第11話 酒が入ると気が大きくなる


 『百年の祝杯亭』は大きな酒場で、全部で百席以上はあるだろうか。

 俺が足を踏み入れたときには、すでに店内のいたるところで冒険者たちが酒を酌み交わしていた。


『ほー。酒場っていうのは、いつの時代も変わらないね』

「そうかもな。ある意味、俺のいた世界も同じようなもんだ」


 俺がきょろきょろと店内を見回していると、


「飲むんなら早く席につきな! 忙しいんだから!」


 女将さんらしき肝っ玉姉さんにどやされた。

 ジョッキを片手に四つずつ持っている。

 俺より腕太いんじゃないか、あの人……。

 俺は恐る恐るカウンター席についた。すかさずカウンターの中から声をかけられる。


「よう。何にする?」


 こちらもガタイの良い兄さんだ。


「あ、すんません。えっとメニューは……」


 俺が慌ててメニューを探していると、その兄さんが軽く吹き出した。


「うちぁ高級なレストランじゃねぇんだ。メニューは置いてねぇよ。うちのカミさんにどやされたんだろ? 安心しな、とって食やしねぇから」


 そう笑って俺の肩を大きな手で叩いた。

 よかった。何だかいい人そうだ。


「ごめん。俺、実は一文無しなんだ……」

「はあ!? 一文無しで酒場に来たのかよ? どういうわけだい?」


 話してみると、どうやら兄さんはここのマスターらしい。

 俺は彼に現在の境遇を話してみた。当然、異世界から来たことやリヴィアの事は隠しているが。


「なるほどねぇ。新米冒険者か……。よし! 一杯奢ってやるよ! 出世払いでいいぜ!」

「……! ありがとう……!」


 何だかんだ、俺はこの世界に来てから沢山の善意に守られている気がする。

 俺はマスターのオススメどおり『レッジェーロ・エール』を頼んでみることにした。

 エールということなので、ビール系の飲料だろう。

 俺はかつて東京の居酒屋で飲んでいたキンキンに冷えた生ビールを思い出したが、まぁこの世界では期待するべくもない。


「ほいよ! こいつが名物『レッジェーロ・エール』だ!」


 しかし、俺の前に置かれた錫製のジョッキは表面が凍るほどに冷えていた。


「ふふふ。特殊な魔術を施してあってな。おっと、これ以上は企業秘密だぜ?」


 なるほど、魔術はある意味電気と同じくらい万能かも知れない。

 そもそもこうなると、科学と魔術の差ってなんだ?

 ま、いいか。


「さ、グーっといきな!」

「ああ」


 ジョッキを傾けた。

 キンキンに冷えた炭酸が喉を刺激する。

 アルコール度数が比較的高いのか、空っぽの胃が火照るような感覚だ。

 これは、飲みすぎるとヤバイな。酒に酔うと、いつもろくなことが起きない。

 大きな一口を飲み下して、俺は「ぷはぁ」と息をついた。美味い。


「良い飲みっぷりだぜ、新米! じゃあ、情報収集頑張れよ!」


 マスターはそう言うと店の作業に戻っていった。


「……さて」


 俺はエールをもう一口煽ると、店の真ん中の丸テーブルを囲んでいる冒険者パーティへと近づいていった。


「あの、すいません。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「あん?」


 一人の男が俺を振り返る。

 パーティの人数は四人。一人は女性だ。


「何だこいつ?」


 振り返った男は軽装の胸当てをつけた戦士――いや、むしろ盗賊と言った感じか。

 態度が悪い。うーむ、声を掛ける相手をいきなり間違えたか。

 すると、奥のチェーンメイルの剣士が穏やかな声を上げた。


「我々に何か用かな?」


 よかった。こっちは話が通じそうだ。


「実は、今日の夜に冒険者の資格試験を受けるんだけど、先輩方に何かアドバイスを貰えないかと思って」


 俺はあらかじめ用意していたセリフを淀み無く喋った。


「なるほど、新人くんか。すまないが、公平を期すためそういった質問には――」


 剣士の話を盗賊の下品な笑い声が遮った。


「ギャハハハハ! おい、こいつ〈レベル1〉だぜ! しかも召喚師!」


 こいつ……〈観察〉したのか! 油断ならない奴だ。

 俺もこっそりと観察し返す。

 バレたとしても、相手から勝手に〈観察〉してきたんだ、お互い様だろう。


【? Lv:16

 HP:178/178

 マナ:0/0

 AP:45/45

 ジョブ:軽戦士

 スキル:短剣術 45 体術 39 隠れ身 27 窃盗 23 観察 18

 装備品:アイアンナイフ 革の胸当て】


 レベル16……。だいぶ格上の相手だ。

 特に反応が無いところを見ると、〈観察〉は成功したらしい。


「おい、やめないか。失礼だぞ」


 剣士が咎めても盗賊は口を閉じない。


「アドバイスもクソもねぇよ! ぶっ殺される前に、ママんとこに帰ったほうが良いぜ。坊や! なぁ!?」


 黙っているもう一人の冒険者に話を振るが、その男は我関せずといった様子で肩をすくめるだけだった。


『なーんかムカつくねー。この男。0.5秒でバラバラに出来るけど、どうする?』


 リヴィアが剣呑な声音で呟く。


「やめなさいよ、キール」


 女性の魔術師が見かねたように席を立った。

 純白のローブを着た優しそうな女性だ。

 見ているだけで心が落ち着くような雰囲気。慈愛の女神像が動き出したらこんな具合かもしれない。

 女性は俺の横に来ると、


「ごめんなさい、うちの仲間が。あなたに大地母神の加護がありますように」


 盗賊――キールの代わりに頭を下げ、目を閉じて俺の頭に掌を掲げた。

 それがキールの野次に油を注ぐ。


「ギャーハハハ! オンナに慰められてよかったでちゅねー! おっぱいも吸わせてもらったらどうだ!? マールなら、よく出そうだぜ!」

「おい、キール! 酔っ払い過ぎだぞ!」


 剣士が思わず立ち上がる。

 が、その前に俺が動いていた。

 俺は手に持っていたジョッキを一気に飲み干すと、テーブルに叩きつけた。


「いい加減にしろよ。ゲス野郎」

「んだぁ? てめぇ。やんのか?」


 キールのこめかみに青筋が浮かぶ。

 おろ? 視界が少しぐにゃぐにゃしてるな。

 あー。俺、酔っ払ってるのか。マズイなー。

 酔ったとき独特の、冷静な思考とそれに反する思考が混濁していく感じ。


『いいぞー! やっちゃえやっちゃえ!』


 リヴィアの声が意識の遠くから聴こえる。


「表に出なよ。ここじゃ店に迷惑だ」

「召喚師ごときが上等じゃねぇか。試験の前に俺がぶっ殺してやるよ……」


 キールが立ち上がる。


「新人君、よすんだ。悪いことは――」


 剣士が制止するのを、キールが遮る。


「うるせぇ! すっこんでな! これぁ俺とこのクソ野郎の問題だ。おい、来な」


 キールが凄みのある声でそう言って店の外に向かう。


「新人さん。駄目ですよ。本当に殺されてしまいます」


 マールが瞳をうるませながら俺の袖を掴んで止める。

 俺はその手を優しく離すと、


「せっかく俺なんかに優しくしてくれたのに、キミが馬鹿にされたままじゃ死んでも死ねないよ」

『おー、カッコいい。どうしたの? 悪いものでも食べた?』

「ちょっと酔っ払ってるだけだ」


 リヴィアに小声で返すと、キールの後を追った。

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