第十四章:レッド・アラート/04

「畜生……」

 同じ頃、翔一はがらんとした≪グレイ・ゴースト≫の格納庫の片隅に座り込み、悔しそうに独り項垂れていた。

 そんな彼のすぐ横に立ち、背にした壁にもたれ掛かりながら、南が軽く腕を組んで息をつく。彼の目線は隣の翔一を見てはいない。此処では無い何処か、ただ遠くをぼうっと……強いて言うなら、南は虚空を見据えていた。

「……どのみち、アリサちゃんが何と言おうとお前は出すなって、要のおっさんに前々からそう言われたんだよ」

 そうして虚空を見据えながら、隣の彼に視線を向けないままで南がボソリ、と独り言のように呟く。

「僕が……まだ、半人前だからか?」

「そういうことだ」と南が頷く。「確かにお前さんは筋が良いんだと思うよ。実際、ああ見えてアリサちゃんもお前さんを認めてる節がある。おっさんだって、俺だってそうだ。空間戦闘機のパイロットとしちゃあ間違いなく天才の類だよ、お前は」

「…………アリサを」

「ん?」

「アリサを、独りで行かせちゃあいけないと。あの時、僕は……何となくそう思ったんだ」

「だからお前は、自分も一緒に行こうとしたのか?」

 やはり視線を向けないままな南の問いかけに、座り込み項垂れている翔一は「ああ」と静かに頷き返して肯定する。

「根拠はないけれど、な……」

「……確かオメー、未来予知の能力もあるって、前におっさんから聞いてっけどよ」

「ごく短い先の未来が、たまに見える程度だ」

「その直感とやらも、その類なのか?」

 何気なく南は問うてみたが、翔一から返ってきた答えは「……分からない」という自信なさげな一言だった。

「分からないんだ、僕自身にでさえ」

「そうか」

 小さく頷くと、南は預けていた壁から背中を外し、そのまま翔一の傍より離れていく。

 遠ざかっていく彼の背中に、翔一は「何処に行くんだ?」と呼び掛けた。すると南は歩みを止めないまま、首だけを小さく彼の方に向けると。横顔でフッと不敵に笑んでみせながら「なあに、割の良い保険を掛けに、よ」とだけ彼に告げて。そうすれば、尻ポケットに突っ込んでいた缶珈琲を翔一に向かって放り投げた。

 綺麗な緩い弧を描いて飛んで来た珈琲の缶をキャッチすると、恐らくは温かったはずの缶からは既に熱が抜けていて、どちらかといえば生温かった。人肌の温度……と言うと、相手が南だからか無性に気持ち悪く感じてしまうが。とにかく、翔一が彼から受け取った缶珈琲は生温かった。

「それでも飲んで、まずは落ち着いてろよ」

「……すまない、南」

 後ろ手に振りながら遠ざかっていく彼の背中を見送りながら、翔一は彼から貰ったその缶珈琲のプルタブを静かに開ける。彼の言う通り、ひとまず落ち着いた方が良さそうだ。

 クッと缶を傾け、口に含んだ珈琲は……何故だろうか。その味は異様なまでに、苦く感じられた。

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