第10話 炎術師〈リヒャルト〉


 扉が勢いよく開いて、息を切らしたアイーシャが戻ってきた。


「結果は……?」


 俺が尋ねると、アイーシャは息を整えてから返答した。


「はぁ……はぁ……。合格です! 今日の夜、実技の資格試験を受けていただきます」

「おおー。やった」


 入社試験でいえば、履歴書審査は通過したってところかな?

 俺たちはそのまま連れ立って『宣託石の間』から出ると、ロビーに戻った。


「実技の試験は夜の七時からです。時間になったら、またここにいらしてください。では!」


 そう言い残すと、アイーシャは書類を持って足早に奥に消えてしまった。


「ああ……。試験の詳細を聞こうと思ったのに」

『夜の七時か~。暇だね』

「まぁな。とりあえず、試験について情報収集でもするか」


 七時まであと三時間以上ある。

 俺はギルドのロビーを見渡して、声をかけられそうな冒険者を探した。

 早速、ロビーの掲示板を眺めていた剣士に声掛けを試みる。

 うーむ。なんかこう言うのめちゃめちゃ苦手だ。昔っからそうだけどさ。


「あのー。すんません」


 恐る恐る呼ぶと、戦士は無言で俺の方を見た。

 隣に立ってみると、甲冑の威圧感て凄いんだな。こりゃ日本にいたら分からん感覚だ。

 気おされかけた俺だが、果敢に質問をぶつけてみた。


「俺、今から冒険者の資格試験? を受けるんだけど、どういう内容なのかな?」

「…………新米に構ってるほど暇ではない。他を当たれ」


 冷たく言い放ち、再び腕を組んで掲示板に向き直る剣士。

 いや、360度どこから見ても暇そうですけどアンタ。


「……すんませんでした」


 すごすごと立ち去る。

 すると、横から誰かがぶつかってきた。


「おわっ」

「アウチッ! コレは失礼~!」


 たたらを踏みながら振り返ると、真っ赤なローブに身を包んだ魔術師風の男だった。

 背は高く、ウェーブした長い金髪に整った顔立ち。

 余裕を浮かべた表情も、いかにも強そうな感じだ。

 鼻歌交じりに立ち去ろうとする男に、俺は声をかけた。


「あ、ちょっとすいません……!」

「ホヮット? どうしたんだい? ベイビーフェイス」


 まるでオペラかミュージカルのような仕草と抑揚で振り返る男。

 あれ? ヤバイ人かコレ?


「俺、今日、冒険者の試験を受けるんだけど、どういう事やるのか知らなくて……!」


 俺が言うと、男は『バーン!』と両腕を広げた。


「マーヴェラス! 新人さんだね!? ようこそ、冒険者の世界へ! おっと、まだ試験はパッス出来てないんだったね。わたくしは炎術師のリヒャルト! 以後よくお見知りおきを」


 うやうやしく頭を下げて最敬礼をするリヒャルト。


「あ、ども……」

「今日がテストかい!? テストは、現役冒険者との手合わせだよ! スパーリング! わたくしがテストを受けたのはロングローングアゴーだから、変わっているかも知れないがね!」

「手合わせって……戦うの!?」

「イグザクトゥリー(その通りでございます)! まぁ、100%勝てるわけ無いから、先輩の胸を借りるつもりでファイトすればいいのさ! 現役に『こいつなら冒険者としてなんとかやっていけるだろう』と思わせれば、ユーガッチャ! 合格さ!」


 リヒャルトがくるくると回転しながら教えてくれる。

 頼むから普通に喋ってくれ。


「本来なら、戦闘のコツやスキルの使い方についてレッスンしたいところだが、あいにくわたくしはメッチャ忙しいナウでね! もし聞きたかったら、大通りにある『百年の祝杯亭』に行くとソーグッド! 早めに依頼を終えた冒険者たちが、そろそろ集まりだすからね!」

「『百年の祝杯亭』……。色々とすみません、忙しいのに。ありがとう!」

「マーヴェラス! 良いスマイルだね! こちらこそありがとう! では、アディオス!」


 リヒャルトは、疾風のように消えていった。


『なんか凄い人だったねー』

「あ、ああ……。冒険者って、やっぱ変わり者が多いのか? 急に不安になってきた……」


 俺は冒険者ギルドを出ると、通行人に『百年の祝杯亭』の場所を聞いてそちらに向かった。

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