懐かしい部屋
重い目蓋を開けると俺は白く塗りつぶされた部屋にいた。 微かに香る薬品の匂いがぼんやりとした思考を活性化させる。 ……この部屋も懐かしいな。 初めてこの世界に来た時もこの場所だったと、この世界に来たばかりの事を思い出す。
今では病院の一室と分かっているため以前のように取り乱したりはしないが、この部屋に運ばれてきたという事は俺はイレーザに殺されかけたのだろう。 正直、前の世界で戦闘を生業としていた俺としては、あの程度の剣技で仕留められたとは思いたくはないんだが……現実は非常である。
かなりの時間眠っていたためなのか妙に動かしづらい体を起こして周囲を見渡す。 いつもならば傍に椎名が控えているのだが、今回はそのようなことは無く周囲には誰もいない。 少しだけ心細い心境に浸っていると、唐突にガチャリとドアが開く音が聞こえ木乃美さんが入ってきた。
「ああ、お目覚めになったのですね」
(おはよう木乃美さん、椎名かと思いましたよ)
部屋に入ってきた木乃美さんに向かって声を掛けるが、自身の口が僅かに動くだけで声が出ない。 そういえば体が動かしづらいだけではなく妙に体がだるい……というか全身が痺れている事に今更ながら気が付いた。
「おはようございます菊池さん。 どこか体の調子が悪いところはありませんか?」
近づき俺の顔を覗きつついつも通りの口調で木乃美さんは話しかける。
(起きた時から体が動かしにくいのですが……って伝わらないですよね。 未だに声も出ないですし)
現状を伝えようとはしてはみたものの相変わらず声は出ない。 木乃美さん側から見ても俺は口がわずかながらに動いただけだろうし現状を説明するのは非常に難しいだろう。 しかし木乃美さんは俺の現状を察してくれたらしい。
「体の筋肉がうまく動かせないのは椎名の術式で一時的に肉体に力が入りにくい状態になっているからです。 体に魔力をゆっくりと巡回させてみてください普通に動けるはずですよ」
木乃美さんに言われた通りに体に魔力を巡回させる。 すると先ほどまで動かなかった体がゆっくりと動いた。 口を開けて発声練習をする。
「あっ、あーあー」
「きちんと喋ることもできそうですね。 関節は固まってませんか?」
木乃美さんに指摘されて手を軽く握りグルグルと肩を回す。
「問題ないみたいです」
「それは良かった。 早速、菊池さんがお目覚めになった事を薬師寺様に念話で報告いたしましょう」
「あっ、ちょっと待ってその前に俺が何日程寝ていたのかと、できれば椎名を呼んでもらっていいですか? 話がしたいんだけど」
病院にいるのだ、恐らく重症を負ってしまったのだろうから椎名が心配しているだろうし、最初に椎名に元気になった事を伝えておきたい。
「いいですけど、椎名は今は戦場にいるので、すぐには来れないと思いますよ?」
「戦場?」
「ええ、菊池さんが倒れてから色々ありましてドワーフと現在交戦の真っただ中なんですよ」
予想外の木乃美さんの返答に頭痛がした。
「それは……俺がイレーザにやられた事も関係あるんでしょうか?」
「交戦する事になった最大の原因は相手側であるドワーフ国が急に宣戦布告してきたことが原因です、菊池さんに責任なんてありませんよ」
「宣戦布告ですか? 同盟を組む目前だったわけですし、にわかに信じられないんですが…」
大使であるイレーザとは色々とトラブルがあったが、どう考えてもこちら側が被害者なのだし、ドワーフの怒りを買うような事は無いはずである。 そんな俺の考えを察したのか木乃美さんは頷きつつ肯定する。
「そうですね、私もそう思います。 ドワーフの王は今まで我々に協力的でした。 それが同盟を目前にして宣戦布告するなど普通ならば有り得ない事です」
「ですよね、 ですがそうなると何故、宣戦布告なんてしたんでしょうか?」
「分かりません、というか菊池さん、アナタの考える事は微妙にズレていますよ」
「えっ?」
「今私達が考えるべきは相手が攻めてきた理由ではなく、この国を守る事です。 それが今一番考えるべきことであり、それ以外は終わってから考えればいいのですよ。 そしてアナタは戦場が激化しようが戦場に参加することはありません。 アナタが今考えるべき事はリハビリでありそれ以外は私や椎名、薬師寺様に丸投げすればいいのですよ」
木乃美さんの非常にシンプルな答えに思わず目が点になる。
「それに安心してください、薬師寺様が戦闘に参加している限りこの国に敗北はありえません。 なにせ薬師寺様は私達を率いるこの国の王なのですから」
ニコリと笑顔を向ける木乃美さんの表情からは薬師寺さんが何とかしてくれるだろうという絶対の信頼が感じられた。
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