【34】幽霊からのヒント【二】
高温多湿のジャングルよりも涼しい洞窟の大地に、一同は腰を下ろした。心に余裕があれば快適に感じるだろう。だが、いまの一同にそのような余裕はない。それに、綾香としては、涼むよりも由香里と斗真を捜したい。
綾香は道子に訊く。
「話って何?」
道子は目に涙を浮かべた。
「もう無理じゃない?」
綾香には道子の言っている意味がわからない。
「無理って何が無理なの?」
「このままだと謎解きができない。由香里と斗真がいなくなってから、ふたりの捜索に集中しっぱなし。体力だってもう限界だよ。ずっとふたりを捜し続ければ、あたしたちは餓死する。ゲートを通る前に全員揃ってゲームオーバーだよ」道子は絶望を口にした。「由香里も斗真も……そして類も……見つからないかもしれない……」
「見つかるよ。だって、じゃないとみんな……みんな……」綾香の目から涙が零れ落ちた。「幽霊なんかに連れて逝かれるわけないもん。みんな生きてるよ」
結菜が綾香の肩を抱きしめた。
「あたしも三人が生きてるって信じてる」
「類が死ぬわけない……」綾香は結菜にしがみついた。「斗真も由香里も……死ぬわけない……」
翔太が言った。
「俺もまだ諦めたくない」
光流が声を詰まらせた。
「けどさ……道子じゃないけど、カラクリが解けないとこの島から脱出できないんだ。こんなに捜してるのに見つからない。これ以上、捜す意味あるんだろうか……」
翔太が光流に語気を強めて言った。
「捜す意味あるんだろうかって、あるに決まってるじゃん! 友達だろ! 諦めろって言うのかよ! 俺は全員でゲートを通りたいんだ! あいつらなしで現実世界に戻ったら、一生、後悔する!」
「やっぱり……あいつらは幽霊に連れて逝かれていかれたのかも……」身も心も疲れた光流はため息をつく。「共倒れだよ……」
翔太は光流に言った。
「このまま現実世界に帰って、悔いて生きる人生は嫌だ。共倒れのほうがマシだよ」
光流と道子は唇を結んだ。
健が光流と道子に言う。
「俺たちは友達だ。だけど、命は自分自身のものだ。このままふたりを捜し続ければ、それこそ共倒れになる可能性もある。
捜索を続けるやつと、抜けたいやつ、別行動するべきだと思う。もしかしたら、あいつらがどこかで助けを待っているかもしれない。はっきりしたことがわからないんだ。俺は捜索を続ける」
命懸けの選択に指図はできない。そして、そのような権利もない。自分の意思で留まるか去るか決断しなくてはならない。
このままふたりの捜索をやめて、現実世界に戻ったら後悔することになる。生きた心地のしない人生は送りたくない。
綾香も健と同じ意見だ。
「もちろん、あたしも捜すよ」
恵は光流に言った。
「斗真を捜し始めてまだ間もないのに、こんな短時間で諦めたくないもん。あたしもふたりを捜す」
別行動……そこまで深く考えていなかった。光流はうつむいた。
(どうすればいいんだよ……。このままじゃ完全にこの島から脱出できそうにない)
頭を抱えて泣く道子。不安と恐怖が心を苦しめる。
「どうしてこんなことに……怖いんだよ……。だって……このままだとあたしたちは本当に……」
翔太が道子に言った。
「後悔したくないんだ。日の出から日没までふたりを捜索して、そのあと謎解きをする時間をつくればいい。まだ諦める段階じゃない。気持ちはわかるけど、諦めるなんて早すぎる」
「翔太……」道子は泣きながら翔太に抱きついた。「どうしていいかわからないよ」
強く抱きしめ返した翔太は、道子の髪を撫でた。
「大丈夫、みんな一緒だ」
由香里がいない教室でお弁当を食べるなんて寂しすぎる。道子にとっても由香里はかけがえのない友達だ。
「できることなら、あたしだって一緒にゲートを通りたいよ」
「全員で現実世界に戻れるって、俺は信じてる」
「でも……このままじゃ本気でカラクリが解けない。答えを理解しないと見えるものが見えてこない。謎解きにも集中しないと、あたしたちはどっちにしても終わり……」
「学校で謎を追究しよう。ひとりじゃないんだ」
「気持ちが滅入っちゃって、もう限界だよ。早く帰りたい……」
「みんなだってそうだよ。でもさ、こんなときだからこそ、一致団結が必要なんだ。俺たちの絆は強い、そうだろ?」
「うん……」
「希望を持とう」
「捜すよ、あたしも……」翔太に勇気づけられた道子は涙を拭った。「ごめんね、ありがとう」
健は一同に訊いた。
「このままふたりの捜索を諦めるやつはいるの?」
光流は全員の視線を感じた。裏切者にはなりたくない。ひとりで行動する勇気もない。それに、由香里と斗真が、ジャングルのどこかで助けを求めていたら……。諦めるということは、友達を見捨てるのと同じことだ。
人見知りする性格の光流は、中学時代はひとりで過ごすことが多かった。類と友達になれたおかげでたくさんの仲間ができた。由香里と斗真もかけがえのない友達だ。
「俺……捜すよ。大事な友達だもんな……心に余裕がなくなると、自分のことしか考えられなくなる弱いやつなんだ……」
「そんなことない」健は微笑んだ。「お前はみんなのことを考えられる、いいやつだよ」
「健……」健の言葉に思わず涙が溢れそうになった。「ありがとな」
健は言った。
「俺たちは友達だ」
光流は笑みを浮かべた。
「うん、友達だ」
綾香は全員を見て確信した。この苦難を乗り越えれば、十三人は永遠に強い絆で結ばれる。みんな一生の親友だ。
「あたしたちの絆が試される試練のときだよ。頑張ろう。人生と同じ、諦めたらそこで終わり。あたしたちは諦めない、絶対に! こんどこそ揺るぎない強い気持ちを持つの! あいつらと一緒にゲートを通って現実世界に戻る!」
結菜が言った。
「『ネバーランド 海外』の主催者、死神は、三十年前のようにバッドエンドを楽しみにしているかもしれないけど、あたしたちは小夜子とはちがう! バッドエンドなんていらない! あたしたちが目指すのはハッピーエンドだよ!」
翔太が言った。
「幽霊には負けない! 俺たちの目標はひとつ! 十三人揃って必ず新学期を迎える! それだけだ!」
綾香は、手の甲を向けた右腕を下に突き出し、光流と道子に目をやった。
「これから先、心を強く持っていこう」
道子が覚悟を口にする。
「もう大丈夫だよ」
光流も力強く返事した。
「俺も大丈夫だ」
一同は綾香の手の甲に、手を重ねていく。
綾香は声を張った。
「絶対になんとかなる! みんな一緒に現実世界に戻る!」
一同はかけ声と同時に気合を入れた。
「なんとかなる!」
道子と光流は顔を見合わせて、意思を確認し合う。気が強い反面、心の不安を感じやすい自分の性格をわかっている道子と同様に、光流も自分の弱点をわかっている。
「俺は脆いところがあるから。もっとしっかりしなきゃって思うんだけど、なかなかうまくいかなくて自分でも嫌になっちゃうよ」
道子は苦笑いする。
「あたしもだよ。気が強いしプライドも高いくせに、落ち込みやすい。思い込みも激しいほうかな。ひとことで言えば面倒くさい女なの。自分でも呆れるくらいにね」
光流は言った。
「頑張ろうな」
道子もうなずく。
「うん。頑張ろう」
諦めずに由香里と斗真を捜す。明彦と純希も同じ思いのはずだ。いまごろ類を捜している。
「明彦たち、幽霊に襲われてなきゃいいけど」健が不安げな表情を浮かべた。「大丈夫かなぁ、あいつら」
「類さえ見つかってくれたら、浜辺に戻ってこれるのに」綾香は言った。「あたしたちは人数が多いからまだいいけど、明彦と純希はたったふたりだから心配だよ」
不安で落ち着かない結菜が言った。
「学校にいるときみたいにワープできたらいますぐ行きたいよ」
「リアルに会えるわけじゃないけど、そろそろあいつらとの約束の時間だ」健はスマートフォンの画面で時間を確認した。「あと二十分で正午だよ。どうする?」
綾香は言った。
「少し早いけど行こうか」
結菜は綾香に言った。
「倉庫だと類がいないから、理沙が気になるんだよね。うちらの姿が理沙に見えるわけじゃないけど、なんとなく気分的に……。明彦と純希も倉庫にはこないと思う」
綾香は言った。
「教室がたくさんあるから、すれちがったら互いに大変だよ」
健が綾香に言った。
「また音楽室でいいんじゃないか? あいつらも音楽室に現れるような気がする」
「じゃあ、そうしようか」綾香はうなずいた。「ここで起きたことを理沙に伝えるのは、現実世界に帰ったらでいいかなって思っていたけど、三人の失踪に関しては説明するしかないよね……」
健も同じ意見。
「そうだな、明彦たちと合流してから理沙に話したほうがいいかもな」
綾香は言った。
「大事なことだからそのほうがいいかもね。学校に行こうか」
・・・・・・
一同が音楽室に意識を集中させていたころ―――
明彦と純希のふたりは倒木に腰を下ろしていた。類はどこにもいなかった。肩を落すふたりは、無言で重苦しいため息をついて、同じことを考える。
(このままだと浜辺に行けない……困ったなぁ……。類のやつどこに行っちゃったんだよ……)
炎天にさらされているふたりの額から汗が滴り落ちた。燦々と輝く太陽を見上げた。眩しくて目を細める。
いつになったらゲートが見れるのか……。
由香里と斗真はゲートを見たのだろうか……。
ゲートは太陽よりも眩しいのだろうか……。
空を眺めるたびにゲートを想像しても、なんの解決にもならない。明彦は、スマートフォンの画面に視線を下ろして時間を確認した。
<8月1日 火曜日 11:45>
「少し早いけど学校に行こうか?」
「賛成。疲れたし休憩しようぜ」
「類がいないから倉庫は辛いよな……」
「理沙には俺らの姿が見えないんだ。関係ないんじゃない?」
「かもしれないけど……倉庫に行くたびに、鏡に手をついて待っている姿を見ると、健気を通り越して……」言葉を躊躇したあと続けた。「なんていうか……異常だよ。類が恋しいのはわかるけど、落ち合う時間を決めているんだ。それなのに、いつ行っても鏡を凝視している。ふつうじゃないよ」
「それは言いすぎだよ。それに考えすぎ。大好きな彼氏が死神のゲームに巻き込まれているんだ。それも異世界、死神の島だぞ。どんな女だって精神がまいるんじゃないの? 立場を逆にして考えてみろよ。結菜だって同じだったと思うぜ」
「そう言われてみればそうかもしれないけど……それだけじゃないような気がして心配なんだ」
「異常に見えてしまう原因は、衰弱した理沙が見えたからだよ」
「それもあるだろうけど、なんか嫌な予感がするんだよなぁ」
「三人が失踪したんだ。いい予感がするやつはいないよ。どっちにしても現実世界に戻るまでは、いろんな心配ごとが続くと思うよ。災難を含めてね」
「だろうなぁ……」と明彦がため息をついたとき、太陽が鈍色の雲に覆われ、雨が降り始めた。
「恒例の土砂降りかよ。さっさと学校に意識を移動させて雨から逃れようぜ」
明彦は、雨水に濡れた手を見つめて唇を結んだ。肉体は雨風にさらされても、意識だけは厳しい環境から逃れられる。そして目覚めると、いつも体が濡れていない。その繰り返しだ。だが、その理由を考えようとすると囁き声が聞こえる。
(考えなくてはいけない。それなのに……考えるのが怖い)
返事がないので純希は言う。
「どうしたんだよ? ボーとしちゃって。行くぞ」
「ああ……」返事した明彦は、綾香たちと同じ教室を選択する。「音楽室に行こう。たぶんあいつらも、倉庫には現れないと思うから」
「そうだな」
目を瞑って意識を集中させた直後、両腕を強く握られた。驚いたふたりは、咄嗟に目を開けた。その瞬間、自分たちの両腕を握る幽霊の姿が見えたのだ。
その驚愕の光景に悲鳴を上げた。
立ち上がろうとしても大勢の幽霊に肩を押さえつけられ、身動きがとれない。幽霊の細い指先が肩に食い込んでいく。
(連れて逝かれる!)
恐怖に体が震えたそのとき、樹木の合間からまなみと男が現れた。まなみと男はふたりに歩み寄り、腕を伸ばしてきた。まなみが明彦の頬に触れると、男が純希の頬に触れた。
ふたりは身を強張らせ、目を合わせた。
(どうする?)
男が純希に言った。
「お前は、俺の手の温もりを感じるだろうか……」
純希は言い返した。威勢がいい言葉とは対照的に、恐怖心から声が震えた。
「気色悪いこと言ってんじゃねぇよ。お前の体温なんか知りたくもない」
「幽霊の俺たちに体温はない。魂の温かさを感じろ……」
顔を強張らせた。
「ますます気持ち悪い……」
「カラクリの答え……真実の中にある現実をあなたたちの腕に残していく。幽霊の手の感触と、指が答えよ……」まなみが明彦を見据えた。「あなたにならわかるはず……いいえ……もう解けているはず……」
明彦は、訝し気な表情を浮かべてまなみに訊いた。
「腕に……カラクリの答え? どういう意味だ?」
まなみは答えた。
「あなたたちの身に起きたことが理解できたとき、ひとつの答えがわかる。そしてゲートに必ず辿り着く」
「俺たちの身に起きたことなら、しっかりと理解してるよ! 飛行機が墜落してから歩きっぱなしだ! 考えなきゃいけないこともたくさんある! それなのにつぎからつぎへと謎ばかりが増える! そのたびに俺たちは頭を悩ませている! もうくたくただ! 全部見ていたならわかるはずだ!」
「あなたたちが推理してきた謎も、所詮は自分たちで創り上げたにすぎない。そしてその謎も、けっきょくはカラクリの答えに結びつく。そう……答えはひとつ。それこそが真実の中にある現実なの」
「何を言ってるんだ? 俺たちが謎を創ってる? 馬鹿らしい……どうして俺たちがややっこしい謎を創らなきゃいけないんだ」
「身に起きたことから逃れるため……」
「そもそも謎はこの島で起きていることだ。スマホの日付と時刻の表示だけは幽霊からのメッセージなんだろ? 綾香から聞いた。だけど、お前たちの話が、どこからどこまでが本当なのかがわからない」
「あなたは真実の中にある現実を受け入れようとしていない。でも、いまそれを説明してもあなたには理解できない。カラクリの答えがわからないかぎり、理解できないの」
「意味がわからないし、その言葉は聞き飽きた」
「あたしたちには時間がない。早く真実の中にある現実を早く受け入れて……あなたは答えをわかっている。受け入れたくないだけ。早くそれを受け入れないと……類君は……」
「類? 類の居場所を知っているのか?」
「捜さなくても近くにいるはずよ」
「どこにいるんだよ! こんなに捜しまわってるのに!」
純希も語気を強めた。
「周囲をくまなく捜した! でもどこにもいない! 嘘つくなよ!」
まなみは静かな声で純希に言った。
「嘘かどうかはすぐにわかる……すぐにね……」
純希は問い質した。
「だったら、あいつの居場所を教えろよ!」
「知ってるんだったらいますぐ聞きたいよ!」
明彦が声を張った瞬間、まなみは類の居場所を言わずに幽霊とともに忽然と姿を消した。けっきょく肝心なことは教えてもらえなかった。
「くっそ!」純希は苛立つ。「肝心な居場所がわからなきゃ意味ないだろ!」
「言えてる」純希と同様に苛立ちを覚えた明彦は、腕に視線を下ろした。指の跡がくっきりとついていた。
純希の腕にも幽霊の指の跡がついていた。
「何が手の温もりだよ。気持ち悪いこと言いやがって」
幽霊に強く握り締められてついた指の跡が、青痣になることもなく消えていった。腕を撫でた明彦は考える。
手の感触と指の跡が答え? 意味がわからない。
これが人間に押さえつけられた指の跡なら青痣になっていただろう。幽霊が本当にカラクリの答えを知っているなら、俺たちに何を伝えたいのか……。あいつらは直接的な答えを言わない。なぜ、言わないんだ?
俺が答えに気づいているとまなみは言う。でも俺は答えに気づいていない。それどころか、解けなくて焦燥に駆られている。はっきり言って途方にくれている。
明確な答えをいますぐ知りたい。そうすれば囁きの原因も、何もかもが解決する。そして空には煌々と光るゲートが見えるはずだ。俺たちは現実世界に帰れる。
やはり……あいつらの言っていることは全部がでたらめで、十三人をあの世に連れて逝こうとしているだけなのだろうか。
だとしたら……どうしていま、連れて逝かれなかったのだろう?
腕と肩を掴まれて動きを封じられた俺たちに逃げ場はなかった。連れて逝くには絶好のチャンスだったはず……。
それなのに、なぜ?
「早くみんなに報告しないと」純希がスマートフォンの画面で時間を確認した。「ヤバい、十分過ぎてる。すぐに音楽室に行こう」
「そうだな」
返事した明彦は、純希とともに意識を集中させた。
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