第6話 決意

 女子とは一度だけ付き合ったことがある。3ヶ月という期間は中学生の恋愛にしたら長い方だと思うが、中身は他のカップルと変わらないものだったと思う。普通に一緒に帰り、普通にデートをした。


「お兄さん。お待たせしました」


 その時でも、こんなに緊張したことはなかったと思う。昨日会ったばかりの女の子と一緒に出かけるのだから当然かもしれないが、それだったらナンパをしている人たちは少し恥じらいという概念が常人とは違うのかもしれない。とにかく、そう思うくらいの体験を今しているのだ。……相手は妹だけれど。


「いや、俺も今来たとこだよ」

「おぉ〜。ますますデートっぽい雰囲気を出しますね」

「決まり文句だろ、許してくれ」


 改めて妹の光を見る。白色のような水色のような、淡い感じの色の生地に金魚が華やかに泳いでいる、綺麗な浴衣に身を包んでいる。中学校の規定で短いポニーテールを作っていた少し長い髪も、いつもと違う髪型をしている。しっかりと編み込まれているそれは、とても時間がかかったものだと思われる。


「いえ、そうでもないですよ?」

「え、そうなの?」

「はい。キュってやって、くるってやって、もう一回くるっとやるとできます」

「な、なるほど?」


 わからん。髪型って複雑なんだな。まぁそれはともかく。普段とは違う髪型も似合っている。


「それじゃ、行こうか」

「はい!」



 ******************



 たまにすれ違う女子の視線が痛いが、それもそうだろうと納得する。なんせ女子から標的にされている男子が普通に女の子と歩いているのだから。しかし、慣れているこの居心地の悪さも、妹がいると余計に不快に思われた。


「……初めてあった時も思ったんですけど」

「うん、どうした?」

「えっと……」


 多分今の状況のことを聞きたいのだろうが、聞いていいものか悩んでいるようだ。……まぁ普通の人だったら触れて欲しくないことだしな。


「いいよ、俺には気を使わなくて。兄なんだし、なんでも聞いてよ」

「は、はい。その、ありがとうございます……」


 なんか消え入りそうな、申し訳ないような感謝をされた気がする。まぁ気持ちはわからないことはない。急に兄妹が現れたって、どうすればいいのか戸惑うのが普通だ。正直なところ、俺もそうだし。


「だけど、ぎごちない感じも新鮮で、なんかいいよな」

「思考が同じでした!?」

「ん?何か言った?」

「いえ、何も。それで、結局何があったんでしょうか」

「と言っても、大したことないけどな」


 俺は今までのことを全て話した。(第2話参照)









「解せぬ!」

「なぜそんな言葉遣いに!?」


 光は話を聞くなり怒り出した。俺としては誰にも自分から言っていなかったことだから——周りは知っていたとしても相談したことはないので、誰かに話せて気が楽になるという場面なのだが。


「なぜゆえ兄上がそんな仕打ちを受けなければならないのでしょうか!」

「あ、兄上!?」

「この光、久住の名の下に全力を持って抗議いたす!」

「久住って武士の名家だったのか?」


 多分違うと思う。


「あそこにいる女の人にも言ってやりましょうか!」

「多分あの人は関係ないからやめてあげて!というか、周りに敵意を向けるな!」

「で、でも!」


 特に何も考えず話したものの、ここまで感情的になるとは思わなかった。やはり容易に人に話すべきではなかったかな。


「俺だってもう慣れたしさ。気にすることないよ」

「いや、ダメなんですよ!」

「え?」

「いや、ダメです!」


 光は真剣に訴える。何かに大きなものに怯えるような、けれどしっかりと守るような声で。


「友達はすごいものなんです!私は今まで通信教育だからわかるんだけど……」

「あーそっか。学校行ってるのは今年からなんだっけ」

「そう、すごいの!なんか、こう。と、とにかくすごいの!だからそんないじめみたいなことがあっちゃいけない!そんな状況になれちゃいけない!」

「平気だって。心配してくれるのは嬉しいけどさ。家族だってまともに一緒にいたことなかったし。慣れてるというより、そっちの方が落ち着くんだよ」

「それを慣れてるというと思うんですけど……」

「事情を知ってる女子とか男子は普通に仲良いから、心配しなくて平気だよ。一部の女子達だけだから、さ」

「それならいいんですけれど……」


 すごく光に心配させてしまっているようだ。嬉しいことだが、人に迷惑をかけるのは嫌だ。


 確かに光は通信制の学校だったらしいから、友達は今年で初めてできたものかもしれない。どうやら親切な友達に恵まれたようだ。俺も少し前までならそんな生活だったな、と思い返す。家族とも長い時間もいたことなかったけどな……。


「あ、そういえばお兄さんやい」

「なんだい、妹よ」

「さっき家族とあまり一緒にいたことない、って言ってましたけど」

「うん。まぁ、おじさんやおばさんにはよくしてもらってるけれど」

「それで、その……」

「ん?」


 なんだこの感じ。なんか、ついこの前もあったような……。


「お母さんと私と……。い、一緒に暮らしませんか?」

「初々しいカップルみたいだな」

「やっぱり思考が同じです!!」


 どうやら、今年は色々と変化のある年になりそうだ。

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