第九章:ファルコンクロウ/05

「――――そう、そんな感じで良いわ。捻り込みはもっと早く、グッと勢いで行きなさい。度胸一発よ、こんなものは」

「分かった。……こんな感じか?」

「……ええ、そうね。まだまだ粗いけど及第点だわ」

「なら良かった」

「オーケィ、だったら次はブレイクよ。ミサイルに追尾されている状況をセットする。やってみなさい」

「……了解」

「トレーニング・プログラム、セット。……よし、来たわよ!」

「分かった。スピアー1、ブレイクする……!」

 遙か雲海の上、高高度を飛ぶ≪ミーティア≫。それを前席で操縦する翔一は、後席に座り監督するアリサの指示に従い、今日は主に空戦機動の訓練を行っていた。

 普段から、日によってはこうして複座型の≪ミーティア≫を使っての訓練を行っている。いつもいつもファントムに乗って訓練しているというワケではないのだ。アレばかりに慣れてしまっては、翔一がただの時代遅れなファントムライダーになってしまう。仮にも空間戦闘機のパイロットになる以上、こちらの方にも慣れておかねばならない。何せディーンドライヴ搭載の空間戦闘機と、非搭載の機体とでは動きの癖が割と違うのだ。

 それでも、普段は要がファントムの時と同じように後席に座り、訓練の相手をしてくれているのだが……今日は要の提案で、教官役は珍しくアリサが担うことになっていた。

 まあ、彼女は仮にも現役のエース・パイロットだ。技術的な意味でも吸収できる部分は多い。それに同じESPならば、ESP専用機独特の動かし方や、能力を用いたESP特有の戦い方も翔一に教えられる……と、どうやら要にはそんな思惑があったらしい。

 そんな要の思惑は、まさに目論見通りにいっていた。こうしてミサイル回避の訓練を始める前にも、既に翔一はアリサから多くの技術と知恵を伝授されている。それこそ、ESPにしか出来ない独特な飛ばし方も……だ。

 そのひとつが、翔一の予知能力を使った攻撃と回避だ。アリサ曰く、こういうことらしい。

「――――翔一、アンタ確か予知能力の類があったわよね? アタシの知り合いにも似たような奴が居たんだけれど、能力を使えば面白いぐらいに墜とせるらしいわ。なんでも、予知で先読みした先にガンなりミサイルを撃っておけば、その通りに当たってくれるとか何とか……。受け売りだからアタシにはよく分かんない。けれど、試してみなさい」

 …………だ、そうだ。

 実際、彼女の提案は正しかった。今は後席で機体のアヴィオニクスを操作するアリサが訓練プログラムを走らせ、仮想上の敵機との交戦シミュレーションを始めてくれているのだが。彼女の言う通りに予知能力を使って攻撃してみると、本当に面白いぐらいに撃墜出来てしまうのだ。

 この辺りは、やはりESP機がとんでもない戦力とされている理由の一端だろう。まだまだ半人前の翔一でさえ……シミュレーションでの話といえ、これだけ撃墜出来てしまっているのだ。ESPパイロットの中でも、特に予知能力者にはエースが多いと前にレーアの座学で聞いたことがあったが、それも納得だ。

「…………よし、この辺りで一旦休憩にしましょう。機体を水平に、ターン・ヘディング290ツー・ナイナー・ゼロ。基地から離れすぎているわ」

「了解。ふぅ……っ」

 アリサの指示した通りの方角に方向転換しつつ、機体を水平飛行に。そうして安定状態にしてから、翔一は大きく息をつき、知らず知らずの内に強張っていた肩の力を抜く。

 そうしながら、翔一はアリサの方にチラリと何気なく振り向いてみた。

 ≪ミーティア≫の後席に収まるアリサは……当然ながらパイロット・スーツ姿だったのだが、しかし何故か翔一と異なりヘルメットを被っていない。というか、そもそも持ってきていない。頭を晒したまま、計器盤のMFD(マルチ・ファンクション・ディスプレイ)と睨めっこをしている。

「……何よ、アタシの顔になんか付いてる?」

「いや……」

 彼の視線に気付いたアリサに言われ、はぐらかしつつで翔一は再び前を向く。

 そんな彼の反応を不思議に思って、アリサは小さく首を傾げたが。しかしそこまで気に留めないまま、すぐに元通り計器盤のMFDに視線を落とす。

 …………どうして彼女がヘルメットを被らないのかがどうにも気になったが、しかし今は聞かないでおこう。

 そう思いながら、翔一は自分を囲むコクピット構造を改めて見渡した。

 ――――≪ミーティア≫のコクピットは、≪グレイ・ゴースト≫のそれと比べてかなり前時代的だ。

 前に見たゴーストは操縦桿がサイドスティック式で、計器盤も一部スウィッチ類を除き、一枚の液晶パネルのみで構成されている、スッキリとした先進的な物だった。だが≪ミーティア≫は、あの時に見たゴーストの未来的なコクピットとはあまりにも異なる仕様だった。

 というのも、まず計器盤はちゃんと計器盤になっているのだ。あちこちにMFDの液晶画面があったりと、ある程度のデジタル化……グラス・コクピットにはなっているものの、アナログ計器も多少は見受けられる。

 それに操縦桿も、今風なサイドスティックではなく、股の間から生える昔ながらな中央配置だ。加えて計器盤の上には、HUD(ヘッドアップ・ディスプレイ)も見受けられる。

 ――――余談だが、空間戦闘機のキャノピーは透明ながらかなり強固な代物で。同時に各情報をキャノピー内側に投影する天周スクリーンの役割も果たしている。

 喩えるなら、SFアニメにありがちなロボット兵器のコクピットのように、だ。キャノピーには外界の景色と重ね合わせるみたいに様々な情報が浮かんでいて、それを元にパイロットは敵機をロックオンしたりだとか、追尾したりだとかをする。

 勿論、この≪ミーティア≫もその例に従っている。従っているのだが……それと併用する形で、八〇年代チックなHUDも備えられているのだ。

 …………前に南から、≪ミーティア≫はゴーストに比べてかなり保守的な設計思想だと聞いたことがある。

 実際、彼の言葉通りだ。今こうして翔一が座っているコクピットはとても未来的な物ではなく、寧ろ八〇年代とか九〇年代の雰囲気が漂っている。表世界のジェット戦闘機で喩えるなら……F‐15Eストライク・イーグルだとか、F/A‐18ホーネット。あの辺のコクピットのような雰囲気だと喩えれば良いか。

 ともかく、そんな感じだ。確かに保守的な造りで、それこそ前に例として挙げたような、普通のジェット戦闘機から機種転換してくるパイロットにとっても扱いやすく、覚えやすいだろう。だが……仮にも宇宙空間で戦う戦闘機が、それで良いのか。

 まあ、考えに考え抜いた結果の保守思想なのだろう。特にゴーストのようにESPの搭乗を前提としない機体、寧ろ普通の人間が扱うことを想定しているのであれば……こうした設計思想にも納得がいくというものだ。

 ――――閑話休題。

 そうしたコクピットの中に収まり、水平飛行する≪ミーティア≫の中で暫しの休憩を取っていれば。ふとした時にある疑問が思い浮かんだ翔一は、それを何気なく後席のアリサに問うていた。

「そういえばアリサ、前に自分の後ろには誰も乗せないって……そう言っていたよな?」

「ええ」頷くアリサ。「それがどうかしたの?」

「いや、自分が後ろに乗る分には良いのかなって。今何となくそう思っただけだよ」

「……ま、アタシが後ろに乗る分にはね。ただ、アタシの後ろには誰も乗せないわ。絶対に……誰も、ね」

「…………ちなみに、その理由わけを訊いても?」

「………………」

 恐る恐る翔一は理由を問うてみたのだが、しかしアリサは無言のまま、その問いに答えようとはしなかった。

「……答えたくないのなら、構わないよ。変なコトを訊いて悪かった」

「いえ……良いの、別に」

 翔一は、アリサが理由を答えなかったことを少しは不思議に思った。

 だが……誰しも、他人に言いたくないことの一つや二つは持ち合わせているものだ。それがアリサにとっては、自分のリアシートには絶対に誰も乗せない理由なのだろう。

 そう思うと、翔一は納得し。それ以上を掘り返さないまま「よし、訓練再開といこう」と言って、空戦機動の訓練を再開する。

「……ええ、そうね。なら次はヘッドオン、中距離戦闘よ。兵装はAAM‐02にセット。……状況開始」

「ヘッドオン状況、中距離戦闘シミュレーション、了解。……スピアー1、交戦エンゲージ。ターゲット・ロック……FOX3フォックス・スリー

 アリサがまた別のシミュレーション状況をセットし、それに従い翔一が訓練を開始する。

 敵機は目の前、ヘッドオン。ロックオンし、操縦桿のウェポンレリース・ボタンを押し込む。とすれば――――仮想上での話だが、≪ミーティア≫がパイロンに吊していた中距離射程の空対空ミサイル・AAM‐02が発射される。

 ミサイル命中、敵機撃墜。翔一は他の敵機の群れとすれ違った後で機体をぐるりと宙返りさせ、方向転換。生き残った連中との格闘戦にもつれ込む。

(…………やっぱり、筋は良いわ。それに覚えも良い)

 そんな翔一のシミュレーション訓練を後席で見守りながら、アリサは内心でそう思っていた。

 確かに、翔一は筋が良かった。元々空間戦闘機パイロットとしての素質があったのだろう。予知能力を使っての反則じみた先読み射撃はともかくとしても、それなりに上手い飛ばし方をしている。それでもまだまだ動きは固く、教科書通りなきらい・・・はあるものの……突っ込むべきところは突っ込んで、尚且つ退き際も心得ている。このまま鍛え続ければ、ひょっとするとエースの仲間入りをするのも夢じゃないかもしれない。

 内心で、アリサは素直に翔一のことを褒めていたのだ。普段は彼に対してあんな棘っぽい態度だが、心の奥底では彼のことを認めている。評価もしている。ひょっとして、彼ならば相棒に……と、思ってしまう自分も居るぐらいだ。

 ――――だが、仮に彼がそうなれる存在としても。

(だとしても……それでも、私は嫌だ。もう二度と、私は――――)

 彼女の思いを、背にした彼女の背負う十字架を、まだ翔一が知ることはない。彼が彼女の根っこにあるモノを知るのには、まだ……ほんの少しだけ、早すぎるのだ。あと少し、ほんの少しだけ――――。





(第九章『ファルコンクロウ』了)

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