第3話 救世主

「フラヴィア。座って。さっきのことで色々混乱しているだろう?」


 彼に促されるまま私は彼の前の席に座る。

 ソーセージの入った袋もそのまま、テーブルの上に置く。

 

「すまない。俺はお前に長いこと言わなかったことがある」


 リッカルドは唇を噛んで、何かに耐えるような顔をしていた。

 悲しそうな顔にも見えて、テーブルの上に置かれた彼の手に自分の手を重ねる。

 彼は驚いた顔をしたが、手の平を返すと私の手を握った。


「フラヴィア。お前はこの世界では珍しい容貌をしている。だけど、それは悪いことじゃないんだ。お前は、この国の救世主だ」

「救世主?」

「ああ、王宮にある伝承があるんだ。真っ黒な髪を靡かせ、白銀の角を生やした少女が忠実な僕を従え、この国を救う、と」

「黒髪、角。それって私のこと?」

「ああ」


 リッカルドは頷くと私の視線から逃げるように俯いてしまった。

 彼らしくない。

 いつも笑顔で、私を見守ってくれている彼。

 だけど、今は私から逃げようとしているようで。


「フラヴィア。すまない。俺は、お前をここに留めていたかった。だから、この伝承を話さなかった。お前は、救世主として、王宮で過ごすべきだったのに」

「リッカルド?」

「本当にすまない。すぐに……王宮に送ろう」


 彼は私を見ないまま、立ち上がる。

 

「リッカルド」

「フラヴィア。いや、救世主様。本当にすまなかった。俺の、こんな汚い家で長い間過ごさせてしまって」

「リッカルド!」


 彼はずっと私を見なかった。

 だから、その体に抱きついて、必死に手を伸ばして彼の顔に触れる。

 緑色の瞳が驚いて、私を食い入るように見ていた。


「リッカルド。私は王宮にいくべきなの?」

「……ああ。本当にすまない。お前の姿を隠すようにすごさせてしまって。王宮にいけば、もう魔法の石なんていらないし。そのままの姿で過ごせるだろう」

「それは、私にとっていいことなの?」

「ああ。もう何も隠さなくてもいいんだ。綺麗な部屋に住み、美しいドレスを身に着けることもできるだろう。ああ、俺はなんてことを」


 リッカルドは私の手を優しく振り解いて、背を向けた。

 その背中はなぜか泣いているよう。

 どうして?

 なぜ悲しいの?


「リッカルド。私が王宮に行ってもリッカルドも側にいてくれるんでしょう?だって、リッカルドは王宮の魔法使い。世界一の魔法使いだもの」

「……俺は、嘘をついた。俺は世界一の魔法使いなんかじゃない。ただの魔王使い。ただ目くらましの魔法が得意な」

「リッカルド」


 彼の言っていることがわからなかった。

 いや、わかってる。

 でもわからない。

 リッカルド、だって、あなた言っていたじゃない。

 世界一の魔法使いだって。

 だから、私のことをずっと守ってくれるって。


「フラヴィア。いや。救世主様。王宮へ行きましょう。あなたがいるべきところへ」

「リッカルド」

 

 わからないけど、目頭が熱くなって涙がこぼれてきた。

 見上げるとリッカルドも目を真っ赤にしていた。


「泣かせてしまって本当にすまない。俺はとんだ嘘つきなんだ。だから、俺のことを忘れて幸せになってくれ」


 リッカルドは私の肩を抱くと杖を使って魔方陣を床に描く。そして呪文を唱えた。


  *


 王宮に行くと、私はすぐにリッカルドから離された。そうして、お風呂に入れられ、体を磨かれ、美しいドレスを着せられた。

 世話をしてくれた女性たちは、顔を強張らせていたけど、侮蔑の目を向ける人は誰もいなかった。


 青色の制服をきた兵士さんに案内されて、重厚な扉の前に連れてこられる。

 扉が中から開かれ、奥にいたのは、王冠をかぶった中年の男の人だった。

 青色のローブを羽織っていて、王様だってことがわかった。

 リッカルドは見せてくれた絵本に描かれていた姿とそっくりだったから。


 王様は笑みを湛えていて、私に対して頭を下げた。


「お、王様?」

  

 王様はこの国で一番偉い人。

 それがこんな風に頭を下げるなんて、私はどうしていいかわからず、石のように固まってしまった。


「救世主様。この国が傾くとき、あなたはこの国を救ってくれるでしょう。その時まで、この王宮でゆっくりとお過ごしください」


 固まったままの私を咎める人は誰もいなくて、王様との面談はそれで終わった。

 その日から、私の生活はすっかり変わってしまった。

 食べきれないほどの食事、いい香りのするお風呂、綺麗なドレス。

 色んな人が私に会いにくるけど、誰も私を殴ろうとしたり、怯えたりすることはなかった。

 救世主様と私を讃える。


 だけど、リッカルドはいくら待っても私を訪ねることはなかった。

 世話をしてくれる人に聞いてみても、首を横に振って知らないという。


 ある日、あの人マヌエルさんが尋ねてきた。

 突然、部屋に現れて、声を出しそうになった私にリッカルドに会いたいかと聞いてきた。

 答えはもちろん決まっていた。


 だったら、一緒についてきてと言われ、私は彼の手をとった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る