逃走(イレーザ視点)
「ハッ…ハッ…ハッ」
森の中を駆ける事数時間、イレーザはまだ見ぬ追手に警戒しながら動かし続けていた足をゆっくりと止め、大木に背中を預け木々から覗く月を見上げてゆっくりと息を吐き呼吸を整える。
「ハァハァ…やってしまった。 仕方ないとはいえ、やってしまった。 うううぅ」
初めて人を殺した後悔の念が押し寄せる。 心臓が激しく鼓動を刻む中、やってしまった後悔で思わず戻しそうになる。
「仕方なかった……仕方なかったのよ、こうしないとデュノア様が助からなかったんだから、仕方がないの」
無意識に、うわごとの様に正当化するための言葉を繰り返す。 心を落ち着けるために、腰に下げた精神安定剤を飲みながら今まで走ってきた道なき道を振り返ると、遠くで米粒程の明かりがわずかながら確認できた。
あのわずかに光る明かりは数時間前までイレーザが大使として訪問していた城であり、その国で唯一の男である菊池竜也を殺した城であった。
「ごめんなさい、でも私はこうするしかなかったの」
またしても無意識に、懺悔のような言葉を呟きつつイレーザはほんの数時間前の出来事を思い出す。 あの時、予定通りに竜也を部屋に連れこみこれ以上ないくらい完璧なタイミングで背後から不意打ちを仕掛けた。 だが予想外にそんな完璧な不意打ちにも関わらず竜也は瞬時に反応して私の振り下ろした短剣を軽々と避けた。
何故よけられたのか未だに分からないが、今思えばそれだけ実力差があったのであろう。 それでも竜也をしとめる事ができたのは単に運が良かったことに他ならない。
通常であればそれだけの実力差があれば適当にあしらい反撃に出るのが普通だ。 それがかなわなかったのは私の加護の力が働いたからにすぎない地力だけでは本来ならばやられていたのは、こちらの方だっただろう。
「大丈夫、これで同盟は破綻する。 もしかしたら戦争にまで発展するかもしれない……けれど、これでデュノア様を守れる」
戦争、その言葉の重みに少しだけ負けそうになるが、賽は投げられたのだ。 菊池竜也を殺した以上、もう後戻りはできない。 あとはウイルが国で動いていることを祈ろう。
「我が誇り高きドワーフの先祖たち、どうか我が国に平和がもたらされるように見守っていてください」
「なるほど、やはり貴様が犯人か」
突然の声に反射的に振り返った瞬間、顔面に拳がめり込み吹き飛ばされ、土ぼこりを立てて地面を転がる。
なんだ? 何が起こった?
いきなりの出来事のため軽くパニックになる。 止まる気配のない鼻血がドクドクと流しながら血をふき取りもせずに、殴った相手を確認した。
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