朝ー2

「菊池君、今日も朝食作りを手伝ってくれるのかしら?」


 クスリと木乃美さんが、笑みを浮かべながら目玉焼きを盛り付ける。 


「ええ、ですが俺が手伝えることは切ったり炒めたりするくらいですけどね」


「十分ですよ、では私はサラダを作りますので菊池君はお肉を焼いてもらってもいいですか?」


「オッケーです」


 制服の上から、お揃いのエプロンドレスを着て冷蔵庫の前へ足を運ぶ。 未だにフリフリしているコレは慣れないが、家事をする際には絶対に着用しなければならないものらしい。


 大人の魅力たっぷりな木乃美さんが可愛らしいエプロンドレスを着るのは正直すごくグッとくるものがあるのだが、同時に俺も同じものを着ているのかと考えるとテンションが下がったのは仕方がない事だろう。


「菊池君? ボーっとしていますけどどうかしたんですか?」


「いえ、何でもないですよ」


 ついつい、木乃美さんに見入ってしまっていたようだ。 頭を軽く振り、正気を取り戻した俺は、冷蔵庫を開けて肉の塊を取り出す。 肉を熱したフライパンの上に乗せると油の弾ける音と心地よい香りが全身を包み込んだ。


 そういえばコンロや冷蔵庫を最初に見た時には驚いたな、魔術を使わなくても熱したり冷凍したり、原理は未だ分からんが学校で習っていることの応用らしい、そのうちに俺も理解できるようになるのだろうか?


「菊池君? 本当に大丈夫ですか? 疲れているのなら私がご飯作りますから座っていてもいいんですよ」


 考え事をしているうちに、フライパンの上の肉が焦げかけていたため木乃美さんが声をかけてきたのだろう。 慌てて肉をひっくり返して俺は、平静を装う。


「いえ、 退院して結構経ったのに、まだまだ常識になれないなと少し考えていたんですよ。 ボーとしてすいません」


 正直に答えたら木乃美さんが笑い出した。 何かおかしなことでも言っただろうか?


「木乃美さん?」


「ふふふ……いえ、大分慣れたとはいえ菊池君が目覚めてから常識が欠如していましたものね。 あの頃の菊池君はあまりの常識のなさに私も何から教えてあげればいいか考えてしまうほどでしたよ」


「笑わないで下さいよ、本当に大変だったんですから」


「いえ、ごめんなさいね、悪気があって言っているわけじゃないのよ? なんていうのかしら、手のかかる子ほどカワイイみたいな」


 クスクスと口元を抑えて木乃美さんは笑うが、本当にあの時は大変だった。 しかし、世間に馴染めるようになったのも、こうして普通に暮らせるようになったのも椎名や木乃美さんが根気強く常識を教えてくれたおかげである。 正直、感謝してもし足りないくらいだ。

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