雨夜の閑談1


 日が落ち、小高い場所に野営地を取る。天幕を張り終え、零夜がおこした火で濡れた服と荷物を乾かす。いつもなら頭上に広がる満天の星空は、どよりと厚い雲に覆われている。一粒の星すら見えない空を見上げ、キヤは「こりゃ今夜も降りそうだな」と呟いた。



 キヤの言葉通り、深夜になって降り出した雨の音に、零夜の意識は眠りの底から引っ張り上げられた。天幕をばたばたと叩く音からして、大粒の雨がかなり強く降っているらしい。

「水路掘っといてよかったな」

 零夜同様、雨に起こされたらしいキヤが、寝具に丸まったまま零夜に話しかける。テントの周りに掘った水路は、内部への雨水の侵入をある程度は防いでくれるだろう。だが、こうまで強く降られるとそれも心もとなくなる。

「……大丈夫かな」

「大丈夫さ。濡れたらまあ……そんときゃそんときだな」

 キヤが寝返りをうつ。風はないようで、雨の音は激しくも一定のリズムを崩さない。


「ねえ、なんだか眠れないね」ティエラも起きていたらしい。「眠くなるまで、お話しない?」少しいたずらっぽい声で言う。

「そうだな、この調子なら明日も雨だろうし、ちょっと夜更かしするか」

 キヤが同意し、間もなくテントの内に橙色の明かりが灯った。鉱石灯こうせきとうの光は三人の姿を柔らかく照らし出し、天幕にぼやけた影を落とす。


「雨音が強くて眠れない夜は、よく母さんがお歌を歌ってくれたの。そしてね、色んなおとぎ話をしてくれたんだ。二人はそういう思い出、ある?」

 零夜は視線を天幕の隅へと泳がせ、過去の記憶を辿ってみる。親に絵本を読んでもらった記憶もあるにはあるが、みかずに読んでやった記憶の方がはっきりと残っている。桃太郎、浦島太郎といった定番の昔話より、白雪姫やシンデレラといった、綺麗なお姫様が出てくる話をよくせがまれた。

「妹に話してやってたな。お姫様が悪い魔女に呪いをかけられるんだけど、王子様のキスで呪いがとける話とか」

「そっか、レイヤはお兄ちゃんなんだもんね。聞かせてあげる側だったんだ。キヤは? おとぎ話を聞いたり話したり、そういうことしてた?」

「俺は……どうだったかな。村のみんなの武勇話はよく聞かされてたが……」

「そういうの、聞いてみたいなあ」


 寝具から身を乗り出し、ティエラが鉱石灯に目を輝かせる。青い瞳に暖色の光が反射して、まるで空の星が海にきらめいているようだ。

「知らない土地の知らないお話、たくさん聞いてみたいの。話してくれる?」

「いいけど……どんな話がいい? いろいろあるよ」

「うーん……」

 零夜の問いかけに、ティエラは考え込む。しばしの沈黙に、雨音がやけに大きく響く。遠くで低く響いたのは、雷だろうか。あるいは、どこかの山が崩れた音かも知れない。ひとりならば言い知れぬ不安に苛まれただろうが、零夜には修学旅行の夜を想起させる独特の空気が、その不安感を拭い去っていた。


「そうだ、雨のお話がいいな」

 仰向けになり、ティエラは両手を上に伸ばした。手のひらを大きく広げ、天幕を通して三人に降り注ぐ、雨音だけを捕まえるように。

「こんな雨の夜だもの。雨のお話、ある?」

「雨か……あんまり思いつかないな。キヤは?」

「あるにはあるが、まずはティエラから話せよ」

 キヤの言葉に、ティエラは不意をつかれたように「私が?」と聞き返す。「なんで?」

「言い出しっぺだろ。まさか聞くだけのつもりだったのか?」

「うーん、いいよ。じゃあ……アランジャの人ならみんな知ってる話。『トポイの雲』って、知ってる?」

 零夜もキヤも首を横に振る。「そしたら、話すね。昔々……」


 天幕を見上げながら、ティエラは語り始めた。

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