第十五章:迎撃‐インターセプト‐/02

「よし来た……! イーグレット1、FOX2フォックス・ツー!!』

 真上に向いていた機首を捻り込み気味にグッと下げ、急降下。眼下……こちらに背中を晒していたモスキートの編隊、その内の一機をロックオンし、叫ぶアリサは操縦桿のウェポンレリース・ボタンを押し込む。

 急降下する≪グレイ・ゴースト≫の翼下パイロンのランチャーからAAM‐01が発射され、赤外線画像誘導の短距離ミサイルは逃げる間すら与えず、ロックオンしたモスキートに直撃。派手な爆発とともにその粗末な紙飛行機じみた機影を跡形も無く吹き飛ばした。

「まだよ! アタシの前に出たからには、一匹も逃がさない……!」

 だがアリサはそのまま急降下での接近を継続し、そのモスキートの編隊に対しての攻撃を続ける。

 更なる一機に対し、またAAM‐01を発射。ソイツも派手に吹き飛ばした後、アリサはそのまま兵装を二〇ミリ口径レールガトリング機関砲に変更。頭上から急接近して、回避する間もなく殲滅しようと目論むが……。

「チッ、流石につるべ打ちとはいかせてくれないか……!」

 が、流石にその頃になると生き残りのモスキートたちも編隊を解き、各々の方向に散開ブレイクし回避行動を取り始める。

 アリサは小さく舌打ちをしつつ、散開した内の一機に狙いを定め、そのまま急降下での強襲を継続。彼女に狙われたモスキートは降下しながら回避行動を取り、どうにかアリサを引き剥がして反撃に転じようとするが――――逃げられるものか。モスキート程度のパワーで、この≪グレイ・ゴースト≫に敵うはずがない。

「貰った……!」

 そんな風に逃げ惑うモスキートをギリギリまで引き寄せてから、アリサは狙い定めてトリガーを絞った。

 レールガトリング機関砲、斉射開始。目にも留まらぬ速さで斉射される機関砲弾の勢いは、まさに豪雨が如し。ましてこれだけ引き付けてからの狙い澄ました斉射だ。アリサ機のガンに斜め上方から刺されたモスキートは胴体のあちこちを穴だらけにして、火を吹き始め。そのままコントロールを失い、よろよろと蛇行しながら錐揉みで墜落し始めると……数秒もしない内に空中で爆発し、成層圏の塵となった。

「相手が悪かったと思いなさい。……尤も、中身が居るのならの話だけれど」

 火を噴くモスキートと降下しながらすれ違い、爆発するソイツを一瞥してアリサがひとりごちる。

 モスキートの中にソルジャー・タイプは……乗員の類は確認できず、無人機の類であるというのが専らの説だ。本当のところはまだ定かではないものの……そうだとアリサは思う。モスキートの飛び方を長く眺めていて、生気というか、生の感情のようなものを感じたことを彼女は一度もなかった。

『おっとやべえ! イーグレット1! ……アリサちゃん! チェック・シックス!!』

「っと……!」

 ――――チェック・シックス、六時方向警戒。つまり、背中に注意しろ。

 通信で生駒からの警告が飛んでくるのとほぼ同時に、アリサも背中越しの気配を察知し。瞬時に機首をその場でぐるりと一八〇度反転させると……後ろ向きに降下するみたく珍妙な格好になって、今まさにアリサ機の背中を刺さんとしていた奴と正対する。

 当然だが、それもモスキート・タイプだ。数は二機。恐らくさっき散開した奴らだろう。今撃墜された仲間の仇討ちというワケか。……無機質な飛び方をする割に、いじらしい。

「んのぉっ!!」

 そんな二機のモスキートと正対し、アリサは叫ぶ。敵機は二機ともガンレンジ内だ。ミサイルを使うよりも、直接撃った方が早い……!

 機首を反転させ、後ろ向きに飛ぶアリサは瞬時の判断で照準を合わせ、反転してから一秒も経たない内にトリガーを絞っていた。

 レールガトリング機関砲が唸り声を上げる。二〇ミリ機関砲弾の豪雨が二機のモスキートに殺到する。まさか尻を取っていた必殺の状況から逆襲を受けるとは思っていなかったのか……アリサの視界に映る彼らは回避行動すら取る間もなく機関砲弾の直撃を受け、胴体を穴だらけにされてしまい。コントロールを失えば、火を噴きながら墜落していく。

「……イーグレット1よりクロウ2、助かったわ。感謝する」

『良いってことよ。……それよりアリサちゃん、孤立してっぜ。早くこっちに戻ってきた方がいい。幾らゴーストっつっても、孤立してちゃあ危険だ』

 背中に迫っていた二機を見事撃墜したアリサは、また機首を一八〇度反転させ、後ろ向きに飛んでいた状態から元の正常な飛行方向へと戻しつつ。機首を上げて上昇しながら、警告してくれた生駒に感謝の意を述べる。

 そうすると、生駒にそう言われたものだから。アリサは「分かってるわよ」と頷き、言われるまでもなく彼らクロウ隊の交戦する方へと戻っていこうとする。確かに追撃戦とその後の反転飛行のせいで高度はかなり下がっていて、クロウ隊からの距離も結構離れてしまっていた。

 だからアリサは、さっさとクロウ隊と合流しようとしていたのだが――――。

「っ……!?」

 ――――ロックオン警報。

 コクピットに突然鳴り響いたけたたましい警報音に、アリサが眼を見開く。ロックオンされた方向は……直上!?

(しまった、まさか今のは罠……!?)

 頭上から急降下で仕掛けてくる五機のモスキートの機影を、さっきの自分と同じような手段で奇襲を仕掛けてくる連中をクッと見上げて目の当たりにした瞬間、アリサはハッとする。

 ――――奴らは、意図的にアリサ機を孤立させた。

 そう判断せざるを得ないだろう。恐らくは編隊を散開させた時点で、アリサが食らい付いてくることまで奴らにとっては想定の範囲内だったのだ。難なく撃墜し、その後で機首を反転させた彼女が追撃の二機も容易く撃破してしまうことも……全て織り込み済みの、巧妙な罠だったのだ。

 少なくない犠牲を前提とした罠なんて……普通に考えたらおかしい話だが。しかし現状を鑑みると、そう判断せざるを得なかった。

 このタイミングで、あまりに都合の良いタイミングで、五機纏まっての奇襲攻撃だ。たった一機を相手に五機で編隊を組んで仕掛けてくるなんて、これが罠だったとしか思えない。

 味方機が幾らか犠牲になることも、全て計算ずくなのか。

 馬鹿げた話だが、しかし奴らが――――モスキート・タイプが統合軍の予測通り、無人機であったとしたなら。もしそうであるのなら、一概に愚策だとは言えない。無人機であるのならば、寧ろその程度の損害で強敵を……ESP専用機、恐らくレギオンにとって最も厄介であろう≪グレイ・ゴースト≫を仕留められるのであれば、却って安上がりというものだ。

 ――――まんまと、してやられた。

 自分が迂闊だった部分もある。奴らの方が一枚上手だったということもある。少しばかり、頭に血が上りすぎていたということもある…………。

 だが、こうなってしまった以上はどうにかするしかない。どうしてでも逃げ切って、返り討ちにしてやらねばならないのだ。

『アリサちゃん! ……畜生、朔也! ソニアちゃん! 誰でもいい、アリサちゃんの援護に行ける奴は!?』

『クロウ1、否定ネガティヴ! 無理だ、俺たちの方も手いっぱいだ……!』

『クロウ6、同じくよ。……こっちまで合流できれば、話は別だけれど』

「問題ない! どうにかしてみせるわ……!」

 クロウ隊はあちらの戦闘に掛かりっきりで、わざわざ離れたこちらにまで戦力を割いている余裕がない。

 だが、彼らの援護を受けられないのは最初から分かっている。自分一人でどうにか逃げ切らねばならないことなんて、最初から分かっているのだ。

 だから、アリサはスロットルを全開近くまで開く。まずは増速して振り切り、急降下での奇襲を回避して。その後は……どうにかこうにか、逃げ切るなり返り討ちにするなり。近くへ合流するまでクロウ隊が頼れない以上、ある程度は自分でどうにかするしかないのだ。

「この……っ!」

 急加速し、敵のロックオンを振り切る。

「っ……! 張り付かれた……!」

 だが、その程度で逃がしてくれるほど敵も甘くない。急降下の状態からグッと機首を上げた五機のモスキートが、逃げるアリサ機の背中にピッタリと張り付いてくる。

『イーグレット1、ブレイクしてください』

「言われなくてもやってるわよ、レーアっ!!」

 レーアの抑揚のない、淡々とした声での無機質な警告が通信に響く中、アリサは叫び返し。バレルロールなんかの機動も交えつつ、右へ左へと機体に激しい回避機動を取らせる。

 だが、後ろのモスキートたちはピッタリと張り付いて離れない。アリサ機のコクピットに再びロックオン警告が鳴り響く。今度は……後方から。

「ああもう! しつこいのは嫌いなのよ……!!」

 アリサ機が巧みな回避機動で振り切ろうと試みる中、彼女の背後にピッタリと張り付いた五機のモスキートは、逃げる彼女の背中へと、≪グレイ・ゴースト≫の背中へと静かに照準を定める…………!

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