第2話:人間の街を焼く



 オレ、ことジンガイは、


 胡散臭い女神に、オレのような『怪獣』が集められた世界に連れてこられてから、


 大体、1年がたった。



 あんな、自分の欲望に正直で、それが狂気だって気付いていない真性の狂った女神だがまぁ……


 ここは住み心地が良かった。


 少なくとも、まだ傷が治りきってないオレの身にはありがたいぐらい、星を覆うマナが豊富だった。


 で、なんだが…………


       ***



 ボォン!!


「うわぁぁぁ━━━━━━━ッ!!」


 ズゥン!!


「あぁッ━━━━」




 ━━━キュルッキュララァァァアアアアァァァァァァァァァッ!!!




 町が踏み潰され、燃え盛る。


 ここは荒野の小国、ブヤシ。


 現れた大怪獣ジンガイにより、蹂躙され、燃やされていた。





「魔導師部隊、前へ!!」


 その巨大な災害を前に現れる勇敢なる魔法騎士団たち。

 魔導師の証のローブをまとい、魔法石の輝く荘厳な杖を構え、目の前の災害へ立ち向かうべくその時を待つ。


「行くぞ!!極大魔法展か━━━━━」


 ボン、ボン……ズドォォォォン!!


 そんな彼らを飲み込む、暴力的なまでの火炎の奔流。

 ジンガイの放ったプラズマ火球が大地を砕き、焼き尽くしていく。






「魔導師たちがやられている!

 一時撤た……うわぁぁぁぁ!?!」


 ズドォン!!


 空からやってきた竜騎兵をも、2、3度目の火球で叩き落とし、燃え盛る死骸を街に落として炎を広げる。




「弾はまだかー!?あ……!」


 王城の城壁の上、大砲の装填を急ぐ兵士たちの前に、ぬぅとその黒い巨体が現れる。


 グルルルルル…………!!


 ガシン、と城壁に摑みかかる巨大な腕。

 その亀が直立したままと言わんばかりの姿の怪物は、城壁からヌゥ、と上半身を壁の内側に伸ばす。


 この場に勇敢な兵士ならば、城壁に掴まれた腕を槍でさすなり、大砲に火をつけるなりして抵抗できたかもしれない。


 しかし、その場の誰もが、


 その巨大な姿に腰を抜かしていた。





 ━━━━白目の見えない緑に輝く獰猛な目。

 下に見える凶悪な口は、下顎から2本の鋭く巨大な歯がむき出しになっている。

 城壁を掴む岩のような体表の、鋭い爪をもつ巨大な手。


 亀の腹、と書けば脆そうなのに、鋭い鱗が集まったような甲羅の胴体の腹は、明らかに刃が通らないような硬さとわかる、タイルが敷き詰められた王宮の床のような模様で……


「あ……あ……あぁ……!」


 あるものは、見上げただけでガタガタと震えるだけであり、


「うひ、うひひひっ!ひひぃーッ!!」


 あるものは、正気であることをやめて失禁しながらただ見上げていた。





 ━━━━燃える街に照らされる黒。


 それは、絶望か、災禍そのものか。






 キュルッキュラララアアアアアァァァァァッッッ!!!







 ただただ、そこにいるだけで恐ろしい。


 まさに……「怪獣」としか言えない物がいた。


       ***



 あったな、あそこだ。


 このデカい城の中、デカい庭のデカい布張りの建物!


 あそこに……いる。


 知らない人間と……知ってるエルフ。


 人間の耳が長くてやたら長生きらしいやつ、俺の住んでいるところの隣人。


 たくさんいるなぁ、にしても……!



 そこは、要するに『市場』。


 なんのだ?


 ━━━━『奴隷市場』、だ。


 俺が顔を出してようやく逃げ始める、なんか身なりが良いらしいフリフリした格好やら白黒やらの人間と、


 ひん剥かれたエルフの女どもだ!!


 鎖に繋がれてるだなんてよぉ……似たようなもんじゃないか。それを動物扱いとは悲しいぜ。訳分からん。



 …………グルルルル……!!



 ……俺とアイツらは、別に仲良しじゃあない。

 何故か俺の言葉が分かるから、手を出さなきゃ暴れないと言っているだけだった。


 ……さっき、族長とかいう顔の若い割に年寄りみたいな物腰の奴が血だらけでやってきた。


 森が焼けてる匂いがしたあたりだったから嫌な予感がしたらよぉ…………




「頼む……!我が部族の女達を……!!

 我が娘を……救ってくれ……!!」




 ……頼む相手間違えてないか?


 言っておくが、俺はお前らと仲良しじゃあない。


 水を汲んでいるのを邪魔しないだけ、お前らも俺が散歩しているのを邪魔しないだけ。

 隣に住んでいるだけだ、干渉はお互いしないのが良いだろ?


 …………夜に湖のほとりで何か楽器を弾いているアレは、まぁ嫌いじゃあなかったけどな。


 だからといって、頼みを聞く義理も、死を見届ける義理もない。











 まぁ、


 オレが住んでいる森を、焼かれたんだ。



 怪獣のオレは、焼いたやつらの街ぐらいは焼くさ。



 ついでだ…………






 ━━━━奴隷市場も焼いておくか。





 ボォンッ!!!


 うわぁぁ!!キャーッ!!




 ほうれ、逃げろ逃げろ。人間は焼く。

 ほら、エルフの女共もさっさと逃げろ。

 お前らどうせ手枷外すぐらいはできるだろう?

 手先が器用なのは、ここの所ずっと見てたしな。


 ……お、あれが娘だったな。目があった。


 うなづいて、すぐ周りのエルフ達を引き連れて走り出した。いいぞ、さっさと帰って死にかけてた親父を助けてやれ。


 俺の住処に死骸があるのも嫌だから、マナを与えて命だけは助けておいた。


 …………さぁて、仕上げだ。


 俺の視線は、あのとんがり屋根のお城だ。



 スゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………!!




 お前ら、『森を焼いた』、ってことは、


 お前らの街も、お前らの城も、





 ━━━━ボォォォォォンッッ!!!





 こうやって、焼き尽くされる『覚悟』を持ってやったってことだよな?



 ガラガラガラ…………ボフゥゥン!!



 言わなくても良いぜ、そんなにお城がズタズタじゃあ声は聞こえないし、だろうからな。


 お前らの『覚悟』はこの街を見れば丸わかりだ。


 チクッ



 ……ん?


 と、なんかチクチクするな、と思ったら、足元に何かがいるのに気づく。


「━━━ぁくな怪ぶ━━━の勇s━━」


 なんだ?何金ピカな剣を振り回して言っているんだ?


「━━━様のよぅ━━━が聖け━━」



 いや聞こえねーよ。

 サイズを考えろサイズを……


 何言っているか分からないが、なんか光ったと思ったら何かぶっ放して来た。


 痛っってぇぇぇぇぇぇッ!!!


 ━━アァァアァァァァァ………………ッッ!!!



 肩が抉れた……うわぁ、めっちゃ血が出てる……緑の……


 もう一度食らったらヤバ…………







 って、なんかこのちっこい奴めっちゃ消耗してる……!!






 目を凝らせば片膝ついて、あの金ピカの剣を支えに辛うじてこっちを見上げている。


 …………そっかー、分かったわ。


 アレお前の全力かー。そりゃ痛いわ。


 …………仲間っぽい人間に支えられててかわいそうになって来たなぁ…………


 ……ボォォォォォッッ!!


 さっさと退散。と俺は脚から炎を上げる。


 多分、足下で人間が吹き飛んでいる気がする。

 まぁ、足元だけじゃあない。




 腕にも力を込める。


 マナから得た火は全身を駆け巡り、腕と、脚から吹き上がる。


 爆炎でこの街も、崩れた城の瓦礫も吹き飛ばし━━━



 ━━━━━飛び上がる。



 久々にこれをやるなぁ!!


 おぉ、色々吹き飛んじまったか!!


 見納めだな……オレは頭を引っ込めるからな。


 ここからは、星の、命のマナの波動を見る。


 オレは、手足から吹き出す炎の向きを変えて……






 ヒュゥゥゥ……キュルキュルキュルキュルキュルルルルルルルルルルルルルルルル!!!!!






 その場で、を始める。


 お前らにはこれが何に見える?

 まぁ、もう目で追う気もないかもな。



 キュルルルルルルルルルルルルッ!!



 あばよ、人間共。


 これに懲りたらオレの住む場所を荒らすな。

 ついでに隣に住んでるやつに手を出すな。





 まぁ、


 分からなかったらもう一回くるからな。







 こうして、オレは人間の街を焼いた。



       ***



「凄かったですよぉ〜……!!

 奴隷の富でそこそこ小金を貯めて立派な街を築いていたあの国が、一晩でズタボロのぐちゃぐちゃになるほど蹂躙される様は……最高でした!!!」




 うるせぇぞ女神。オレは今、寝てたの。



 朝っぱらからなんでオレの甲羅に勝手に乗ってるんだ?

 なんでそんなに嬉しそうなんだ?


 てか寝かせてくれ、夜が明ける前に帰ってきたばっかりなんだ。


「あら、失礼をしました〜♪

 ほら、一応女神ですし、今も寝てるエルフの族長にちょっとお話ししてた帰りなんです〜〜♪」


 話?


「ええ。


 ━━━二度とジンガイ様を利用するな。

 お前らはジンガイ様の慈悲でこの場所で生かされているんだ。

 ジンガイ様が許しても私は許さない。

 一族郎党全てを滅ぼしてやる。


 って言ってきたんです〜♪」



 は?

 お前何にキレてるんだ?



「なんでこの星の下等生物ごときが怪獣であるジンガイ様をアゴで使ってるんですか?

 おかしいでしょう。たかだか肉親が性奴隷か何かにされる程度で」


 オレだってどーーでもいいさ!

 ただ森を焼かれて腹たったから、街を焼いてきたんだ。

 エルフだかなんだかに言われたからでもなんでもない。


「やはり、怪獣様方のいる聖域に誰か住まわせる必要はないのでしょうか?

 邪魔では?」


 ……オイ、


「!

 おっと……申し訳ありません、ジンガイ様」


 ……何が生きてたって良いじゃねーか。




 ふと、オレの視線の先、


 この森に住んでるエルフの一団が、水瓶を持って歩いてきた。


 オレのいるこの湖の水は、美味い。

 綺麗で、魚も多い……文字通り、森の中の命の糧だ。


 水を汲んでいた一団の中、ふと何人かがオレを見る。




 ━━━━だから、勘違いすんな。



 オレはオレの都合で、お前らの族長を殺さず、あの人間の街を焼いただけだ。


 ━━━━頭を下げる事じゃあない。





「チッ、なんだその不遜な頭の下げ方はァ……!!

 地べたを舐めるよう額をつけろぉ……!

 命乞いをする様に崇め奉れぇぇ……!!

 怪獣様にもっと畏怖と畏敬の念を持てないのか、この下等な耳長共」



 うるせぇ。



「はい!申し訳ございません!!」




 ったく、お前本当狂ってるよ。

 こんなもんでも充分だろ、お礼なんざ。


「……あら?お礼を言われる為にやったのではないとさっき……?」


 …………悪いか…………ちょっと嬉しくて…………


「ふふ、流石はジンガイ様♪

 優しさ、で言えばどの怪獣様方のより慈悲深い、まるでこの世の良心の結晶のよう……♪」


 お前はこの世の狂気の塊みたいな女神だな。


 お前こそ、怪獣だよ。本当


「……!」


 ん?


「嬉しいです……!

 私などが怪獣とお呼びいただけるだなんて……♪」


 …………その顔、気持ち悪っ


「うふふふ……♪

 ああ、そうですわ!

 ジンガイ様、少し頼みがございますの」


 なんだよ、藪から棒に



「いえ、実は前からあなた様以外に頼めそうになことがありまして……ぜひ聴いていただきたいのです」


 まず話せ。もったいぶるな。


「はい、実は…………



 『王』を説得してほしくって」




 ……王?




「ええ。

 彼こそは、三千世界を平定せし怪獣の王者…………






 その名は、怪獣王━━━ゼドラ」







       ***

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