第九章:ファルコンクロウ/04

 ――――そこに立っていたのは、やはり氷のように冷たい女だった。

 榎本たちと同じタイプのパイロット・スーツを着ている辺り、やはり『ファルコンクロウ』の一員なのだろう。ヘルメットを小脇に抱え、遠巻きにこちらの方を……アリサの顔を眺めながら、嘲笑するみたいに冷ややかな顔をしている。そんな彼女の髪はウェーブ掛かった長めの白銀。切れ長な形をした翠色の瞳はやはり冷え切っていて、アリサの方にジッと冷たい目線を送っていた。

 そんな彼女だが……どこからどう見ても日本人ではなく、白人のそれだ。パッと見の推測だが、恐らくヨーロッパ系だ。背丈も……べらぼうに高いアリサほどではないものの、女性としては高く。目測で一六六センチほどだ。

 そんな彼女は、最初に声を聴いて感じたのと同様に、やはり何もかもが氷のように冷たい印象の女だった。ある意味でこの場の誰よりも飛空士らしい、孤高の女……。少なくとも翔一が初対面の彼女に対して抱いたのは、そんな印象だった。

「……ソニア、それってどういう意味かしら?」

 とすれば、アリサはその女――――どうやらソニアというらしい彼女をギロリと睨み付け、刺々しくも皮肉っぽい調子の声音で食って掛かる。

 そんな風に彼女に睨み付けられたソニアの方は、しかしまるで臆することもなく。フッと皮肉げに肩を竦めると「言葉通りの意味よ」と言い、続いてアリサに対しこんなことを口走った。

「頭に血が上りやすい、感情的にも程がある。それはメイヤード少尉の悪い癖よ。感情的になりやすいのは、空の上では命取りになる。前に何度も言ったはずよ。

 尤も……貴女に限らず、ESPって存在そのものがそういうタイプばかり。感情的で傲慢な手合いばかりなのだけれど」

「……そういうアンタは、相変わらず愛想の欠片もないのね。人付き合いが苦手なのかしら?」

「それは貴女も同じ。お互い様よ、メイヤード少尉」

「ハッ、アンタみたいな万年仏頂面と一緒にしないで欲しいわね」

 アリサとソニア、二人のやり取りはそんな……明らかに険悪な感じで。アリサの傍に立ち尽くす翔一が「ちょ、ちょっと待ってくれ二人とも……」と困り果てていると、そんな彼の肩を南がポンッと叩く。

「ソニアちゃん……ソニア・フェリーチェ中尉。あのとアリサちゃんは、昔っからあんな調子なんだよ」

「そんな、どうしてまた……」

 南に言われて首を傾げる翔一に、今度は横から榎本が口を挟む。

「ソニアの奴、君やメイヤード少尉のような……超能力者、ESPを毛嫌いしているからな」

「……僕らを?」

「ああ」頷く榎本。「俺たちの隊に来るまで、ESPにデカい顔ばかりをされて、色々と辛い目に遭っていたいたそうだ。だからソニアが君らESPに辛く当たる気持ちも、分からなくはない」

 実際、俺もそう思っていた時期がある――――。

「何にせよ、メイヤード少尉とは昔からあの調子だ。俺たちクロウ隊のことを、メイヤード少尉があまり良く思っていないのも……まあ、ソニアに絡んでいる部分が殆どだろうな」

「まー、こればっかりは本人同士のアレだからねえ。お互いウデは良いだけに、余計に思うところがあるんじゃあないかなあ?」

 やれやれといった風に生駒が肩を竦めながら言う傍ら、アリサとソニアはまだ睨み合っていて。流石にこれ以上はと思ったのか、榎本が「ソニア、それぐらいにしておけ。……メイヤード少尉も、あまりムキになるな」という風に割って入り、仲裁を試みる。

「別に、アタシはムキになんてなってないわよ。ただソイツが突っかかってきただけの話」

「…………貴女が朔也に突っかかるからよ」

「なんですって?」

「よせ、ソニア。……さっきの話なら、俺にも非がある話だ。お前が気にすることじゃあない」

「……まあ、良いわ。朔也がそう言うなら、ね」

 フッと肩を竦め、ソニアはスッとアリサの横を通り抜け。そうすれば……やり取りを傍観していた翔一の方までやって来て。数秒の間、ソニアは彼を凝視する。

「…………貴方が、噂の」

「あ、ああ」戸惑いながら頷く翔一。「ええと……フェリーチェ中尉だったか。桐山翔一、階級は准尉。よろしくお願いするよ」

 と、翔一は榎本が求めてきたのと同じように、ソニアの方にスッと手を差し出して握手を求めたが。しかしソニアは彼を無視すると、その横を素通りして、さっさと何処かへと歩き去って行ってしまう。

「…………准尉」

 だが、ソニアは途中で立ち止まり。首だけで翔一の方を振り向いてこう言った。

「貴方がどんな人間なのか、まだ私には分からない。

 …………けれど、これだけは言っておく。レギオンと戦っているのは貴方たちESPだけじゃない。貴方たちだけが特別じゃあないのよ。それだけは、肝に銘じておくことね」

 それだけを告げて、今度こそソニアは歩き去って行ってしまった。

「何よ、あの言い方……」

 そんな彼女の背中を見送りながら、アリサが不満そうにボソリと呟く。

 さっき南たちが言っていたように……どうやら、ソニアとはかなり険悪な仲らしい。アリサがクロウ隊に対してああいう風当たりの強い感じだったのも、やはり殆どソニアが原因か。

「あーあ、またあんなこと言っちゃって……。悪いな翔一くん、ソニアちゃんは初対面の相手にはああいう調子なんだよ、いつも。俺たちにも最初はあんな感じだったし、それに君がESPだから余計に……だと思うぜ」

 首に手を当てやれやれと肩を揺らし。翔一に対して一応のフォローを入れてくる生駒に「別に、大丈夫です」と翔一は返す。どうやら生駒、チャラ付いた見た目とは裏腹に、かなり気配りの出来るタイプらしい。明らかに曲者揃いなクロウ隊の副隊長を任されるのも、納得というか何というか。

(ソニア・フェリーチェ中尉…………か)

 そうして生駒に言葉を返しながら、同時に翔一は去って行った彼女のことを思い返していた。

 名前から察するに、イタリア系だろうか。かなりクールというか寡黙というか、皮肉屋っぽい一面もある独特な性格をしているらしい。確かに……どちらかといえば直情的なタイプのアリサとは相性が良く無さそうな感じだ。まして、ソニア自身がESPを毛嫌いしているというのであれば、余計に。

 まあ、何にせよ。彼女が言った言葉そのものは……確かにその通りだ。戦っているのはESPだけじゃあない。彼女や榎本たちのような普通の人間も、フルスペックを発揮できないのを承知で空間戦闘機に乗り込み……レギオンと戦っている。確かにESPは特別な存在だが、しかし……自分だけが特別に、自分だけが戦っているワケではないのだ。

 そのことを改めて認識できただけでも、翔一にとってソニアや『ファルコンクロウ』の面々との関わりは無駄では無かった。少なくとも、翔一本人はそう思っていたのだが…………。

「……何をあんなに突っかかってくるのかしら。アタシにだけじゃない、翔一にまで…………」

 どうやらアリサの方は、あまりそういうワケでもないらしい。何というか……この二人の関係を修復する手段はあるのだろうか。

「分かるぜ、お前の考えてること」

 そんなことを翔一がふと何気なく思っていると、また南がポンッと肩を叩いてくる。今度はうんうんと、全部分かってるぞみたいな雰囲気を匂わせながらで、だ。

「男同士なら腹割って殴り合って、んで解決……みたいなパターンも出来るけどなあ」

「…………今日日きょうび聞かないぐらいのベッタベタな展開だな、それ。今時流行らないんじゃあないか?」

「うるせー、俺が好きなんだよそういうの。

 ……こほん、ともかくだ。あの二人はもうああいうモンなんだよ。ただびっくりすることにな、イザ実戦になるとあの二人、べらぼうに息が合っちまうんだ」

「南、それってどういう」

「喧嘩するほど仲が良い、って奴じゃねーの? ああ見えてあの二人、根っこの部分では案外相性良いのかもだぜ」

 ま、それはそれとして本人同士が腹割って話し合うなり、どうにかこうにかして貰いてえモンだがよ――――。

「ホラ翔一、アンタもさっさと乗りなさいな」

 南がそんなことを言っていると、既に≪ミーティア≫のラダーに脚を掛けていたアリサが翔一を呼ぶ。それに彼は「分かった」と言葉を返し、南の肩をポンッと叩き返してから彼女の方に駆けていく。

「――――桐山准尉」

 と、そんな彼の背中を榎本が呼び止めた。

「俺たちも、君には少なからず期待している。ああ見えて、ソニアもだ。無理しない範囲で励んでくるといい。メイヤード少尉の……エースの手ほどき、無駄にしないようにな」

「……分かりました」

 相変わらずの固い仏頂面ながら、何処か激励じみた彼の言葉に。翔一は薄い笑みで頷き返すと、ラダーを駆け上がり≪ミーティア≫に搭乗していく。

「将来有望な若者、って奴かしらん?」

 そんな彼の姿を遠目に眺めながら、榎本の真横に並び立った生駒がそんな、いつも通りの軽薄な調子で言う。それに榎本も「かもしれないな」と肩を竦めて返し、

「…………なあ燎。メイヤード少尉が誰かにあそこまで肩入れしているところ、お前は見たことあるか?」

 と、隣り合う彼に何気なく問うた。

「いんや? 少なくとも俺は見たことねえな。あの一匹狼の……触れれば怪我だけじゃ済まねえ、鋭い棘だらけの赤薔薇レッド・ローズがああも誰かに構ってるのは、俺は見たことがねえ」

「俺もだ。……やはり彼には何かがある、ということか。今まで孤高を貫いていたメイヤード少尉を惹き付ける、そんな何かが」

「かもしれないねえ。ま、何にせよ翔一くんの成長に期待だ」

「全くだ。願わくば、メイヤード少尉の相棒になってやって欲しいところだが……」

「あー、ソイツはどうだろうなあ。だってアリサちゃんは……ほら、朔也も知ってるだろ? あの一件があってから、後ろに絶対誰も乗せないって言い張ってんだから」

「……二年前の件か。その件なら俺も報告書を読んだ。確か、あの時の相棒は…………」

「そそ、そゆこと。

 何にせよ……あのが背負ってるモンは、かなりドデカいからねえ。果たして翔一くんにそれが背負えるかどうか」

「…………背負えるさ、彼なら」

「朔也、何か確信でもあんの?」

 きょとんとして顔を覗き込んでくる生駒に、榎本は「ああ」と頷き返す。

「彼は……全く同じ眼をしていた。昔の俺と、同じ眼を」

「ふーん……そっか」

 榎本朔也と生駒燎、二人の眺める先ではF型≪ミーティア≫が既に単発のエンジンを始動し終えていて。ゆっくりとしたペースで、滑走路までのタキシングを始めていた。

 やがて、灰色の制空迷彩に包まれた機体は滑走路まで進み。高鳴るプラズマジェットエンジンの甲高い鼓動とともに滑走を始め――――そして、大空に舞い上がっていく。

 ぐんぐんと上昇し、蒼穹そらの彼方に消えていく機影。それを榎本と生駒は暫くの間、無言のままにただただ眺め続けていた…………。

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