第十六章:それでも、君と飛べるのなら/01

 第十六章:それでも、君と飛べるのなら



「ああもう、次から次へと……! いい加減に!」

 ――――ミサイル・アラート。

 自機に迫り来る何発ものミサイルに対し、アリサは全力の回避機動で応じる。同時にチャフ・フレアをアラート連動・完全自動モードでの散布開始。既に機体ディスペンサー内の残数はレーダー誘導欺瞞用のチャフ、及び対・赤外線誘導のフレア共に心許ないが……しかし、ここで撒かねばいつ撒くというのだ。使える物は、使える時に使っておく……。それが出来ないようなパイロットであるのならば、もう既に死んでいる。

 追ってくるミサイルをどうにかこうにか振り切った後、アリサはそのまま大きく宙返りをし。自分に向かって再びミサイルをロックオンすべく、機首を向けようとしていたモスキート三機の編隊と向かい合う。こちらの手元にはミサイルの残りはもうない。であるのならば、必然的にガンレンジまで……奴らの懐まで、一気に飛び込む必要がある。

「上等……!」

 スロットル全開、最大加速。アリサは敵機と真正面から正対。ヘッドオン状態となった三機の編隊に対し、臆することなく突撃を敢行する。

 コクピットの中では、敵機からのロックオン警告がやかましく鳴り響いていた。だが……正対した三機のモスキートは何を恐れているのか、ロックオンしているにも関わらず撃ってこようとはしない。こちらの加速が速すぎて、ミサイルが着弾した拍子に飛んで来た破片を喰らい、撃った自分もダメージを負うのを恐れているのか……?

「さあ! さあ撃ってみなさい、臆病者ッ!!」

 が、理由は何にせよこれは好機だ。アリサはそのまま敵機の群れに対して最大加速で突っ込んでいく。

 ――――GUN RDY。

「墜ちろぉぉぉっ!!」

 雄叫びとともに、操縦桿のトリガーを引き絞る。

 ≪グレイ・ゴースト≫の漆黒の機影の中に、眩い閃光が瞬いた。唸るレールガトリング機関砲と、胴体から伸びる火線。その先に……アリサとゴーストは確かに敵機を捉えていた。

 三機で三角形を描くように、まるで矢のやじりのような陣形を描いて飛んでいた三機のモスキート。その先頭を飛んでいた奴がアリサ機のガンから放たれた二〇ミリ砲弾の直撃を喰らい、爆散する。

(まずは、一匹……!)

 このまま残り二匹も喰ってしまいたかったが、しかし流石にヘッドオン状態からの連続撃破は……この至近距離、幾らアリサでも不可能だ。

 一機を仕留めたところで、二機と一機。モスキートの編隊とアリサの≪グレイ・ゴースト≫とが空中で鋭くすれ違う。

「逃がさない……!」

 すれ違った瞬間、アリサは瞬時に機体の向きを反転させる。ESPパイロットが搭乗し、ディーンドライヴがフルスペック・モードで全力稼働しているからこそ可能な、全開の重力制御が為せる技。飛んだまま機体の向きを真後ろに向けた……まるで後ろ向きに飛んでいるような格好をさせる。

 反転飛行、彼女の得意技だ。この戦い方で、この技で、数え切れない程の敵機を屠ってきた。

「これ以上! 好き勝手に――――させるかぁぁっ!!」

 これだけの至近距離だ。多少の相対速度もあるが――――しかしレールガトリングの弾速を考えれば、偏差射撃なんて殆ど必要ない。

 機首を反転させたアリサは一瞬の内に狙いを定めると、また雄叫びとともにトリガーを引き絞った。

 ゴーストに固定装備されたレールガトリング機関砲が唸りを上げる。物凄い速度で撃ち出された機関砲弾の豪雨は、まずは彼女から見て右側のモスキートを粉々にしてみせた。文字通りの粉砕だ。翼と思しき構造物や胴体をバラバラに引きちぎられたモスキートが、そのままの勢いで四散していく。

 ――――二機目、撃墜。

 しかし、アリサの勢いは止まらない。彼女はトリガーを引いたまま、そのまま足元のラダーペダルを操作する。

 すると、大柄な機体は重力制御の加護を受けつつ、機体の向きだけを並行にクッと左方に向け。そうすれば撃ちっ放しだった機関砲から伸びる火線は、そのまま三機目のモスキートへと伸び……ゴーストが機首を左に振るのに合わせ、射線上にあったモスキートの胴体を真横に薙ぎ払ってみせた。

 すると、横薙ぎの掃射を喰らった最後のモスキートは……まるで刀か何かで斬られたみたく、横一文字に胴体を両断されてしまう。上半分と下半分が無残に別離したそのモスキートは、一秒と経たない内に火を噴いて爆発四散。吹き飛んだモスキートから散る爆炎に淡く照らされる中、アリサはニッと不敵に笑んでみせる。

「さてと……って、どんだけ居んのよ……!?」

 三機編隊を見事に撃墜せしめ、反転飛行だった機体の向きを元に戻しつつ。チラリと計器盤モニタのレーダー表示に視線を落としたアリサが小さく毒づく。

 ――――敵の数は、まだまだ多い。

 かなり善戦しているといえ、それでも敵はまだまだ多数がレーダーに表示されている。これだけの数……果たして本当に食い切れるのかどうか。

 それに対して、こちらの戦力はかなりマズい状況だ。キャノピーに映し出される遠くの表示やデータリンクでの共有情報を見る限り、既にファルコンクロウ隊は半数以上が撃墜されてしまっている。しかも、アリサがミサイルを全部撃ち尽くしているような状況だ。彼らも当然、もうミサイルなんて抱えていないだろう。

 ――――やはり、自分が孤立してしまったのが痛かったか。

 アリサは自分の迂闊さを悔やむが、しかし悔やんでいる場合ではない。悔やんでいる暇があったら、どうにかしてこの状況をひっくり返す妙案を捻り出すべきだ。

 …………思えば、今日の自分は本当にらしく・・・ない。

 どうにも今日は色々な出来事がありすぎて、普段の調子を出せていないのだ。

 全ては、昼間のACM訓練が切っ掛け。アレで相手に不覚を取ってから、自分らしくもない無様を晒してしまってから。それから……頭の中がぐちゃぐちゃになって、夜中に家を飛び出して。その後の、歩道橋の上でのとのやり取り。そんな、心揺れる色々な出来事が積み重なって……今の彼女は、普段の彼女らしく居られなかったのだ。自分では、どうしようもないほどに。

 だが、それでも――――戦わねばならない。此処は既に戦場なのだから。一度飛び立ってしまった以上、幾ら自分がどんな状態であろうとやるべきことはひとつ。どんな自分であれ、今の自分に出来る最善を尽くすしかない…………。

「とにかく、合流を……!」

 状況を好転させるべく、とにもかくにもクロウ隊との合流を図ろうとするアリサだったが。しかし彼女の周りには未だ十数機のモスキート・タイプの群れが張り付いていて、こうして奴らを翻弄し、少しずつ数を削っていくことは出来ても……遠く離れたクロウ隊の方に合流することは、敵に囲まれている現状ではどうにも難しそうだった。

『クロウ2よりイーグレット1! どうよ、そっちの調子は!?』

 アリサがそんな、芳しくない状況の中で必死に足掻き、敵を一機、また一機と撃墜していると。すると、遠くで交戦しているクロウ隊の……生駒から通信が飛んでくる。

「あんまり良くないわね……! 合流してる暇がないわ! ちょっと、出来ればそっちからカヴァーに一機寄越してくれない!?」

『クロウ6、否定ネガティヴ。……貴女に構っていられるほどの余裕、私たちの方にも無い』

 生駒にそう返しつつ、アリサがダメ元で問いかけてみると。すると否定の意を返してきたのは生駒ではなく、ソニアの冷徹にも思える冷え切った声だった。

 そんな彼女だが、アリサと同じくクロウ隊の連中とは引き離されていた。彼女もまた、連中にとっての脅威だと認識されているのか……上手い具合にクロウ隊から引き剥がされ、独り孤立してしまっていた。

 それでも彼女は……口先ではそう言いつつも、どうにかアリサの方に合流しようと、敵機の群れを巧みに……しかし割と無茶に縫いながら、博打めいた機動でこちらへと徐々に接近して来ている。

 ああいったテクニックは、流石はソニアだとしか言いようがない。敵の隙を上手く突きつつ、その隙間にねじ込むように飛んでいく……。まるで針に糸を通すかのように繊細で、そして正確なその技術は、アリサが持ち合わせていないもので。顔を合わせればすぐ喧嘩ってぐらいに反目しつつも、しかしアリサが彼女のことを何だかんだと、少なくとも内心ではその腕前に一目置いている理由が……まさに、それだった。

 また――――ソニアの方も態度こそあんな風だが、しかし冷静な彼女のことだ。心の内では理解しているのだろう。一騎当千のESPパイロットたるアリサが孤立している以上、この状況をひっくり返すことは厳しいと。多少無茶をしてでもアリサと……せめて自分だけでも再合流を図らねば、状況の打破は不可能であることを。

 だからこそ、現状孤立している彼女は多少無茶をしてでも合流しようと、アリサの方に無理矢理近づいてきているのだ。敵を追い払う為に、この最低な劣勢を打ち払う為に。そして何よりも、生きて島の滑走路に舞い戻る為に…………。

「でしょうね……!」

 そんな彼女の意図を暗黙の内に汲み取れば、アリサはソニアに頷き返しつつ、自分も出来る限り接近しようと彼女の方に機首を向ける。

 襲い来る後方からのミサイル・アラートには……またお得意の反転飛行で接近する敵ミサイルと正対、レーザー機関砲で狙撃して撃墜する、神業めいた所業で対処してやる。既にガンの残弾も心許ないのだ。少しでも節約せねばならない以上、ミサイル相手にはレーザーを使った方が効率的だ。

「っ、チェック・シックス! ブレイクなさい、クロウ6!」

 と、片手間にミサイルを撃墜したアリサがスロットルを開き、ソニアと合流を図ろうとしていると。すると彼女は、ソニア機を背後から狙い撃ちにしようと忍び寄っているモスキートの姿に気が付いた。

『…………!』

 恐らくはあのモスキート、気付かれない内に距離を詰めて、ソニアをガンで撃墜するつもりだったのだろう。ロックオン警告も無かったから、ソニアも気付くのが遅れてしまっていた。

 アリサの警告で背中に迫る脅威に気付いたソニアは、すぐさま回避行動を実施。どうにか振り切ってやろうとするが……しかしこれだけの至近距離に忍び寄られたのだ。簡単には引き剥がせない。

『まだ……!』

 背後のモスキートから襲い来る、猛烈なガンの掃射。ソニアはそれを右へ左へと機体を捻る巧みな回避機動で避けてみせるが、しかし数発が彼女の駆る≪ミーティア≫の機体を浅く掠る。

『っ!!』

 そうして回避を続けていると、今度は一発が右の主翼、端の方を突き抜けてしまった。ズドンと翼を表から裏側まで綺麗に貫通して、爆発こそしなかったが……しかし彼女の≪ミーティア≫は右の翼端から小さな煙を吹き始める。

「こんのぉぉぉっ!!」

 ――――このままでは、ソニアが危ない。

 そう思えば、アリサの取るべき行動はひとつだけだった。

 スロットル全開、最大加速で彼女の≪ミーティア≫へと斜め上方から急接近。その後ろを尚も追い縋り、ガンを小刻みに撃ち続けるモスキートに狙いを定め……すれ違う瞬間、アリサはトリガーを絞っていた。

 ソニアの≪ミーティア≫とそれを追うモスキート、そして急降下するアリサの≪グレイ・ゴースト≫とがすれ違う。

 そうして二機と一機がすれ違った、一瞬後――――ソニア機を追い立てていたモスキートが胴体から煙を吹き始め、コントロールを失い錐もみ降下し始める。すれ違いざまにアリサが放ったレールガトリング機関砲の二〇ミリ弾が、見事にそのモスキートを撃ち貫いていたのだ。

「よし!」

 ソニアを追っていたモスキートが煙を噴きながら墜落していくのを後ろに確認して、アリサは――――操縦桿とスロットル・レヴァーにそれぞれ手を置いているから、実際には出来なかったが。しかし気持ちだけは軽くガッツポーズを決める。

『…………悪いわね。今回ばかりは貴女に助けられた』

「それじゃあ貸しひとつ。機会があったら返しなさいよ?」

 珍しく、素直に礼を言ってくるソニアにアリサがそんな軽口めいた言葉を返していると――――瞬間、アリサ機のコクピットにロックオン警報が鳴り響く。方向は、斜め左上方。

『――――!』

 だが、その警報がミサイル・アラートに変わることは無かった。彼女がロックオンされて間もなく、アリサ機を捉えていたモスキート・タイプを……宙返り気味に上昇し、向きを変えていたソニア機が発見。瞬時に三〇ミリ口径のレールカノン機関砲を発射し、ミサイルを撃つ間も与えずに撃墜してしまっていたのだ。

「っ……!」

 僅か数秒の内に消えたロックオン警報と、グッと見上げた左斜め上方の視界。そこから消え失せるターゲット・ボックスと、火の玉になって墜ちていく残骸。そして……こちらに向かって緩やかに高度を下げてくる≪ミーティア≫の機影を見て、アリサが驚きに眼を見開く。

『これで、貸し借りはゼロ。返したわよ、貴女からの借りは』

 とすれば、その降りてきた≪ミーティア≫。ソニアの駆るそれは、わざとアリサ機と高度を合わせて……まるで横並びになるような位置に着き。互いの顔がキャノピー越しに見えるような至近距離の中を並んで飛びながら、彼女はアリサに対し皮肉げな横目の視線を、やはり皮肉めいた言葉とともに投げ掛けてくる。

「ちゃっかりしてるんだから……! でも、助かった!」

 少しばかり悔しいような気もするが、助けられたのは事実だ。アリサはニヤリと不敵な笑みを彼女へと向け返しつつ、礼を告げる素直な言葉で彼女に応じる。

 そんな風に、二人がやり取りを交わしていると――――それを同じ通信回線で聞いていた生駒と榎本が、周囲を取り囲む敵機の群れと交戦する傍ら、こんな会話を二人で交わしていた。それこそ、劣勢状況での戦闘中とは思えないほどに呑気で、落ち着いた調子で。

『なあ朔也、あの二人さ……何だかんだ、相性悪くねえんじゃねーの?』

『喧嘩するほど仲が良いという言葉もある。互いにあんな風だが、あの二人は本質的には意外と相性が良いのかもしれないな』

『さっすが、我らが隊長閣下はよく部下のことを見ていらっしゃる』

『ソニアとも付き合いは長いからな。まあ燎、お前ほどではないが』

『あら? あらあら? もしかして朔也、アレェー? あたくしに対してすっごく友情感じちゃってるぅー?』

『…………お前を見ていると、本当に飽きないな』

『おほほほ、もっと褒めてもよろしくてよ奥様』

『皮肉も分からないのか? あと奥様はやめろ。全く、南といいお前といい、俺はロクな呼び方をされないな……』

『まー何にせよ、ソニアちゃんとアリサちゃんが根本的には割と良いコンビなのは、あたくしも同意だわよ。いっそ、アリサちゃんをクロウ隊に引き入れるか?』

『勘弁してくれ、ただでさえお前やソニアに振り回されているんだ。これ以上俺の隊に曲者が増えたら、それこそ胃が持たん。

 ――――…………燎、後ろに付かれてるぞ』

『なーんて言ってる間に、もうお前が墜としちゃってんじゃん。……まあいいや、俺たちもいい加減エレメント組み直そうぜ』

『ああ。……こちらの損耗率は決して低くない。既に七機が撃墜されている』

『クロウ5も機体中破で戦域離脱、実質的に俺たちとアリサちゃん、後はクロウ12だけで支えてるようなもんだぜ。……まあ不幸中の幸いは、アイツら全員ちゃんとベイルアウト出来てるってことか』

『全くだ。パイロットの生命いのちは機体よりも重いとは、南もたまには良いことを言う。

 …………行くぞ燎、遅れるな』

『あいよ。隊長閣下のケツ持ちなら慣れてらァ』

 敵の勢いが弱まった隙を突き、榎本は生駒と合流。今まで別々の場所で勝手に戦っていたエース二人が、再び二機一組のエレメントを組み直す。

 そうすれば、戦況は少しだけこちら側に傾き始めた。クロウ隊の隊長と副隊長、エース二人が組んで暴れ回っているのだ。敵の数は……まだまだ多いが、それでもさっきより数は減ってきている。

 だが――――そんな風に二人が再びエレメントを組んでも、決定打には至らない。

 やはり、一丸となって対処出来ていないのが問題だ。一旦は合流できていたアリサとソニアの二人は、敵の猛攻に遭って再び孤立させられてしまっていて。二人とも互いの距離は決して遠くないものの、しかしそれぞれが別々の思考で別々の相手に対処せざるを得ない、孤立した状況に逆戻りしていた。

『コスモアイより各機へ戦況報告。敵損耗率、五〇パーセントを突破』

『クロウ2よりコスモアイ! ちょっとさあ、いい加減に増援ぐらい来ても良くない!?』

 そんな状況を見れば、流石に生駒もレーアに疑問を投げ掛けざるを得なかった。

 凄まじい劣勢といえ、今までそれなりの時間を稼いできている。たったこれだけの戦力で、アリサ機の孤立による戦術的な不利を強いられながらも……それでも、それなりに時間を稼いだはずだ。生駒の言う通り、いい加減に増援が来て然るべき頃合いといえよう。

 だが、レーアの回答は『……増援部隊の到着には、もう暫く時間が掛かる模様です』という無慈悲なものだった。

『重慶基地の第775空間飛行隊、及び南極基地の第666空間飛行隊がそれぞれ緊急出撃の準備中。ですが、交戦エリア到着まではおよそ十五分程度を要します』

『十五分って……おいおいレーアちゃん、幾らなんでも冗談キツいぜ!? 流石の俺たちでも、こっから十五分なんざ抑えきれねえっつーの!』

『残念ながら、私は冗談を申し上げてはいません』

『なんてこった……! ああクソ、朔也ァ! どうにかこうにかアリサちゃんとソニアちゃんを助けに行けねえか!?』

『行きたいのは山々だ! だが……こっちの状況もマズい!』

『だよな、分かってたぜ畜生!』

 生駒は大きく舌打ちをしつつ、榎本とともに更なる敵機を撃ち落としていく。

『――――交戦中の全機、よく聞け!』

 そうしていれば、何を思ってか基地司令の要が通信回線に割り込んできた。今の絶望的な状況とはほど遠い、希望に満ちた張りのある声で。

『およそ九〇秒で増援が到着する! それまで……それまででいい、持ちこたえてくれ!』

『司令、その増援というのは一体……?』

 あくまで冷静な声音の榎本が投げ掛けた問いの後に、生駒が『増援ったって、今まさにレーアちゃんにお預け喰らったばっかだろお!?』と荒げた声で続ける。更にその後には『……どういうことですか、司令』というソニアの凍てついた声が続く。それに対し、要はニヤリとした笑みを浮かべることで応じた。

『島から一機だけ、一機だけ増援を出すことが出来た。これで……間違いなく戦況は我々の側に傾く!』

『一機だけって……おいおい司令、幾らなんでもソイツは無茶が過ぎるってもんだぜ!?』

『それが無茶じゃないんだ、生駒くん』

 要はフッと笑みを浮かべ、そして彼らに対しこう告げた。

『間もなく到着する増援、コールサインは――――』

 と、恐らくはこの場で誰もが予想していなかった一言を。誰もが予想していなかった、彼の名を。要は確かに、彼のコールサインを告げたのだ。

 そうして要がたった一機の増援、そのコールサインを皆に告げた瞬間。データリンクで共有された友軍機のロックオン情報が……複数の敵機に対する多重ロックオンの警告表示が、皆のコクピットを包むキャノピーの内側に戦術情報として浮かび上がる。

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