第十四章:レッド・アラート/03

『フォースゲート・オープン! フォースゲート・オープン!』

 鳴り響く警報音、木霊する通告音声。格納庫の隔壁扉が開き、地上に直通する大なエレヴェーターに漆黒の翼が、≪グレイ・ゴースト≫がゆっくりとその身体を横たえる。

 ぐんぐんと重苦しい音を響かせて、大きな黒い機影を乗せた巨大なエレヴェーターが、まるで床そのものを押し上げるようにして地上に向かい上昇していく。その機体の中、≪グレイ・ゴースト≫の中。後席に誰も居ない、孤独なコクピットの中で……アリサは独り、小さく俯いていた。

(…………アンタは、私を気遣って付いて来ようとしてくれたのかもしれない。アタシの為に、アンタは危険なのを承知で……付いてこようと、してくれたのかもしれない)

 ――――だとしても。

(だとしても、駄目なの。例えアンタであろうと、もう二度と乗せないって決めたから。もう二度と……アタシの為に、アタシの犯した些細なミスの為に、誰かが死ぬのは見たくない。相棒が死ぬのは、アタシだけ置いて行かれるのは……もう、嫌なの)

 知らず知らずの内に、操縦桿を握る右手にグッと力が入る。その動きに連動して軽く動いた機体の尾翼は、何処か彼女を案じるようでもあったが。しかし……黒き翼のそんな些細な気遣いは、あるじたる彼女には届かない。

(例え、アンタと縁があったとしても。例え、アンタがソフィアの言っていた、アタシの翼になってくれるかもしれない存在だとしても。……それでも、アタシは繰り返したくないの。もう二度と、絶対に…………!)

 そして、上昇していたエレヴェーターの動きが止まる。開いたままの隔壁の先に見えるのは、夜明けを目前に控えたまどろみの空。東の地平線からほんの僅かに太陽が顔を覗かせた、夜明け前の綺麗な空…………。

 そんな美しい空を仰ぎながら、≪グレイ・ゴースト≫がその姿を地上に現す。ゆっくりと、満を持して。仄かに熱を帯びた滑走路へ、アスファルトで舗装された己が覇道をいざ歩まんと、黒翼が悠々とその姿を晒していく。

『アイランド・タワーよりイーグレット1、ランウェイへの進入を許可』

 蓬莱島の管制塔と短い交信を交わし、滑走路への進入許可を取り付けて。アリサは飛び慣れた愛機を滑走路に向けてタキシングさせていく。

 滑走路に進入し、一度停止。そうすれば、最終確認じみた言葉を管制塔と交わす。

『アイランド・タワーよりイーグレット1、離陸を許可する。幸運が君の空にあらんことを』

「了解。……イーグレット1、クリアード・フォー・テイクオフ」

 左手に握り締めたスロットル・レヴァーをグッと押し、推力をアイドル状態からほぼ最大状態にまで押し上げる。

 フルスロットル。双発のプラズマジェットエンジンを甲高く唸らせ、巨大な黒き機影が滑走を始める。

 滑走速度、規定値へ。サイドスティック配置の操縦桿をゆっくりと引き、機体の機首を上げて。そうすればアリサの駆る≪グレイ・ゴースト≫の主脚タイヤは滑走路を離れ、黒い翼が夜明け前の空へと飛び立っていく。

「…………もう、私だけでいい」

 ギア・アップ。主脚を機体内部に折り畳んで格納。とすればアリサはスロットルを開いたまま機首をグッと九〇度近くまで上げ、急角度での急上昇――――お得意のハイレート・クライムでぐんぐんと高度を上げていく。

「誰も、死なせない。……もう二度と」

 ――――黒翼が、夜明け前の空へと舞い上がる。

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