第2話 赤髪の人
「フラヴィア。おはよう。豚のソーセージだね?」
「はい」
今朝ソーセージの買い置きがないことに気がついて、結局目玉焼きとパンケーキだけになってしまった。
リッカルドの大好物をわすれるなんて、とんだ失敗だ。
なので、彼を見送るとすぐに買いに来た。
リッカルドに家に置いてもらって、もう八年が経つ。
夜でも光る黄色い瞳、尖った耳に、頭のてっぺんの角。
それは、彼の持たせてくれた魔法の石によって、違う形に人々に映ってるらしい。
瞳は一般的な茶色、耳も尖っていなくて普通に丸い、頭のてっぺん角は私が髪をてっぺんで丸く結んでいるように見えているらしい。
だから、誰も私を怖がらないし、普通に話しかけてくれる。
魔力がものすごい高い人にはきかないみたいなので、人があまりたくさんいそうな街にはいけない。でも、家から少し離れた村というか、小さな町には、旅人も魔力が高そうな人もいないので、行ってもいいってリカルドに言われている。
「はい。三袋分包んだからね。次は切らさないうちにくるんだよ」
「はい」
おじさんに微笑みながらソーセージの入った袋を渡される。
ちょっとよくばったみたいで、重くて、一瞬落としそうになった。
「フラヴィア。大丈夫かい?やっぱり重かった?ちょっと減らそうか?」
「大丈夫です」
心配そうなおじさんに答えて、なるべく大丈夫そうに袋を抱える。
豚のソーセージが大好きなリッカルド。
これだけはいつも常時しとかなきゃならないのに。
今朝ソーセージがないことを知って、ちょっとがっかりした顔をしていたリッカルド。
なんで忘れちゃったんだろう。
他にもジャガイモを買って行くつもりだったけど、次回にすることにした。
大丈夫。まだいくつか残っていたから。
おじさんの目が届かないところ、市場の喧騒が私の耳で捉えられない距離まできて、私は袋を下ろす。
「重そうだね。僕が持とうか?」
ふいにすぐそばで声が聞こえて、私は全身で警戒する。
私の耳はとても優秀で、どんな小さな音でもひろう。なのにこんな近くまで接近を許すなんてありえなかった。
例外はリッカルドだけ。
だから、きっと魔法使いにちがいない。
リッカルドから魔法使いには気をつけるように言われている。
私はすぐに逃げようとした。
「せっかく買ったソーセージ。置いていくの?リッカルドががっかりしちゃうと思うよ。後、さっきのおじさんが知ったら悲しむと思うけど」
「それはいや」
「だったら逃げないでよ。大丈夫。僕はリッカルドの友達だから」
リッカルドのように柔らかい金髪じゃなくて、硬そうな赤い髪。
瞳は空のような青色。
リッカルドよりちょっと背が低い。
「友達?」
「うん」
信じていいの?
その赤髪の人はソーセージの入った袋を軽々と持ちあげる。
「さ、帰ろうか?」
「何が帰ろうだ。馬鹿野郎!」
迷っていると聞こえてきたのはいつもの声。ちょっと怒っているような声と同時に赤髪の人がぶっ飛んだ。その人と一緒に地面におちそうになったソーセージの袋を救ったのは、リッカルドだった。
「リッカルド!」
「まったく」
リッカルドは私の肩を抱くと、いたたと起き上がろうとしている赤髪の人を睨みつけていた。
「と、友達じゃないの?」
「当たり前だ。誰がこんなやつと」
いつもは落ち着いた感じのリッカルドが珍しく苛立っていた。
「こんなやつって。同僚じゃないか。リッカルド。冷たいなあ。しかも、こーんな可愛いお嬢さんを囲っていたなんて」
「だれが、囲うだ。フラヴィアは俺の妹だ。届出もしている」
「届出ねぇ」
妹。
そうか、リッカルドは私のことをそう思って居たんだ。
そうだよね。
私はちょっとだけ胸がくるしくなった。
結局、その赤髪の人、マヌエルさんは家までついてきた。
二人でいがみ合いながら歩くので、なんだか目立っていた気がする。
こんな風なリッカルドが珍しくて、最初はびっくりしたけど、あとはおかしくなった。
いつも優しくて、私の話をゆっくり聞いてくれるリッカルド。
魔法の石をくれて、普通の人として町を歩けるようにしてくれた人。
私はとても感謝していて、彼のことが大好きだった。
「マヌエル。こんなところまで付いてきやがって。さっさと戻れ。俺の家には絶対に入れない」
「ひどいなあ。リッカルド。だったらここで話してもいいんだけど?」
「何をだ?」
「この子のこと」
「私?」
「マヌエル!」
「私のことって?」
「フラヴィア」
「リッカルド。君も大概にしたほうがいいよ。この子をこんな田舎で囲うなんて」
「囲うなんて、俺はしてない」
「囲ってるだろう?だって、君は彼女に何も話してないだろう?」
どういうこと?
リッカルドはとても辛そうな顔をしていた。
「君は話さなければ僕が話す。そして報告する。彼女はここにいるべきじゃない」
どういうこと?
私はここにいちゃいけないの?
「マヌエル!俺から話す。頼む、今日は帰ってくれ」
こんな弱々しいリッカルドは見たことがなかった。
懇願なんて、彼には似合わない。
私のせいなの?
「フラヴィア。心配するな。悪い話じゃないんだ。だから後でゆっくり話す」
私もよっぽどひどい顔をしていたのか?
彼は私の頭を撫でて、肩を抱き寄せてくれた。
マヌエルは眉を寄せて、嫌そうな顔をしている。
「まあ、いいや。じゃ、ちゃんと話してよね。じゃないとわかってるよね?」
「わかってる。わかってるから、今は話すな」
「わかったよ。君を信じるよ。フラヴィア、だっけ?今日はごめんね。突然。リッカルドに歓迎されていないし、今日はおとなしく帰るよ。僕は君の味方だから」
マヌエルさんは杖を地面に向けると、魔方陣を描く。そうして、小さく呪文を唱えると現れた光の中へ消えてしまった。
「フラヴィア。中に入ろう。それから、お前に話す」
リッカルドは私の肩から手を放すと、足取り重く玄関に向かっていく。
私は彼の後を追って、家に入った。
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