【35】囁きの恐怖からの解放

 音楽室の壁時計を見上げた結菜は、落ち着かない様子で右往左往していた。机の上に腰を下ろしている綾香たちも、明彦と純希の到着を待っていた。


 綾香が結菜に言った。

 「気持ちはわかるけど、うろうろしてもしかたないよ」


 「黙って座ってられないの。何かあったのかな? 幽霊に襲われてたらどうしよう」


 「人生でこんなに不安になったことってないよね」

 

 「不安どころじゃないよ」


 健が言った。

 「別の教室いたりして。もしかしたら、あいつらも俺たちを捜してるかもしれない」


 「でも倉庫にはいないと思うけど……」翔太が言った。「どうする? 一度、倉庫に行ってみるか?」


 そのとき、ピアノの前に明彦と純希が現れた。一同はふたりの姿を見た瞬間、安心した。しかし、類がいない。


 由香里と斗真を発見できなかったように、ふたりも類を発見できなかったのだな、と話を聞かなくても理解できた一同は肩を落す。


 結菜が明彦に歩み寄った。

 「そっちも見つからなかったんだね」


 明彦は返事した。

 「うん……」


 綾香が言った。

 「いま倉庫にワープするところだったんだよ。なかなかこないから幽霊にでも遭遇したんじゃないかと思って心配したよ」


 明彦は言った。

 「じつは、その幽霊に遭遇して到着が遅れたんだ」


 綾香は目を見開いた。

 「無事でよかった」


 純希は言った。

 「ガチで連れて逝かれると思った。おもいっきり両腕を掴まれたんだ」


 明彦は言った。

 「手の感触と指の跡がカラクリの答えだと言われた。だけど、意味がわからない」


 純希は言った。

 「それから男に顔を触られたんだ。そのあと、魂の温かさを感じるかって、気持ち悪いことを訊かれたよ」


 綾香は幽霊に遭遇したときの状況を説明する。

 「うちらもだよ。あいつらにおもいっきり腕を握られたの。そのあと、腕に残った痛みと幽霊の手の感触が、真実の中にある現実そのものだって言われたんだけど、意味不明なんだよね」


 「俺たちとまったく一緒だ。あいつらは絶対にはっきりした答えを言わない」明彦は言った。「それにここで起きている謎も俺たちが創り上げているだけだとも言っていた」


 「すべて島で起きてることじゃん。なんでうちらが謎を創らなきゃいけないの? そもそもどうやって創るの? 馬鹿らしい」


 「俺も同じことを言ったよ。そしてその理由を訊いても、理解できないというばかりだ」


 「ほんと、いつもそればっかり。理解できてもできなくても、どっちでもいいから答えを教えてほしいのに」


 純希が言った。

 「具体的な答えをマジで知っているのかどうなのか、いまはわからないけど、あいつらは俺らの前に姿を現すたびに、なんでも知っているかのような口ぶりだ。おまけに類が近くにいるとも言っていた。こんなに捜しているのにいないんだ。近くにいるわけないよ」


 驚いた綾香は訊き返す。

 「類が近くに?」


 純希は否定する。

 「近くにいるならとっくに見つけてるよ。そんなわけない」


 綾香も幽霊の話を信じられない。

 「そうだよね。どこに行ったかわからないから捜しているのに。やっぱり幽霊の言うことなんて嘘だらけなのかもね」


 明彦が言った。

 「どっちにしても、小夜子の時代にはなかった現象だ。幽霊の出没は俺たちにとって大きな意味があるんだと思うけど……その意味を訊いても教えてくれない」


 綾香は言った。

 「意味なんてないよ。あいつらはあたしたちを連れて逝きたいだけ」


 明彦は言う。

 「それだけじゃないような気がするんだ。連れて逝くだけが目的なら、俺たちはいまここにいない。両腕を掴まれて動きを封じられたあのとき、完全にあの世逝きだった」


 純希も疑問に思う。

 「そう言われてみればそうだな……。どうしてあいつらは、俺たちを連れて逝かなかったんだろう? 初めて遭遇したときは、すごい勢いで追いかけてきたのに……」


 綾香は言った。

 「作戦を変えたとか?」


 綾香の意見に明彦は首を傾げる。

 「作戦? そんなんじゃないと思うけど……」


 翔太が言った。

 「作戦があってもなくても、俺たちを連れて逝こうとしているのはまちがいない。油断はしないほうがいい。つねに警戒するべきだ」


 明彦は、当然だと言わんばかりの表情で言った。

 「それはもちろんだよ。どんなときも油断なんかしない。それこそ命取りになる」


 純希は明彦に言った。

 「お前が囁きに支配されたら、俺ひとりになっちゃうから気持ちを強く持てよ」


 学校に意識を移動させているあいだ、ジャングルで雨が降っていたとしても、目覚めれば体は濡れていない。その疑問を考えたくない自分がいる。あのとき、囁き声に抵抗できなかった明彦は返事しなかった。

 

 純希はため息をつく。

 「狂った類は見つからないし……本当にまいるよ……」


 「類ね……」健は深刻な面持ちを浮かべた。「その類の失踪を理沙に伝えないと。きっといまごろ心配してる」


 綾香が深刻な表情を浮かべた。

 「どう伝えるべきか……」


 「ありのまま伝えるしかないよ」明彦が言った。「倉庫に行こう。理沙には俺から説明するよ」


 目を瞑った一同は、倉庫にワープした。その直後、不思議なことに、楽しそうな類の笑い声が聞こえた。驚いた一同は、咄嗟に目を開けて確認した。すると、鏡の前に座って理沙とやりとりする類の姿が見えたのだ。驚愕の光景に目を疑う。


 類は近くにいるとまなみが言っていた。明彦と純希は鳥肌が立った。まなみと男の話が嘘ではなかった証拠だ。


 しかし、どこからどこまでが本当なのだろうか?


 すべて本当なのか? 


 それともごく一部なのか? 


 幽霊に腕を掴まれたときに残された指の跡と手の感触がカラクリの答えに関係しているなら、本気で考えなくてはならない。


 だがいまは、それについて考えるよりも、身勝手な類に怒り覚えた。本来の類ではないといえ、許せるものではない。全員が類に怒りを感じた。


 そのとき、道子の視界に理沙が映った。理沙が衰弱して見えた道子は、驚いて目を見開いた。顔色が悪く、生気を感じない。それに室温も異様に高い。


 「理沙が! みんな見て!」


 全員の視線が理沙に集中した。明彦たち以外にも、衰弱した理沙の姿が見えたのだ。しかし、まばたきをすると、いつもの理沙に戻っていた。室温も気にするほどではない。


 慄然とした美紅は、理沙を心配する。

 「超ヤバかった……」


 道子は言った。

 「ひどい顔だった。大丈夫なのかな?」


 翔太が、明彦に顔を向けて訊いた。

 「どうなってるんだ?」


 明彦は首を横に振った。

 「俺にもわからない」


 純希が言った。

 「だから言っただろ? 生気を感じないゾンビみたいに見えるんだよ」


 「理沙がゾンビ?」類が口を開く。「馬鹿らしい……」


 「馬鹿らしい?」純希は怒り心頭だ。「馬鹿はお前だろ! どれだけお前を捜したと思ってるんだよ! こっちの身にもなってみろ!」


 類は言った。

 「捜した? 俺はずっとここにいた」


 類の言葉に全員が驚きの表情を浮かべた。校内にいれば肉体はジャングルで眠っているはず……。それなのに、類の肉体はなかった。つまり、ジャングルを徘徊していたことになる。


 純希は類に言った。

 「嘘つくなよ!」


 類は言った。

 「嘘じゃない!」


 純希は類の襟首を鷲掴みにした。だが、逆に類にねじ伏せられる。抵抗しようとするも、雁字搦めにされて身動きがとれない。

 「この馬鹿力! 放せよ、くそ!」


 一同は純希を助けるために類を押さえ込んだ。「類、やめろ!」と、明彦が類の腹部を抱え込んで引き離そうとした。


 「類! お願いだよ、囁きに負けないで!」綾香が声を張った。「類が負けるはずない!」


 「うるさい!」類は血走った目を綾香に向けた。「俺はここに残る! 島から出ない! 鏡の世界に残るんだ!」


 「馬鹿なこと言わないで! あたしたちは新学期を迎えるの! リアルな理沙に逢いたくないの?」


 「黙れよ!」


 綾香は、大暴れする類の右腕を掴み、翔太が左腕を掴んだ。そのとき、類が暴れた反動で翔太が足を滑らせ、鏡に後頭部を強打して転倒した。


 「いってぇ……」翔太は、頭を押さえて床にうずくまる。「なんだよ……くそ……」


 健が翔太に声をかけた。

 「大丈夫か?」


 綾香が類に言った。

 「友達を傷つけてまで得られるものはない! あたしたちは友達でしょ!」


 類は、頭を押さえて痛そうにしている翔太を見下ろした。その直後、頭の中に囁き声が響いた。


 そのままにしておけばいい―――


 俺のほうが力がある―――


 逆らうやつは痛い目を見る―――


 ゲートは通らない―――絶対に―――


 囁きに抵抗しようとすると、ひどい頭痛がする。類は痛みに顔を歪めた。

 「頭が割れそうだ……」


 明彦が類を不安げに見つめた。類の頭の中に響く囁き声は、自分たちよりも強いものだと感じていた。明彦は類の正面に回り込んだ。そして、類の両肩を掴んだ。


 「しっかりしろ! お前なら大丈夫なはずだ!」


 みんなは大事な友達だ。大切な存在を傷つけてまで欲しいと思うもの……。綾香が言うとおり、そんなものは存在しない。しかし……どうしても手放したくないものがある。その存在は……理沙。


 類は理沙に目をやった。ゲートを通ってしまえば、自分は世の中から消えてしまう、そんな恐ろしい妄想に取り憑かれていた。妄想が現実のように感じてしまうため、ずっと不安だった。


 「ゲートが怖いんだ……わからないけど……」類は涙を流した。「島から出るのが怖いんだよ……理沙と二度と逢えないような気がして……」


 「いいか、よく聞け。囁きの言葉はすべて真逆なんだ。考え方も、これから起きることも、すべて真逆だ。囁きと同じ行動をとったら後悔することになる」明彦は “真逆” を強調して、説得しようとした。「島から脱出しないと理沙にだって逢えない。一生こんな島にいて幸せなわけないよ。囁きの奴隷になってしまったら、島と鏡の世界を永遠に行き来することになる。そんなのどう考えたって嫌だろ」


 冷静に考えれば明彦の言うとおりだ。類は泣き崩れた。

 「俺の存在が消滅するような気がした。本当に怖かった。囁きに従えば恐怖心が和らいで心地よかったんだ」


 明彦は言った。

 「その不安と恐怖心に負けたら終わりだ。俺たちは絶対に新学期を迎えるって約束した」


 「わかってる。このままじゃ新学期どころじゃないって。だけど、囁きに抵抗できなかったんだ」類は全員の顔を見て謝る。「ごめん、みんな……心配かけて、本当にごめん……」


 ようやく類が正気に戻ったので一同は安堵した。必死に類を捜していた明彦と純希も、これでみんなと合流できる。


 「よかった」一安心した明彦は、類と純希に言った。「目覚め次第、歩こう。なんとか浜辺に辿り着けそうだ」


 類は明彦に言った。

 「俺のせいで予定が狂っちゃってごめんな」


 明彦は笑みを浮かべて言った。

 「もういいよ。正気に戻ってくれたから」


 類は翔太に顔を向けた。

 「ごめんな。痛かったよな。みんなを大事にしたいのに……どうして俺は……」

 

 翔太は言った。

 「俺も囁きの支配から抜け出すのに時間がかかったからしかたないよ」


 類は、自分のせいで翔太が怪我をしたのではないだろうかと心配する。

 「ぶつけた頭は痛くない?」


 翔太は言った。

 「たんこぶにもなってないし大丈夫だ」


 「よかった」と、類は翔太に言ってから、小夜子と囁きとの繋がりを一同に打ち明けた。「じつは……小夜子が死神になる直前に、もうひとりの自分の囁きに抗えなかったと叫んでいた。ジャングルで明彦に訊かれたけど、俺は嘘をついた。本当は小夜子にも囁きが聞こえていた」


 一同のざわめく声が聞こえる中、勘づいていた明彦は “やっぱりな” と思いながら念のために質問した。

 「囁き以外に気になることは言ってなかったか?」


 嘘をつかずに言った。

 「気になることといえば……死神になった小夜子に、この姿がお前の人生の末路と言われたことだよ。それに、目の中に死神が棲んでいるとも言われた。あれからずっと気になってる。正直、怖いよ」


 明彦は言う。

 「大丈夫だ、お前は死神になんかならない。心を強く持てば大丈夫だ」

 (じっさいそれが難しい。いまの俺も心を強く持たないとな……)


 類は呟くように言った。

 「心を強く……」


 綾香も類に言った。

 「囁きの原因はわからない。でも、あたしたちは囁きから逃れられた。この先も心を強く持つことで進んでいけると思うの」


 囁きや不安感の症状が無かった純希は、今後のためにも安易な言葉をかけて類を安堵させたくなかった。もう二度と別人のように狂ってほしくない。だからこそプレッシャーをかけた。


 「囁きに負けるということはデスゲームに発展してしまう可能性だってあるんだ。正気に戻れたからいいけど、囁きに支配されたままだったら、俺たちのうち誰かを殺していたかもしれないんだ。そうなってしまえば、それこそ命を奪う死神みたいなものだ。絶対に囁きに負けるなよ」


 ジャングルの中で一瞬だけ殺意が湧いた。あのときの感情は自分でも恐ろしいと思う。

 「純希の言うとおりだな……」と類は言った。


 健が類に言った。

 「もしかしたら、ゲートの中に恐怖を感じる何かがあるのかもしれない。だけど俺たちは、ゲートを通らないと現実世界に戻れないんだ。俺らは絶対に新学期を迎える。リアルな理沙に逢うためにも囁きに負けるな」


 現実世界に戻るにはゲートを通らなければならない。島にいては理沙には逢えないんだ。囁きに負けてしまったら理沙を抱きしめられない。

 「もう大丈夫だ、わかってる。一生島にいたいだなんて絶対に思わないから」


 力強く返事した類は、理沙に目をやった。そのとき、疑問を感じた。会話が長引いているのに、一向に話しかけてこない。鏡に手をついたまま、こちら側を見つめている。時間が止まってしまったかのように静止した状態で座っている。


 類と同じ疑問を感じた綾香は、鏡に息を吐きかけて文字を書いた。

 《綾香だよ》


 綾香の文字に反応した理沙は笑みを浮かべた。

 「元気?」


 理沙が返事してくれたので、綾香は安心した。

 《あたしは元気だよ 理沙は元気?》 


 「元気だよ」


 《よかった》


 類は綾香に訊いてみた。

 「なんだ、大丈夫そうだな。もしかしたら少し疲れてるのかな?」


 綾香は言う。

 「疲れてて当然だよ。だって、ずっと学校に寝泊まりしてるんだもん。あたしたちに心配かけたくないから気を使っているの」


 類は理沙を見つめながら言った。

 「理沙のことだから、やっぱりそうなのかな?」


 「本当に元気なのかな……」と綾香の隣に歩み寄った道子が、理沙の顔をまじまじと見つめた。それから室内を見回した。


 窓は閉め切っており、ドアも閉じているので完全な密室だ。きょうの東京は晴天だ。外を歩けばアスファルトから立ち昇る陽炎が見えるだろう。


 (理沙は暑くないのかな? 現実の理沙と鏡の世界から見ている理沙は、本当に同じなの?)


 疑問を感じた直後、ふたたび理沙が衰弱して見えた。具合が悪そうだ。乾燥した唇の皮が捲れ上がっている。室温も暑くてまるで蒸し風呂だ。これが現実なら理沙は死んでしまう。だが、いましがた会話していた理沙はふつうだった。


 不安を感じた道子は、理沙と目線が合うように屈んだ。鏡に息を吐きかけて文字を書く。

 《生きてる?》


 類が道子に言う。

 「どう見ても生きてるじゃん」


 「なんとなく……」と、類に返事した道子の視界に映る理沙の顔がふつうに戻った。室内も適温だ。


 この現象もカラクリの答えに関係しているのかもしれない……。気味が悪い。不吉なできごとの前触れのような気がした。


 理沙は訊く。

 「この字は誰?」  


 《道子だよ》  


 「生きてるに決まってるじゃん」苦笑いした。「おかしな質問しないでよ」


 《暑くない?》


 「暑くないよ。早く道子に会いたいな」


 《あたしも》


 「ここでずっとみんなを待ってるからね」


 《ありがとう ムリしないでね》


 「言ったでしょ、あたしは丈夫が取り柄だって」


 《わかってる》

 

 綾香が道子に訊く。

 「理沙が衰弱して見えたんでしょ?」


 答える道子。

 「うん。あの姿が現実なら大変だよ」


 「ふつうに見えたり、衰弱して見えたり、あたしもその繰り返しなの」


 「囁きに抵抗したことと何か関係しているのかな?」


 「理由はわからないけど、関係してるはずだよ」と道子に言ったあと、綾香は類に訊いた。「どう見える?」


 類は正直に答える。

 「俺にはいつもどおりの理沙にしか見えないんだ」


 綾香は言った。

 「そっか……あたしも囁きに抵抗したばかりのときはそうだったから、そのうち類にも衰弱して見えると思う」


 類は言った。

 「俺は、ずっとここで元気な理沙とやりとりしていた。だから現実世界の理沙も元気なんだよ。たとえカラクリの答えに関係したことでも、衰弱した理沙なんて見たくないな。心が辛くなりそうだ」


 ‟ずっと理沙とやりとりしていた” と言った類に、明彦と純希は疑問を感じた。囁きに支配されていたときも、類は同じことを言っていた。


 だったら肉体はどこに? 


 囁きに支配されていた類は、自分の行動を覚えていないのかもしれない。本来の意思とは無関係に倉庫とジャングルを行き来していたとすれば、類の肉体は自分たちから離れた場所にあるはずだ。ジャングルは広大だ。まずは類と合流しないことには何も始まらない。


 「みんな」明彦は一同に言った。「俺たちと類の肉体は離れた場所にある。お互いに見つけ合うまでに時間がかかると思う。だから、そろそろジャングルに戻りたいんだ」


 類は言った。

 「ずっとここにいたんだ。寝場所は変わってないよ」


 「いや、そんなはずない」明彦は否定する。「お前の体は俺たちのそばになかった。おそらく、無意識のうちに肉体に戻ったんだ。そのときの記憶が曖昧なら、お前の意思とは関係なく、夢遊病のようにジャングルを徘徊していたはずだ」


 ずっとここにいた……と思い込んでいるだけなのか? 明彦にそう言われると不安だ。囁きに支配されているあいだ、たしかに記憶が曖昧なところもある。


 「自分の体が心配になってきた」


 純希も言った。

 「早いところ類と合流して浜辺に戻ろうぜ」


 綾香は言った。

 「あたしたちも斗真と由香里を捜してみる」


 類は鏡に息を吐きかけて文字を書いた。

 《ジャングルに戻るよ また来る》


 微笑んだ理沙は、小さく手を振った。

 「待ってるね」


 綾香も鏡に息を吐きかけて文字を書いた。

 《あたしたちも また来るよ》


 理沙も笑顔で返事した。

 「うん」


 結菜が明彦に顔を向けた。

 「気をつけてね」


 明彦は軽く手を振った。

 「ありがとう。結菜もね」


 結菜も笑顔で手を振り返した。

 「うん」


 それぞれが身を置く場所に意識を集中させた一同は、一斉に倉庫から姿を消した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る