大丈夫』の一点張りで我を通したのです。小野寺家当主の権威を振りかざしてまで。なので、そうではない
「……奥さんが当主なのですか……」
ただ、
「――たしか、
「――
その返答に、
正真正銘の珍しさに。
女性が当主である士族の家に
そのような事情なので、小野寺夫妻のような組み合わせは、極めて稀な上に異色なのである。
だが、いい意味での異色な組み合わせである。
小野寺夫妻の間に生まれた一人息子がそれを物語っていた。
「――ねェ、あなた。ちょっと聞いて。この子ったらねェ」
「――父さん。母さんってこんな事を言うんだよ」
論争中の小野寺
怖れていた事態の発生である。
このままではいつ自分にまで振られるかわからない。
その危惧を、
一度巻き込まれたら翻弄は必至だった。
論争の
どちらの肩を持とうが持つまいが、関係なく。
なので、
「――とりあえず、まずは客人を客室まで案内して落ち着かせてからにしましょう。話はそのあとで聞きます」
「――大変でしたね」
「えっ?」
突然の感想に、
「……そ、そんなことはありません。むしろ、
「――いえ、違います」
「……え?」
「――二ヶ月前に解決した連続記憶操作事件のことです。それに至るまで、相当な苦労を、息子に出会うまで、一人で色々と抱えて。
思いも寄らぬ
「――いっ、いえ、そんな。……それに、無事事件が解決できたのは、ほとんど
「――そうですか。それでは、観静さんはすでに知っているのですね。
「――えェッ?!」
思わず声を張り上げた
「――しかも、そのことは誰にも告げていない。
安堵に似た微笑を浮かべてつけ加える。
「――安心しました。もしそのことを全国の
「…………………………………………」
すべてを見透かしたような、息子そっくりな糸目で。
「――これも安心してください。別にテレハックで観静さんの思考を読み取って知ったわけではありません。そもそも、わたしにそんなことはできませんし」
「……それじゃ、いったいどうやってそれを……」
「――何事に対しても察する能力――『洞察力』です」
静かに答える。
「――アスネやエスパーダに類する情報収集手段が存在しなかった第二次幕末の動乱では、この『察する能力』は生死の明暗を分けるほどに重要な能力ですからね。具体的には『観察』、『推察』、『考察』ですが。むしろこちらの方がテレハックよりも多くかつ効率的に、相手のささやかな挙動や言動から情報を収集・分析することができます」
「…………へェ…………」
「――でも、
「――たしかに、結果から逆算すればそうなってしまいますね」
「――正直に言いますと、わたしは息子を軍人や家の跡継ぎにする気はありません。むしろ好きな道を選んで欲しいほどなのです。強くなれなくても、勇気さえ持てるようになってくれれば……」
「……それじゃ、どうして……」
問い続ける
「……その『好きな道』が絶望的なまでに向いてないからです……」
それを証明するかのような光景が、
……
「…………………………」
――のに……
(……なにがあった?! この一分の間に、この居間で……)
ヤマトタケルよりも。
「なにやってるのよ
「そんなの、掃除に決まってるだろうっ! これはそのための修行なんだっ! 母さんだって知ってるはずだよっ! ボクの志望をっ!」
「アンタまだそんな寝言を目を開けたまま言ってるのっ!? 糸目とはいえ、器用にもほどがあるわっ! いい加減認めなさいっ! そして諦めなさいっ! 専業主夫なんて絶対になれないことをっ! アンタには職業軍人と小野寺の家督とその総合武術道場を継ぐしかないのよっ! 適性的に考えてっ!」
「それこそ絶対にイヤだっ! 戦いや争いなんてっ! なんで嫌いなものにならなきゃならないんだっ!? ボクは専業主夫になるっ! だれがなんて言おうと、絶対になってやるっ!」
「たったいまこの居間をこんな
「もちろん父さんだよっ! 父さんは家事の名人だもんっ! 母さんとちがってっ!」
「失礼ねっ! 母さんだって本気を出せば
「……ああ、路地裏で出会ってからずっと繰り広げられていた口論が、止むどころかさらに
最後のセリフは
感想というより嘆きだが。
「……観静さん。これでも、息子の志望どおりに進路を定めさせてもいいと思います?」
「…………………………………………………………………………………………………………」
否、答えられない。
記憶操作されても思えなかったので。
ましてや、温厚な顔つきに沈痛な面持ちをたたえて再度ただされてはなおさらだった。
そうしている間にも、小野寺
「――
「うんっ! 思ってるっ!」
勇吾ははっきりと即答する。
なんの迷いやためらいもなく。
「だって保障してくれたんだもんっ! 父さんが、はっきりとっ!」
『…………………………………………………………………………………………………………』
三者の視線から
――否、明らかに
「――あなた、まだ
「母さんなに父さんに言わせてようとしてるのっ! それでボクが諦めると思ったら大間違いだぞっ! ボクは専業主夫になるんだっ! だれがなんて言おうが、絶対にっ!」
……そして、母と子の間でふたたび激しい論争が始まる。
「…………………………………………………………………………………………………………」
それを見計らっていたかのように、背けていた視線を戻した
「……わかっています。しょせん、後先を度外視したその場しのぎでしかないということは……」
それに即刻耐え切れなくなった
「……でも、こうでもしないと、その場すら凌げなくなってしまいます。後先まで考えたら……」
苦悩に塗れた表情と口調で。
「――なら、もう一度証明して見なさいっ! アンタが専業主夫に向いているか否かをっ!」
「うん、いいよっ! 証明して見せようじゃないかっ! 今度は料理でっ!」
「もしこの居間のような
「母さんこそもしボクが証明できたら二度とそんなこと言わないでよっ! この居間の
――そうしている間に、小野寺
怪獣のような足取りで居間を出た
最初は、この家の台所だと、
それは――
「……野外実験場……」
……を、想起した時点で、すべてを察した。
「――じゃ、始めるよっ!」
どうして台所だけが、隔離施設よろしく別個に建てられたのかを、当の本人たる
そして――
「――ほら、ちゃんとできたよ」
という結果が出た。
「……な、なぜなの?」
目の前のテーブルに置かれたカレーライスを凝視しながら。
自分の息子が作った料理である。
香ばしい匂いが、十畳間ほどの広さがあるプレハブの台所にゆっくりと漂う。
自分の意思に反して、それに釣られた
「……美味しい……」
という感想が、これも自分の意思に反してこぼれた。それにより、
「――当然だよ。これがボク本来の実力なんだから」
「……そ、そんな、バカな。家事オンチのアンタに、こんなに美味しいカレーライスを作れるはずが――」
(――ないよ。確かに――)
そんな小野寺母子を、
なぜなら、ひとつしか考えられない結論に、すでに達していたから。
そのさり気なさは、感知はおろか、認識すら不可能な次元に達していた。
それは
空気よりも存在感が絶無だった。
ゆえに、
それしか考えられないのだ。
理路整然と順を追って行くと――
・
・現に居間の惨状も、
・超常特区で犯した数え切れない惨事も。
・その上、
・そして
・家事がらみになるといつもの聡明さが暗黒化するほど悪くなる
――風になる。
ここまで観察、推察、考察、すれば、結論は出たも同然だった。
(……アタシがヤマトタケルの正体を知っている事や、それが知られている範囲も、こうやって洞察したのね。
胸中で語りかける
「――居間で犯した
「――超常特区で犯した数え切れない惨事もなにかの間違いなの?」
と、言いたい衝動を、
「――ふふん。将来専業主夫になるボクを、それこそ
友達の前ですら見せたことのない息子の不遜な態度と言動に、
「――なに言ってるのよっ! そんなわけないでしょっ! 増長もいい加減にしなさいっ!」
母親が迅速に立ち上がって
「――ほう。なら証明してよ。ボクが作った同じ料理で」
「いいわっ! 証明してあげるっ! 専業主婦志望だったわたしの
売り言葉に買い言葉そのままのやり取りと勢いで、母子の間で料理対決が勃発する。
そして――
「――さァ、できたわ。食べて見なさい」
完成した料理を息子に突きつける。
「――むっ!」
それを口にした
むしろ逆である。
自分のそれに匹敵するほどの美味しさを、
そのあと、自分が作ったカレーライスに手を取り、確かめるように味わう。
「――どうやら――」
「――互角、のようね――」
二つとも完食した小野寺母子はにらみ合う。
いまいましくも認めざるを得ないと言いたげな顔に、ご飯粒やカレーのルーを、それぞれ付着させて。
「……そりゃ当然でしょう。互角で……」
そんな母子を、
小野寺
数え切れないほどに犯した調理ミスを、認識が不可能な父親のフォローですべてカバーされた小野寺
「…………………………………………………………………………………………………………」
……これ以上の考察は、精神エネルギーの
「…………………………………………………………………………………………………………」
悟りを開いた僧侶と喩えるべきか。
無我の境地にたどり着いた達人と見るべきか。
どちらにせよ、凡人ではないのは確かである。
「……それはあなたもですよ。観静さん……」
心中を素粒子サイズの針穴に通すような正確さで察してくれた
「…………………………………………………………………………………………………………」
……のに、あまり嬉しくないのはなぜだろう……。
……真空のような虚しさが、
……あの時の再来である。
……いずれにしても、これだけは言える。
小野寺
それも、母親寄りの……。
神社や寺と言えば、簡略すると初詣などで神様にお願いする場所の
祭りといった地元のイベンドを開催する場所としても。
無論、それに適した神社や寺は限定されるが、毎年
名前の由来は、二周目時代において初めて開かれた『
およそ一世紀半にわたって及んだ戦国時代も、新たに開かれた『
同様の状態だった神社や寺もそれに含まれ、その中のひとつ、『
そのご先祖様は、当時、伝説や神話の域を出ていなかったはずの一周目時代の日本神話に、なぜか精通していて、それが家伝として代々鈴村家に受け継がれている。
それに影響を受けなかった歴代の神主は皆無であり、それは夏祭りの実行委員長を務めている現在の神主も例外ではない。
特にその一人娘は幼少の頃から『鉄オタ』なみにハマり、一周目時代の日本神話に関する
そんな一人娘の両親も、やはり両親なので、溺愛する我が子の『和風中二少女』的な性格に矯正を施すどころか、さらに促進させ、こちらも周囲の迷惑を省みず、我が子のために色々と手を尽くした。
それが最も顕著なのが、毎年『
そこの神主夫妻は、夏祭りの開催に適した場所が他にない
神社の景観、出店のデザイン、グッズ、景品、各種
これで同人誌の販売やコスプレも加われは、一周目時代の二十一世紀日本で
そこまではさずがに地元の町長を始めとする周囲の猛反対で断念せざるを得なかったが。
ましてや今年は、サイコモーターカーの開通記念や町おこしと連動させたコラボ祭として、全国の耳目が、直接間接問わず集まっているのだ。地元のイメージダウンを誘うような真似は絶対に避けなければならなかった。
「――はァ、やれやれ。やりにくいったらありゃせんわい。今年は特に……」
「――もうすぐ五〇を迎える中年男が、いい
と、去り際に残した町長の言葉が、木霊のように
忌々しいなまでに。
だが、それは痛いところを突かれたからではない。
自分や妻子同様にハマっている同年代の同性にだけは言われたくなかったからである。
本人は秘密にしているつもりだが、公然の秘密として地元の住人たちに知れ渡っている事実に、本人はまったく気づいていない。匿名を装った町長の個人用
(――次の町長選挙では絶対に現職以外の立候補者に投票してやるっ!)
という決意を固めて。
石畳の階段を下り去って行く現職の町長の背中を恨めしげに睨みながらのことである。
「――アンタっ! 負けるんじゃないわよっ!」
もっとも、その秘密は、ずば抜けた洞察力を持つ
むろん、知られた当人にその自覚はない。
現職の町長同様に。
「――おうっ! もちろんだともっ!」
そんな思いなどおくびにも出さずに、
「――それにしても、どうしたんじゃろか、
「――なにかあったのかしらねェ。
話題を変えた鈴村夫妻は、困惑に曇らせた表情を見合わせる。本来なら兼ねてからお願いしていた夏祭りの準備を手伝って欲しいのだが、あの状態では危なっかしいので、止めさせたのだ。今は自宅の自室に閉じこもっているが、それが却って鈴村夫妻の心配を煽るのだった。夫妻の周囲では、実行委員として抜擢された地元の住人たちが、夏祭りの準備作業に勤しんでいる。
「――あのー、すみません」
そこへ、町長と入れ替わるように階段を上がって来たショートカットの少女が、その間を縫うように鈴村夫妻を訪ねて来たのは、そんな時だった。
鈴村
陰惨な空気が室内に漂っている。
自分の迂闊さをこれほど呪ったことは、
どうして忘れてしまっていたのか。
なぜ覚えていなかったのか。
記憶操作されたわけでもないのに。
エスパーダを装着しているというのに。
萩原
地元唯一の友達の事を。
「…………………………………………………………………………………………………………」
これからどうしたらいいのか。
わかっているのは、どちらも大切な友達だということだけ……。
幼馴染の少年も。
同好の少女も。
だが、両者は決して交わらない。
幼馴染の少年が拒絶しなくても、同好の少女が拒絶する。
後者にとって、それは水と油としか見なしてないのだから。
それが両者の和解を妨げる大きな溝として分け
「…………………………………………………………………………………………………………」
その溝を埋める術が
選ぶしかないのだろうか……。
「…………………………………………………………………………………………………………」
板挟みさならがに。
もはや、想い出づくりどころではなかった……。
「――
突然かけられた馴染みのある声に、
「……
いつの間にか入室していたショートカットの友達に。
「――安心しなさい。
「……………………」
「――ホント、第二次幕末の動乱を戦い抜いた志士の洞察力って、凄いとしか言えないわねェ。この世で見透かせないものなんてないってくらいに」
もっとも、それは現在の家庭環境によって培われたものなのか、それとも磨きがかかったものなのか、
「――ま、少しタネ明かしすれば、今年から教師として勤め始めた地元の高校で、隔意ある視線を、目を合わせる
「……………………」
「――そんな視線を放つ理由も、おおよその見当がついている。けど、その詳細までは、さすがに推察できないけど……」
「……………………」
「――もし知っていたら、教えてくれない? アタシが
明るい内装とは裏腹に……。
暗い顔に意を決したような表情をたたえて。
「……
萩原
平民ゆえに生活は決して豊かではなかったが、両親から惜しみなく注がれた豊かな愛情がその自覚を打ち消していた。
横暴な士族が住み着くまでは……。
その瞬間、
成り上がりの士族ならではの、暴力団さながらな暴風雨にさらされた両親は、見る影もなく
恫喝、暴力は日常茶飯事。生活の糧である畑は隅々まで荒らされ、
無論、それは一人娘の
村の駐在や村長などに助けを求めても、そんな士族相手では、平民のみで構成された村人たちでは太刀打ちできるわけもなく、それどころか、自分たちにそれが向けられることを怖れて、士族に加担する村人まで現れる始末だった。
この頃の中央政府や地方自治体の統制は、新時代を迎えて間もない多忙な国づくりに追われて、まだ市町村レベルにまで浸透されておらず、そこまで手が回らなかった。
その間にも、士族の横暴ぶりはますます激しくなり、母親は心労で倒れ込み、父親に至っては自殺に追い込まれた。
これ以上の居住は精神的にも肉体的にも不可能と悟った母親は、逃げるように一人娘を連れて
「……それが、七年前のことだったわ……」
そう言って
「……………………」
そんな過酷な状況下で幼少期を過ごせば、萩原
そして、七年前と言えば、元士族による鈴村
そのタイミングで
士族憎しとして。
むろん、鈴村
その頃の鈴村
ましてや、その仲が最近になって修復したことなど、伝えられるわけがなかった。
そんな友達に。
そして、
その
「……
「…………………」
「……でも、その母親も、この春に身体を壊して、今年は断念せざるを得なくなった……」
「…………………」
「……アタシ、知らなかった。六年ぶりに再会した
「……アタシも、忘れてた。
それに自責と後悔の念が加わる。
「……
「……………………」
「……アタシ、どうしたら……」
超常特区でできた最初の友達に。
「……………………」
――間もなく、
「キャアアアアアアアアアッ!!」
女性の悲鳴が上がった。
部屋の外からである。
夏祭りの準備で忙しいはずの地元の実行委員たちが、出店の設置作業を中断して、悲鳴の上がった方角へ駆け寄る姿が映った。
二人はその列に加わり、走り続けるが、現場の到着はすぐであった。
一足先に到着していた地元の実行委員たちが、横一列に並んで、どよめきの声を口々に漏らしている。
その列を割って入った
「――――――――っ!!」
それは、神社の敷地内にある公衆トイレの白いコンクリートの壁であった。
初詣や夏祭りの際、混雑の防止にやむなく設置した施設で、木造建築で占められた神社の敷地内では一際大きく、同時に一際浮いていた。
その公衆トイレの白い壁には、等身大サイズの筆で書きなぐったような、極太のどぎつい横二列文字で、
『祭りを中止せよ。さもなくば、無差別攻撃する」
と――
――書かれたその
それも、信じられない
「――明らかに同一犯の犯行――それも、
「――単独で実行するにはあまりにも大掛かりで、個人の
その根拠と見解を、署長は一同に披露する。
「……なんてことだ。コラボ際まで、あと二日にせまったこの大事な時に……」
一同の代表者である
「――まさか、コラボ祭は、中止――」
「――してはいけません。絶対に」
署長が力強く頭を振る。
「――そんなことをすれば、犯人の思うツボです。目的がなんであれ。第一、犯人の要求に従っても、無差別攻撃を中止する保証にはなりません。ここは予定通り、コラボ祭の準備を進めてください。その間に、我々警察が犯人を捕まえます。町長とコラボ祭の主催者たちは、地元の住人や観光客の動揺を抑えてください。この情報がアスネに出回っている以上、それは避けられませんから」
「……わ、わかった。一刻も早く、犯人を捕まえてくれ……」
町長が自身の動揺を鎮めながら懇願する。だが、
「……し、しかし、犯人の目星はついているのか? あと二日しかないこの短い間に、捕らえることなど……」
「――現在、アス管(
署長が冷静な表情でそれに応えていると、
「――お話し中、すみません」
部下の婦警が、ノックと同時に入室する。
「――どうした?」
説明を中断させられた署長は、不機嫌な表情をいっさい浮かべずに、部下に報告をうながす。
「――中央警察署から派遣された公安が、至急の面会を求めています。おそらく、この件に深い関係があると――」
――その頃、
「……なんで、こんなことが、立て続けに……」
つぶやきも、表情に劣らず、辛さに
「……………………」
その隣には
「……
「――おまいらも来とったんか」
そこへ、聞き覚えのある関西弁の声が、三人の間に漂っていた陰気な沈黙を突き破った。さすがに三人の鼓膜を突き破るほど大きくはなかったが、三人が驚いた表情で視線を転ずるには充分だった。
その声の主が――
「――
――では。
「……どうして、
「――それは後で答えるさかい、今からワイが言うことをよく聞いとくんや。見聞
いつになく真剣な表情と口調で応えながら速足で歩み寄ってくる友達に、ひるみさえ覚え、なにも言えなくなる。
「――この町で起こっとる騒動はワイも知ってる。その犯人の心当たりもな」
予想だにせぬ爆弾発言に、三人の驚きがさらに増す。
「――誰なのっ!? そいつっ!」
立ち上がった
「――その犯人は二人。二人とも、ワイらがよく知っとるヤツらや」
「――知ってる? アタシたちが、その二人を?」
「――せや。そいつらは、つい最近、S級犯罪特殊能力者用刑務所を脱走した脱獄囚で、ワイがおまいらの帰省の途中まで同行しておったのは、そいつらを
「――それで言えなかったのね。本当の目的を。帰省なら
「――早く教えてっ! いったい誰なのっ! その二人はっ!」
耐えかねた
「……その二人は、ともに超常特区で、それぞれ大小の事件を引き起こし、おまいらを巻き込んだ張本人どもや」
勲は苦々しい表情と口調で告げ始める。
「……大小の事件。ボクたちを巻き込んだ……」
――と、
「――それって、連続記憶操作事件と
思い出したかのように質された
「……まさか、そいつら……」
その後、
「――ああ、おまいの想像どおりや」
「――久島
「――なんでこのオレがお前みたいな卑しい平民の命令なんか聞かなきゃならねェんだよっ!」
真昼の陽月に照らされた山林の一角から大きな怒号が噴き上がる。
だが、広大な山林面積を持つ
「――ふん。なに言ってやがる。当然だろう。かくまってやってんだから。その恩返しとして、それに見合った働きをしてもらわねェと、
久島
「――ふざけるなっ! オレは由緒ある士族の子弟なんだぞっ! そのオレを、平民ごとぎがアゴで使うなど――」
「――イヤだというなら、別に構わねぇぜ。こっちはお前をかくまうのを止めるだけだから。ホラ、とっとと消えな」
「なんだとっ?!」
「――さァ、選びな。オレの命令にしたがうか。それともオレの
当人に二者択一を迫らせる。
「~~きさまァ~ッ~~」
顔中を真っ赤にした傲慢な男子は
「――っ!?」
喉元に青白色の切っ先を突きつけられ、それ以上、動けなくなる。
傲慢な男子よりも、早く、速く。
「――いい加減、てめェの立場をわきまえろよォ」
切っ先を突きつけた
「――てめェは犯罪者なんだぜ。それも、オレと同じく、札付きの指名手配犯としてなァ。その前に、身分なんざ関係ねェ。クソの役にも立たねェんだよ、この裏社会じゃ、力があるヤツだけが上に立てるんだ。身分にあぐらをかいている
「……くっ、戦闘のギアプさえあれば、お前なんか……」
「――それに見合った
「……くっ……」
「――さァ、どの二者を択一する。不服なら、もう一択、設けてもいいんだぜ。この場でくたばるっていう一択をなァ」
「~~~~~~~~っ!」
傲慢な士族の男子はそれが砕けんばかりに歯ぎしりするが、
「……………………」
やがて無念と観念を入り混じった表情に変わると、抜きかけた
「――そうだ。それでいい。物分かりがよくて助かったぜ。お互い」
そう言って
「――さァ、わかったなら、さっさとオレの命令を実行に移せ。あと二日しかねェんだからな。他にもやってもらわねぇと困る仕事が、まだたくさん残ってるんだ。のんびりするんじゃねェぞ」
「――士族が、平民であるオレの命令に従っている……」
その後姿を眺めながら独語する
「……悪くねェどころか、最高だぜ」
感動と興奮を加えて。
「――なかなか堂に入っているじゃねェか」
「――さすが、国事犯級の事件を起こした連中の
「――伊達じゃねェってことさ。オレの組織力と統率力は」
そう言って身体ごと振り向いた
背後にたたずんでいる久川
「――そっちの首尾は?」
「――もちろん、バッチリだぜ。今頃コラボ祭の主催者どもは慌てふためいてるに違いねェ。地元の住人や観光客どももあからさまにビビってる。オレが
悪相に悪意と愉悦の
「――で、そっちの
今度は
「――ああ。予想以上に集まったぜ。
「――いずれにしても、
「――ああ。まさかこれほどの有名人に、裏社会ではなっていたとは、オレ自身、思っても見なかったぜ」
「――オイ、本当にいいのか? これで」
そのメンバーの一人が、
「――あの落書きといい、今からやろうとしている事といい、どうして教えたりするんだ? わざわざ標的に対して。そんなことをしたら、いたずらに地元の警察や住人の警戒を強めるだけじゃないか。それじゃ、成功するものも成功しないぞ」
どうしても拭いきれない不安と疑問を解くために。
「――それでいいんだよ、
「――そもそも、成功する必要もねェんだ。あの落書きがアスネを通して全国に拡散した時点でな」
「……どういうことだ?」
首をひねる
「――あの落書きの目的は、地元の住人や観光客に、不安と恐怖の種を植え付け、コラボ祭に対する期待と楽しみを奪うことなんだ。見ろ。それに関するカキコミの山を」
「オイ、ヤベーよ。このコラボ祭」
「ヤダ、コワい。すごく楽しみにしてたのに」
「イタズラにしてはヒドすぎだろ」
「だれだよ。こんなことしやがったヤロウは」
「ウワサじゃ、あの連続記憶操作事件の主犯格だったヤツの仕業らしいぜ」
「げっ、マジかよ」
「しかも、コラボ祭が開催される地元の出身だそうだ」
「うわー、衝撃の事実」
「でも、ソイツ、その事件で捕まって、刑務所にブチ込まれたんじゃ」
「脱獄したんだろ。きっと」
「ウソだろ。そんなヤバいヤツが野放しになってんのか」
「警察なにやってんだよ」
「相変わらず役に立たねェ連中だぜ」
「まったくだ」
「税金返せ。この税金泥棒が」
「……おまえ、払ってんのか? その税金……」
――といった内容で。
それはごく一部であり、しかもリアルタイムでカキコミが続いているので、読んでも読んでも終わりが見えない。
……ただ、読み進めば進めるほど、内容が本題から逸れていっているような気がするのは、気のせいだろうか……。
「――どうだ。すごいことになってるだろう。まさにもう一つの意味での『祭り』だぜ。ま、そのカキコミには、オレもさり気なく参加してるけどな。不安と恐怖を煽る目的で」
「……………………」
「――これでヤツらは純粋にコラボ祭を楽しめねェ。主催者が強行しようがしまいがな」
「……つまり、目的はすでに果たしたってことなのか?」
「ああ、そうさ」
「――それじゃ、どうして引き上げない? 無差別攻撃をしないって言うのなら、これ以上、ここに留まって、こんなことをしても――」
「――別に無差別攻撃をしないとは言ってねェよ」
「――なら、どうして落書きを――」
「――ああァん、もう。わかってねェなァ、
少しも解けない疑問に苛立ちを募らせる年長者に、年少者も苦心を強いられる。
「――なんの予告や予兆もなく、いきなり無差別攻撃するより、事前に教えた上で実行する方が、効果は抜群なんだよ。当日になるまで、恐怖や不安を抱え続けてなければならないんだからな。怪盗の予告と同じさ」
以前、『怪盗
だが、それでも、
「――だが、地元の警察が――」
「――厳重に警戒しても、たかが知れている。地方の警察力なんて。ましてや、観光客にあふれたコラボ祭の中で、オレたちの動きを察知するなど、中央警察すら難しい。むしろ、警戒していたにも関わらず、無差別攻撃を許してしまったら、警察の面子は丸潰れ。世間からその無能さを非難され、赤っ恥をかかされるハメになる。だから事前に教えた方が効果的なんだよ」
「……だとしても……」
「――もし、実行が不可能なほどの厳戒態勢なら、それはそれで構わない。無差別攻撃を実行しようとしていた痕跡をそこら中に残して引き上げるだけさ。むろん、アスネにその現場の情報をバラまいて。これだけでも充分な成果だ。『テロ』としては」
「……………………」
「――要は労力と
「……しかし、労力はともかく、
「――そこは安心しろ。オレたちには大きな
「……『ナンバーズ』……」
「――そう。その
「……………………」
釈然としないとも言える。
だが、いまだ心中にわだかまっている不安や疑問を、言語として新たに変換できない以上、引き下がるしかなかった。
「――ふう、やれやれ」
元の場所に戻った年長の知人が、中断した作業を続ける姿を見届けると、
「――これだから古い時代の人間は扱いにくいぜ。老害もいいところだな」
「……時代の変化について行けず、置いて行かれた人間の
そばで一部始終を聞いていた
「――そんなんじゃ、裏社会でも取り残されるのがオチだろうに」
「――やっぱ誘うんじゃなかったかな。猫の手も借りたい一心で加えたんだが、ここまで
――と、そこまで言った時、
「――あ、いたいた」
「――いたね」
聞き覚えのある複数の声が、背後からかけられた。
ロール型ツインテールと、ドリル型ツインテールの、異なる髪型と同じゴスロリ風の服装を身にまとった双子の女子である。
「――調子はどう?」
「――順調に進んでいる?」
双子の女子に問いかけられた
「――ええ。上々です。これから次の段階に入るところです」
「――そう。じゃ、お願いがあるの」
ロール型ツインテールの女子に、なにが『じゃ』なのか、脈絡が不明な頼みをされた
「――改造手術を受けて」
「……………………は?」
脈絡だけでなく、突拍子もない内容の依頼に、
「――あたしの仲間の一人がそれにハマっててね。手頃な被験体を探してるみたいなの」
それに構わず、ドリル型ツインテールの女子は理由と事情を説明する。
「――で、この事を話したら、一人寄こせって言われて、寄こすことにしたの」
それも簡潔に。
「――だからお願い、改造手術を受けて」
「――受けて」
「いやイヤいヤイや」
「――大丈夫よ、別に死んだりしないわ。だから、安心して」
「――安心して。
双子の女子が無邪気な笑顔を作ったのは、相手を安心させるためであろうが、つけ加えた内容がまったくの真逆なので、
「いやイヤいヤイやっ!」
当然のごとく、逆効果となった。
「――お願い、改造手術を受けて。この前の賭けに負けた借りがあるから、どうしても断れないのよ」
「――もし受けてくれたら、仲間集めに、あたしたちの
必死に懇願する双子の女子に、
「――あ、それならもう使っちまったぜ。
まさに、余計な一言だった。
「――あ、そうなんだ。それじゃ、これはお願いじゃなくて、命令ね」
「――命令だから、拒否権はないわよ」
そう告げた双子の女子は、
有無を言わさずに。
無論、左右に首を振る
「――すぐに終わるから、それまで待っててね」
「――待っててね」
そのセリフは、
「――おっ。天真爛漫な双子の美少女とツインデートとは、うらやましいぜ。両手に花とはこういうことを指すんだな」
(……生きて還れるかな、オレ……)
巨大極まりない不安を胸中に満載して……。
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