第十章:エア・コンバット・マニューバリング/03

 そうして二機が辿り着いた演習空域、高度三万フィートの上空。アリサ機と二機で軽い編隊を組みながら飛ぶ中、翔一機の後席に座る要が改めて訓練のルールを軽く説明し始める。

「――――状況は簡単、一対一の空対空戦闘だ。武装の使用は自由、ミサイルだろうがガンだろうが好きな物で仕留めればいい。状況開始はヘッドオンの状態から、お互いがすれ違った時点で交戦エンゲージ。どちらかに撃墜判定が出たら一旦離れて、仕切り直しだ。ルールはそれだけ、単純だろう?」

『アタシ好みね』ニヤリとしてアリサが言う。『サシの勝負よ。手加減はしないから、そのつもりで』

「お手柔らかに。……存分に胸を借りるよ、アリサ」

『このアタシを相手に、アンタがどれだけやれるか。じっくりと見させて貰うわ』

「はっはっは、二人とも元気で結構。……翔一くん、アリサくんも。改めてだが、訓練モードになっているかをもう一度確認してくれ。マスターアームも切れているか?」

 笑った後、真剣な面持ちで要に言われ。翔一はサッと一通り確認してから「こっちは問題ありません」と返す。続きアリサも『アタシの方も大丈夫よ』と要に返していた。

 ――――マスターアームというのは、マスターアーム・スウィッチ。つまり機体兵装の安全装置のことだ。

 両機が積んでいるミサイルは全て実射不可な訓練用のキャプティブ弾だし、レールガトリング機関砲の弾倉からも弾は抜いてあるから、誤射の心配はない。だが万が一ということもあるし、それに弾の概念がないレーザー機関砲が誤って発射されてしまう可能性も否定しきれない。だから要は、改めて確認しろと二人に告げていたのだ。

 幸いにして、両機の計器盤の隅にあるマスターアーム・スウィッチ……トグル式のスウィッチは解除状態の「ARM」位置ではなく、安全位置の「SAFE」の位置になっていた。機体のFCS(火器管制装置)も訓練モードになっている。ならば、誤射で味方機を撃墜なんてことにはならないだろう。

「改めて言うが、俺は基本的には手出ししない。アドヴァイスも何もしないから、翔一くんはそのつもりでいてくれ。あくまで俺は万が一の時にどうにかする役割、単なる監督役だ。二人は俺のコトは気にせず、好きに戦ってくれ」

『言われなくても、そのつもりよ。アタシはアタシなりのやり方でやらせて貰うわ』

「そうしてくれた方がありがたい。その方が、翔一くんの為にもなるからな」

 はっはっは、と気持ちよく高笑いをした後で、要はコホンと咳払いをして。それからアリサに「ではイーグレット1、編隊を離れて開始位置に付いてくれ」とアリサに指示をする。

「イーグレット1、了解ウィルコ

 すると指示通りにアリサ機はクッと旋回し、翔一機の傍から離れ。とすれば一気にスロットルを開き、急加速で彼のXSF‐2から離れていく。

 すぐさま彼女の機影は米粒のように小さくなっていったが、しかしレーダーと……キャノピーの内側に重なって映し出される戦術情報から、アリサ機の位置は今でも翔一からハッキリと認識できる。

 急加速で距離を離したアリサ機は、適当に離れたところで機体の向きを一八〇度反転させ。とすれば彼女は、向かい来る翔一機とある程度の高度を合わせて、鼻先同士を突き合わせる――――お互いに向かい合った形、ヘッドオンの状態に機体を持って行く。

「よし、良い位置に付いたなアリサくん。さっきも言った通り、すれ違ってから訓練開始だ。二人とも、手加減抜きにやってくれ」

「スピアー1、了解」

『イーグレット1、こっちも了解よ』

 最終確認のような要の言葉に、二人はそれぞれ頷き合い。そうしている間にも、両機の距離は加速度的に縮まっていく。

 そして――――遂に目視距離に達したかと思えば、途端に翔一はアリサ機と至近距離ですれ違う。翔一機より僅かに下方、軽く機体を斜めに傾けてバンクさせたアリサ機のコクピット……こちらを見上げていた彼女と、翔一はすれ違いざまに眼が合っていた。

「よし、二人とも訓練開始だ」

『イーグレット1、交戦エンゲージ

「……スピアー1、交戦エンゲージ

 そして、赤い薔薇のエンブレムが彼の背中側に遠ざかっていく。

 ――――ACM訓練、開始。

 翔一は自機の交戦を告げる符号を呟くと、操縦桿を操作し機体を急旋回させた。正真正銘のエース・パイロット、アリサ・メイヤードを相手にした仮想戦闘が始まる…………。

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