第十章:エア・コンバット・マニューバリング/05

「ッ――――!!」

 反転し、自分を待ち構えていたアリサ機を目の当たりにした途端。翔一は自分でも理解出来ぬほどの反応速度……殆ど無意識の内に、身体が勝手に動いているような速さで操縦桿を右に思い切り倒していた。

 そうすれば、翔一機はぐるんと右に大きく回転する。そうして翔一機が回転したのと、アリサが操縦桿のトリガーを絞ったのは全く同じタイミングで。仮想上で彼女の機体から放たれた砲弾……レールガトリングから放たれた二〇ミリ口径の高速弾は翔一機を掠めこそしたが、しかし撃墜判定にまでは至らない。

『避けた!? 今のを……!』

 まさか、今のを避けられるとは。最高のタイミング、これ以上ないほどの奇襲。まず間違いなく今ので屠れるはずだった。

 そう確信していたからこその、こんなアリサの驚きようだった。眼を見開き、信じられないといったような顔をして。

 そんな彼女の機体の真横を、翔一の機体がすれ違っていく。どうやら翔一本人にもなんで今のを避けられたのか分からないようで、彼もまた唖然としていたが……そのことを、すれ違った彼女が気付くはずもない。少なくとも、今の動揺した彼女では。

「我ながら、よくやる……!」

 本当にそうだ。自分でやったことではあるが、何故ああして避けられたか分からない。下手をすれば正面衝突……というのは、相手がアリサだから彼女の方が上手く避けただろうが。そうはならなくても、本来なら間違いなく撃墜判定を喰らっていたはずだ、今のは。

 だが――――翔一は、確かに今の奇襲を回避したのだ。完全にまぐれだったかもしれないが、それでも……回避に成功したことには変わりない。

「……ほう」

 今の回避行動を間近で目の当たりにして、後席に座る要は何やら感心したような顔をしていたが。しかしそのことに気が付けるほどの余裕は、今の翔一になかった。

(何だかよく分からないが……とにかく、チャンスは出来た……!!)

 本当にまぐれで掴んだチャンスだ。アリサは今ので確実に仕留められると思っていたからなのか、翔一に回避されたことへの動揺のせいで、機体姿勢を立て直す足取りが若干覚束ないような感じだ。

 まぐれかもしれない。今のを回避出来たのは自分の実力などではなく、本当にまぐれなのかもしれない。

 だが、それでも――――回避は回避だ。巡り巡ってきた千載一遇の大チャンス。エースと称される彼女に一矢報いるチャンスは、きっとこれを逃せば二度と巡ってこない。

 ――――ならば、やってみせるだけだ。手加減抜きだと彼女は言った。ならばこちらもその礼に応じるまでだ。例えまぐれで掴んだチャンスであろうと……使えるモノは、最大限に使ってやる。

「やってやる……!」

 翔一はすぐさま機体を立て直し、上昇しつつグッと急角度で機首を反転させる。先程アリサがやっていた異次元機動の見よう見真似で、あそこまでグワッと大胆に曲げているワケではないが……しかし彼の取った機動も、普通のジェット戦闘機では考えられないほどの動き方だ。

 そうして機首を反転させた翔一は、再びスロットル・レヴァーをグッと押し込んで急加速し。動揺のせいで少しばかり機体を立て直す反応が遅れ、背中を晒していた下方のアリサ機に向けて突撃を敢行する。

『この程度で……!』

 迫り来る翔一機に対し、アリサは雲スレスレの高度を維持しつつの回避行動で対応。バレルロール、シャンデル、捻り込み……と、多種多様な空戦機動を織り交ぜつつ。時には急減速して翔一機に自分を追い越させようと……オーヴァー・シュートを狙ったりなんかもしつつ、アリサはどうにかこうにか翔一機を自分の背中から引き剥がそうとする。

「逃がしはしない……!」

 が、翔一は時に危うげながらも、無理矢理にアリサのそんな回避機動に対応。ジリジリと距離を詰めていって、アリサ機が自分のガンレンジに入る寸前まで追い詰める。

「全弾発射だ、持っていけ……!

 ――――シーカー・オープン! スピアー1、FOX2フォックス・ツー!!」

 そうして逃げ続けるアリサ機を追いかけながら、翔一は彼女の機体をロックオン。手元に残っていたAAM‐01を三発全部、彼女目掛けて撃ち放つ。

『全部一気にって……!? ああもう、アンタ正気なの!?』

「ここ一番で出し惜しみはしない主義なんだ、僕は……!」

『厄介な……!』

 自機目掛けて放たれた三発のミサイルに対し、アリサは大きく舌を打ちながら機体を激しく動かして回避を試みる。チャフ・フレア放出。どうにかこうにか逃げ切ってやろうと動き回り……ギリギリのところでアリサは三発全てを回避してみせる。

「避けられた! 流石に上手いか……!」

 そんなアリサの巧みな回避運動に、一旦彼女と距離を置いていた翔一は思わず舌を巻く。

 正直、三発同時に撃って、それを全て避けられるとは思っていなかった。流石はエース・パイロットに数えられるだけのことはあるようだ。前に訓練の相手をして貰っていた時から思っていたことだが……イザこうして目の当たりにすると、本当に彼女がエースなのだなと実感できる。

 こんな芸当を見せつけられては、とても勝てる気がしなくなってきてしまうではないか。ああ間違いない、彼女は正真正銘のエースだ。こんな化け物を相手に……自分は本当に、一矢報いることが出来るのだろうか。

 だが……やらねばならない。彼女が手加減抜きの全力で臨むというのなら、こちらもやれるだけのことをやってみせるだけだ。

「レーダーロック! このまま押し切る……! スピアー1、FOX3フォックス・スリー!!」

 だから、攻撃の手は緩めない。

 今度は彼女目掛けて、中距離射程のAAM‐03を……やはり残りの全てを翔一はアリサに向けて撃ち放つ。一回負けた時に撃った一発分は、負けて仕切り直した際に内部でリセットされているから、今回も撃ち放つのは三発だ。

『そう何発も何発も……! 無駄撃ちにしかならないってえの!!』

 それを、アリサはやはり巧みな操縦で全弾回避。ある程度落ち着きが戻ってきたのか、その手並みはさっきよりも鮮やかだ。

 だが――――避けられることは想定内。いいや、既に予知・・・・していた・・・・ことだ・・・

「待っていた、その位置に君が来るのを……!」

 翔一は三発のAAM‐03を放った直後、アリサ機を追いかけると思いきや……彼女の機体が進むのとは、まるで別の方向に動いていて。そうすれば彼は、ある位置に移動していたのだ。

 そして……乱数じみた機動を終え、迫っていたミサイルを全て回避したアリサ機。さあ反撃しようと構えた彼女の機体が……その位置に。まさに翔一が睨んでいた一点に、吸い込まれるように飛び込んで来る。まるで最初から決まっていたかのように。アリサが此処に来るのが、彼には最初から分かっていたかのように。

『ッ!? まさか……!?』

 回避機動を終えた先に待ち構えていた翔一機、自分の駆る黒翼と寸分違わぬシルエットをしたXSF‐2を目の当たりにした瞬間、アリサは絶句した。

 だが、それと同時に……何故彼がこの位置に構えていたのか、彼女は瞬時にその理由わけを悟っていた。

 ――――予知能力。

 そう、彼には未来が視えるのだ。ごく短い先の未来だが、彼には確かに未来を見通す力がある。アリサが持つ強力なサイコキネシスやパイロキネシス能力のように、彼にはその力があるのだ。

 ――――翔一、アンタ確か予知能力の類があったわよね? アタシの知り合いにも似たような奴が居たんだけれど、能力を使えば面白いぐらいに墜とせるらしいわ。

 少し前、他ならぬアリサ自身が彼に告げた助言だ。

 彼はその助言を、自分が何気なく告げた助言を正確に実行したのだ。

 それに気付くと……アリサは嬉しさ半分、悔しさ半分といったところだった。だってこんなの、反則じゃあないか。

 しかし、空の上に反則も何もない。予知能力も彼の実力の内だし、それを責めるのは筋違いというものだ。

 だが、それでも――――悔しいものは、悔しい。こんな戦い方、どう足掻いたって自分には決して出来ないことだから。

『でも……私は負けられない! 負けるワケには、いかないのッ!』

「貰ったぞ、アリサッ!!」

 ――――GUN RDY。

 翔一が操縦桿のトリガーを引き、ガンを掃射する。アリサが叫び、無茶苦茶な動きで機体を捩らせる。

 ぐるりと大きく何回転もして、バレルロールに似た動きでガンの掃射を回避するアリサ機。それに追い縋るように飛び、スロットル全開で逃げる彼女に狙いを定める翔一機。

 そんな追って追われての二機の動きは、まるで空に大きな螺旋模様を描くようで。上昇し、下降し。逃げるアリサと追いかける翔一が描く飛行機雲の白い軌跡は、まるで遺伝子の螺旋のような綺麗な模様を描いていた。

 逃げて、逃げて、逃げて。しかし執拗なまでにガンを小刻みに撃ってくる翔一の狙いは、段々と正確になってきている。さっきから何発も翼端を掠めているぐらいだ。本当に掠める程度だから、未だ撃墜判定こそ喰らっていないが。しかしこのままでは、いずれ…………。

 彼は間違いなく、この戦いの中で自分の力の使い方を……予知能力の使い方を、肌で覚え始めている。シミュレーションでない、実機同士の空戦で。どうすれば先読みして当てられるのか、どうすれば視えた敵機の未来位置にガンの照準を置けるのか。彼は……翔一は、その感覚を掴み始めていた。

「――――視えたぞ、そこだッ!」

『しま……っ!?』

 そうして至近弾を浴び続けていれば、遂にアリサは根負けをしてしまい。続けざまの回避機動の中、一瞬だけ集中を途切れさせた彼女が見せた、ほんの一瞬の隙を突いて……未来予知にて視た必殺のタイミングを見計らって、翔一はレールガトリング機関砲を掃射する。

 とすれば、その掃射は彼女の機体に命中し。アリサは斜め上方から自機の胴体を……仮想上で穴だらけにされると、彼女の機体は自機が撃墜されたとの判定を下した。

 ――――至近距離、ガンレンジでのキル。疑いようもないほどに、ハッキリとした勝利だった。

「スプラッシュ! よし……!」

『っ……!』

「……よし、そこまでだ」

 ――――アリサ・メイヤード、撃墜。

 紛れもないその事実を、自分がアリサから確かに一本を取ったという事実を実感し、静かに喜ぶ翔一はグッと操縦桿を握り締める。

「二人とも、また最初のポジションに着くんだ。仕切り直し、第三ラウンドだ」

「スピアー1、了解!」

『……イーグレット1、了解ウィルコ

 ふぅっと息をつく間もなく、今まで黙って後席で二人の熾烈な戦いを見守っていた要がそう指示し。また次の一戦の為に仕切り直すべく、翔一機とアリサ機は再び高度を上げ……最初の状況、向かい合ったヘッドオンの状態を作り始める。

 そんな中……アリサは独り、コクピットの中で小さく項垂れていた。後ろに誰も居ない複座機の中でただ独り、どうしようもない孤独の中で………。

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