第2話 軽薄

 女は、軽薄軽くて薄いな生き物だ。それが僕、竹島たけしままことが今までの人生の中で出した結論である。自分のことしか考えず、自分のためにしか動かない。目的のためには自分をも殺し、他人を可能な限り利用する。利用された人のことなど考えてもいない。


 最大の、とは言わない。だが僕は、女同士の凌ぎを削る戦いに巻き込まれた被害者であることに間違いはなかった。



 ******************



「お試しでいいからさ、ね?」


 僕に人生で初めて彼女ができた時に聞いたのは、そんな言葉だったと思う。今となってはお試しってなんだ、という感じだけれど。







 手前味噌ではあるが、僕は顔立ちはいい方だった。性格に難があるわけでもなかったので、小学生の頃から男女関係なくそれなりに周りに人はいたものだ。


 環境が変わったのは、中学に入ってからだった。小学6年生の頃から少しずつ付き合い始める人たちが出てきたが、中学ではその勢いは増した。これこそが所謂いわゆるリア充、非リアの区別の始まりなのであるが、僕はそれに見事に巻き込まれたわけだ。


「小学校の頃から好きだったんだ。とりあえずお試しでいいからさ、ね?」


 お試し。しかしそれは、付き合っていることに変わりはない。つまり、自分のステータスに新しい肩書きが書き加えられるわけだ。この区別は特に女子間で多く強調され、また恋人ができるということに調子に乗った一定の男子たちの間でも行われていた。


 知らない人、もしくは気づかない人はこれから先もずっと知ることはないのだろうことなのだけれど、実はこの区別はで行われているのだ。つまり、Aくんの元カノがBくんの今カノだったり、Cさんの元カレがCさんの親友Dさんの今カレだったりするわけだ。まぁ中学生の恋なんて続くことなど多くはないので、容姿などで選びがちなお年頃である。選ばれる人たちも多くはない。そして、僕はこの小さな範囲に入れられてしまったわけだ。


 今思えば、一番長く続いた彼女は最初の子だった。『小学校の頃から好きだった』という言葉に嘘はないらしく、そして僕も初めての彼女ということもあり、初々しくもしっかりとした付き合いをしていたと思う。この頃の僕は恋にときめく中学生ではなかったが、相手が自分のことを好きになってくれたのだから誠意を持って返さねば、などと考えていたため相手のことを好きになろうと努力した。もともと人のことは嫌いではなかったので、いい感じであったと思う。


 付き合って3ヶ月。別れを切り出してきたのは彼女からだった。理由は『他に好きな人ができたから』。ありきたりな理由だったけれど、やはり中学生の頃の僕は純粋にその言葉を受け止めた。好きになりかけてはいたが相手がその方が幸せならそれでいい、なんて思っていた。ここから始まる地獄なんて知らずに。






『友達からでいいからさ』

『とりあえず付き合ってみない?』

『彼女いないんでしょ?とりあえずキープって感じで』


 聞き飽きた言葉たちである。最初の彼女と別れた後、付き合っていた経験のある僕は見事に女子たちの標的となった。顔良し、そして付き合っていた過去があるのでである、と認識したのだろう、次々に女子たちが寄ってきた。まるで餌をもらうために媚びる猫のように。


 初めは僕も一人一人に心を込めて接していたが、徐々に違和感を覚え始める。なんせ、付き合い始めて一週間そこらで去っていくのだ。そして、恋人ってなんだろう、という疑問が浮かぶ中、その解答を僕の想定外の形で答えた人物に会うこととなる。


『ずっと前から好きでした』


 それは、後ろに取り巻きの女子3人を連れてそう言ってきた、女子の中でも一番牛耳っていそうな人である。僕に近づいてきた女子の中でもっとも僕に悪影響を与えた人物であり、この出来事こそが僕が世界学生生活規則恋人の循環に気づくきっかけになるわけだが。


『ずっと前ってどのくらい?つい最近まで確か秀樹ひできと付き合ってなかったっけ』


 僕は純粋にそう問うた。疑問だったのだ。過去に付き合ったことをなかったことにするのか、それは相手に失礼ではないのか。そんなようなことを思った。否、口に出ていたのかもしれない。なぜなら、彼女は取り巻きと一緒に睨みながらこう言ってきたからだ。


『なによ、少し顔がいいだけで付き合えるからってそんな屁理屈言って。こっちは付き合ってやってるんだから、むしろ感謝しなさいよ』


 ——覚えてなさい。そう吐き捨てて、去っていった。


 次の日から、裏で“軽薄な女たらし”というあだ名が僕に与えられた。そして僕だけではなく、僕に近づこうとする女子にも被害が及んだ。そのおかげで僕に近づく女子は減ったわけだが、状況的にはあまり喜ばしいものではない。そして、今の今までこの状況は続いているのである。



 ******************



「ねぇ、井副君。明日の祭り、一緒に回れない?」

「あ〜、どうだろう。予定確認してみるよ」


 高校一年生。この地域は進学校は少ないため、知った顔が多い。今祭りに誘われている、井副賢吾もそうである。


 井副賢吾は、俺の知る中で唯一と言っていいほど珍しく長く続いている彼女がいる。まぁどちらとも知り合いなわけではないけれど、有名なカップルだから情報は知っていた。……まぁ逆にこれくらいの情報しか知らないのだけれど。


 俺には不名誉なあだ名(と呼べるかは定かではないが)が付いているため、あまり女子も男子も近づかない。まぁこうして一人で過ごしているだけで、周りに迷惑をかけないのならそれはそれでいいことなのかもしれない。







「竹島先輩。話があります」


 帰り道。校門を出ると女子に待ち伏せされていた。制服から察するに僕(というかここの高校のほぼ全員)が通っていた中学の子だろう。……周りからの、特に女子からの痛い視線を感じる。この子を巻き込む前に返したほうがよさそうだ。


「えっと、君の名前は知らないけれど。何の用かな」

「私は久住くじゅうひかりと言います。あなたの一つ下の後輩です。そして要件は……」


 はっきりとした口調。決意を持った眼。それは周りの視線の鋭さに負けない、強いものだった。


「要件は、あなたのことが好きだということです。私は今日、告白しにきました」


 あぁ、もうやめてくれ。周りの女子たちがどんどん敵意を表に出してきている。あるいは殺意かもしれないそれは、明らかに僕よりも久住に向いていた。高校の前で一人で待ち伏せをするのは相当の勇気がいるだろう。健気で、それはまるで初めて付き合った彼女のようで。けれど、それだとしても。


「返事は別に急ぎませんが、祭りに一緒に行けたらいいなと思いましたので」


 こんな素直でいい子なのに。僕がどう動いたとしても、批判の嵐が来ることは目に見えている。それはとても可哀想だ。せめて学校の前でなかったら良かったのに。ごめん。本当にごめん。


 今の僕に、この状況での僕にできることは、ただ立ち尽くすことのみだった。

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