考察-2(説明回なので読み飛ばし推奨)
「ん?」
そこで初めて部屋の隅にいる女性に気が付く。 見ると女性は椅子に座りながら壁に寄りかかり寝息をたてている。 カツンカツンと足音を立て彼女に近づくが、よっぽど疲れているのだろう彼女は近づく俺に警戒して起きる様子は全く無く、変わらず寝息を立てていた。
いや……自分を基準に考えすぎだな、気配を読んで近づく者がいたら目が覚めるのは兵士だけだ。 一般人であるならば近づいてくる存在があっても眠り続けるのは普通だった筈だ……多分。
頭を軽く振って考えをまとめようとするが、何故だか上手く考えがまとまらない。 先ほどまでゴチャゴチャと現実味のないことばかりを考えていたからだろうか、自分の中の常識が分からなくなってきた。 子供の頃って気配って読めていたか? それ以前に、気持ちよさげに寝ている彼女を起こしてもいいのだろうか?
熟睡している名前も知らない他人を起こすのは失礼にあたった気がするが――。
様々な思考が交錯する、そしてしばらくその場で考え続けて彼女を起こさない事には何も始まらないという結論に落ち着き、覚悟を決め彼女の肩を軽くゆすった。
「……んぁ?」
「寝ているところすまない、少し聞きたいことがあるんだが」
椅子に深く腰掛けている女性は、寝ぼけているのか焦点が定まっておらず目が虚ろだ。
トロンとした目で頬けている彼女は、かなりの美人だ。 黒い髪は綺麗な光沢を帯び、 顔は大人びている。 身長は160センチほどだがすらりと伸びた手足が彼女の身長をより大きく感じさせ、加えて着衣しているスーツは無駄がなく引き締まった体のラインにピッタリと重なり、カワイイよりカッコイイタイプの女性だった。
大都で、これほどの美人ならば噂くらいは流れるものだが、俺の記憶には彼女の様な美人の情報は無い。 そうなると予想通り、ここは俺の住んでいる大都では無いのだろう。
「菊池さん!!」
まじまじと観察しているうちに完全に目覚めたのだろう彼女は、大声をあげ立ち上がりガバッと俺の体に抱きついてきた。
「うぇ!! ちょっ!?」
そして予想外の彼女の行動にアタフタと狼狽える俺。 実に情けなく感じるが、目もくらむような美人に脈絡もなく抱き着かれたら、むしろこれが普通のリアクションではないだろうか?
しかし、慌てている様が彼女には伝わっていないのだろう、俺を包み込む腕の力が弱まるどころか次第に強くなって離れる気配が感じ取れない。
「とりあえず落ち着け」
突然の美人の抱擁で自分にも言い聞かせる意味も含めた言葉だったが、彼女は、その言葉で少しだけ力を緩めると名残惜しそうに未着させた体を離した。
「目が覚めたんですね」
「…まぁ」
「よかった、本当に良かった」
彼女の歓喜が含まれている声に対し思わず眉をつり上げる。
この女性とは面識がないハズだが。 何で彼女はこんなにも喜んでいるのだろうか。
「菊池さんが魔族に襲われたので私が運んだんです。 でも目覚める可能性は限りなく低いと言われて―――」
俺に抱きつきながら笑顔で言葉を続ける。 彼女は口ぶりからして俺を知っているのだろう。
だが俺は彼女を知らない、いくら頭の中の記憶を探っても彼女の情報が出てこないのだから俺と彼女は初対面のはずだ。 そしてなにより俺は”キクチ”?という妙な名前では無い。
「……俺はキクチって名前じゃないけど、人違いじゃないですか?」
「えっ?」
さりげなく言った人違いという言葉に対して、彼女は大きく目を見開き一瞬で表情を青ざめさせた。
「えっと、大丈夫か?」
顔が青くなりワナワナと震える彼女の様子に俺は再び狼狽えつつ声を掛ける。
「まさか魔族に襲われたことによる後遺症が……。 すいません菊池さん、すぐに医師を呼んでくるので待っていてください」
一人で勝手に納得した彼女は、それだけ言うと乱暴にドアを開け、走って何処かへ行ってしまった。
「……何となくだが、凄く面倒なことに巻き込まれそうな気がする」
背中を見送り、部屋に一人取り残されてた俺は思わず呟く。 俺の嫌なことに対する予感は結構な確率で的中する。 今回は人違いから面倒ごとに巻き込まれる典型的な例だろうと、ぼんやりと自分の中で考える。
しかし、キクチなる人物は少なくとも俺の知る限りでは名前すら聞いた事がない。
「それに、聞き覚えのない発音だった事を考慮すると。 未開の土地の可能性もあるのか」
俺の住んでいる大都は、確かに多数の国と貿易をしているが、すべての国と繋がっているわけではない。 だが、先ほどの女性は名前のイントネーションこそ違和感を覚えたものの、言葉が伝わらなかったわけではない。 ならば、この場所は、過去に大都とつながりのあった国と考えるのが一番可能性が高いのではないだろうか。
「加えてキクチなる人物の身分だが恐らく高位だろう可能性が高いな」
この自分で発した言葉は、素直に受け取ることが出来た。兵士や一般人なら日常的に魔物に襲われている。 それ自体は何処の国でも同じはずだ。 にもかかわらず、先ほどの女性は襲われたと言葉にしてそれがまるで失態のような口ぶりだった。 だとするとキクチという人間が俺と同じ庶民出身とは考えにくい。
「可能性としては貴族や爵位といった地位がしっくりくるな」
この部屋の見たこともない設備を考慮すると妥当なところではないだろうか? だとしたら、先ほど予想した通り、とてつもなく面倒くさいことになる気がする。
「……トンズラするべきだろうな」
どう考えても高位の身分の人間に間違えられることがプラスに働くとは思えない。 ならば、これ以上ややこしいことになる前にこの場から居なくなってしまった方が面倒にならないだろう。
考えがまとまったので早速この建物から出ようとドアに手をかけたが、一つの不安が頭をよぎって動きをピタリと止めた。
「冷静に考えると、この土地の事全く知らないんだよな」
恐らく大都とは繋がりを断っている未開の地だろうという予想は出来たが、一文無しに加えてこの国についての情報もないとなると、トンズラしたところで野垂れ死ぬのが関の山ではないだろうか。
「……予定を変更しよう」
野垂れ死には嫌なので、考えを改める。
トンズラをするのに必要な情報はこの国の位置情報、周囲の魔物の種類、せめてこの二つは知っておかなければ大都に帰ることは難しいだろうな。
……仕方がない、しばらくキクチという人物になりすまし国の事をそれとなく聞いて、それからどうするか考えることにしよう。
「寝起きなのに、 いきなりストレスがたまるなぁー」
ハァと溜息を吐き、頭の中の不安を払拭するかのように軽く頭を振るった。
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