逃走ー2 (イレーザ視点) ※暴力的表現が含まれています。

「なッ!?」


 男性を殺したのだ、追手は来るだろうとは思っていたが、目の前にいる人物はあまりにも場違いすぎるため、驚きのあまり目を見開く。 私を見下ろしているのは、少女と言っても差し支えないほどの小柄で華奢な体をした銀髪の女性。 その女性は加護無しの国の代表。 薬師寺 紅葉国王であった。


「……追手が来るのは予想はしていましたが、まさか国王自ら私を追ってくるとは流石に想像していませんでした」


 国王が護衛もつけずしかも丸腰でいる事に対して驚きを隠そうとせずに素直に言葉を投げかけた。 そしてその様子を見て薬師寺は眉間にシワを寄せ、不快そうにため息をつく。


「普段はお前の言う通り他者に任せるが、流石に今回は私もイラついてな。 直接お前を捕縛しに来た」


「捕縛? 殺しに来たんじゃなく私を捕縛しに来たのですか?」


 通常ならば有り得ない事であろう、国に一人しかいない男性を殺害したのに極刑ではなく捕縛するだけ? 男性が貴重なのはどの国でも共通の認識のハズ、いったい、この国の国王は、何を考えているの?


「私的には殺してやりたいが、それはあえてしない。 それよりはお前を餌に同盟を結ぶにあたっての交渉材料とした方が我が国を良くできるだろからな、そういう訳で抵抗しないならこれ以上の危害は加えない。 大人しく、投降しろ」


 私は、目の前にいる薬師寺国王の言葉が信じられなかった。 国で唯一の男を殺した私を交渉材料として扱う? この期に及んでこの人物は同盟を結ぶ気でいるらしい。 そんなことをされたら、私は何のために菊池竜也を殺したのか分からないではないか。


「……私を許すと言うのですか? あなたの婚約者を殺した私を?」


「……私はこの国の王だ。 そうなってしまったという結果が出てしまったのなら受け入れそれを最大限に利用してこの国を発展させていく義務がある。 だから私はお前を殺さないしドワーフとの同盟も結ぶ。 それが、どんなに…どんなに、どんなにッどんなにッどんなにィッッ!!憎くて!!憎くて!!憎くて!!憎くてッッ!!殺してやりたいお前でもだッ!!」


 薬師寺が顔を歪めて頭をかきむしり憎悪で真っ黒に染まった瞳を向けてくる。 貴重な人材の死。 ましてや薬師寺と菊池は婚約していたらしい。 婚約者が殺されて穏やかでいられる人間はいないだろう。 それでも平静を装いながら大切な人を奪った者を許すと宣言した薬師寺の合理性のみを追求した考えに身震いするほどの恐怖を覚えた。


「私を捕縛して国に賠償として何を求めるのです?」


「言う必要が無い、大人しく投降しろ」


「……嫌だと言ったら?」


 薬師寺がニタリと歪んだ笑みを浮かべた瞬間、腹部に激痛が走り気が付けば体が宙へと浮いていた。 そして訳が分からないまま空中で髪を掴まれ顔面を地面に叩きつけられる。 今まで経験したことのない痛みが襲うと同時にどろりと熱い物が喉の奥から上がってきてきた。


「ガァァッッ!?」


 地面にへばりつきながら口から胃酸まじりの血液を吐き出す。 もだえ苦しむ私を見下し薬師寺はさらに頭を蹴り上げた。 薬師寺の小さい体からは想像できないほどの衝撃を受け、数メートル体が吹き飛ぶ。 同時にミシリッと頭蓋が砕けたような鈍い音が周囲に響いた。


「ぐああああ!!」


 加護の障壁をやすやすと突破して、ありえないほどの痛みが襲う。 その場で痛みに耐えきれずのたうちまわる姿を薬師寺は無表情で抑え込む。


「亜人ごときが生意気な態度をとるなよ? お前がどんなに傷つこうとも生きていれば問題が無い。 大人しくしていろ、ガキ」


 薬師寺の手はまるで万力のように両手首を掴んで離さない。 ミシミシと骨が軋み薬師寺の小さな手が肉へとめり込む。


「なんだ、ドワーフって加護持ちの癖に意外ともろいんだな」


 グチュと果実を勢いよく潰したような音が聞こえた。 見ると薬師寺に握られていた私の手首は皮一枚で繋がったような状態になっている。


「ッッッ!!」


 言葉にならない悲鳴を上げる。 その光景を見ても何とも思っていないのか、なおも無表情の薬師寺。


「これで、武器は握れないだろうが、万が一逃げる可能性もあるな」


 再び薬師寺の手が伸び足が捕まれると手首の時と同じような音をたてて足首から先が機能を無くした。


「ああああああッッ!!!」


「さて、歩けなくなったが安心しろ牢屋まで私が連れて行ってやろう、国王自らエスコートするんだ。 ありがたく思えよ亜人」


 痛みのあまり再びその場でのたうち回る私を薬師寺は気にも留めない様子で髪を掴んで引きずり歩き闇へと姿を消した。

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