第三章:楽園‐シャングリラ‐/05

 場所を変えると言った要に連れて来られた場所は、基地の中にあるブリーフィング・ルームだった。

 ブリーフィング・ルームというのは、本来は作戦説明などの用途で使う部屋だ。その為にスライド用のプロジェクタだとかスクリーンなんかも用意されていて、壇があり、椅子が幾つも並んでいたり……と、雰囲気的には教室に近いような感じだ。といっても、翔一が普段慣れ親しんでいる風守学院は二年A組の教室よりは狭く、そして格段に物々しい雰囲気が漂っている一室ではあるが。

 ともかく、そんなブリーフィング・ルームに翔一は連れて来られていた。

 スライドを映す為に薄暗くした部屋の中、スクリーンを背にした壇上には要と、そして霧子の姿があり。暗くなった部屋の隅では、壁にもたれ掛かったアリサが仏頂面で腕を組み、静かに目を伏せている。そんな皆を横目に、翔一はスクリーンのすぐ近くの椅子にひとまず腰掛けているといった感じだ。

 薄暗い部屋の中、五分か十分ばかしをスライドの調整だとか、ノートPCの接続だとかの諸準備に費やし。そして全ての準備が整うと、壇上に上がった要がこほんと咳払いをして。そうしておもむろにマイクを手に取るが……相手が一人だけ、それもこの至近距離では必要無いと判断したのか、一度掴んだマイクをすぐに置き。また誤魔化すように咳払いをすると、それから目の前の翔一に向かって、要はこういう風に語り掛け始めた。

「改めて挨拶をしておこう。俺は要隆一郎、階級は特務大佐。色々あって、この国連統合軍は極東方面司令基地『H‐Rアイランド』……蓬莱島の司令官をやらせて貰っている。司令官の癖に佐官階級なのは気にしないでくれ。事情がちょっとな」

「ふっ、こんなあらゆる意味で曲者揃いの基地、君以外に纏め上げられるワケがあるまいて。まあ……お偉方から厄介者どもを押し付けられたと言ってしまえば、何もかも台無しだがね」

 と、そんな要の改まった自己紹介に、霧子が横から皮肉っぽい言葉を付け加えてくる。くっくっくっと引き笑いをする彼女に「おいおい……」と要は困った顔を浮かべるが、しかし彼女の言っていることは紛れもない事実であるだけに、返す言葉を要は持たなかった。

「ちなみに、私は特務少佐の階級を持っていてね。任務は風森学院内に存在する、潜在的なESPの探索と……その発掘に経過観察。場合によっては統合軍にスカウトしてしまうと、まあそういう立場だったんだ。黙っていて悪かったね、翔一くん」

 そんな風に微妙な顔をする要を横目に、霧子はあっさりとそんなことを口にした。

 あまりに衝撃的な事実をサラッと言われたものだから、翔一は頭の処理が追いつかず、三秒ぐらいの間をポカンと大口を開けて固まってしまい。その後で漸く彼女の放った言葉の意味を理解すると「……霧子さんが?」と、絶句した顔で呟く。

「もっと言うと、風守学院そのものがESPの早期発掘を目的として、統合軍が作らせた学院なんだ。だから地下に島との連絡通路が通っているし、学院そのものがこの蓬莱島の指揮下に入っている。だからこそ、こうして私みたいな……元は空自の医官、今は統合軍の特務少佐なんてキナ臭い人間が、養護教諭なんてポストに収まっているんだよ」

 と、いうことらしい。

 彼女の言葉を聞いて、翔一は昼間に霧子が言っていた言葉……学院の教師は誰も、例え学院長ですらも自分には逆らえないという言葉の意味するところを、今になって漸く理解していた。

 つまりは、彼女が学院での実質的な最上位権限なのだ。統合軍から派遣された監視要員、確かにそんなのに対し、一介の雇われ民間人でしかない教師や学院長が逆らえるはずもないだろう。

 しかし……だとすれば、霧子は自分のことをESPだと知っていて、超能力者だと分かった上で学院への入学を勧めたのか…………?

「ああ、心配は要らないよ。翔一くんの能力に関しては、私も昨日まで全く知らなかったんだ。君を風守学院に入れたのは、あくまで保護者として色々立ち回りやすいとか、そういう意味の利点を考えただけのことだよ。心配せずとも、他意はない」

 翔一は一瞬だけそんな風に思ってしまっていたのだが、しかし彼の心を読んだように霧子はそう告げた。

 どうやら、風守学院に入学を勧めたのは偶然に近いような切っ掛けだったらしい。翔一が学院に入学したことで、結果的に彼女の統合軍人としての任務を全うさせてしまったことは、本当に皮肉にも程があるのだが…………。

 まあ、ともかくそういうことらしい。衝撃を受けはしたが、しかし理解出来ないことではない。寧ろ腑に落ちているぐらいだ。羽佐間霧子が常日頃から学院内でフリーダム極まりない立ち振る舞いをしているのに、そんな裏事情があったと分かると……混乱するより、寧ろ腑に落ちる。

「……こほん」

 と、さっきからニタニタと皮肉げな笑みを絶やさない霧子に完全に話の主導権を持って行かれた形になってしまっていて。ましてあらぬ方向へと話題が脱線しているものだから、壇上に立つ要は大きく咳払いをして話の流れを断ち切り、脱線していた話題を元の方向へと無理矢理に引き戻す。

「それと、彼女に関しては君も心得ているだろう。

 ――――アリサ・メイヤード少尉。君と同じESPで、我ら国連統合軍の誇るエース・パイロットの一人だ」

 そうすれば、今更ながらにアリサの紹介も要はしてみせた。

 そんな風に話題に上がったアリサはというと、やはり壁際にもたれ掛かり、腕を組んだまま仏頂面をしていて。自分の名前が挙がった一瞬だけ、伏せていた眼を片方だけ上げていたが。しかしすぐにまた目を伏せて、仏頂面を貫く彼女は一言たりとて言葉を発そうとはしないままだった。

「とまあ、我々のことに関してはひとまずこんなところか」

 だが要はそんなアリサの不躾な態度も気にせず、翔一に対しての話を続けていく。

「それで、ここからが本題だ。まずは単刀直入に言わせて貰おう」

 要はそうやって話の口火を切り、そして目の前の翔一に向かってこう告げた。ありのままの、今まさに世界が……人類が置かれている、真実を。

「此処に来るまでの間、既に霧子くんから幾らか聞き及んでいるかも知れないが……。

 ――――――地球人類は、今まさに異星起源の敵性体からの侵略を受けているのだ」





(第三章『楽園‐シャングリラ‐』了)

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