第十五章:迎撃‐インターセプト‐/01

 第十五章:迎撃‐インターセプト‐



『クロウ各機、離れている内に出来るだけ落とせ。……レーダー・ロック。クロウ1、FOX3フォックス・スリー

『言われんでも! クロウ2、FOX3フォックス・スリー!!』

 クロウ1とクロウ2、榎本機と生駒機を筆頭にクロウ隊全機と、そしてアリサの≪グレイ・ゴースト≫が接敵と同時に中射程のAAM‐02ミサイルをロックオン。持ってきた全弾を撃ち尽くすぐらいの勢いで一斉に発射する。

『よし……クロウ・リーダーより各機、散開ブレイクして各個に撃破しろ! 出来るだけエレメントは崩すな、慎重にやれ! 相手がモスキートだけだからといって、侮るなよ……!』

『クロウ6、了解。……朔也、その台詞は向こう見ずなあのに言ってあげるべきよ』

「余計なお世話よ、クロウ6! ……イーグレット1、散開ブレイク!」

 ソニアの皮肉っぽい冷えた声での台詞に叫び返しつつ、アリサ機はAAM‐02を撃つとともに急旋回し、編隊から離れていく。

 他のクロウ隊の連中も同様だ。AAM‐02を撃つと同時に編隊を解き、各々が方向に散っていく。二機一組のエレメントを組みつつ、後は近距離のドッグファイトで目の前の敵の軍勢……モスキート・タイプの群れを仕留めるつもりらしい。

 …………本当ならドッグファイトではなく、出来る限りBVR(視界外射程)での交戦で仕留めてしまう方がリスクは少なくて良い。それが理想だ。

 が、そうも言っていられないのが現状だ。

 今のところ、戦力は蓬莱島からスクランブル出撃したクロウ隊の十二機と、後はアリサの≪グレイ・ゴースト≫のみ。確かにアリサの駆るESP専用機は、クロウ隊の一般機とはまるで比較にならないレベルの、文字通り一騎当千の超兵器ではあるが……それでも、ミサイルの搭載量は限られている。

 加えて、敵の出現した高度が高度だけに、他の統合軍基地からの増援は間に合わない。更に敵の数も鑑みると……どうやったってBVRで仕留めきれる量ではなく。アリサたちはどう足掻いたところで、必然的にドッグファイトでの撃滅を強いられてしまうのだ。

 だが、幸いにしてファルコンクロウ隊は近距離ドッグファイトには慣れている。アリサも同様にだ。こちらが数で劣っているといえ……相手はモスキート・タイプのみ。先刻レーアが呟いていたように、決して勝算のない戦いではないのだ。

 とはいえ――――それでも、数的不利なことに変わりはない。勝算がないというワケではないが、しかし苦しい戦いを強いられるだろう。

『……燎、そっちに追い詰める。墜とせるかしら』

『ソニアちゃんのお願いとあらば! 燎お兄さん頑張っちゃうよん!』

『茶化さないで頂戴。……この状況、ミサイルは出来るだけ節約しておきたいわね』

『っつったってよお、こんだけの数を俺たちだけで相手にするんだ――――そうも言ってられねえ、だろっ!』

 ソニア機が上手く追い詰め、孤立させたモスキートの背中に生駒機がサッと横から滑り込み、至近距離からレールカノン機関砲を掃射。三〇ミリ口径の砲弾に貫かれたモスキートが爆発四散する。

『いよっしゃ! クロウ2、スプラッシュ・ワン!』

『浮かれるな、燎』

『別に浮かれてなんかねーよ、隊長閣下! ……それよりも、おいクロウ9! ケツに付かれてっぞ!』

『駄目だ、俺の位置からは遠い……! 燎、援護に行けるか!?』

否定ネガティヴ! 俺っちもちょっとお客さんがよ……! ったく、人気者は辛いぜ!』

『クロウ6よりクロウ・リーダー。……任せて、私が追い払う』

 そうしている内にも、クロウ隊の九番機――コールサイン・クロウ9が数機のモスキートに追い立てられていた。

 だが榎本の位置からは遠く、手近に居る生駒も同じく数機の敵機に食らい付かれ、彼を助けに行くどころではない。生駒機は自分の身を守る方に手いっぱいで、クロウ9の方にまでは手が回りそうもなかった。

 だから、どうやって援護してやるかと生駒が舌を打っていると……そう呟いたソニアが、クロウ9の方に飛び込んでいく。

『クロウ6からクロウ9へ、貴方はそのまま回避運動を続けなさい。誘導の邪魔になるから、フレアは撒かないで頂戴』

 右へ左へ、旋回を繰り返しながらどうにか振り切ろうと試みているクロウ9に呼び掛けながら、彼から返ってくる了解の返答を聞きつつ。ソニアは涼しい顔のままで、逃げ惑う彼の方に急接近を図る。

 兵装選択を短射程のAAM‐01へ。正面HUD(ヘッドアップ・ディスプレイ)とキャノピー内側に映し出される複合表示を睨みつつ、急角度で上方から飛び込んでいくソニアは、じれったい中をジッと耐えてチャンスを待つ。

 まだだ、まだ遠すぎる。確実なタイミングで……墜とす。この数的不利の状況下、ミサイルは一発たりとも無駄に出来ない。

『……!』

 急降下気味に突っ込んでいくソニア機と、クロウ9を追う敵機との距離が加速度的に狭まっていく。

 その瞬間――――ソニアは、必中のチャンスを見出した。

『シーカー・オープン』

 ミサイルの赤外線誘導シーカーを開く。ジジジジ……という蝉の鳴き声にも似た電子音とともに、シーカーが敵機を捉えようと追尾を始める。

 そうしてシーカーが敵機の熱源を追尾すること数秒、HUDに映し出されていた緑色のターゲット・ボックスが、ピーッという甲高い電子音とともに赤色に切り替わった。ロックオン完了の合図だ。

『貰うわ。……クロウ6、FOX2フォックス・ツー

 氷のように冷徹な声で小さく呟き、ソニアは操縦桿のウェポンレリース・ボタンをクッと親指で押し込む。

 ――――ミサイル発射。

 その頃になって、彼女にロックオンされていたモスキートはクロウ9の追撃を諦め、回避行動を取り始めるが。しかし……何もかもが後手、何もかもが遅すぎる。

 ソニアの発射したAAM‐01は急激な弧を描きつつ、逃げ惑うモスキート・タイプを追尾し……数秒の鬼ごっこの末、遂にモスキートの尻を捉え、爆発。必死に逃げていたモスキートを完全に吹き飛ばしてしまった。

『まずは、一機ね……』

 敵機撃破。

 しかしソニアは喜ばず、ただ淡々と独り言のように呟くと。自分のミサイルに撃たれ、火の玉になって墜ちていくモスキートの残骸に一瞥もくれぬまま、尚もクロウ9を追い立てている数機の方へと機体を加速させる。

 そうすれば、同じような手順でAAM‐01を撃ち、もう一機のモスキートも撃破。それでもまだミサイルの残弾は残っている。しかしソニアは最後の一機だけは敢えてミサイルを使わず、ガンで仕留めることにしていた。

 少しでも、ミサイルの消費を抑えておきたいのだ。ソニアが二機目をロックオンした辺りのタイミングでもう、今残っている一機はクロウ9の追撃を諦め、緩く回避行動を取り始めていた。

 だから、彼に危険が及ぶ心配はもう無い。既に周りの連中は撃墜し、今は一対一、サシの勝負だ。とっくに尻を捉えている現状、ソニアの腕前ならばわざわざ貴重なミサイルを使わずとも……ガンで十分に墜とせる。

 使用兵装をAAM‐01から三〇ミリ口径レールカノン機関砲に変更。追うソニア機と追われるモスキート、真横にぐるぐると大きな円を描くように飛ぶ中、ソニアはジリジリと距離を詰め……ジッと狙いを定める。

 HUDに表示されたファンネル表示、漏斗状の照準線とモスキートの機影とを上手く重ね合わせ……必中の瞬間を狙い定めて、ソニアは操縦桿のトリガーを絞った。≪ミーティア≫の胴体から一瞬、強烈な火花が瞬く。

 そうすれば、ソニアが狙い澄まして放った三〇ミリ口径の砲弾がモスキートの胴体に直撃し、恐らくはそれが何らかの物質に引火したのだろう。ソニアの≪ミーティア≫が放った機関砲弾を何発も喰らったモスキートはポップコーンが弾けるように内側から爆発し、原型を留めぬほどバラバラに四散してしまった。

『……もう一機、墜としたわ』

 最後の一機の撃墜を直に確認し、ソニアは下がり気味だった高度を再び上げつつ、やはり独り言のような声のトーンで呟く。

 とすれば、生駒の『ヒューッ、やるじゃねえかソニアちゃん!』という軽薄な調子の称賛が返ってきて、続けて榎本から『よくやった。……クロウ7に合流してくれ。向こうがちょっとマズい状況だ』という指示が飛んでくる。

『クロウ6、了解』

 榎本の指示に頷き返しつつ、計器盤のMFDと……後はキャノピー内側の戦術表示を参照しつつ、クロウ7の位置を確認し。ソニアはスロットルを開き≪ミーティア≫を加速させると、そちらの方に合流すべく高度を上げていく。その間にも榎本や生駒、そしてアリサなんかのエース級が次々と敵機を撃墜していた。

(……でも、状況はまだ不利ね)

 だが、彼らエース級の連中が幾ら墜としても、こちらが数的不利である状況はまだ変わらない。まだ、状況をひっくり返せるほどの撃墜数には至っていないのだ。

 それに、こちらの損耗率も結構マズいことになってきている。現状で既にクロウ3とクロウ4が撃墜されてしまっていた。二機ともなんとかベイルアウトして、パイロットの方は無事なのが不幸中の幸いだが……それでも、数的な不利をひっくり返すどころか、貴重な味方戦力を失ったこちらが更に不利になっているコトには変わりない。

 それでも、榎本や生駒、アリサに……そして他ならぬソニアを含めたエース級のパイロットたちが、どうにかこうにかその不利を覆そうと奮戦を続けている。

 が、状況はやはりよくない。これは……ソニアにとっても久々に体験する、分かりやすいぐらいの劣勢だ。

(私はまだミサイルが残っている。ガンの残弾にもまだ余裕はある。……やれるわ)

 だとしても、負けたワケではない。

 ソニアは機首を上に向け、上昇を続けていく。これ以上、貴重な友軍戦力を失うワケにはいかないのだ。さっきクロウ9にしてやったのと同じように、今度はクロウ7を助けるだけだ。同じ飛行隊の仲間であるのならば、決して見捨てはしない。

『コスモアイより各機へ状況伝達。敵損耗率、現在およそ二五パーセント』

 通信から聞こえるレーアの淡々とした報告を聞きつつ、ソニアは危機に陥っているというクロウ7の元へと急いだ。

 そして、その頃アリサはといえば――――。

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