第十章:エア・コンバット・マニューバリング/06
――――その後の訓練がどうなったか、簡単に説明しよう。
結局、翔一がアリサ相手に撃墜判定をもぎ取れたのはあの一回こっきりで。それから十数回近く、翔一は彼女に手玉を取られ。何度も何度も、それこそ五分に一回ぐらいの頻度で被撃墜判定を貰っていた。
まあ、当たり前だ。彼女はバリバリに実戦を経験しまくってきたエース・パイロットで、こちらはまだまだ半人前のESPパイロット候補生。逆に、あの一回が奇跡的な勝利だったのだ。普通に考えて、翔一がアリサに敵うはずがない。状況やどうしようもないほどの偶然、凄まじい幸運が重なった末に生まれた、偶然の勝利……。それが、あのたった一回の勝利なのだ。
「…………よし、今日はこの辺りにしておこう。二人とも、よくやったな。特に翔一くん、よくアリサくん相手に一回でも勝ちをもぎ取れたな。やるじゃないか」
「いえ、そんなこと。殆どまぐれみたいなものですよ」
「まぐれだろうが、勝ちは勝ちだ。運も実力の内ってな。正直に言ってしまえば、俺は翔一くんが全敗するものだと思っていたんだ」
「当然ですよ、要さん」
「それにしても、よくやった。アリサくんもウデを上げたな」
『……いえ、それほどでも』
訓練終了。再び二機が編隊を組み直して飛ぶ中、翔一機の後席で要がはっはっは、と相変わらずの爽やかな高笑いを上げる。
そんな彼の高笑いを聞きながら、翔一は疲れた顔で薄く微笑んでいて。だが、アリサの方はというと……短く応答こそ返すものの、しかし何処か浮かないような雰囲気だった。
「それにしても、翔一くんにもアリサくんの無茶苦茶な飛ばし方が
「そうですか?」
「ああ」頷く要。「特に、さっきのフルスロットルでの急降下だ。アリサくんはまあ、相変わらずだが……正直、アレに翔一くんが付いていくとは思わなかったんだ。敢えて何も言わなかったが、正直ヒヤヒヤだったぞ? いつ操縦に介入しようか、いつベイルアウトをすべきか……。後ろに乗ってる身からしたら、たまったモンじゃないなアレは」
「ははは……その、すいません」
「いいさ、君の謝ることじゃない。寧ろ良い度胸をしているじゃないか。アリサくんの機動に付いていける奴は、実はそう多くないんだ」
「そうなんですか?」
「当然だろう。頭のネジが全部吹っ飛んでいないと、いいや飛んでいったネジの方ぐらいじゃあないと、とてもアリサくんの尖りきった空戦機動には付いて行けない。……だからこそ、アリサくんはエースに名を連ねているのだが」
要はそう言って、また高笑いをした後で。すると「それにしても……」と、急に顔を苦い色に染め変えてしまう。
「……これだけ機体に無理をさせちまったんじゃあ、後で南になんて言われるか」
「あー……」
「まあ、別に大した話じゃあない。君が思っているよりもゴーストは頑丈に出来ているからな。この程度のGでガタが来るほどヤワじゃあない」
何処か申し訳なさげな翔一に、要はニッとしてそう言うと。後席の中でうんと軽く伸びをし、凝り固まった身体を解してから。それから、改めて二人にこう告げる。
「よし、じゃあ帰るか。ターン・ヘディング
「スピアー1、了解。コンプリート・ミッション、RTB」
『……イーグレット1、了解。コンプリート・ミッション、RTB』
要の指示した方角に機首を向け、YSF‐2/AとXSF‐2/02、二機の黒翼が蓬莱島への帰還ルートを飛び始める。
そんな、慣れ親しんだ巣への帰路に就いた愛機の中……アリサは独り、コクピットの中でまた小さく俯いていた。何処か重い顔で、抱え込んだ何かの重圧に押し潰されそうになっているかのような、そんな暗い表情で。何かを深刻に、思い詰めているかのように辛そうな顔で…………。
(第十章『エア・コンバット・マニューバリング』了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます