第三章:楽園‐シャングリラ‐/04
そうして煙草を咥えたまま歩く霧子に連れられるがまま、翔一は島を歩いていた。
といっても、流石に地上に露出している部分は翔一の知識にあるものとあまり変わらない見た目をしている。ある程度の規模の飛行機なら離着陸できる滑走路が島の中央にあり、その近くに小ぢんまりとした申し訳程度の管制塔と、
が……翔一が理解出来たのはそこまでで。問題はここからだ。
霧子に連れて行かれた先、エプロンを横切ってとある格納庫の中に入ると、しかしそこは格納庫などではなく――――大きなエレヴェーターだったのだ。
恐らくは地下にある広大な秘密基地と、露出している地上施設とを繋ぐ為のものだろう。確かにエプロンの隅にも、似たような地下への入り口らしきものは見えた。霧子曰く「他のハンガーは、全部本物のハンガーだ」らしいが……果たしてそれも本当なのか。
まあ、ともかくそんな大きなエレヴェーターを使い、三人は地下区画へと降りていく。
三人が乗っているのは、床丸ごとが斜めに下がっていくようなレベルの、凄まじく大きなエレヴェーターだ。本当に秘密基地という感じがして、翔一は初めてこの蓬莱島がただの島でないことを、実感を伴う形で感じ始めていた。
「…………まるで、ウルトラ警備隊みたいだ」
だから、翔一は半ば無意識の内にそんな独り言を呟いてしまっていた。自分でも知らず知らずの内に、ふと頭に過ぎった感想を。
「悪い宇宙人から地球を守る秘密基地って意味では、間違っていないかもだ」
そんな彼の独り言を聞きつけると、霧子はニヤリとして言い返し、彼を軽く茶化す。
何にせよ……本当に古き良き特撮にでも出てきそうな雰囲気だ。このエレヴェーターを降りた先でウルトラホーク1号が待ち構えていたって、今は絶対不思議に思わないだろう。翔一はそんな奇妙にも程がある自信を抱いていた。
そうしてエレヴェーターを降りた先にあったのは、やはり広大な地下空間だった。
降りた先、行き着いた大空間はどうやら各格納庫やその他諸々に通じているらしいが、今は用がないのでそちらには向かわず。ひとまず司令室に顔を出すと言って、霧子は隅にあった通路へと翔一を
霧子に案内されるままに通路を歩き、歩き、更に歩き。もう一度……今度は人間用のエレヴェーターを使い、更に地下深くへと下っていくと。すると漸く目的地に到着したらしく。一体これで何十枚目だという自動ドアを潜ると、その先で翔一が目の当たりにしたのは……また、だだっ広い空間だった。
目の前、突き当たりの壁には何枚もの超巨大なモニタ埋め込まれており、奥へと向かう床はまるで段々畑のように幾つかの段に区切られる形で、下へ下へと続いている。それこそ映画館のようにだ。
そんな部屋のあちこちには制服姿のオペレータが座っていて、各々のデスクに据え付けられたモニタや機器類と睨めっこをしている。その様相はまるで……そう、例えるなら宇宙戦艦の艦橋だ。それこそSF映画でありがちといった感じの司令室が、彼の目の前に現れていた。
「おお、久し振りだな霧子くん。調子はどうだ?」
そんな広大な司令室を目の当たりにして、翔一が茫然と立ち尽くしていると。すると扉の割と傍……司令室で一番高い位置にあった椅子に座っていた男が立ち上がり、こっちに近寄ってきて。ともすれば霧子に言葉を掛け、彼女を出迎えていた。
「久し振りだね。私も最近はちょっと色々と立て込んでいたものだから、こっちにまで顔を出せなかったんだ」
すると、霧子はまるで旧知の友に話しかけるみたく、その男の出迎えに応じる。男は「はっはっは」と気持ちの良い高笑いをし、霧子と固く握手を交わしていた。
その男だが――――かなりガタイの良い男だった。
背丈はアリサと殆ど変わらず、ほんの少しだけ男の方が大きいぐらい。目測だが、恐らく一八八センチといったところだろう。髪は茶色の短髪で、黒い瞳の双眸は温和そうでもあり、しかし時に猛禽類のような鋭さをも見せるような、奇妙な凄みを秘めている。年頃は四〇代半ばといったところか。司令室に居る他のオペレータたちと同じような、何処かスーツっぽい制服を着ているものの、襟を緩めたりなんかして着崩している。見た感じ、かなり階級の高い人間だ。
「おお、アリサくんも一緒か。ということは……そこの彼が、例の?」
「肯定です」と、翔一の方にチラリと視線を向けた男の言葉をアリサが肯定する。
「彼が、昨日アタシと共鳴現象を起こしたESPに間違いありません」
「そうか……君が翔一くんか」
とすれば、男はズンズンと翔一の前にまで歩み寄って来て。そして彼の方に手を差し伸べ、握手を求めながらで自らをこう名乗った。
「申し遅れてすまない。俺は要、
「……桐山、翔一です」
男――――基地司令・要隆一郎の何とも言えない距離感とフランクさに少しだけ
「それにしても、君がか……」
そうして握手を交わした後、要は何故か感慨深そうな眼で翔一の顔を覗き込んでくる。不思議に思った翔一が「僕に、何か?」という風に訊くと、要はこほんと咳払いをした後で「いや、なんでもない」とはぐらかした。
「ところで、君もESP……超能力者だそうだが。一応確認だが、間違いはないのかね?」
「そうらしいです」と翔一。「色々とありすぎて、まだ混乱してますが……そういう力があることは、間違いないです」
翔一が答えると、要は「そうかそうか」と笑顔で頷き。続けて彼にこう言った。
「疑問はまだまだ山のようにあるだろうが、それに関しては後でゆっくり説明させて貰う。だから今は横に置いておいてくれ」
――――だが、ひとつだけ君に言っておきたいことがある。
「ESPは、超能力者は君だけじゃあない。君だけがおかしいワケじゃあないんだ。その点だけは、どうか安心して欲しい」
「……らしいですね」
と、翔一は隣に立つアリサの方にチラリと視線を向けながら言う。すると彼の視線に気付いたアリサが「何よ」と棘っぽい口調で言うから、翔一は小さく肩を竦めて「なんでもない」と彼女の不満げな視線を受け流し、はぐらかす。
「はっはっは。そう、君も恐らく聞かされていることだろうが、そこのアリサくんも君と同じESPだ。それに……他にも、彼女だってそうだ」
爽やかに高笑いをして要は言うと、チラリと後ろに振り向き、司令室に詰めていたオペレータの一人を視線で示す。
見てみると……そこに居たのは、明らかに少女としか思えないような、小さな女の子だった。
背丈は一五〇センチもないだろう。一四八センチほどか。年頃も翔一やアリサよりずっと幼い。きっと……十四歳とかそこいらだ、間違いなく。綺麗な銀髪の髪は右側で結ってサイドテールにしているし、不健康なまでに白すぎる肌は、アリサと同じく彼女が白人であることを何よりも示している。細めた切れ長の双眸、瞳の色はアイスブルー。スカートスタイルの制服をちゃんと着て、黒いタイツに包まれた細い脚をスッと揃えながら黙々とキーボードを叩き続ける彼女の横顔に……翔一は何処か、氷のような冷たい印象を覚えていた。
「レーア・エーデルシュタイン少尉。彼女も君らと同じESPだ。……レーアくん、彼に挨拶を」
要に言われ、チラリと横目の視線を一瞬向けた彼女は頷き。そして椅子から立ち上がると、機械的にも思えるほどに無機質な動作でこちらを向いて。すると、やはり抑揚のない……何処か無感情とも思える声音で、翔一に対し淡々とした挨拶をする。
「…………レーア・エーデルシュタイン少尉です。戦術オペレータとして、皆さんのサポートに当たっています。……お見知りおきを」
彼女――――レーア・エーデルシュタイン、レーアは軽く、角度にして五度か六度ぐらいの浅いお辞儀をした後で翔一から視線を外し。すると彼女はまるで興味を失ったかのようにスッと踵を返すと、また席に座り直して。そうすれば、何事もなかったかのように黙々とキーボードを叩く作業に戻っていった。
「……僕みたいな力を持ってる人間、皆が戦闘機に乗っているワケじゃないんですね」
彼女は自分の役職を、戦術オペレータと言った。つまり後方支援担当なのだろう。制服を身に纏い、この司令室で延々とキーボードを叩いていたことから、何となく察していたことではあるが。
だから翔一はそれを思うと、要に対しそんな言葉を投げ掛けていた。てっきりESP全てが戦闘機に乗って戦うものだと思っていただけに、レーアのことは彼の中でも少しだけ意外だったのだ。
「あー……まあ、そうだな。レーアくんに関しては色々と込み入った事情があるが……まあ、それは君にも追々話すとしよう」
が、要の反応は何というか、微妙な感じで。どうにもボカされたというか、はぐらかされたような感じはするが……まあ、要の言うことは事実なのだろう。レーア・エーデルシュタインに込み入った事情があるのなら、翔一としても今話されたところで困るというものだ。ただでさえ意味不明なコトが多すぎる中で、更に複雑な事情を説明されても……情報量が多すぎて忘れるか、さもなくば翔一の頭が爆発してしまうかのどちらかだろう。
「――――うーす、要のおっさん居るかい?」
とまあ、そんな風にレーアに関する話題が終わったところで、翔一たちが背にしていた扉が開き。そうすれば向こう側から、そんなラフにも程がある呼び掛けとともに誰かがこの司令室に入ってきた。
「んあ? アリサちゃんに霧子さん……と、誰だコイツ?」
入ってきた彼は、オレンジ色のジャンプスーツ(ツナギ)を着た……機械油で服や身体のあちこちを汚している、見るからに整備員と思しき男だった。
男というより、青年に近いような感じだ。年頃は十九か二十か、それとももう少しだけ上か。少なくとも翔一とあまり変わらないように思える。黒い短髪に黒い双眸、見た目も明らかに日本人。背丈は一六六センチほどと、翔一より低かったが……しかしその身長差を感じさせないだけの凄みが、目の前に立つ油にまみれた彼にはあった。
「む、南か。また何かあったのか?」
「いんや、チョイと予備パーツのリストに不備があってよ。それの報告と……後はアリサちゃんの≪グレイ・ゴースト≫のメンテが終わったって報告だ」
入ってきたツナギ姿の彼、どうやら南というらしい彼は見慣れない翔一の姿に首を傾げつつ、ひとまず報告が優先ということで彼らの横を素通りし。携えていた書類……クリップボードに挟んでいたそれを、基地司令の要に手渡す。
そんな彼の態度は、明らかに下士官の類としか思えない……一介の整備兵でしかない彼が基地司令に接するのとは思えないぐらい、あまりに不作法極まりないものだったが。しかし要は何も気にしていないのか、彼から差し出されたクリップボードを快く受け取り、書類にサッと目を通し始めている。
どうやら、これがこの基地の流儀というか、色のようだった。あまり階級差を気にしない……というのは、仮にも軍隊である以上どうなのかと思いはするが。しかしこのH‐Rアイランド、蓬莱島ではそうなのだろうと、要と南のやり取りを眺めていた翔一はふと思っていた。
「で、どうだったのよアタシの機体は?」
「んー、機体の方に問題は無しだぜ。プラズマジェットエンジンは二基とも絶好調だし、ディーンドライヴにも異常は見られねえ。やっぱり昨日起こったディーンドライヴの異常な挙動と、エンジンのフレームアウトは……アリサちゃんが共鳴起こしておかしくなっちまったからだろうな」
「まあ……でしょうね、分かってはいたことだけれど。ともかく機体に異常が無いなら、アタシとしてはそれで十分だわ。手間掛けさせたわね、南」
「良いってことよ、コイツが俺っちの仕事だからよ。後で珈琲の一杯でも奢ってくれりゃあ、それでチャラよチャラ」
「ふふっ、考えておくわ」
「詳しいことは、おっさんに渡しておいた整備報告書に纏めてあっからよ。暇な時にでも読んでくれや」
アリサと南が交わす言葉を聞く限り、どうやら彼は昨日、あの海岸に不時着したアリサの機体……ええと、確かYSF‐2/A≪グレイ・ゴースト≫だったか。それの点検作業に追われていたらしい。自分にも原因の一端があるだけに、翔一は南に対して少しばかり申し訳なく思うが。しかしここで自分が話に首を突っ込んでもややこしくなるだけだと思い、今は敢えて傍観者に徹していた。
「…………ふむ、確かに数が合わんな。どういうことだ、南?」
「俺っちにも詳しい理由は。ただ、この間の作戦あっただろ? あの後にクロウ隊の機体が二機だったか被弾して、メンテやら修復作業やらで全員てんてこ舞いでよ。多分そン時に誰かしらが帳簿に付け忘れたとか、それともチョロまかしたか、そんなんじゃねーの?」
「まあ、何にせよ数が合っていないのはあまり良いことではない。俺の方からも手配しておくから、詳しい調査を頼む」
「りょーかい。犯人見つかり次第ヤキ入れとくぜ。おっさんも何か分かったら言ってくれ」
要に対し、にししと悪戯っぽく笑った後。南はスッと翔一の方を向き……「で?」と要に改めて問う。
「もしかしてコイツ、新入りか?」
「まだそうと決まったワケじゃあない」
「そうかい。まあ何にせよ、よろしくだぜ。俺っちは
「あ、ああ……。僕は桐山翔一、よろしく」
「おう、よろしくだぜ」
妙にズレた南の冗談に苦笑いをしつつ、翔一も名乗り返し。そうしていると、要が横から「ところで南、アリサくんの機体が不調を起こした原因、分かったのか?」と南に問う。それに南は「さっきもアリサちゃん本人に言ったけどよ」と前置きをしてから、こう続けた。
「機体の方に目立った異常は無し。やっぱり強烈な共鳴現象が原因だぜ」
「ううむ、やはりか……」
「……確実に、どっかの誰かさんのせいってことね」
要が唸る傍らで、アリサが隣の翔一をギロリと睨み付ける。睨まれた翔一は確かに自分が原因だけに何も言えず、困ったように小さく肩を竦めるのみだった。
と、そんな風に翔一がアリサに睨まれていると。すると南は二人のやり取りで何かを悟ったのか、アリサたちの方をじいっと眺めながら「あー……なるほどなるほど」と一人唸り、
「アリサちゃんと共鳴現象起こしたのって、つまりそこのあんちゃんってワケね」
そう言って、独りでうんうんと勝手に納得していた。
「はっはっは、まあその通りだ。彼はアリサくんと共鳴現象を起こし、そして此処にやって来ている。つまりはそういうことだ、南よ」
「みてーだな。……っと、それよりもだ」
高笑いし肯定する要に頷き返しつつ、南は踵を返し。司令室を出て行く……のかと思いきや、何故かレーアの方に近づいて行ってしまい。
「なあレーアちゃん、今日もお元気そうで何よりよ」
………と、何故かレーアに絡み始めていた。
「……可もなく不可もなく、普段通りです。それよりも南軍曹、仕事に戻らなくてよろしいのですか」
「あー、良いの良いの。半分休憩時間みてーなモンだから。俺っちってばヒトの五倍も十倍も働いちゃう働き者だからさ、たまには休憩取らないと死んじゃうって」
「……そうですか」
「ところでレーアちゃん? 週末ってお暇?」
「当直任務、アラート待機がありますので」
「あらら残念。そしたらいつお暇かしらん? この間さあ、素敵なステーキ……っと、失敬失敬。冗談は置いといて、美味い店があるってソニアちゃんに教えて貰ったのねん。良かったらレーアちゃん、俺っちと一緒にどお?」
「……結構です。やることがありますので」
「んもう、相変わらずレーアちゃんってば連れないのねん。でもそこが素敵ッ!」
…………南の絡み方といえば、こんな感じだ。
彼女の座る椅子の背もたれに肘を置き、デスクに手を突き、接近しながら彼女をあれやこれやと理由を付けて誘おうとしていて。だがレーアの方はモニタから視線を離さぬまま、意にも介さぬといった調子でキーボードを叩き続け、必要最低限の返しをしているのみ。その表情も、語気も、さっきと変わらぬ氷のように冷たく、無感情な……言い方は悪いが、いわゆる塩対応だ。よくあの対応をされて折れないなと、遠目に見ていた翔一は思わず南の精神的なタフさに感心してしまっていたぐらいだ。
「…………ええと、アリサ? アレは一体」
が、戸惑いは戸惑いで覚えていて。思わず隣のアリサに説明を求めると、アリサは「はぁーっ……」と呆れ返った風に溜息をつき。そしてやはり呆れた様子で南の様子を、無表情で無感情なレーアにしつこく絡み続ける彼の様子を眺めながら、こう答えてくれた。
「見たまんまよ。アイツはレーアに気があって、事あるごとに絡んでるってワケ。全くしつこいというか、飽きないモンよね」
「ああ……そういう」
「大体よ? レーアが幾つか知ってるかしら? 十四よ十四、もうこれ半分犯罪よ犯罪」
「……言ってやらないでくれ、アリサ。気持ちは分からなくもない…………」
実際、翔一は決してヒトのことは言えないのだ。南ほど超アグレッシヴな攻め方はしていないし、する暇もなかったものの……しかし、まさに今言葉を交わしている彼女に、アリサ・メイヤードに気があるのは事実で。なまじ南の気持ちが分からなくはないだけに、彼も彼でどうにも微妙な顔を浮かべるしか出来ないのだ。
「はは、ははは……。ま、まあ積もる話もあると思うが、立ち話も何だ。一旦場所を変えるとしよう。落ち着ける場所で、君には色々と説明をする」
そんな風な南の様子に、流石の要も引き攣った笑みを浮かべつつ。翔一に対してそう提案し、ひとまず場所を変えることにした。
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