1章 学生編

考察(説明回なので読み飛ばし推奨)

 視界がぼんやりと薄暗い部屋を映し出す。 その映像が一秒毎にクリアになり瞳に映り込んだ。  視界は良好、だが未だに、意識は視界とは逆にハッキリとはせずに、頭に靄がかかってボヤけている。


 酒の飲みすぎだろうとも思ったが、頭痛はないので二日酔いというわけでもないらしい。 だが、そんな状態でも、この部屋に見覚えがないことぐらいは理解が出来た。


「何処だ?」


 思わず、呟いた言葉とともに徐々にだが意識が覚醒する。

 

 周囲を見渡す。 その部屋は俺が寝起きしている男特有の小汚い部屋とは違う白く塗りつぶされた部屋だった。 普段使わない頭をフルに使い考え込む。


「酔いつぶれて、留置所に連れていかれたか?」


 一番可能性が高そうだが、そもそも先ほども結論づけたように、飲みすぎ特有の頭痛がないことから考えて 留置所に入れられたとは思えない。 それに、あそこには何度かお世話になったが、基本的に留置所は刑務所と変わらない、このような綺麗な部屋ではなく埃まみれのベッドに鉄格子を組み込んだ汚い部屋しか無かったはずだ。


「そもそも…だ、俺はここに来る前に何をしていた?」


 考え込んでもここが何処なのか分からなかったので、今度は目覚める前に何をしていたのかという事に考えにシフトする。


 たしか簡単な物資の運搬を司令官から命じられたことは覚えている、そしてその道中にドラゴンが・・・・。


「あれ? 俺、殺されなかったっけ」


 俺の発した間抜けな声が部屋に反響する。 そして声に出すと同時に今まで記憶に掛かっていた靄が晴れてドラゴンに殺される前の感覚、思考、感情が鮮明に蘇った。


「いや…いやいや、ありえないだろ、そうなると俺は死んだことになる」


 言葉に出してみて改めて自分で馬鹿なことを言っていると思う。 なぜなら手は動くし感覚もある、これが死んでいる状態とは考えにくい。 だが、ドラゴンに嬲られ、何もできないまま無力に殺された感覚を覚えている。 だったら死んだという事になるのか? だが死んでいるのに生きているように振舞えるとか支離滅裂すぎるだろ。


「そうなると……俺は死霊にでもなったのか?」


 自身が死んだと仮定して、考えられる選択肢を声に出す。 だが、冷静に考えると、その可能性も低い事にすぐに気がついた。


 死霊はゾンビなどが有名な未練を残したものが生を持つものを襲う魔物だ。

生きる者全てを襲うため、そこに思考は存在しないとされている。 つまり考えるといった行動のとれている自分は死霊といった人間のなれの果てとは考えられないだろう。


「じゃあ、夢だったのか?」


 ドラゴンもしくは高位の魔物に襲われる夢というのは兵士ならば一度は見る夢だ。 今回もその類だったのだろうか?


「いや、それも違う、あの記憶や痛みはリアルさがあった」


 傭兵歴が長いから断言できるが、あの痛みや感覚に不自然な点は見当たらなかった。 夢だった可能性を自身の経験を踏まえた上で否定する。


「幻術、幻覚の可能性はどうだろうか?」


記憶を混乱させる幻術はあるにはある、だがそれは複数人の魔術師が何日もかけて詠唱を唱え続ける必要がある大規模魔術だ。 わざわざそんな大がかりな術式を展開する理由がないのでこの考えも現実的ではないだろう。


「では奇跡的に助かったという事なのか?」


 もっとありえない、 体の四肢をもがれミンチにされた状態の人間を

回復させる秘薬や魔術は存在しない、 仮にあったとしても生贄として捧げられた人間を蘇生させることはしないだろう。


 そんな調子で、しばらく様々な可能性が頭をよぎるが、どれもしっくりこない。


「……考えても、 分からんな」


 軽くこめかみを抑えつつ結論を口に出す。 さんざん考えてみたものの結果は振出し。 目覚めたばかりの状況と何ら変わらない状態に思わずため息を吐いた。


 「時間の無駄だったな……んっ?」


 そこでようやく、自分の右手に違和感があることに気が付いた。

目を凝らして見ると、手には透明なチューブが突き刺さり先端には液体の入った袋が垂れ下がっている。


 「薬剤を直接体内に入れているのか?」


 なぜ今まで気が付かなかったのか不思議だが、混乱していたので些細な変化に気が付かなかったためだろう。 それよりも体内に直接薬剤を投与する意味が分からない。 最新の治療法か何かだろうか。


 この未知の技術もそうだが、今更ながら、俺が目覚めた部屋も不思議な場所だった事に気が付く。 改めて周囲を観察すると、ベッド一つにしろ俺達庶民が使うような硬い木をくりぬいて作った物ではなく、貴族が使うような押し返すタイプのベッド、フカフカの布団に枕、木造ではなく石で作られた床に、ひたすらに白で塗りつぶされた壁、さらに下町と違う埃っぽくはない、清潔さがここにはあった。 それらは俺の持つ常識とはかけ離れている淡白で無機質な部屋だった。


「死後の世界なのだろうか?」


 無意識的に出た言葉だったが、これに関してはバカバカしいなどとは考えられなかった。 むしろ一番しっくりくる。 しかし同時に現状が把握できていない今の状況では死後の世界といった結論は少し早すぎるだろうと考える。


「なんにせよ、部屋を出て調べてみない事には何とも言えないか」


 自分でそう結論づけると、俺はベッドから飛び起きた。

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