朝
「きくちさ……ん、あさです」
隣のベッドの中から朝を告げるどこか色気のある甘い声が投げかけられた。 声を出した椎名はトロンとした瞳で俺を見つめてくる。
……当たり前だが、俺はやましい事はしていない。 椎名は朝はいつもこうなのだ。 おそらくだが、俺を起こそうと声掛けをしてくれているのだろうが、椎名のモーニングコールは起床予定を30分ほど過ぎている。 そう、椎名は朝にはめっぽう弱いのだ。
そして当然、俺は30分前に起床して既に身だしなみも整え終わったので彼女のモーニングコールは意味をなさなかった。
「椎名、起きるのが遅い」
「ふぇ?」
この家に着て初日こそ慌てたが、彼女が朝が弱い事はもう分かっているので朝だけは椎名に頼らないようにしている。 というか、いつも椎名には付きっ切りで世話をしてもらっているのだから、今更この程度の事でグチグチ言うつもりもない。
「でも、朝から、下着姿で甘い声を出すのだけは何とかならないかな、心臓に悪い」
おそらく寝起きの彼女の耳には届かないであろう言葉を投げて制服に袖を通す。 だが決して視線は椎名には向けない、寝起きの椎名は言葉にも出したように下着姿だからだ。
寝る前はキチンと服を着ていたはずなのに、何故朝になったら下着姿なのかは分からないが、寝相が素晴らしく悪いのだろう。 一度寝ている途中で抱き着かれて朝を迎えてこともあるくらいだし。 ともかく朝は俺の中で一番神経が磨り減る。 目のくらむような美人を意識しないためには鋼の精神力が必要なのだ。
「はやくおきようと…はやめに……ねたのですが」
「気にするな、俺は一階にいるからゆっくりと準備して降りてこい」
「いえ…わたしもいっしょに」
「寝ぼけて、呂律が回らないやつが何言ってんだ、きちんと目が覚めてから降りてこい、これは命令だ」
そう言い残して一度も椎名を視界に入れずに部屋を出ると、何とか今日も我慢することができたと自身を誉めつつ一階へ移動する。
「ん? おはよう菊池君ずいぶん早いのね」
ドアを開けるとエプロンドレスを着た木乃美さんがフライパン片手に出迎えてくれた。 別に早くはないと思うのだが、学生と一般人では時間の感覚が違う。 早いと木乃美さんが言ったのはそのせいだろう。
「おはようございます、木乃美さんには負けますよ」
「私はアナタの保護者だからね、早く起きて身の回りの世話をするのは当然でしょう」
「椎名は寝ぼけてましたけど?」
「アレは特別アホなだけです」
そう言って二人で顔を見合わせ苦笑した。
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