第十章:エア・コンバット・マニューバリング/04

「来たか……!」

 訓練開始。互いにすれ違ったかと思えば、すぐさまアリサ機は向きを反転。翔一機が旋回し切るよりも早く、彼の後ろに付く。

「早い、もう後ろを取られた……!」

 翔一は右に左に操縦桿を動かし、一瞬の内に自機の背後に張り付いたアリサ機を引き剥がそうと試みるが。しかし彼女の方が何枚も上手で、どれだけ回避機動を取ってみても、彼女は一向に翔一機の背中から離れてくれない。

『……さて、まずは一本貰うわ』

「レーダー・スパイク……!」

 スロットルを全開近くにまで開きながら、機首を下向きに。重力を利用しつつ急加速し、翔一はアリサ機を引き剥がそうとしたが――――しかし、途端にレーダー照射警報が翔一機のコクピットに鳴り響く。アリサ機からミサイル発射の為のレーダー照射を受けたという警告だった。

『レーダーロック、イーグレット1……FOX3フォックス・スリー

「っ……!」

 とすれば、そのレーダー照射警報は途端にロックオン警報、ミサイル接近警報へと段階的に切り替わっていく。あくまで仮想上ではあるが――――アリサ機から彼のXSF‐2に向け、中距離射程のAAM‐02ミサイルが発射されたのだ。

 焦り、軽く舌を打ちながら。翔一はスロットルを小刻みに操作しつつグッと機首を上げ、接近するミサイルに対し精いっぱいの回避機動を取る。まるで慌てふためいているかのように、右へ左へと旋回する漆黒の機影。だがそんな必死の回避行動も虚しく、アリサが必中のタイミングで撃ち放ったミサイルは、加速度的に彼の機体へと迫り――――そして、爆ぜた。

「しまった!」

「……こちらに被撃墜判定が出た。まずはアリサくんが一本先取だな」

『スプラッシュ・ワン。……イーグレット1よりスピアー1、詰めが甘いわね』

「全くだ……」

「よし、では二人とも一旦距離を取れ。第二ラウンドに入ろう」

「……了解」

『イーグレット1、了解』

 訓練が始まって僅か二分足らずで早速撃墜されてしまい、翔一は肩を落としつつ。後席に座る要の指示に従い、アリサ機とまた互いに距離を離し合って。そして再び向かい合ったところで仕切り直し、訓練を再開する。今度はすれ違ってからではなく、そのままヘッドオン状況からの開始だ。

「よし、レーダーロック……!」

 訓練再開直後、翔一はすぐさまAAM‐02の兵装を選択。とすれば、正面から向かい来るアリサ機に狙いを定める。先手必勝、後ろを取られる前にヘッドオン状態で仕留めてやろうと……そういう思惑があってのことだ。

「スピアー1、FOX3フォックス・スリー!」

 ピーッという警報音、ミサイルのロックオンが完了したというブザー音が鳴り響くとともに、迫り来るアリサ機の機影に重ね合わせてキャノピー内に浮かび上がるターゲット・ボックス。今まで緑色だったそれが、ロック完了を示す赤色へと切り替わる。

 そうすれば、翔一は操縦桿のウェポンレリース・ボタンを押し込み、AAM‐02のミサイルを発射した。それも今まで同様、あくまで仮想上での話ではあるが。しかし両機の間で交わされるデータリンクによって情報が共有されているから、ミサイルの動きは仮想空間の中で正確にシミュレートされている。

『読めてたわよ、そんなこと!』

 迫り来るミサイルに対して、アリサはクッと旋回し回避行動を取った。機首を下方へ、高度を下げながらの回避機動だ。さっきの翔一と同じように重力を利用し加速しながら、右へ左へ、時にぐるりと捻る動きなんかも交えての回避機動で、アリサ機は翔一の放ったミサイルを巧みに回避してみせる。

「ああ、僕の方も読めていた……!」

 だが、彼女がそんな翔一の初撃を読んでいたように――――彼もまた、アリサが降下しながらの回避行動に移ることを読んでいた。

 だから翔一は、ミサイルを放つのと同時にスロットルをまた全開近くまで開き、回避機動の隙を突いて一気にアリサ機との距離を詰めていた。彼女が回避の為に旋回している間にも、翔一は直線的な加速で一気に彼女の機体と距離を詰め。とすれば今度はさっきとは逆に、彼の方がアリサ機の後方に張り付いた。

「よし、背中を取った……!」

『アタシの後ろを取った程度で! ……付いて来られるものなら、来てみなさいッ!』

「美人の背中を追い回すってのは、嫌いじゃあないんだ……!」

 そうして翔一が背中を取ってみせると、アリサは待ってました、付いて来てみろと言わんばかりに翼を大きく左右に振ってみせて。そんな挑発をしてみせれば、アリサ機は更に機首をグッと下方に下げて、容赦無しのフルスロットルでの下降を開始。翔一もそれに追随する形で、やはりフルスロットルでの急降下を敢行する。

 凄まじい速度での高い降下角に機体の方が先に怖じ気づいて、両機の機内ではプルアップ(上昇しろ)と警報音声がやかましいぐらいに鳴り響く。このままでは凄い速度で地面に衝突する、地球と熱烈なキスをする羽目になるぞと。

 だが、アリサはそれを『黙ってなさい! ここからがお楽しみよ……!!』と一蹴し、尚もとんでもない角度と速度での急降下を続けて行く。勿論、翔一もそれを追う。同じような……頭がイカれたとしか思えないような降下速度と急角度でだ。

「シーカー・オープン! ……逃がすものかよ!!」

 そんな急降下の最中、翔一は兵装を短距離射程のAAM‐01にセット。赤外線画像誘導のシーカーを起動させ、前方で急降下を敢行するアリサ機を捉える。

「スピアー1、FOX2フォックス・ツー!!」

 ピーッという警報音、ロックオン完了。操縦桿のウェポンレリース・ボタンを押し込み、ミサイル発射。

 仮想空間上で発射された短距離射程のミサイルが発射された瞬間、先を行っていたアリサ機が分厚い雲の中に突入する。

『その程度!』

 そうして雲に飛び込むとともに、アリサはスロットルを絞りつつエアブレーキを展開し、急減速。同時にグッと操縦桿を手前に引き、機首をグッと急激に引き起こす。

 そんな、まるでその場でクルリと宙返りするみたいな機動は……あまりに馬鹿げていて。揚力やら何やら、何もかもの固定概念を無視したその動きは……そんな動きを失速せずに出来るのは、ひとえに重力制御を為せるディーンドライヴを搭載した空間戦闘機だからこそだった。これがオーヴァー・テクノロジーの塊だからこそ、為せる技なのだ。

 そんな宙返りめいた動きをすると同時に、アリサはまたスロットルをグッと開き急加速。緩やかな弧を描くようなラインで雲の中を突き抜け、上昇に入る。

 そんなアリサの回避機動を前にしても、しかし優秀な誘導性能のミサイルは雲の中であろうとアリサ機を捉え続けていて。雲の中で上昇を始めた彼女の背中目掛けて、果敢に接近を続けていたが……。しかし雲中の水分やらに誘導を阻害されてしまい、加えてアリサ機の取った凄まじい機動に翻弄されてしまい、捉えきれず。翔一の放ったAAM‐02のミサイルは命中することなく、敢えなく外れてしまった。

「まだだ、まだ追いつける……!」

 が、翔一機のセンサーは未だアリサ機を捉え続けていた。

 同じように分厚い雲の中へと突入した翔一は、アリサほどの大胆にして意味不明な機動こそ取れないものの……しかし半人前のパイロット候補生の割には洗練された動きで以て、彼女の後を追って上昇軌道を取る。

(雲の中だ、AAM‐01のIIRシーカーは馬鹿になる。でも、この距離だと……AAM‐02を撃ったところで、無駄撃ちになるだけか。格闘戦に向かない重めのミサイルが、アリサのあんな動きに追いつけるとはとても思えない)

 ――――なら、仕掛けるタイミングは。

(……雲を出た瞬間。ガンで牽制しつつ、もう一度ロックオンする。今度は逃がさない…………!)

 翔一は操縦桿のトリガーに人差し指を触れさせ、いつでもガン……二〇ミリ口径のレールガトリング機関砲を撃てるよう心構えをしておくが。しかし同時にAAM‐01へすぐさま発射モードを切り替えられるようにもしておき、アリサ機をロックオン出来るよう準備しておく。

 ――――翔一の考えはこうだ。

 アリサは間違いなく、雲を出てから翔一を更に引き剥がしに掛かるだろう。翔一の腕前では間違いなく、もうこれ以上アリサの動きには付いていけない。寧ろ雲の中までこうして追跡できている時点で、半ば奇跡的だ。

 なら……逃げられる前に、仕留めればいい。

 距離的にはそこそこの近距離だ。レールガトリングの射程を加味すれば、ギリギリでガンレンジに入っているかどうかという微妙なライン。

 だから翔一は、適当にガンを撃ってアリサ機を牽制し、ある程度の動きを封じつつ……その隙に本命のAAM‐01をロックオン。小回りの利く、近距離のドッグファイトに割と向いているこのミサイルで、逃げられてしまう前にアリサ機を仕留めてしまおうと……翔一はそういう魂胆だった。

「さて、勝負だアリサ……!」

 分厚い雲から抜け出すのは、もう目の前だ。上昇する彼の機体の前では、既にアリサ機が一歩早く雲から突き抜けている。そのことを……雲の中を長時間飛びすぎたせいで、軽く着氷し始めたキャノピーに浮かぶターゲット・ボックスの表示から翔一も読み取っていた。

 アリサ機を示すターゲット・ボックスの表示を追って、翔一は更に上昇を続けていく。操縦桿のトリガーに触れる人差し指が、ガンを撃たせろと急かすみたく僅かに震える。

 ――――GUN RDY。

「勝負だ、アリサッ!」

 そして、彼のXSF‐2が雲から突き抜けた瞬間――――真っ青な蒼穹そらを背景に、ギラつく太陽を背景に……逆行の中に浮かび上がるようにして、確かにアリサ機の機影はそこにあった。

 ああ、確かにそこにあったのだ。だが、おかしいことに…………彼女の機体は、こちらを向いていたのだ。

 そこにあったのは決して、双発のプラズマジェットエンジンの噴射口が見える尻ではなく。鼻先を翔一機に・・・・・・・向けた格好で・・・・・・、まるで獲物を待ち構えていた猛禽類のようなアリサ機の姿。

 ――――こちらをギラリと睨み付けるアリサ機の姿が、分厚い雲を突き抜けた先にはあったのだ。

 雲を突き抜けた途端、さっき雲の中で見せたような意味不明な宙返りで姿勢を変えたのだろうか。まるで一八〇度ぐるりと振り向いてみせたかのような格好で、アリサ機は確かにそこにいた。翔一の目の前に、彼を待ち構えていたかのように。

「ッ……!?」

『――――詰めが甘いのよ、アンタは』

 ニヤリと不敵に笑み、アリサの指先が操縦桿のトリガーを引き絞る。目の前の翔一機を、唖然とする彼の顔をキャノピー越しにじっくりと眺めながら……目の前に迫る彼の機体を、蜂の巣にせんとして。

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