第十章:エア・コンバット・マニューバリング/01

 第十章:エア・コンバット・マニューバリング



「さて、今日は二人にACM訓練をやって貰う」

 ファルコンクロウ隊との初邂逅から暫く経ったある日のことだ。なんの脈絡もなくアリサとともに基地内のブリーフィング・ルームに集められた翔一が、壇上に立つ要にそんな提案を告げられたのは。

 ――――ACM訓練。

 エア・コンバット・マニューバリングの略だ。日本語に直すならば空中戦闘機動。だからACM訓練というのは、つまり……空戦状況を再現し、実際に実機を使って戦ってみる訓練のことだ。

「アタシが、コイツと?」

 要が開口一番にACM訓練をすると提案すれば、翔一から少し離れた場所にある椅子に座っていたアリサからそんな、怪訝そうな調子での質問が飛んでくる。それに要は「ああ」といつも通りの爽やかな笑顔で頷き、

「いつまでもシミュレーションや単独訓練ばかりじゃあ、翔一くんの為にならないからな。今日はアリサくんを相手に、実際に空の上で戦って貰おうと思う」

「……ま、やる分には構わないわよ。後ろに乗せろって言われてるワケじゃあないしね」

 言った後、アリサは「でも」と続けて要に疑問をぶつける。

「肝心の機体はどうする気なのかしら? 言っちゃあ悪いけれど、普通の≪ミーティア≫じゃあ、アタシのゴーストの相手にもなんないわ」

「その辺りは心配ない」と要。「アリサくんの予備機……XSF‐2の二号機を使わせて貰う。構わないな、アリサくん?」

 要がそう答えて問い返せば、アリサは「……ああ、そういうこと」と納得したように頷いた。

「使う分には構わないわ。予備機っていっても、どうせ格納庫の隅で埃被らせてる奴だしね」

「そう言ってくれると思っていた。……アリサくんの機体はもう南に用意させてある。翔一くんのもだ。……南、説明を」

「へいへい、分かりましたよ」

 要に呼ばれて、ブリーフィング・ルームの隅に控えていた南が壇上に上がる。やはり例によっていつものオレンジ色のツナギ姿だ。

「二人とも装備は一緒だ。一番と七番のハードポイントにAAM‐01が二連ランチャーで合計四発、二番と六番にAAM‐02を、こっちも二連ランチャーでそれぞれ積んでおいた。当たり前だがキャプティブ弾だけどよ。あとガンの弾も抜いてある。他の……三番と五番のパイロンは撤去しておいたぜ」

 記憶が正しければ、AAM‐01が短距離射程のミサイル、AAM‐02が中距離射程のミサイルだったはずだ。表世界にある普通のミサイルで喩えれば……前者がAIM‐9サイドワインダー、後者がAIM‐120アムラームみたいなものといったところか。

 ちなみにキャプティブ弾というのは、訓練用のミサイルだ。発射機能が無くて、ただ弾頭部の誘導用シーカーなどの電子装備だけが取り付けられている……まあ、言ってしまえばハリボテだ。確か統合軍の物は弾体全体を青く塗装して、実弾との区別を付きやすくしてあったはずだ。

 加えて、ガンだが――――当然、機関砲のことを指している。ちなみに≪グレイ・ゴースト≫の場合は『レールガトリング』という二〇ミリ口径の機関砲を搭載している。

 レールガトリングというのは、簡単に言ってしまえば超電磁加速砲……いわゆるレールガンのことだ。表世界ではまだ実用化の目処がそこまで立っていない代物だが、流石に統合軍はオーヴァー・テクノロジーを吸収しているだけあって、表世界よりかなり技術が進んでいるらしい。

 前に南から聞いた話によれば、ゴーストに積んでいるレールガトリングは……ガトリング機関砲、いわゆるバルカン砲の構造をそのままレールガン化した物らしい。他に≪ミーティア≫や欧州製の機体なんかには『レールカノン』という……やはり普通のリヴォルヴァーカノンの構造を踏襲したタイプが用いられているらしいが、どちらもレールガンの類であることに変わりはない。

 その他に、空間戦闘機には予備の固定兵装として二〇ミリ口径のレーザー機関砲が搭載されている。だが、訓練に際してはこちらを用いることはないだろう。レールガトリングも、他のミサイルも同じだ。実際に撃つワケではなく、データ上で仮想的に撃ったことにして……訓練相手とのデータリンクで状況を判断、撃墜したかどうかを判定する仕組みになっている。

 ――――閑話休題。

 ともかく、南によると今回のACM訓練で用いるアリサのYSF‐2/Aと、そして翔一が借り受ける彼女の予備機、XSF‐2/02の装備状況はそういうことらしい。

「翔一くんの方には、万が一の為に俺も後ろに同乗する。アリサくんの方は……まあ、いつも通りか」

「ええ」頷くアリサ。「いつもと同じよ。アタシに相棒は必要ない」

「……そうか。君がそう言うのなら、それでも俺は構わんが」

 要は少しだけ複雑そうな顔をしつつも、頑なな態度の彼女にコクリと頷き返すだけで。そしてコホンと咳払いをして意識を切り替えると「さて、そういうワケで訓練開始といこう」と告げて、短い内に事前説明を締め括った。

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