第十五章:迎撃‐インターセプト‐/03

 そんな、次第に追い詰められていく迎撃部隊の状況を――――H‐Rアイランド、蓬莱島の地下深くに存在する司令室で固唾を呑んで見守っていた要は、静かな焦燥感に駆られていた。

 司令用の椅子に深く腰掛け、デスクに両肘を突いた手を組み。要はじっと黙ったまま、ただただ神妙な面持ちで状況を見守っている。

 正面、遠くの壁に据えられた巨大なモニタには≪プロメテウス≫が捉えたレーダー表示や、各種の情報が浮かんでいる。司令室の壁を反響するのは、オペレータたちの冷静な声と、そしてキーボードなんかを忙しなく叩く音。そんな中、この基地に於いて最上位の意志決定権である要は沈黙を保ったまま、しかし胸の内ではひどい焦燥感に駆られていた。

 ――――状況は、かなり切迫している。

 ただでさえ多勢に無勢の状況下だというのに、こちら側は思うように敵の戦力を削れてはいない。頼みの綱であるはずのESP専用機、アリサの≪グレイ・ゴースト≫は敵の術中に嵌まり、クロウ隊と引き剥がされ単機で孤立してしまっている。

 それでも、アリサは孤立した状況下でも上手く敵を捌いていた。流石はエース・パイロットに名を連ねるだけあるのだが……しかし問題は彼女ではなく、クロウ隊の方だ。

 ファルコンクロウ隊は確かにこの島随一の優秀な飛行隊だが、しかしあくまで一般の空間戦闘機乗りとしては、の話だ。隊長の榎本や副隊長の生駒、そしてソニアのように、ESP機に匹敵するほどの戦果を叩き出すエースも居るには居るが……。しかし、規格外なのはこの三人だけだ。その他はあくまで普通の人間に過ぎない。幾らウデが立つといっても、一騎当千の猛者というワケではないのだ…………。

 現に、もうコールサイン・クロウ3とクロウ4の二機が撃墜されてしまっている。

「……クロウ7、反応途絶。ベイルアウト信号を確認しました」

 と思っていれば、横からレーアの淡々とした報告が聞こえてきた。どうやらアリサ機が引き剥がされてから更なる劣勢に追い込まれてしまっているようで、七番機までもが撃墜されてしまったらしい。

「続けてクロウ8、クロウ11の反応も途絶。……両機とも、ベイルアウト信号を確認」

 更に続けて、八番機と十一番機が撃墜された。確かにモニタに映るレーダー表示から、クロウ8とクロウ11のコールサインが示されていた反応が消え失せている。

 レーダーを見る限り……やはり、アリサ機を失ったクロウ隊はかなり苦戦を強いられているようだった。中でも奮戦しているのは一番機と二番機、そして六番機。言わずもがな榎本と生駒と、そしてソニアだ。現状、実質的にあの三人で状況を支えているに等しい。他の生き残ったクロウ隊の面々も奮戦してはいるが……あの三機には遠く及ばない。決して足を引っ張っているというワケではないが、しかし防戦一方に追い込まれているのは事実だ。

 こんな乱戦状態では、エレメントを組み直している暇もないだろう。あんな中、エース三人衆は本当によくやっている。既に三人ともミサイルをとっくに撃ち尽くしているというのに、まだ撃墜数が伸びているぐらいだ。

 しかし――――アリサ機が引き離された現状、あの三人が居たとしても厳しい状況であることには変わりない。結局、今の統合軍は……特にこういった突発的な要撃任務となると、どうしても彼女らESP頼りになってしまうのだ。

「……結局、俺たちは強いているのだな。どれだけ綺麗事を並べたところで、年端もいかぬ子供たちに戦争を強いている……そのことに、変わりはない」

 ――――ならば、せめて最善を尽くすしかない。

 ひとりごちた後でそう思うと、要は俯き気味だった顔を上げ。傍のデスクで戦術オペレートを続けるレーアに「レーアくん、他に出せる機は無いのか?」と問う。しかしレーアの回答は、小さく首を横に振る否定のものだった。

「……現状、H‐Rアイランドより出撃可能な機は全て出ています。また他の飛行隊は即応状態にはなく、すぐには不可能です」

「くっ……」

 淡々とした調子でのレーアの報告に、要は静かに歯噛みをし。その後で彼女に「……格納庫の南を呼び出してくれ」と命じた。

 レーアは黙ったままコクリと頷き、手元のキーボードを軽く操作。すると一分ほど待った後、司令室内のモニタの片隅に……格納庫の景色を背景にして、南の顔が大きく映し出された。

『おう、どうしたよおっさん』

 いつも通りのオレンジ色のツナギ姿で映った彼は、突然の呼び出しを怪訝に思った様子で首を傾げながら、いつも通りラフな口調で要に呼び掛けてくる。それに要は「……ああ」と静かに頷き返し、

「……南、俺のファントムは出せるか?」

 と、そんな突拍子もないことを彼に問うていた。

『出せるっちゃあ出せるが……おい、おっさん。まさか自分で出る気じゃあないだろうな?』

「他に、誰がアイツらを助けに行ける?」

『馬鹿、アンタは仮にもこのH‐Rアイランドの司令官だろ? 自分の立場を考えてみろよ、アンタが出てったらそれこそ本末転倒だ。それに仮に出てったところで、だ。どのみちファントムじゃあ、あの高度にまでは届かねえ』

「くっ……」

 悔しげに歯噛みをする要を前に、モニタに映る南はやれやれという風に肩を竦め。その後で彼を諭すようにこんなことを語り掛ける。まるで要の気苦労は、そのどうしようもないやるせなさは自分もよく分かっていると、そう言って励ますかのように。

『落ち着けよ、おっさん。俺たちは信じて待つしかねえんだ。空に上がってった奴らが無事に帰ってくることを、な……』

「……すまない、南。俺としたことが、少しばかり取り乱していたようだ」

『気にすんなよ。……それより、上はヤバいのか?』

 要の謝罪に対しフッと小さく笑んでみせた後、南がふと何気なく問うてみると。すると要は「それなりにな」と苦い表情で言った後で、こう言葉を続けた。

「今すぐにどうこうってワケじゃあないが……それでも、このままではジリ貧だ。戦力の要たるアリサくんが孤立させられているのが一番マズい。アリサくんとクロウ隊を再び合流させなければならないんだ。

 だから、せめてあと一機。あと一機だけでも増援が居れば、それで状況を五分五分にまで持ち込めるんだが…………」

『…………そうか』

 要の話を聞いた南は、何故か意味深に頷いて。それを最後に、要の言葉を待たずして司令室との通信回線を向こう側から切ってしまった。

 司令室のモニタから南の顔が消えると、要は椅子の深い位置に座り直して、黙って状況の推移をただ見守る。

(頼むぞ……皆)

 今はただ、彼らを信じて祈るしかない。

 そんな自分の、どうしようもないほどの無力感を感じる、今の自分の立場に歯噛みしつつ。それでも要は、指揮官としての責務を果たす。戦地に送り出した者たちを信じて待つこともまた、指揮官にとっては必要なことだった。

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