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「提督、そろそろアタシの射程距離に入るぜ」


 白夜は首から下げた双眼鏡を使って、窓から外の様子を確認する。


「了解。じゃあ、予定通り作戦開始」


「応! 第一戦速! 利根、筑摩、続け!」


 武蔵、そして利根、筑摩がこれに続いて目標――A艦隊に突撃する。


 距離四〇〇〇〇。


 敵のレーダーに捕まる。

 こちらの存在に気付いた敵艦隊はすぐに増速し、面舵を取りながらこちらと同じ単縦陣に陣形を組み替え、武蔵とは逆の方向に、護衛に軽巡洋艦二隻を前後に付けて空母を配置する。


「面舵。第三戦速。同航戦だ。頭を取られるな」


「応! 第三戦速! 艦隊逐次回頭、面舵おもーかーじ!」


 丁字にされないようにこちらも面舵を取り、針路がほぼ平行になるようにする。


「作戦をフェイズツーへ移行。ECM起動。左砲撃戦用意。艦載機攻撃開始」


「各艦、ECM起動! 左砲撃戦用意! 徹甲弾装填! 諸元入力!」


 武蔵、利根、筑摩の砲塔、火器管制レーダーを含む火器管制装置が左に旋回し、敵艦隊を狙う。それと同時に敵艦のレーダーをECMで真っ白に染め上げる。これによって、敵艦隊はレーダー標準を使用できず、光学標準しかできなくなった。当然、命中率も落ちる。

 その間もだんだんと両艦隊の距離が縮まっていく。


 距離三五〇〇〇。


――バァァァァァァン


 敵艦隊の隊列の向こう側から聞こえる爆発音。続いて立ち上る六本の黒い煙。

 その原因は武蔵の反対側――敵空母側から叩き込まれたミサイル群。信濃の艦載機、ステルス艦上戦闘機F-35CライトニングⅡから放たれた対艦ミサイルである。

 レーダーから発見されにくいステルス性を持った対艦ミサイルであるため、敵艦隊はこれに気づくことなく、空母とその護衛についていた軽巡洋艦に全弾命中、大破炎上した。結局、エセックス級空母に載っていた艦載機は大空へ跳ぶことなく、母艦と共に海の底に消えることになる。


「距離三〇〇〇〇」


 そんなことも束の間、艦隊間距離は互いに視認し、戦艦同士で砲撃できる距離まで接近している。

 さきほど一時隊列から離脱した敵駆逐艦も最後尾に戻っている。運よく空母から脱出できた指揮官を素早く救助できたのだろう。


「交互一斉撃ち方、目標敵戦艦、撃ち方始め」


「応! 撃ち方うちーかーた始め! 全主砲右砲発射!」


――ドゴォォォン


 武蔵の九本ある主砲の砲身のうち三本から優に一トンを超える砲弾が雷のような爆音とともに音の二倍以上の速度で発射される。


弾着だんちゃーく


 放たれた砲弾は放物線を描いて敵戦艦に向かって落ちていく。

 そして大きく上がる水飛沫みずしぶき


「どうだ?」


「外れた! 修正するッ」


――バサァァァン


 敵戦艦からの砲撃。

 こちらの海面にも大きな水の柱が立った。


「被害ナシ! なか砲発射!」


 次は各砲塔の真ん中の砲から砲弾が発射された。

 一分ほどして今度は的の手前に水飛沫が立ち上る。


「くそッ! また外れた! 修正! 左砲発射!」


 最初に装填された弾の内、最後の弾を撃ち出した。

 今度こそと意気込んで放った砲弾は漸く目標の前後に落ちる。


「よっしゃ! 交叉! 捕らえたぞ!」


「斉発に切り替え。畳み掛けろ」


「応!」


 そしてしばらく戦艦一隻同士の撃ち合いが続く。

 命中弾はこちらが三、あちらがゼロ。

 たった三発でも四十六センチは威力は大きいようで、敵戦艦は明らかに速力が落ちている。しかし、それでも果敢にこちらに砲撃を続けている。


 距離二五〇〇〇。


 ここで重巡洋艦、武蔵の副砲も砲撃に加わる。

 敵も同じことを考えていたようで、駆逐艦も含めた全ての艦の砲がこちらに旋回を終えている。

 白夜は艦橋から敵艦隊の砲が全て右に向いていることを再度確認する。


「フェイズ3スリーに移行。島風、夕雲、岸波、最大戦速。出せるだけ出せ」


『『『はーい!』』』


 武蔵の七時方向、距離約四七〇〇〇に高速で直進する艦影が三つ。速力は現在六十ノット。アルファ艦隊に追い付くのは約二十分後。このまま行けば、アルファ艦隊の左舷側を通過する。

 アルファ艦隊も突如現れた島風らに気付き、左に舵を切る。だが――


「速度が落ちた。曲がりきる前に仕留めろ」


「応! 諸元入力ヨシ! 全砲一斉射!」


 一トンを超える九つの砲弾がほぼ同時に発射される。

 放たれた砲弾は一度上空に上がり、標的を目指して落下する。そして、白い柱が五つ。


「よっしゃ! 命中弾四!」


 当たった四発の内、一発は煙突の基部に命中。そこから機関部に侵入し、破壊した。他にも砲塔や艦橋にも命中。敵戦艦から黒煙が上がる。艦内で火災が発生したのだろう。みるみる速度が落ち、終いには止まる。


――バサァァァン


 武蔵からだめ押しの一撃が来襲する。これは艦の中央に命中し、艦体を二つに割る。


「目標! 撃沈!」


「よくやった! 次、目標敵重巡一番艦」


「応! 諸元入力! 斉射! ――利根被弾!」


「被害はッ?」


「軽微! 戦闘に支障ナシ!」


 利根は敵重巡洋艦からの砲撃を受け、その内の一発が艦尾に命中した。幸いなことに、艦の後ろ半分に搭載されている多目的垂直ミサイル発射筒には被害はなかった。


「目標のバイタルパートに命中!」


 撃つ度に命中精度が上がっていく。嬉しい傾向だ。


「敵重巡一番艦は撃沈と判断。主砲目標敵二番艦。副砲、利根、筑摩は駆逐艦を狙え」


「応! 諸元入力! 主砲斉射!」


――ドゴォォォォォォォォォン


口径四十六センチの砲弾が九つ。


「副砲! 斉射!」


――ドォォォォォォン


 続いて十五・五センチの砲弾が六つ。


「主砲目標、バイタルパートに命中! 敵駆逐艦回避! こっちに突っ込んで来る!」


「全砲自由射撃。目標、敵駆逐艦群」


「応!」


 前から、後ろから、体の芯まで響く轟音が鳴り響く。

 敵駆逐艦群は艦を左右に振って上手くこちらの砲弾を避けてくる。だが、至近弾でもそれなりのダメージは与えているはずである。

 このまま駆逐艦の接近を許せば、魚雷攻撃を受ける。これを喰らえばかなり痛い。

 その前に仕留めねば。


「利根、筑摩。応答しろ」


『こちら利根ッス』


『筑摩ですぅ』


 艦橋に備え付けられたスピーカーから二人の返事が聞こえてくる。


「対艦ミサイル発射用意。各艦、各目標に一発ずつ」


『了解ッス』


『承知しましたぁ』


 武蔵の後ろに控える利根、筑摩の煙突に偽装したミサイル発射筒の内、三門ずつ発射扉が開かれる。そこから先の尖った白い筒が覗く。

 駆逐艦の主砲の射程距離内に入ろうとしたころ、敵艦隊は一斉回頭。武蔵に背を向けて逃げ出した。


「おい! あいつ等逃げ出したぞ!」


「魚雷は?」


「十! こっちにくる!」


「あれの射程はせいぜい十三キロだ。回避の必要は無い。針路、このまま」


 白夜は少し考える。

 米駆逐艦ならば搭載している魚雷は十本前後。撃ってきた十本が一隻分だとすれば魚雷発射管は五連装二基。すなわち三隻で三十本。残りは二十。射程外であるこちらに撃ってきたのは牽制だと考えると、残りの二十本の目標は――。

 白夜は窓の上のモニターの内の一つに映し出されている戦況プロットを見上げる。


「島風、艦隊逐次回頭取舵、針路〇一〇マルヒトマル。回頭完了後全魚雷発射、目標敵駆逐艦群」


『はーい! 艦隊逐次回頭、取舵とーりかーじ、針路〇一〇マルヒトマル。夕雲、岸波、続いてー』


 風を切って進む島風、夕雲、岸波の単縦陣。この隊列が大きく左に曲がる。

 曲がりきった後、三隻の魚雷発射管が右舷側に旋回。目標の未来位置に狙いを定める。

 そして、魚雷発射。目標の三隻がどのように回避しても命中するようにそれぞれ扇状に発射される。


「島風、艦隊取舵。回頭一八〇度。合流しろ」


『はーい! 艦隊一斉回頭、取舵とーりかーじ、針路一九〇ヒトキュウマル。合流するよー』


 役目を終えた駆逐艦たちは仲間との合流すべく、蒼一色の水面の上を一斉に方向転換する。

 島風たちが合流するころ、敵駆逐艦三番艦の左舷に大きな水柱が上がる。続いて二番艦。最後に一番艦。

 島風らが放ったのは九三式魚雷。直径六一センチ、全長九メートル。五二ノットの雷速で二万メートル、三六ノットでは四万メートルの射程距離を誇る日本海軍が開発し、皇紀二五九三年――西暦一九三三年――に制式採用した長槍。

 航跡が見えにくく、炸薬量の大きい酸素魚雷が敵艦にまっすぐ突っ込み、土手っ腹に大穴を開けた。

 駆逐艦にとってTNT火薬五八八キログラム相当の破壊力を持った爆発は必死である。

 一隻は真っ二つになり、一隻は艦種部分が無くなり、一隻は停止したところで砲弾を喰らった。

 これで全ての敵艦を沈めた。


「戦闘終了。信濃と合流する。ムサシ、針路は任せる」


「応! 戦闘終了。両舷前進原速。針路――」


 戦闘を終えた鋼の艦隊は沈みゆく太陽を背に水平線の向こうへ進んで行く。

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