第三章:楽園‐シャングリラ‐/03
リニアを降りると、やはり先行する霧子が「こっちだ」と手招きしてくるから、翔一は彼女に従いホームの隅の方にあった……非常口のような鉄扉を潜り。その先にあった、やはり非常階段みたいな細い階段を昇っていく。霧子とアリサが先に行っていて、最後に翔一が一番後ろを昇っている形だ。
そうして階段を昇った先、突き当たりにあった扉を霧子が開けると、隙間から差し込んでくるのは強烈な外界の光――――茜色に染まる空と、夕焼けの陽光。扉の向こう側へと先に出ていった霧子とアリサに続き、翔一もその扉から外に出て行くと――――。
「これは……っ!?」
――――瞬間、爆音とともに銀翼が三人の上を通り過ぎた。
いや、銀翼という喩えは少しだけ適切ではない。灰色の制空迷彩が施されたそれは……決して、眩い銀色などではないのだから。
翔一の真上を超低空で過ぎ去っていった機影。機首付近に付いた小さなカナード翼が妙に目立つ制空迷彩の機影が、大きなデルタ翼の主翼を広げて大空へと飛び立っていく。
そんな翔一の目の前には、微かに陽炎の揺れる滑走路があり。そして背中側、遠くには太平洋の大海原が望める。此処は蓬莱島だ。間違いなく……あの海岸から、小高い天ヶ崎市から望める、あの島に相違なかった。
「改めて、翔一くん。蓬莱島へ――――いいや、我らが極東方面司令基地『H‐Rアイランド』へようこそ」
茫然と翔一が立ち尽くしていると、彼の方に向き直った霧子が大仰な、芝居がかった仕草と口調で彼にそう言う。翔一は「H‐Rアイランド……?」とうわ言のように呟くが、彼の頭に渦巻く疑問に答えたのは霧子ではなく、彼の隣に立つアリサだった。
「島の正式名称よ。統合軍での……ね」
そうしている内にも、次々と見慣れない機体が滑走路を滑り、離陸し、翔一たちの頭上を飛び去って行く。甲高い爆音を上げて、デルタ形状の翼で夕焼けの大気を切り裂いて。
どれもこれも、全て最初に頭上を通り過ぎていったのと同じ機体だった。エンジンは単発で、デルタ翼機……いや、正確に言えばクロースカップルド・デルタ翼機か。翼の端を切り落としたような格好をしたデルタ型の主翼と、機首にある小さなカナード翼。垂直尾翼が一枚こっきりという見た目は、フランスのミラージュ・シリーズやラファールM、或いはイスラエルのクフィールや、欧州連合のユーロファイター・タイフーンなどの、どちらかといえばヨーロッパ系のデルタ翼機に近いような雰囲気だ。
そう、欧州機によく似ている。似ているが……しかし、どの国のものでもない。頭上を次々と過ぎ去り離陸していくデルタ翼の戦闘機たちは、少なくとも翔一が見たこともないような機影ばかりだった。
「…………」
甲高い爆音を立てながら離陸していく機影を見上げながら、翔一が茫然としていると。すると……同じく離陸機を見送っていた霧子が、そんな彼の様子をチラリと横目に見てこう言った。
「ああ……そうか。あの≪ミーティア≫が珍しいのか、翔一くんは」
「≪ミーティア≫……霧子さん、それがアレの?」
「そう、GIS‐12E。確か……ブロック25生産型の新しいタイプだったかな。我らが国連統合軍の誇る主力機、真空の
「空間、戦闘機……」
やはり翔一の思った通り、あの機体……霧子曰くGIS‐12E、≪ミーティア≫というらしいデルタ翼の戦闘機は、何処の国のものではないようだ。
そして、霧子の言った空間戦闘機という言葉。それを鑑みるに……きっとあの戦闘機たちも、アリサが乗っていたのと同じタイプなのだろう。宇宙空間をも自在に飛び回れる、そんなSFじみた戦闘機に違いない…………。
「尾翼に隼のエンブレムか……アリサくん、アレは何処の部隊だったっけか」
「『ファルコンクロウ』。308スコードロンでしょう、全部。確か今日、この時間は訓練飛行の予定だったはずよ」
「ああ、そうだそうだ。榎本くんやソニアちゃんとも暫く会ってないな。二人とも元気にしているのかい?」
「さあ……知らないわよ、308の連中のことなんて。そんなの、アタシには関わり合いのないことだから」
「連れないねえ、君は相変わらず」
そんな≪ミーティア≫の群れを見上げ、翔一が立ち尽くしている間にも、霧子とアリサの間では何やら言葉が交わされていて。アリサの素っ気ない態度に霧子はやれやれと肩を竦めると、またラッキー・ストライクの煙草を咥えて吹かし始める。
おもむろに煙草を吹かし始めた霧子を見て、アリサは少しだけ嫌そうな顔こそしたが。しかし先程のリニアみたいな密閉空間でなく屋外だから、そこまで小うるさいことは言わず。ただ霧子から多少の距離を取るだけにしていた。
「さてと、まずは歩くとしようか。色々と積もる話もあるだろうが……それは司令とじっくり話すといいさ」
と言って、霧子は咥え煙草をしたままで歩き始める。そんな彼女の背中に向かって「司令……この島、いやこの基地の?」と翔一が問いかけると、霧子はチラリと振り返って「ああ」と頷き。続けてこう答えてみせた。
「我らがH‐Rアイランドの総指揮官殿、
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