第2話 二人の幼馴染が抱く切なさに
「…………なに、この乗り物…………?」
横長の車窓から見えるその光景に、
「…………ホバーボートやホバーカーの比じゃない…………」
それは、
「…………僕たち、あの能力で移動してるの? それとも、目の錯覚…………?」
言葉遣いも、いつもの丁寧さはなく、むしろ年相応といってよかった。
「…………両方に決まってるでしょう。じゃなきゃ、こんな風に見えっこないわ…………」
それだけ衝撃的だったのだ。
二人の幼馴染が引き剥がせないでいる眼前の光景に。
とはいえ、光景それ自体は別に珍しくない。
誰もが見慣れているごく平凡な山林である。
見慣れないのは光景の変化だった。
瞬間移動という超能力で走行しているとしか、二人の幼馴染には思えなかった。
「――そらそうやろう。なんてったって、最高速度、五○○キロまで出せる『サイコモーターカー』っちゅう名の『列車』なんやから」
通路側の座席に腰を下ろしている
「――無理もないわ。初めて試乗したアタシでさえ、驚きを隠せなかったんだから」
「――そういや、おまいも携わっておったんだっけ。『サイコモーターカー』の開発に」
そんな
「――オブサーバーとしてね。最後の詰めとして依頼されたのよ。連続記憶操作事件の後に」
「――それからやったな。おまいにその類の仕事がよう来るようになったのは」
「――そうね。大半は、連続記憶操作事件の前まで、アタシの主張を信じずに否定し、真実の発覚後、掌を返したように媚びへつらって来た科学者や華族たちだけど」
「……よう受けおったな。そないな連中の依頼を」
「――記憶操作で消去したからね、その記憶は。そう感じるのは、それを施したアタシの主観だし。それに――」
「――そんな裏事情、享受する側は関係ないからね」
と、付け加える。
「――たとえそれがアタシの関係者でも――」
も、忘れずに。だから地元に帰省する
真夏にふさわしく、四人とも四種四様の涼し気な旅装ある。
「――ねェ、なにっ! この『サイコモーターカー』っていう乗り物っ! 今日、初めて乗ったんだけど、スゴイってもんじゃないわっ!」
帰省の途上で、それを最大限に満喫していた
「――教えて、
「――まァまぁ。慌てなさんなって、お二人さん」
そこへ、
「――ここはワイが
そして、落ち着き払った口調で前置きすると、ひとつ咳払いしてから説明を開始する。
『サイコモーターカー』とは、一周目時代の二十一世紀日本で運用されていた『リニアモーターカー』を、二周目時代の第二日本国おいて再現させた、『列車』という名称に
再現といっても、走行原理上は似て非なる上に、その基礎技術も根本的に異なっている。
詳細は割愛するが、端的に言えば、電磁石によって得られる推進力を、
これまではテレポート交通管制センターが全国のそれを担っていたが、一km《キロ》以下ならともかく、一○○km《キロ》単位だと、
ところが、国土を縦断するように敷かれた『サイコモーターカー』だと、
この画期的な乗り物の登場により、昨今の第二日本国内では、空前の旅行ブームが到来した。|アスネ(
だが、一周目時代の日本における鉄道の歴史は、『蒸気機関車』から始まり、次に『ディーゼル機関車』、その次に『電車』、そして『リニアモーターカー』へと、世代交代のように入れ代わって行ったのに対して、二周目時代の第二日本国では、『リニアモーターカー』に相当する列車から、鉄道の歴史が始まったのだ。それ以前の列車にそれぞれ必要な化石燃料や電気技術が、二周目時代ではいまだ発見や確立がされていない事情があるとはいえ。まさに、『明治』前期からいきなり『令和』へ
そんな事情なので、交通や時代に限らず、どの分野よりもディープで熱狂的な鉄道のファン層だった存在――通称『鉄ヲタ』は、無論、二周目時代の第二日本国には、
「――この列車は『疾風』五〇一号と
……すでに一名、爆誕済みであった……。
……そして、饒舌というレベルをはるかに超越した龍堂寺
「――ねェ、
「――もちろん、『夏祭り』の準備よ、
「――それじゃ、僕も手伝うよ。僕もアレからずっと楽しみにしていたから」
「――それはアタシもよ。それに、今年はそれに合わせて、サイコモーターカーの開通と、その停車駅の設置記念として町おこしも開催されるからね。きっと賑やかで楽しくなるわ」
――絶無に決まっていたっ!
理解不能となった段階で、
二人よりも素早く打ち切った
「――絶対にいい想い出にしよう、
「――ええ、絶対にするわよ、
二人の幼馴染は、約束するかのように誓い合い、力強くうなずき合う。
それも、頑ななまでに。
「――二人とも、大げさねェ。いくら今年は特別とはいえ、そこまで気合を入れるなんて、まるで子ども――」
――のようにはしゃく二人の友達を、
「――――――――――っ!」
――きかけたまま、舌ごとその表情が凍りつく。
ある事実に気づいて……。
「……そう、だったわ……」
それは、戦慄に似た、重大で深刻な事実であった。
「……だから、必死なのね。楽しい想い出作りに……」
二人の幼馴染には、幼馴染ゆえに、長きに渡って
幼馴染と聞くと、幼馴染ならではの特別な付き合いや仲が、両者の間にはあると、万人は思いがちである。
無論、それは誤った認識ではない。
確かに、
それに加えて、
悪い意味で。
「……イジメをする側と受ける側の仲だった忌まわしき
そう思うと、
そんな二人の姿を。
七年の
「――これからはできるだけいい想い出を作って行こう――」
と。
――そして、その前には、
「――自分に記憶操作を施して、都合の悪い事を忘れるなんて、もってのほか――」
とも。
だから、忘れるわけにはいかなかった。
それが、忘れたくて仕方がない、忌まわしき
ゆえに、背負って行くしかなった。
これからも、ずっと。
だが、それはイジメの加害者である
イジメの被害者である
幼馴染との仲が壊れる原因を作ったのは、
そのあとに続く事情は極めて複雑なので割愛するが、いずれにしても、七年の
その仲を固い絆で結びつけるには、幼馴染が言った通り、できるだけいい想い出を作って、忌まわしき
今回の夏祭りと町おこしは、二人の幼馴染にとって、数少ない絶好の機会なのである。
『――これ以上、忌まわしき
という一念が、笑顔で会話する両者を突き動かしている。
そう思わずに、
「……七年……」
それは、一五、六才の少年少女にとって、あまりにも長すぎる歳月だった。
そのすべてを塗りつぶし切るにも。
なのに――
「――ホントによかったの? アタシまで地元の祭りに誘って」
二人の幼馴染にとって、自分は邪魔者でしかないのではないかと、今更ながらに思い至って。
『…………………………』
それを耳にした二人の幼馴染は、二人だけの会話を中断すると、きょとんとした表情を
そして、
「――なに言ってるのよ、
「――そんなの、いいに決まってるじゃないですか」
「――友達でしょ。アタシたち」
「――そうだよ。帰る場所のない
透き通った笑顔で
競うように言い募るそれは、当然と言いたげな表情と口調だった。
「…………………………」
中学の時に母親を
無理に帰省しても、待っているのは、地元住人の媚びへつらった笑顔だけである。
二ケ月ほど前に解決した連続記憶操作事件で、
掌を返したかのように。
それが
自分たちに対して行い続けて来た仕打ちを、まるで記憶操作でもされたかのように忘却の彼方へと投げ捨て、
そんな地元に、
ましてや、それしかないとあっては、なおさらだった。
身内やいい想い出もある
一周目時代の日本と同様、帰省
『――アタシ《僕》たちと一緒にいい想い出を作りましょう――』
と、口をそろえて。
二人の友人から受けた純粋な好意を、
しかし、今となっては、少しためらってからすべきだったかもしれない。
同じ結果になるとしても、過程に対して配慮が足りなかったような気が、
今しがた二人の幼馴染に対して質した内容は、その時点で気づき、実行すべきはなかったのではないかと。
「――遠慮なんかしないでよ。水臭いわ」
「――想い出づくりは一人でも多い方が絶対にいいんだから」
だが、そんな負い目に似た思いは、さらに言い募る二人の言葉を聞いて、雲散霧消する。
同時に、安堵もした。
二人の幼馴染が共通して抱いている想い出づくりの一念は、決して負い目や罪悪感を感じさせるような、病的で盲目的な類のものではないことに。
ごく自然に心の底から湧き上がった、健全で健康的なものだった。
そのような一念は、相手に対して、却ってそれを煽ることになる。
それではいい想い出は作れないことを、二人は頭ではなく、全身の皮膚で感じ取っている。
なら――
「――そう。それじゃ、遠慮なくそれに加えさせてもらうわ」
自分もそれを汲んで応えるしか、
「――後悔しても知らないからね、二人とも」
それも、満面の笑顔で。
「――するわけないでしょ。後悔なんて」
「――しないよ、絶対に」
だが、
「――後悔するなら……」
表情を曇らせてつけ加えた
「……
幼馴染と同じ表情と方向に視線を揃えた
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」
まだ鉄道の説明を終わらせていない関西弁の友達を……。
その内容は、もはや「ちょっと何言っているのかわからない」次元を、桁違いなまでに跳び超えていた。
熱意に至っては、絶対零度の真逆を極めているといっても過言ではなかった。
うかつに触れようなら、火傷どころか、蒸発してしまいそうな勢いで。
すでに傾聴を打ち切っている三人の友達など、お構いなしである。
荒野のど真ん中で独り演説する、孤独な演説者さながらであった。
満席の乗客たちがその車両に同席しているにも関わらず、そのような錯覚に、乗客の誰もが囚われた。
むろん、無視は正しい判断と行動である。
「――ねェ、ママぁ。このおにいちゃん、さっきからひとりでなにいっているの?」
「シッ!! 指さしちゃダメっ!!」
文字と空気が読めそうにない幼女の素朴な質問に、その母親は答えるどころか注意し、我が子が
(――どうしてこんな変人がわたしたちの
我が子をかばうように背を向けた母親のそれから、そうとしか聴こえようのない、
『…………………………』
その変人を止めるどころか、無関係を装わずにはいられない自分たちの衝動に対しても。
「…………………………」
それは、万事無頓着な
――その報い、あるいはとばっちり、というべきか。
三人が降りるべき駅を、同車両の同駅降車予定の乗客たちもろとも通過してしまったことに気づいたのは、国土の最果てに近い終着駅に到着した時だった。
『疾風』の最高速度なみにまくし立て続ける
旅行ブームの到来で、全国各地の観光地は、かつてない程の賑わいで活気づいていた。
その原動力と大動脈であるサイコモーターカー幹線の各停車駅とその周辺区域は、連日観光客や旅行客で溢れ、まさに疾風怒涛であった。
各観光地の地元住民も、その勢いで押し押せてくる旅行客や観光客の対応にてんてこ舞いだった。
どの旅行客や観光客も、身分に関係なく、楽しくて仕方がない笑顔で地元住民に接するので、地元住民も客商売や身分に関係なく、笑顔で応対する。
その勢いは、夕刻近くになっても、収まる気配はなかった。
だが、『
それもさもありなんだろう。
本当なら真昼ごろに降りる予定だったのだから。
しかも、それを狂わせた元凶は、終着駅に到着すると、元々その駅で降りる予定だったのか、満面な笑顔でさっさと降車していった。
迷惑をこうむった同車両の乗客たちの白眼など、どこぞの風が吹くように気づかないまま。
乗り過ごされた乗客たちは、不本意なUターンを強いられ、それぞれ降車予定の駅に到着する都度、足早に降りて行った。
元凶の関係者らしき三人の少年少女たちに、元凶と同様な視線の一瞥を、その度に投げつけて。
その視線は、三人の降車駅である『
そして、そんな人目を避けるように、地元住人しか知らない
「……すっごく、つらかった……」
「……イジメの比じゃなかった……」
「……もう二度と、アイツと同じ列車には乗らない。日本民族の総氏神、『
「~~アタシたちの貴重な想い出づくりのスタートに、ドがつくほどのケチをつけやがってェ~~。今頃は鉄道にご満悦なアイツもアタシたちと同じ目に
そして、それが呪いに変わるまで大した時間は要さなかった。
「~~
だが、その対象は、キャラ的に自分が言うべきセリフを先取りされた某女友達にも、わずかな比率ながらも向けられていたが。
次々に上がる女子たちの呪詛に、
――ふと、ある気配を感じ、糸目の視線を身体ごと向ける。
五、六軒ほどの距離にたたずむ、一個の人影に。
「――どうしたの、
異変に気づいた
――直後、
「――ひっ!」
隣に立っていた
「――――――――えっ?!」
――ではなかった……
……のに気づくまで、かなりの時間を、
一瞬前まで正面にたたずんでいたはずの人影の消失や、消失した人影と至近に出現した人影の姿形が同一なことも含めて。
である以上、一個の人影が正面から二本足で突進して来たとしか考えられなかった。
一瞬――
――それも、風や音もなく。
その際、その人影が舞い上げたと思われる、自身の長い髪と白いワンピースのスカートがゆっくりと舞い落ちる。
それが、
『…………………………』
時が止まったような沈黙が、それが落ち着いた後になっても続く。
陽月の日差しが降りそそぐ
「――やっぱり克服していないようね、
おもむろに抜刀の構えを解いたその人影は、これもおもむろに評しながら、肩をすくめる動作と、首を横に振る動作を、同時に行う。
やれやれ、とも、しょうがない、ともつかぬ、それは表情であり、口調であった。
「――この前、陸上防衛高等学校で開催された武術トーナメントの試合を、
ボリュームのあるウェービーロングの髪を片手で背中に
「……でも、優勝した事実に変わりはないよ。専業主夫になる条件のひとつをクリアした事に対しても」
見上げた
「――だから、文句はどこにもないはずだよ、母さん」
「――――――――えっ!?」
衝撃の事実が自身の脳内に炸裂して。
「……あ、
これまで
幼馴染である小野寺
その瞬間、
七年に及ぶ忌まわしき
「……あの、その、アタシ、今まで、
「――いいのよ、愛ちゃん。
「……で、でも……」
「――だから、これからも、息子と仲良くしていってね。七年前の誘拐事件が起きる以前の時のように。
「……………………」
幼馴染の母親から願われたその言葉に、
包容力のある優しい口調も、涙腺を刺激して止まなかった。
「……おばさま……」
「――じゃあ、これでボクも専業主夫になっても――」
「いいわけないでしょ、
目つきにふさわしく。
、
「――それとこれとは別なんだから、当然じゃない」
無論、
「~~~~~~~~~~っ!」
「――ふくれっ面になっても無駄よ、
それを皮切りに、小野寺
第三者の介入が不可能な規模の。
「……あの
「……うん、そうよ」
「……姉、じゃ、ないのね……?」
「――そうよ。姉じゃないわ、
念を押された
「……
「……アタシも以前から不思議に思ってたけど……」
その時、
「――あ、母さん。遅れてゴメン。ついさっき着いたわ――」
声に出して応答する
「――うん、わかった。急いで家に帰る。荷物を置いたら、父さんの手伝いに行くわ――」
そう告げて
「――そういうことだから、ここでいったん別れるわ、アタシ」
「――うん、わかったわ。それにしても、忙しそうね。夏祭りの実行委員長って」
「――今年は町おこしとのコラボだからね。町長との打ち合わせもあるし。それじゃ、
まだ母親と論争中の幼馴染にも告げると、その場から駆け足で去って行った。
スキップ気味のように、見送った
だが、見送ったのは
無論、小野寺
去って行った
正確には小野寺
陽月の日差しには程遠い、陰気で暗い視線で睨みつけていた。
(――よかった。赦してくれて――)
地元に帰省するにあたって、不安材料があるとすれば、まさにそれであった。
予定では幼馴染の家まで足を運んで、これまでイジメ続けていた
謝罪なんて不要だと言わんばかりの当然さで。
その瞬間、自分の
幼馴染との想い出づくりに、暗い陰を落とすことがなくなったと。
そう思うと、安堵せずにはいられないのである。
スキップを踏むような駆け足になってしまうのも。
そのせいだったのだろう。
前方不注意で曲がり角から現れた通行人に衝突しかけてしまったのは。
「――あっ! ゴメンなさいっ!」
慌てて立ち止まり、衝突を回避した
「――危ないわねェ。気をつけ、な……さ……」
驚いた通行人は声を上げようとして、そのトーンを落とす。
そして、
「……もしかして……
恐る恐る尋ねられた
――うち、に……
「……あ……
たどたどしく問い返す。
見覚えのある容姿だったので。
すると――
「――そうっ!
通行人の少女は身を乗り出して答え、驚きに破顔した口元を両手で押さえる。
「――やだっ!? ウソッ!? 信じられないっ!? こんなところで逢えるなんて、ひさしぶりじゃないっ!」
セミロングとサイドポニーの
それは似たような顔立ちをしたツーサイドアップの少女も同様であった。
二人の少女はその場で両の手を取り合って飛び跳ねる。
「――ホント、ひさしぶりねっ!」
「――かれこれ六年ぶりかしらっ!?」
「――そうよっ!
「――アタシと違って、
「……両親が許してくれなったからね……」
消え入りそうな声で答えた
超常特区の居住は、教員資格を持つ一部の大人をのぞくと、十代の少年少女に限定されているが、法律的に義務づけられているわけではないので、当人に居住の意思がなければ、無理に実行しなくても構わないことになっている。
むしろ中央政府がそれを推奨するほどである。
理由はやはり、過剰なまでの人口過密による諸問題の再発を懸念しているからである。
前述の規制を設けても。
そのため、超常特区の居住権利を放棄すれば、中央政府から減税などの特典を付与するという法律を制定して、超常特区の人口過密緩和をはかっていた。
平民を主な対象として。
また、そこに住み続ければ、人間の脳機能や
加えて、いくらギアプの補助があるとはいえ、ようやく二桁の年齢に達したばかりの我が子を、事実上の一人暮らしをさせるのに、心理的な抵抗が強い親も、平民を中心に多く、前述の様々な事情もあいまって、萩原
そんな事情にかこつけて、一時、中央議会の席上で、超常特区の居住権を華族に限定するという法案が、その身分でしか構成されてない貴族院から提出されたが、それは平民が大半を占める衆議院の猛反対によって却下されたという
「――
両手を離した
「――だって、志望が志望だもの。アタシには、『
「――また始まった。
「――
「――そりゃそうよ。アイツにあんな事をやってのけたら、友達になりなたくなって当然よ。むしろ光栄だわ。そんな
「――よく遊んだわね。そう言いながら、アタシたち」
「――そうそう。同じ教室の
「――えへへ」
「――うふふ」
二人の少女は年相応の可愛らしい笑顔を浮かべて笑い合う。
無邪気なまでに。
まるで『あの頃』に戻ったような感覚だった。
「――でも、どうして今まで会ってくれなかったの? アタシ、お盆と正月は毎年欠かさず帰省していたのに、その時にかぎって家には居なかったわ。テレ通(
ふと疑問に思った
「……うん、ちょっと、ね。色々あって……」
歯切れの悪い、あいまいな返答だった。
「……………………?」
「――それよりも、アイツも帰省してるんでしょ。
「――えっ?!」
思い出したかのように尋ねられ、表情を戸惑いのそれに変える。
「――それでね、アタシ、
「――えっ、ちょ――」
「――そんなことを
「……あ、
「――だからアイツをイジメてたんでしょ。自分を見捨てた腹いせに。ま、当然の権利よね」
「…………アイツ、って…………?」
「――えっ?! ヤダ、
すでに顔面が蒼白な
「――小野寺
「――アタシが初めて
「…………………………」
「――よく考えたら、これがきっかけでアタシたちは友達になれたんだよね。そして、アタシたちは二人で小野寺のヤツをイジメ続けた」
「……………………………………………………」
「――振り返って見ると、ホント、いい想い出よねェ。平民に過ぎないアタシたちが、士族の子弟を気兼ねなくイジメることができるなんて。その逆が当たり前な世の中なのに、ホント、『あの頃』は爽快だったわァ」
「………………………………………………………………………………」
「――
「…………………………………………………………………………………………………………」
……否、応えられない……。
……ただ、立ち尽くすだけだった。
「――だから、いっしょに考えよう。どうやってアイツに恥をかかせてやるか。イジメはいつだって
地元の友達が喜々として語り続けるその言葉は、
……否、残せなかった……。
……時が止まったかのように思考が停止して……。
時空の狭間に漂っているような感覚が
陽月に差した一筋の雲が、暗雲さながらに分厚くなる。
不穏で不吉な雷鳴を響かせて。
そんな空模様になっても、
むしろますます盛んになっていた。
その中には、
三日後に開催される夏祭りと町おこしのコラボ祭の前夜祭としては、間違いなく大成功だったと、この光景を駅長室から眺めていた
アスネでこのイベントを知った観光客や旅行客は、一通り前夜祭を満喫したあと、これで気分良く本番を迎えられると思いながら、その時に備えて、次はホテルや旅館などの宿泊施設に足を運び始める。
その流れを、
それは地元民も同様であった。
本番の成功を信じて疑わなかった。
しかし、その流れを、疎ましい目つきで眺めやっている者がいた。
それを一望できる場所に建てられたアパートの二階にある窓から。
暗い室内にはアルコールの臭いが充満していた。
部屋の主であるその男が、飽きることなく缶ビールを飲み続けた結果である。
窓枠に持たれているその男の足元には、空になった缶ビールがダース単位で転がっている。
室内もゴミ屋敷なまでに雑然とした有様で、メタンガスの発生も、時間の問題――というより、
旅行客や観光客が行き交う歩道や立ち寄る商店の街並みとは対照的な、荒んだ室内であった。
「――けっ」
その光景から視線を外した男は、忌々しげに短く吐き捨てると、手に持っている缶ビールを一気に飲み干す。
アルコールの回ったその酔眼は、室内の有様を象徴するような負の感情で濁り切っていた。
顔つきや身だしなみも、それ相応だった。
「――なァにが夏祭りだァ。ナぁニが町おこしダぁ。いィったいダレのお陰でそんな平和ボケを教授できるようになったンだと思ってんダァ」
アルコール混じりに吐き出すその声も、不安定極まりない音程に大きく揺れている。
そして不意に思い出す。
先刻、十字路の路地裏で見かけたあのオンナどもを。
「――こうなったのもォ、すべて――」
「アイツらのせいだと言いてェのか」
不意打ち当然に先取りされた自分以外の声に、だが、男の
「――久しぶりだな、オジさん」
男の部屋に現れたもう一人の男は、部屋の主よりも一世代ほど若い二十歳前後だが、
「――この町に潜んでるってことは、まだ諦めてねェのかよ。相変わらずだなァ。せっかく
親子ほどの年齢差がある年長者に対して、取るべきではない言動を、その若い男は遠慮なく取る。敬意や尊重とは無縁な態度である。
「――ナんだァ。テめェ。
しかし、酔っ払いの男は
「――やれやれ、オレのことすら覚えてねェのかよ。
それに構わず、若い男は話を進める。
「――てメぇ、いイ加減にしロよォ。さっサと出テいかネぇと、誇り高い士族たるオレが手打ちに――」
身体を左右に揺らしながら立ち上がった酔っ払いの男は、相手の言葉を無視して、千鳥足で不法侵入者に歩み寄るが、途中で脚がもつれ、ゴミで敷き詰めれられた床に転倒する。それでも立ち上がろうと身体を起こすが、なかなか所有者の意思どおりには動かなかった。
「――やれやれ。誇り高い士族とやらも、随分と落ちぶれたもんだぜ。オヤジもそうだったけど、見ているこっちが恥ずかしくなるよ」
若い男は見下ろしたまま
「――こんなザマじゃ、やっぱり誘うのは止めた方がいいかな。この町の夏祭りと町おこしのコラボ祭をぶち壊す計画に――」
そのセリフに、酔っ払いの男は初めて反応らしい反応を、酔っ払いなりに示す。
「――なンだ? その計画は」
「――言った通りの
「………………………」
「――オジさんの
「……お前、アイツの息子か。
「――そうさ。やっと気づいたか」
若い男は破顔すると照れくさそうに頭を掻く。
パンチパーマの髪をかき分けて。
「――で、どうする?
パンチパーマの男は馴れ馴れしい口調で返事をうながす。
ほとんど泥酔状態に等しかった男は、それがウソのような動作で立ち上がると、これもまたウソのような鋭い目つきで、
「――そんなの、決まってるだろ。計画の詳細を教えろ」
それに応えた。
それも、鋭く尖った声で。
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