第7話 見世物

 これが幻獣というものか。

 ずいぶんと小さい。

 子狐ではないか。

 美しい女の姿をしていると聞いたが……。


 ヒソヒソとしたささやき声が聞こえてきて、目が覚めた。


「……ぅ」


 重い瞼を開けると、ぼんやりと薄暗い景色が見えた。

 人間の気配をそこかしこに感じる。

 体がずいぶんと重かった。

 腹に痛みも感じるし、こんなに不快なのは久しぶりだ。


「……?」


 ようやくはっきりしてきた視界であたりを見渡せば、どうやらそこは、馬小屋のような、物置小屋のような場所らしかった。

 目の前に開かれた扉がある。

 そこから人間たちがこちらを覗いて、ひそひそと会話をしていた。

 おまけに私、なんか鎖で繋がれているのだが。

 足と手と、おまけに首までがっつりと。


 なんでこんな場所にいるのかと、一瞬頭が混乱する。

 けれど、煙たい香りで気づいた。

 森の方からは、煙が上がっているのが見える。


 ……そうか、私はあの森から、引きずり出されてしまったのか。

 

 耐え難い怒りと苦しみが、胸の奥から湧き上がってくる。

 吠えたてようとすればしかし、拘束された体には力が入らず、深い呼吸をするので精一杯だった。

 こつん。


「?」


 何かが頭に飛んできた。


 こつん、こつん、ごつん。


「きゃんッ」


 突然頭蓋にひどい痛みがはしり、私は大きな声で吠えてしまった。

 体が小さいと、動物的本能が強く出てしまうのだ。


「ははっ、割と普通の動物だったんだな」


 入り口の方で、人間たちが笑う声がした。

 次々に何かが飛んでくる。

 それは、石だった。

 大きいのや小さいのが、遠慮なくこちらに飛んでくる。

 あいつらが投げているのだ。


「俺らの森を長い事独り占めしてやがって」


「お前がいなけりゃ、どれほど苦労しなくてすんだか」


「こんなけだものが森の守護者だなんて」


 けだもの。


 そうか。

 今の私は幻獣でもなんでもなく、そんな感じに見えるわけか。


「……」


 私は見世物にされていた。

 つるし上げというやつだ。

 こんな屈辱は生まれてから初めてだった。

 普段の私なら怒り狂っているだろう。

 しかしもう、そんな気力もわかない。

 故郷の森の悲鳴が頭の中に浮かんでは消えてゆく。


 人間たちは、ひそひそと会話をしながら、縛り付けられた私を近くで見たり、触ろうとしているものもいた。

 にやにやとした笑みを浮かべているものもいれば、憎しみのような表情を浮かべている。


 その度に牙をむき出してうなれば、みんな、ひっと息を飲んで引いていった。

 実際、今の私には指を噛みちぎる力も残っていない。

 けど、せいいっぱいこうやって威嚇してやれば、彼らは私を畏怖しているらしく、おとなしく去っていった。

 そのおかげで小屋は静かになる。


 私はもう、疲れてしまった。

 お腹の出血とかどうなってんのって感じだし。

 もう、このまま死んじゃうのかな。

 みんなはどうなっちゃうんだろう。

 私は静かに、目を閉じた。


 ◆


 次に目が覚めたのは、すっかり日も暮れた頃だった。

 まぶたの裏に、あたたかな炎の色がちらついた。

 目を開けると、ランプを手にした男が、小屋の入り口に立っていた。

 力なく男を見上げていると、男は黙って小屋に入り、壁にもたれて座り込んだ。


「……お前、一体なんのつもり?」


 男は何も答えなかった。

 ただ壁にもたれて、ぼんやりとしているだけだ。

 なんでこんなところにいるのだろうか。

 見張り?

 私に何かするのだろうか。


「私をどうするのよ」


「……」


「何か、いいなさいよ」


 そうすごんで言えば、ようやく男はこちらに視線を向けた。

 その目に光はなく、無感情に私を見つめているだけだ。

 その視線に、死ぬほど腹が立ってきた。

 今も燃えているあの森は、すべてこの男のせいなのに、なぜこいつは水のように静かでいられるのか。


「お前が森を燃やせと言ったの」


「……違う」


 意外なことに、男は首を横に振った。


「あいつらが勝手にやった」


 あいつらというのは、ここの村人のことだろうか。


「俺はお前をどうにかするように言われただけだ」


「……」


「この土地が、欲しかったらしい」


 男はつぶやくように言った。


「そんなことはどうでもいいか」


「……よくないわよ。あんた、あんただって同罪なんだからね」


 私は唸り声をあげた。

 始まりは全部こいつだ。

 こいつがもっとうまく立ち回れば、こんなことにはならなかったのかもしれないのに。


「俺が欲しかったのは、森じゃない」


「じゃあ、何が狙いだったの?」


 男はぼんやりと私を見たまま、何も答えなくなった。

 私は心に降り積もった恨みを吐き出すように、静かな声で言った。


「お前はおどれほどのことをしでかしたのか、わかってないわ」


「……」


「……いずれわかるでしょうよ。そのときになっても、もう何もできないでしょうが」


「……どうでもいい」


 男は言葉通り、心底どうでもよさそうな顔をしていた。

 じいっと私を見つめたまま。

 この男は一体なんなのだろうか。

 まるで人形のように感情が薄く、思惑の掴めない男。

 おまけにバカ強い。

 百年以上生きた幻獣であるこの私を、たった一振りの剣でなぎ払ってしまったのだから。


「おろかもの」


 私は吐き捨てるようにそう言って、目をつぶった。

 

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