夜空に花火が咲く頃に

星宮コウキ

第1話 君の嘘は夏に咲く

「ねぇ、井副いぞえ君。明日の祭り、一緒に回れない?」

「あ〜、どうだろう。予定確認してみるよ」


 そんな会話が飛び交う教室。そう、学校の行事も一通り終わって、生徒のみんなが夏休みモードに入っているのだ。地域の夏祭りも近くなり、男女ともにはしゃぎ出す季節になった。


瑞穂みずほちゃん、明日の祭りをどうするの?」

「あぁ、うん……」

「もー、上の空だよ?こんにゃろー」

「う、うん。ごめんごめん」


 因みにこんなにやる気のない私こと天音あまね瑞穂ではあるけれど、実は私もはしゃぐ側の人間なのだもいうことを認めなければならない。なぜならそれは。


「やっぱり彼氏と行くの?」

「んー、どうだろ」

「もー、毎年そうなんだから。それで結局一緒に行けないし」


 私には、恋人彼氏というものがいるからだ。



 ******************



「あ、賢吾けんごくん」

「悪い、瑞穂。待たせた」


 帰り道はなるべく二人で帰るようにしている。中学校1年の頃からの、二人の決まりだった。さりげなく手を繋いだりもする。


 小学校はずっとクラスが同じだった。6年間も1日の大半を共に過ごしている人が仲良くならないわけもなく、私たちもその例外ではなかった。


 中学1年生の時に、賢吾くんから告白された。この時はまだ好きがどうの恋がどうのなど、明確に理解していた時期ではなかったように思う。けれど一緒にいることは苦では無かったし、話していて楽しかったから断る理由もなかった。


 そして今、高校1年に至るわけだ。もう四年目。同じ高校なのは、二人で同じ高校を受けようとしたわけではない。私はそんなミーハーではないことを理解していただきたい。ただ、頭のいい県立は近所にここだけだったということだ。だから、賢吾彼氏以外にもずっと同じ学校の人たちは何人もいる。実際に、親友の佐倉さくら和紗かずさもそうである。


「そういえばさ、今年の、夏祭りなんだけど」

「あ、あぁ。どうした」

「いつもは、2日間、回ってるけど。今年は、最初、和紗ちゃんと、回りたいなって、思って」

「そうか。わかった」


 私たちの地域では、2日間の夏祭りがある。そこまで大きいものではないが、伝統がある(らしい)ので地元の人はほとんどが参加している。そのためとても賑やかなものとなるし、当然のことながらデートなどにも使われることが多い。


「俺も、友達に誘われてたからどうしようかと思ってたんだよ。毎年断るのは、気が引けてくるからな」

「うん、そうだよね。流石に和紗ちゃんに構ってあげないと、あの子拗ねちゃうから」

「ほんとにお前たち仲良いよな」

「まぁ親友だからね」

「あ。じゃ、俺こっちだから」

「うん。またね」


 彼はに持っている手提てさげ袋を持ち直して、遠ざかっていく。私もまた、の荷物を持って帰路につくのであった。








『じゃあ、1日目は一緒に回れるんだね。やった!』

「そこまで大袈裟なことじゃないって。和紗ちゃんはいつもそうなんだから」


 今年で10年目の付き合いになる親友の和紗とは、ほとんど毎日電話をしている。和紗がどうしても電話したいらしい。……まぁなんだかんだ言って私も通話を楽しんでいるのだけれど。


「でも、今年になってようやく2日連続で彼氏と回らなくなったんだね」

「そりゃ和紗ちゃんと回りたかったし、あっちも友達に誘われてるみたいだったから」

「友達、ねぇ」


 和紗が意味深な間を空けるが、。とにかく、明日は祭りなのだ。


「……ねぇ、瑞穂ちゃん。今からそっち行ってもいい?」

「あ、どうしたの急に?」

「いいからいいから。じゃ、5分くらい待ってて」


 理由は特に述べずに電話が切れてしまった。どうしたんだろう。心なしか慌てているように見えたけれど。と思っていたら、5分も経たずに家のチャイムが鳴った。


「流石に早いよ。なんでそんなに飛ばしてきたのさ」

「らって、瑞穂ちゃんのこと心配なんらもん……」

「はいはい、とりあえず上がって息整えて」


 和紗は、たまに無駄なところで全力になることがある。全く、心配するのはこっちなんだから、自分のことをもう少し大事にしてほしい。


「いや、無駄なところとは心外だな。ちゃんと意味のあることだもの」

「そう?じゃあ、どんなこと?」

「それは自分でもわかってるでしょ?私が言いたいこと」

「……」

「なんで今年になって、彼氏と行かないって言い出したの?」

「だから、それは……」

「あぁ、じゃあ聞き方を変えるよ」


 私が言い終わる前に、和紗は私の言葉を遮ってこう言った。彼女が真剣な時の、それこそ全力の時の声音で。


使?」



 ******************



「え、どういうこと?」

「とぼけないで。それを確かめるためにわざわざここまで来たんだから」

「別に電話でもいいじゃん」

「瑞穂ちゃん声だけだと、誤魔化すの上手じゃん」


 ——声に感情を乗せないの、得意だよね。和紗ちゃんはそう言った。そのためなら、別にビデオ通話でも良かったじゃん。


「それで、瑞穂ちゃんも聞いてたんでしょ?」

「だから何を……」

「彼氏が祭りに誘われてるところ。聞いてたでしょ?」

「いや、だって……」

「瑞穂ちゃんの後ろで誘われてたじゃん、

「……」


 和紗は淡々と話していく。こういう時の和紗は意志が強いのだ。面と向かって話しているのもあり、嘘をつくことは難しい。いや、どんなに巧みに騙そうとしても和紗にはすぐに気づかれるだろう。


「瑞穂ちゃんお人好し過ぎだよ。浮気しようとしている彼氏に気を使うなんて」

「浮気じゃない」

「祭りに他の女子と行くってことでしょ、あの話し方だと」

「浮気じゃ、ない」


 私はもう一度、力を込めてはっきりと言う。振り絞るように。


「和紗ちゃんが、気を使ってくれるのは、嬉しいよ。でも、大丈夫だから」

「そう?私には悔しくて涙を堪えている親友が目の前にいるんだけれど」

「だとしたらそれは和紗ちゃんのせいだよ〜〜」

「はいはい。ほら、おいで」


 今まで抑えていたものが、一気に溢れ出てきた。それを和紗ちゃんは受け止めてくれた。……今まで何度も彼女の腕の中で泣いてきた。でも、今回のが最大の案件であることは間違いない。ことは、私の初恋相手なのだから。それに関することは和紗に相談してきたが、こう言ったことは初めてだった。だからこそ、不安でもあったのかもしれない。







「落ち着いた?」

「うん。ありがと」


 まだ少しだけぐるぐるした思いは胸の中にあるけれど、だいぶ落ち着いた。


「それで、瑞穂ちゃんはどうするの?」

「まぁ、賢吾くんが嘘ついたのも理由があると思うし。今度ちゃんと話してみるよ」

「瑞穂ちゃんは井副くんのこと大好きだもんね〜」

「そこまでじゃないし」

「そこまでだよ、側から見たら」


 私は体重を和紗の肩に預けた。こうやってもたれていると、とても落ち着いてくる。


「ありがとね、毎度毎度」

「いいんだよ、私のお節介でもあるわけだし」

「それでもだよ。ほんとにありがと」


 私が思い詰めてる時には、勘付いて助けてくれる。例えそれがお節介だとしても、私にとっては救いなんだ。——これが親友なのかな。なんて思いながら、気の済むまで和紗に体重を預けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る