第3話 私の恋は一輪の月草
ところで皆さん、月草……もうカタカナでいいですね。ツユクサの生態を知っていますか?まぁ知らなくてもいいんです。今回は一輪の、というところが重要なので。
ツユクサは長い間咲いているように思うかもしれません。至る所で見られますから。でも実は、一輪一輪は朝咲いてその日の午後にはもうしぼんでしまうんですよ。束の間の輝きというものでしょうか。
……もうお察しいただけましたか?そうです。私——
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小学校6年間、中学校3年間、高校3年間。私の地元では合計12年間を同じ仲間と共にするんです。当事者たちにその意識はなくとも「来年もまた同じ」という安心感は誰もが持っている。特に私は、それに早めに自覚していたのでした。だから周りからは、仲間意識の高い女子程度に思われていたと思います。自分でもそう思います。一度仲良くなったら絶対に手放さない、人によっては執念の類に見られるかもしれないそれを私は持っていたのでした。
天音瑞穂。私の最初の友達にして最高の親友です。小学生どころか、保育園から一緒です。家も近いので今でもよく家で遊びます。瑞穂ちゃんはとてもいい子なんですよ。自分の発言にはしっかりと責任を持って物事をこなす。人に頼らないというわけではないんですよ?でも、自分の起こした火は自分で消したいタイプなんです、あの子。
そんな瑞穂ちゃんは不器用なんです。先程は人に頼らないというわけではない、と言いましたが、それでも頼むのは苦手なんです。だからこそ私が
さて、そんな彼女に。瑞穂ちゃんに彼氏ができました。まぁ健気に頑張ってきたあの子に、惚れる人がいてもおかしくないでしょう。——たとえそれが、同性だとしても。もちろん、彼氏は男子ですけれどね?
ということで、
親友を大切にしてくださいね、ってこと。
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「ごめん瑞穂ちゃん、もう一回言って?」
「だ、だから!彼氏ができたの!」
あれは中学一年生の頃だった。親友に彼氏ができたのだ。それは初めてのことで(親友は瑞穂しかいないし、瑞穂の最初の彼氏であるのだから当たり前である)、どう反応すればいいのかわからなかった。
「お、おめでとぉ〜!」
それでも、喜ばしいことだという実感はあった。仮に中学生の一時の迷いのような交際だったとしても、“初めて”ということは大事なものである。記憶に残りやすいだろうし。
「ありがと。……和紗ちゃんだけに構えなくなるけれど、拗ねないでね?」
「そんなことあるわけないよ〜、流石にね?」
だから、私にとっても貴重な経験になった。いや、貴重なんて言葉で表せていいものではないのかもしれないが。
「大丈夫!瑞穂ちゃんに彼氏だろうと婚約者だろうと、何ができても私は瑞穂ちゃんの親友だよ!」
「うん、ありがと。私もだよ」
親友に初めて彼氏ができた。そして初めて、心臓が誰かに掴まれたような、強い痛みを知った。
それからは、瑞穂と距離を取った。嫌いになった、というわけではないし避けているわけでもない。どれかというと、控えているという表現が正しいと思う。だって初めての彼氏である。瑞穂ちゃんは不器用だし、一緒にいる時間は多いほうがいいに決まってる。私なんかが独り占めして良いわけない。執念深い私だって、引き際くらいはわかっている。少なくとも、私はそのつもりだ。朝一緒に登校しない、お昼休みに他のグループと食べる、放課後一緒に下校しない、夜に通話しない。そんな生活が一年ほど続いた。
しかし、今までの毎日が全て変わったような生活になれば、瑞穂も違和感というか不快感を覚えたらしい。
「どうして私を避けるの?」
ある日、屋上に連れ出されてこう言われた。
「私と賢吾くんに気を遣ってるの?」
「そうだよ。私なんかが瑞穂ちゃんを独り占めしちゃうのは井副くんに悪いし」
この時の瑞穂ちゃんは怒っていた。……多分、間違って瑞穂の分の個数限定特製プリンを食べた時より怒ってる(今まではこれが最大の事件で、機嫌を直してくれるまでに一週間かかった)。
「なんで和紗ちゃんが気を遣うの?」
「だから、瑞穂ちゃんのためで……」
「全然私のためになってない!」
瑞穂は言い切った。あまりにも早い回答で、私はしばらくなにも言えなかった。
「私は和紗ちゃんの親友だよ?なんで一緒にいちゃいけないの?私は和紗ちゃんといたいの!」
「……!」
「お願いだから、私に『和紗ちゃんと居られないなら、付き合わなきゃ良かった』なんて後悔をさせないで」
瑞穂は言った。普段は不器用なくせに、こういうことはきっぱりと言ってしまう。すごい子だ。だから私は。
「そんなこと言わないでよ!私だって辛いんだよ!」
「え?……和紗ちゃん?」
ついつい怒鳴ってしまったが、心にあるブレーキはもう壊れていた。本などではよく、ダムの崩壊などと表現される状態である。
「一緒にいてなんて言わないでよ!私だって……」
もうどうにでもなれ。後の祭りだ。
「私だって、瑞穂ちゃんのことが好きなのに!」
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そのあとは、脱力感に満ち溢れていた。でも、瑞穂との会話はしっかりと覚えている。
「和紗ちゃん、私のこと好きなの?」
「……うん」
「恋愛対象として?」
「……うん」
「そっか」
瑞穂は何か思い詰めるように遠くを見つめていた。
「……瑞穂ちゃんに彼氏ができたって聞いたときにさ、胸がすごく痛んだの」
「……うん」
「でも、瑞穂ちゃんにとってはそれが幸せなんだろうし、私なんかのために時間を割かせるのは酷なお願いでしょう?だから、会うのを控えてた」
それが私にも瑞穂にもいい距離だった。私はそう信じていた。でも瑞穂は違ったらしい。私だけが、楽な道を探していた。自分勝手だった。
「……それなら、私の方が和紗ちゃんに酷なお願いしちゃったね。自分勝手なのは私だよ」
「え?なんでそうなるの……?」
「だって、多分私の気持ちは変わらない。でも、和紗ちゃんに一緒にいてって言ってるんだよ?」
「……」
「好きな人が自分じゃない誰かといるところを見せておきながら、一緒にいろなんて酷でしょ?」
「そう……かも?」
「和紗ちゃん」
この子は、なんて優しいんだろう。私の気持ちを知ってなお、一緒にいてくれるらしい。
「親友として、ひどいことをお願いします」
あぁ、やっぱり。
「私と一緒にいてください」
私は、瑞穂のことが好きだ。その気持ちが変わることはない。
「……はいっ!喜んで!」
これが、私と瑞穂の関係だ。
「あ、ちゃんと親友としてだよ?そこはちゃんと謝るけれど」
「うん、もちろん!」
そして、私たちは高校生になっても関係は変わっていない。
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