第十六章:それでも、君と飛べるのなら/02

「チッ、振り切れない……!」

 そのロックオン表示が現れるほんの少し前、孤立していたアリサは三機の敵機に追いかけられているところだった。

 要たちのやり取りを聞いている余裕なんて、今の彼女にはない。既にチャフもフレアも散布し尽くした在庫切れの状況下で、後方からのミサイル・アラートが……それも三発分、近づいてきているのだ。限界ギリギリの回避機動を取っている最中に、そちらにまで気を払っている余裕なんて、今の彼女にあるワケがなかった。

「こっの……!」

 それでも、こんな最低な状況下に於いても、アリサの実力は確かにエース・パイロットの一人に数えられるだけのものだった。

 フルスロットルで機首を上げ、上昇しつつ……大きく宙返りするような機動を取り。その後で機体にグルグルと螺旋を描かせるバレルロールだとか、或いは急上昇してからの捻り込みを織り交ぜて。右へ左へ小刻みに機体を振りまくって、どうにか追ってくるミサイルを三発全て回避してみせた。

「っ……!」

 だが、振り切れたのはあくまでミサイルだけだ。後ろに張り付いていた三機のモスキートは振り切られるどころか、寧ろアリサ機との間の間合いを確実に詰めてきていて。もうあと少しで……彼女の機体は、≪グレイ・ゴースト≫は敵機のガンレンジに入ってしまう。

 ――――逃げ切れない。

 この段階にまで来て、アリサの脳裏にふと過ぎった考えはそんな、何処か諦めにも似た思いだった。

 これだけ詰められてしまえば、逃げようがない。得意の反転戦法で反撃を試そうにも……相手は三機だ。こちらがガンレンジだということは、向こうもこちらをガンレンジに捉えているということ。幾ら反転で二機ばかしを墜とせたとしても……間違いなく、最後の一機にやられてしまうだろう。

(そんな、そんなの……認めない、認められないっ!!)

 ――――ソフィアに貰った生命いのちを、こんなところで無様に散らしてもいいのか。

 ネガティヴな諦めの方向に走りかけていたアリサの思考回路を引き戻したのは、そんな……呪詛にも似た、己への強い戒めにも似た思いだった。

 そうだ、今の自分の生命いのちはソフィアに貰ったもの。こんなところで諦めて、無駄にすることなんて……それこそ、彼女の死もまた無駄であったことになってしまうではないか。

 そんな思いこそが、今までずっと……二年前、月面のオペレーション・イーグルで相棒のソフィアを失ってから、まるで死に場所を求めるように独りで飛び続けてきた彼女を、アリサを引き留め続けてきたものだった。

 だから、アリサはつい数瞬前まで脳裏に過ぎっていた諦めを捨て、操縦桿を大きく引く。諦めたりなんかしない。最後の最後まで、足掻いてやる……!!

「っ……!」

 が、どれだけ回避機動を取ってみせても、三機のモスキートは背中から離れようとしない。寧ろ距離をさっきより詰めてきているぐらいだ。

 ――――そして、遂に敵機のガンレンジに入ってしまう。

(やられる……!?)

 自機のすぐ傍を横切っていく、後方のモスキートから放たれた機関砲の火線。それを横目に見た瞬間、アリサはそう思ってしまった。

 だが、彼女がそう思った瞬間――――ゴーストの後方に張り付いていた敵機が、何の前触れも無く何者かに撃墜されてしまったのだ。

「ミサイル……誰っ!?」

 真後ろのことだったから実際に見たワケではないが、しかしレーダー表示から三機が一気に消えたこと。背中の方から爆発の気配を感じたことから……今のは明らかに、ミサイルによる攻撃だった。

 だが、もうこの場に居る全員はミサイルを撃ち尽くしてしまっているはずだ。そんな中で、一体誰がこんな芸当を…………?

「っ、あれは――――!?」

 一体、誰がどうやって助けてくれたのか。

 文字通りの九死に一生を得たアリサが驚き、ただただ茫然としていると……そんな彼女の耳へと彼女の耳へと飛び込んで来るのは。通信越しに聞こえてくるのは、アリサ・メイヤードにとって聞き慣れた……しかし、この場で絶対に耳にするはずのない彼の声。どうしたってこの空の上に現れるはずのない、彼の声だった。

『――――スピアー1、FOX3フォックス・スリー

 傷付いてこそいないが、しかし満身創痍といった雰囲気を漂わせるアリサ機。漆黒の≪グレイ・ゴースト≫の後方を、スロットル全開のハイレート・クライムで一気に上昇していく機影があった。真っ直ぐに……何処までも突き抜ける、一振りのつるぎのような軌跡を残して、その機影はぐんぐんと上昇していく。

『……待たせてすまない、アリサ』

 それは――――他でもない彼、桐山翔一の駆る空間戦闘機。GIS‐12E≪ミーティア≫の、鋭く研ぎ澄まされた機影だった。

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