初めての学校ー2

「あれは人なのか?」


「そうみたいですね」


 俺の言葉に椎名が答える。 学校という魔物の存在を許さない場所に人が地面に蹲り泣きながら倒れている。 一目で異常だと分かるのだが急な事で頭が付いていかなかった。 地面に蹲る彼女に駆け寄り声を掛ける。


「大丈夫か?」


 原因は外傷や怯え方からして何となく予想はついた。


 ……イジメだろうな。 前の世界でもあったことだ。 弱くて無抵抗な人間がストレスの捌け口となりイジメを受ける。 こっちの世界でも人間の根本的なところは変わらないんだな。


「椎名、回復系統の魔術をこの子に使ってくれるか」


「嫌です」


「えっ?」


 短くはっきりと聞こえる声で椎名が拒否する。その返答があまりにも予想外すぎて、俺は思わず椎名の方に顔を向けた。 表情はいつも通りだが、その瞳にはっきりと否定の色が浮かんでいたため、どうやら聞き違いではないらしい。


「私はアナタの魔術師です、もしも菊池さんが傷を負ったのならば私はできる限りの魔力を持って対処しますが、それは菊池さんのために使う技術であり初対面の彼女に私の魔術を行使したくありません。 それが負け犬ともなればなおさらです」


 椎名は断固として拒否しているが、怪我人を無視できるほど俺の精神はタフではないのでとっさに言葉を切り返す。


「君が彼女をどう思おうと俺の知ったことではないけれど俺は彼女を助けたい。 言葉通り俺の魔術師というのなら俺の頼みを聞いてくれないか?」


「……分かりました」


 発した言葉が俺の要望しか述べていないので椎名を動かすには言葉が足りないかと思ったのだが、椎名は俺が珍しくお願いをしたことで、少しだけ心境が変化したのだろう、渋々といった態度で彼女に近づき手をかざした。

 

 良かった、納得はしていないだろうが何とか彼女を助ける事が出来そうだ。 彼女に対して癒しを与えてくれるであろう事に安堵した瞬間、青い発光体が彼女を包み込んだ。


「……詠唱を行わない魔術?」


 その光景を見て俺は驚愕する。 俺の世界では、詠唱は神に力を分けてもらうための儀式であり祈りとされている。 なので詠唱は簡略化する事すら難しい、簡略詠唱できるならば上級魔術師を名乗ることが許されるほどである。 それが椎名は祈りすら必要としなかった。


 天才だな。 少なくとも俺のいた世界では間違いなく歴史に名が残る。 サクッと有り得ない事を目の当たりにした俺はちょっとした放心状態だ。


「もう痛みはないだろ、立ちなさい」


 グズっている彼女を無理やり立たせる椎名の言葉で現実に引き戻された。


「あ……ありがとうご…ざいます」


「私じゃないだろ、菊池さんにお礼を言いなさい」


「椎名それはいい、それよりも誰にやられたんだい?」


「………」


「お前は、口もきけないのか?」


 目に見えて苛立つ椎名に怯えて彼女はより肩を震わせた。 何でお前はそんなに敵意むき出しなんだよ、これじゃあ俺らがイジメているみたいじゃねぇーか。


「椎名、悪いけど飲み物を買ってきてくれないか?」


「分かりましたダッシュで買ってきます」


 このタイミングで凄く場違いな事を言っているのだが、椎名は何の疑問も抱かなかったのだろう簡潔に返事を返してお金も受け取らずにすごい勢いで走っていった。

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