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――ジリリリリリリリ、ジリリリリリリリ


――ガチャ


 白夜は枕元の壁に設置された電話の受話器を取る。時間はまだ十時半より少し前で、指示した時間より三十分も早い。


「どうした?」


『おやすみのところ申し訳ありません、指揮官様マスター。彩雲が他の艦隊を発見しました。直ぐに艦橋にお越しください」


「皆は?」


「今のところわたくしに乗艦しています。帰しますか?」


「いや、ちょうどよかった。あと、艦橋じゃなくてCDCにしよう。全員をCDCに集めていてくれ」


 CDC。統合戦闘指揮センター(Combat Direction Center)。言わば空母版CIC(戦闘情報管制センター)である。CDCはレーダーを始めとする自艦の探知システム、艦隊を構成する艦艇や艦載機、偵察衛星――今回はないが――などからの戦術データをコンピュータにより処理、自艦や艦隊全体の戦闘に必要な戦術情報をデータリンクで分配提供したり、個艦防御を主とする防御戦闘の指揮管制を行ったりする。そして空母のCDCが他の水上艦艇のCICと大きく異なるのは、自艦から発進した航空機を指揮管制する機能を持つことだ。


「こっちも冥霞を起こしてすぐ行く」


「かしこまりました。CDCでお待ちしております」


 白夜は壁に掛けていた白衣を羽織って新しい自室を後にする。







「発見したのはどの彩雲だ?」


 白夜はCDCに入るやいなや情報を得るために問いかける。


「一時半の方向に配置していた彩雲二番機です」


 そう答えた後で信濃を白夜たちの視線を正面のディスプレイに促す。

 そこは通常のCDCではなかった。本来ならば数多の情報を出入力するためのコンソールが多数並んでいるはずだが、ここにはそれはない。何せここを使うのは基本的に自分たち三人だけだ。よってここの機材の配置も大きく簡略化した。本来あるはずの後方のコンソール群がない代わりに、白夜たちが使用する司令官用のコンソールが中央にある。加えて、それに合わせてディスプレイが大型化されている。

 正面、中央のディスプレイに自分たちの艦隊と発見した艦隊の位置が表示される。


「編成は?」


「空母一、戦艦一、巡洋艦四、駆逐艦四です」


 このままでは一時間後には両艦隊が接触する。自分たちの目的は他の艦隊の殲滅だが、今はまだ戦いたくない。


「取舵一杯。向こうに気付かれる前に現海域を離脱する。ラプターを二機発艦。高高度から例の艦隊を監視しろ。そして、烈風を甲板に上げておけ」


「宜候。F-22N、烈風発艦準備します。取舵一杯。第四戦速に増速します」


 艦上戦闘機F-22Nラプターは世界最強とうたわれる第5世代制空戦闘機F-22Aラプターの海軍向けの艦上戦闘機である。F-22Aに艦上戦闘機として必要な機体強度の向上、着陸装置の強化やアレスティング・フックの追加等が行われ、STOL性能向上のため可変翼が採用された。白夜たちがいた元の世界ではF-14Dトムキャットの後継機として空母機動部隊の空を守護している。

 艦が曲がり終え、舵を戻してからF-22Nラプターが甲板にその姿を見せる。そして、それぞれ第一、第二カタパルトに接続し、大きく鼠色の翼を広げる。ジェット・ブラスト・ディフレクターが起き上がり、吐き出されるジェット炎を上へ逃がす。

 その間にも後方の第二、第三エレベータから次々と烈風が現れる。

 二機の猛禽は巣立ちの時を迎える。


「F-22Nラプター一番機発艦します」


 第二カタパルトに高圧電流が流れてF-22N一番機を一気に引き出す。大空に飛び出した一番機は上空高く舞い上がっていく。


「続いて二番機発艦します」


 間をおかず第一カタパルトから二番機が飛び上がる。

 二機は上空で合流し、母艦の七時方向に向かって飛ぶ。


「さて、これで一段落だ」


 白夜は後ろに向き直る。そこには九人の少女たち。


「ねえ、シナノ。彼女たちが?」


「はい。艦隊を構成する娘たちです。私以外の」


 彼女たちは律儀に横一列に並んでいる。嫌そうな顔をしている者もいるので、おそらく命令、シナノの指示で並んでいるのだろう。


「ご紹介します。左から我が姉である大和型戦艦二番艦武蔵、利根型重巡洋艦の利根、筑摩、秋月型駆逐艦の秋月、涼月、夕雲型駆逐艦の夕雲、岸波、最後に工作艦明石です」


 見るからに姉御肌で強気なムサシに、ブレザー姿の利根型姉妹。右のサイドポニーがトネ、左のそれがチクマ。セーラー服を着た駆逐艦の童女たちにツナギ姿のアカシ。


「これの婚約者で次官の昏鐘鳴冥霞よ。私が指揮を執ることはないと思うけどよろしくね」


 自己紹介が終わったところで、本題に入る。


「一応状況を確認しておこう。さきほど彩雲二番機が本艦の七時方向、距離九〇〇〇〇に我々と異なる艦隊を発見した。編成は空母一、戦艦一、巡洋艦四、駆逐艦四。本艦隊は取舵を取り、離脱を図っている。そして例の艦隊……面倒だな、以後、アルファ艦隊と呼称しよう。アルファ艦隊には本艦から発艦したF-22N二機が上空より監視を行っている。以上。質問はあるか?」


 スッと片手を挙げるムサシ。白夜は発言を許可した。


「どうしてあっちに気付かれていない今、叩かない? 戦艦が一隻しかいないならアタシだけでも十分戦える」


「本当にそうか? ムサシ、確かにお前の主砲の射程は四〇キロ強あるし、威力は大きい。だが、あっちの戦艦が大和だったらどうする? 駆逐艦が同じ帝国海軍のものだったらどうする? 共に射程距離はお前と同じ四〇キロで、もし直撃でもしたらただでは済まない。それにまだ現在地が特定できてないのに迂闊に戦闘ができるか」


「……ッ」


 ムサシは白夜に自分の考えの浅はかさを指摘され、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「あの……。現在地なら一応ですが特定できていますし、アルファ艦隊の艦艇の艦種もわかるかもしれません」


「え? 本当?」


「は、はい」


 シナノは正面のディスプレイに世界地図を映し出す。


「お、おい。まさか――」


「え、ウソ――」


「「世界地図そのまんまかよ!?」」


「は、はい」


 信濃は二人の反応に困った顔をするが、説明を続ける。

 ディスプレイに表示された世界地図の上に一つの紅点が表示される。そこは北太平洋のほぼ中央。そしてそこを中心に地図が拡大されていく。


「この地図ならば経線緯線の角度で表しても差し支えないでしょう。私たちの現在地は北緯約32度西経約156度、針路は二七〇フタナナマルです」


「ハワイから北に一五〇〇キロくらいか。地形が元の世界と一緒というのはよかった。新たに地図を作る手間が省ける。シナノ、艦種が特定できるというのは?」


「はい、探知したところ、二五〇メートル級が一隻、二〇〇メートル級が三隻、一五〇メートル級が二隻、一〇〇メートル級が五隻です。そして、これがアルファ艦隊を撮影した画像です」


 メインディスプレイに複数のウインドウが展開され、そこに撮影されたアルファ艦隊の画像が表示される。灰色の十隻の艦。


「この艦上構造物、砲塔の形からして全て米艦か。なら空母は何だ?」


「空母が一隻だけなら二五〇メートルのがおそらく空母でしょうね。でも、レキシントン級、レンジャー、ヨークタウン級、ワスプ、エセックス級とあるわよ。どれも一〇〇機近くの航空機が載っているわ」


「中でもエセックス級は厄介だな。最初からジェット戦闘機が載っている可能性もある」


「そうね。でもエセックス級ならあってもせいぜい第三世代でしょう。こっちは第四、第五世代を載せているのよ。問題ないじゃない」


「いや、ライトニングⅡのB型ならエセックス級以外でも載せることはできなくはない。戦闘行動半径は八〇〇キロほどになるがな」


「でも、離着艦時に噴出する高温の排気ガスに耐えられるように処理にしないといけないわね」


「まあ、それができたらの話だがな。シナノ、空母の画像を拡大して出してくれ」


「宜候。メインディスプレイに出します」


 一番大きな正面ディスプレイにA艦隊の空母の画像が大きく表示される。


「甲板に乗っかっているのは……レシプロ機ではないわね。先がとんがっているわ」


 空母の甲板に乗っていたのは先が平らでプロペラのついたレシプロ機ではなく、先の尖った流線型のジェット機であった。紺色の塗装に円形断面の太く短い胴体に後退翼。おそらくF9Fクーガーだろう。


「本当に載っていたな。どちらにしろ飛ばせなければいいことだ」


 次に戦艦らしき艦の画像についてだ。アメリカ海軍の戦艦の主砲の口径は最大で16インチ。これは大和型戦艦なら耐えられる。


「二〇〇メートルなら、アイオワ級はないわね。あれは二七〇メートルあるもの」


「それに、空母と一緒に行動しているのなら、速力は三〇ノット前後。それなら、ノースカロライナ級とサウスダコタ級か」


「ノースカロライナ、ワシントン。サウスダコタ、インディアナ、マサチューセッツ、アラバマ。どれも速力二七ノット、16インチ三連装砲三基、対空兵装は40ミリがだいたい六十」


「だったら、空からより武蔵をぶつけた方がいいな」


「残りの二〇〇メートルは重巡ね」


「だろうな。数が多くて挙げきれないが速力三二、兵装はおそらく8インチ砲が九門に40ミリが二十から四十。ノーザンプトン級以前なら53センチ魚雷発射管もあるか。射程のせいぜい一三五〇〇」


「主砲の半分くらいね」


「二隻なら計十八門。こっちの利根型が二隻で十六門。口径がどちらも二〇センチ。魚雷はこっちが上」


「一五〇メートルは軽巡、一〇〇メートルは駆逐艦ね。主砲5インチ、魚雷53センチ。速力は約三五」


 これでA艦隊の大まかな戦力考察が終わった。

 互いに未改造の艦艇の本来のスペックならば、空戦、電子戦は不利。勝目があるのは艦隊決戦だろう。

 しかし、二十一世紀の最新技術で魔改造を施した今、防御力、砲火力は互角。魚雷、電子兵装、機動力はこちらが上。航空兵力もこちらが上。


「さて、最初の獲物はあいつらだ。そういえばシナノ、君の使っている時間はどこのだ?」


「初期設定のままですから日本時間のままですが――」


「だったら現地時間は十九時間前の一五四一ヒトゴーヨンヒトか」


 白夜はディスプレイの端に表示されている時間を見て言う。


「どうしたの? ――て、そうか――。消耗品の補充ね」


「ああ、各種消耗品は日付変更時に補充されるらしいが、それがどこの時間なのかが問題だな。戦闘中に補充されたら戦闘時間も長引いて、艦が負うダメージも増える」


「でも、検討はついているんでしょう?」


「UTCか現地時間だな。UTCならいまは――」


〇二四二マルフタヨンマル時です」


「そっちはもう日付は変わっているか。使った消耗品は……」


 白夜は頭の中で艦隊の消耗品のリストを広げる。

 主な消耗品は砲弾、ミサイル、航空燃料そして食料。どれも未だ消費していない。だが一つだけ例外があった。


「シナノ。86のガソリン残量はわかるか?」


「確認します。――、――、――確認しました」


「あら、できちゃった」


 冥霞が茶化すように言う。


「86のガソリンは満タンです」


 結果、86のガソリンは全て補充されていた。


「これで、消耗品の補充はUTC〇〇〇〇マルマルマルマルに補充されると断定できる」


「セリアちゃんがわざわざガソリン入れる必要がないものね。ずっと海の上にいるのに、私たち」


 白夜は顔を引き締めて信濃たちに向き直る。


「これで必要最低限の情報は揃った。まず最初に殲滅するのはあいつ等だ。作戦は――」

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