第5話 君への想いは若き向日葵
『どういうことなの。
「どうもこうもないんだよ。今回は少し事情があってだな……」
やっぱりこいつから電話がかかってきた。予測はしていたけれど、あいにく俺には言い訳の方法はまだ見つかっていなかった。
『どんな事情があれば彼女以外の女と出かけるの?ねぇ、教えてよ。ねぇってば!』
「言えたら苦労しねぇって」
とにかく、この電話はただ時間を使うだけだ。長引かせる意味はない。なにしろ、今日夏祭りの初日なのだ。今日さえ乗り切れば……。
『言わなきゃ瑞穂ちゃんに無い事無い事吹き込むからね!』
「それはただの嘘って言うんだぞ」
普通は有る事無い事だろ、とか思いつつ玄関から少しだけ外に出る。
『え、今なんで外に出たの?もう他の女と祭り行くの?』
「その言い方だとお前が彼女みたいだな、ウケる。それに、まだ祭りにはいかない」
『ウケるな!……じゃあ、なんで外に出たのさ』
「家だと危険があるからだ。一度しか言わないし、言ったら電話切るからな」
『は?危険??え、ちょっと』
待って、そんな言葉が聞こえる前に俺は端的に、仮に伝わらなくてもその言葉さえ聞かせておけば相手側が納得するように、電話越しの
「ストーカー。その意味くらいお前もわかるよな。察せ」
そして電波を切るとすぐに家に戻る。この数秒ならバレないだろうか。と思ってるとメッセージの着信が来た。……和紗からかよ、さっき話したばかりじゃん。
『ちゃんと断った方がいい。きっぱりしないと、それこそ取り返しがつかなくなる』
わーお。あの一言でマジで察したのか。まぁ女子の方がそこら辺の事情は詳しいのかもな、どこかの受け売りかもしれないけれど。
「……ナイスアドバイス」
でも、助かった。たしかに俺は甘く見ていたかもしれない。軽く流せばいいと。しかしそれではダメなようだ。それなら今日やることは一つだけだ。
******************
『今週ののお天気です。今日まで晴れていた天気も、明日からは雲行きが怪しくなってきて……』
そんな天気予報が流れている。良かった、今日の花火はちゃんと見れそうだ。
「ほらそこ、良かったなんて顔しないの!明日の方が大事でしょうが」
「いや、どっちも同じくらい大事なんだけれど……」
和紗と2人でソファに並んでテレビを見ていると、背後で母親が朝食を運んでくる音がした。
「2人とも、ご飯できたわよ」
「ん、ありがと」
「ありがとうございます、おばさん」
今日の朝食は、白米とお味噌汁、目玉焼き、ウインナー、レタスだった。……なんか張り切って無理やり品数多くした感じが否めない。
「それにしても和紗ちゃんが泊まりにくるなんて、中学校2年以来?久しぶりね〜」
「まぁ3年生は流石に受験なので……」
「お母さんは和紗ちゃんのこと好きだもんね〜、寂しがってたもん」
「こら、みず!いらないこと言わないの!」
「えへへ〜、嬉しい限りです!」
和紗がくるときのお決まりのやりとりの後、3人で仲良く朝食を食べた。ちなみに父は出張中。和紗も母もこの会話が楽しそうで、聞いてる私も楽しくなる。和紗曰く、私達親子が楽しい会話をしているらしいが。
「ささ、2人とも!祭り楽しんでね!」
******************
「ねぇ和紗ちゃん」
「なぁに、瑞穂ちゃん」
もちろん、朝から祭りに行くわけではない。まずは2人で浴衣を見に行った。高校生になって2人とも少し身長が伸びたので、ちょうど新しいものを買いに行こうとしていたところ祭りもある。そして2人でお泊まりしたということで今日買いに行くことになったというわけだ。
「私と賢吾くん、大丈夫かな」
一旦私の家に帰って着物を着つけている途中、私は正直に不安を打ち明ける。4年も付き合っていて初めての浮気疑惑なので、飽きられたのではないか、などという思いがやまない。
「そこは大丈夫だと思うよ?4年も付き合ってたら、少なくとも私は他に目移りなんて到底できそうにないもん」
「ほら、でも男子ってそういうところない?いい加減というかなんというか……」
「うん、あるね」
「ほらやっぱり!?」
安心させてくれる流れじゃないの?私はこれでも今までで一番不安で悲しいんだからね?
「でも井副くんなら大丈夫だよ」
「え?」
「男子にいい加減な人は確かに多いよ?私もそういう人をたくさん見てきた。でも、井副くんは、そうじゃない」
——そうじゃなかったら、瑞穂ちゃんを譲ってないから。そういって、和紗は強い意志のある瞳で私のことを見つめる。私と賢吾の関係を、2人なら大丈夫という確信がはっきりと見える視線だった。
「それに、瑞穂ちゃんは井副くんのこと好きでしょう?」
「うん」
「それならなおさら平気だよ。それに……」
「それに?」
和紗は私を慰めるように、優しく頭を撫でた。その手は、なんども私を勇気付けてきたものでその安心感は測ることができないほどなのだ。
「瑞穂ちゃんは私が1人にさせないから」
「和紗ちゃん……」
この子はなんでこう、いつも……。和紗の優しい手は私の後頭部を優しく撫でる。着付けを手伝ってもらっていたのもあり、距離は近かった。和紗は一歩、また一歩と近づいてきて……。
「ゴフッ!」
……私の拳が見事鳩尾に決まった。
「今何しようとしたの?」
「瑞穂ちゃん、今本気でやったでしょ……」
「誤魔化さないで、佐倉さん。私たちは親友だよ?調子にはならないでね」
「はい、すみませんでした……」
何はともあれ、着物の着付けも終わり時間も16時を回っていた。
「まぁとにかく、2人なら大丈夫だよ。心配しないでいいと思う」
「そっか」
「それじゃ、行こっか」
「うん」
新調した浴衣は、小さく向日葵が若々しく描かれている。和紗ちゃん曰く、私を表している花らしい。向日葵は太陽を追って咲く。まるで一途な恋心のように。
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