第十章:エア・コンバット・マニューバリング/02
「翔一くん、準備は?」
「問題ありません。兵装チェック……オーケィ。エンジン出力、左右共に正常。ディーンドライヴも安定稼働中」
「よし。……こちらでも確認した。コンディション・オールグリーン。いつでも大丈夫だ」
「了解。スピアー1、準備完了」
『イーグレット1、こっちも問題なしだわ。どっちから上がる?』
「君が先で構わない。レディ・ファーストだ」
『はいはい、それじゃあお言葉に甘えて』
翔一と要が乗り込んだ試作機のXSF‐2/02、そしてアリサが単独で乗り込む先行量産型のYSF‐2/A。地下基地の格納庫でそれぞれ機体に火を入れ、準備を終えた二機は……アリサ機を先頭にして格納庫から出て、地上ゲートに続く大型エレヴェーターに乗り込んでいく。
『フォースゲート・オープン! フォースゲート・オープン!』
エレヴェーター稼働警告のサイレンが鳴り響く中、木霊するのは地上の四番ゲートが開くという通告。二機で横並びになり、上昇していくエレヴェーターに機体ごと揺られる中……翔一は独り、コクピットの中で小さく目を伏せていた。
――――話に聞いていた通り、XSF‐2の操作系統は先行量産型のYナンバーと寸分違わない。
椿姫の言っていた通りだ。前に見せて貰ったアリサ機と何もかも変わらない。やはりアリサ機同様、この機体にも少々特殊な補助装置……『IFS‐X‐12』とかいう思考制御システムが操縦の補佐用として搭載されているらしいから、恐らく飛ばす感覚は≪ミーティア≫よりも直感的で扱いやすいだろう。かなり大柄な機体だが、見かけに寄らず俊敏なのだ、このゴーストは。
やがてエレヴェーターは上昇を終え、目の前にあったゲート……四番ゲートが開き、ギラつく地上の陽光が開いた隔壁の隙間から差し込んでくる。
そんなギラギラした太陽の照り付ける
管制塔に交信、滑走路への進入を許可。アリサ機を先頭に二機で揃ってタキシングを始め、蓬莱島の滑走路へと躍り出る。滑走路の右半分、一機分を先に出る形でアリサ機が滑走路上に構え、その斜め左後方……つまり滑走路の左半分に翔一機が居るといった風な配置だ。二機同時の離陸は、ままあることだ。
離陸許可が管制塔から下されるまでの間に、翔一は軽く操縦桿や足元のペダルを動かしてみて。そうして、翼に付いたラダーやエルロン、エレヴェーターなんかの動翼の動きを目視で確かめる。何もかも問題ない。全て正常な動きをしているのを確認できた。
『イーグレット1、スピアー1、離陸を許可する』
『了解。イーグレット1、クリアード・フォー・テイクオフ』
「……スピアー1、こちらも了解。クリアード・フォー・テイクオフ」
やがて管制塔から離陸が許可されると、アリサと翔一はそれぞれ応答を返し。左手側のスロットル・レヴァーを全開位置にまで押し上げてエンジン出力を上げ、滑走路からの離陸を開始する。
双発のプラズマジェットエンジンが金切り音みたいな甲高い雄叫びを上げ、漆黒の機体が背中から蹴っ飛ばされるみたいな勢いで急加速を始める。それこそ弾丸のような勢いで、だ。
だが、ディーンドライヴの恩恵で、翔一や後席の要、コクピット内に収まるパイロットが感じる加速Gはそれほどでもない。だから翔一は至極落ち着いた様子で、離陸操作を続けて行く。
高鳴るプラズマジェットエンジンの甲高い音色は、何処か胸の鼓動の高鳴りにも似ている。恐ろしいほどの勢いで加速する機体は、二機ともが暫くもしない内にクッと機首を軽く上げ。そうすれば、やがて主脚が滑走路の路面から離れていく。
とすれば――――規定通りの離陸角度を取る翔一機とは裏腹に、彼の右前方で離陸していたアリサ機はというと、突如として機首を上方にグッと上げ。直角に近いぐらいの物凄い急角度で……スロットル全開のまま、得意のハイレート・クライムで急上昇していく。
「相変わらずの派手好きだな、アリサくんは」
途端に空の彼方へと遠ざかっていくアリサ機の後ろ姿を眼で追いながら、後席の要がフッと薄く笑んでひとりごちる。
「翔一くんはこのまま上がっていけばいい。無理にアリサくんの無茶に付いていく必要はないからな。どのみち、演習空域でまた逢える」
「……了解です」
落ち着いてやれ、と諭しているかのような語気をした要の言葉に、翔一は頷き返し。そして頭に被るヘルメットの中でふぅっと小さく息をつきながら、右手で操縦桿を軽く手前に引き。彼もまた、自機の機首が向く角度をクッと上に……上昇角を上げていく。
目の前に広がる
こんなに胸が高鳴る
そんな自分自身の気持ちに、翔一は緊張のせいで気が付けていなかった。そのことに気が付かぬままに、彼は黒翼を飛ばす。あの夜、あの海岸で見たのと同じ――――彼女と同じ、漆黒の翼を。
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