第7話 下手すると討伐対象になるらしい


 召喚師用の『マジック・バインダー』は、店の一番奥で埃を被って積まれていた。

 コルネットが埃を吹き払って手近なテーブルの上に並べた。


「すみませんね。召喚師のお客さんなんて数年以上ぶりなもので」


 そこで俺は、一つ核心を突く質問をしてみた。ずっと気になっていた事だ。


「あの、一つ聞きたいんだけど……。俺みたいな召喚師って、あれなのかな……その……弱い? というか、冒険者には向いてない的な……?」

「いえ、弱くも向いてなくもないはずですよ。……本来なら」


 コルネットが言葉を濁すように言った。


「本来なら……?」


 俺が後を促すように尋ねると、コルネットはマジック・バインダーの革の表紙を撫でながら言葉を続けた。


「かつて、『古代魔帝国時代』と言われる頃の召喚師は、いわゆる〈神獣〉や〈幻獣〉といわれるクラスの召喚獣を使役して、他ジョブの追随を許さない恐るべき戦力を誇っていました……。しかし、帝国の滅亡と同時に強力な召喚獣たちは世界中に封印され、数千年経った今では存在は歴史の彼方に消え、その契約方法すら謎に包まれているのです。なので、現代の召喚師は低レベルなモンスター……〈魔獣〉を使役するしか無く、他のジョブと比べるとどうしても戦力の差が生まれているのが現状です。今となっては、召喚師を志す冒険者などゼロに等しいですよ」

「そうだったのか……」


 俺がそう言って考え込むと、コルネットはこちらを元気づけるように、


「個人的にはとても好きなジョブなんですけどね」


 と言って微笑んだ。

 まぁ、不遇ジョブだったというのは想像の範囲内だ。

 俺が考え込んでいたのは、そこではない。

 その『恐るべき戦力を誇っていた〈神獣〉』とやらを、俺が多分持ってしまっているということについてだった。

 俺は恐る恐るコルネットに聞いてた。


「例えば……例えばだぞ。その〈神獣〉とやらを手に入れた召喚師が万が一現れたとしたら、どうなる……?」

「ありえないことなので予測になりますが……。〈神獣〉の力は天災以上の規模と伝えられていますから、とりあえず『国家甚大災害指定クラス4』として討伐対象になるでしょうね」

「と、討伐!?」

「いえいえ、もしもの話ですよ。まさか、そんなことが起こるはずもありませんからね」


 ころころと笑うコルネットだったが、顔面を蒼白にする俺を見て怪訝そうな顔をした。


「……? どうしました?」

「い、いや……なんでもない」


 これは、ヤバイことになった。

 今後、どうあってもリヴィアの正体は隠さなければならないかも知れない。

 すると、リヴィアの声が脳内に響いてきた。


『討伐だって! ぷぷっ。コージ大変だなー』

「他人ごとかオイ!」


 突然大声を出した俺に驚いたコルネットが跳び上がる。


「び、びっくりした……! 何か怒らせるようなこといいましたか?」

「あ、いや、ごめんごめん。なんでもない」


 慌てて取り繕うと、『こほん』と咳払いして話を元の買い物の件に戻した。


「こちらこそ変な質問してごめんな。えーと、とりあえずその『マジック・バインダー』を一冊貰おうかな」

「あ、そうでしたね。手持ちの召喚獣は何体ですか? それによって価格帯が変わってきますが……」


 コルネットに言われて、俺は気まずい気持ちで後頭部を掻いた。


「そのー……。一体だけなんだ」

「なるほど。では、この一番安価なバインダーで事足りそうですね」


 そう言ってコルネットが提示したのは、それでも重厚な革張りの高級感あるものだった。

 黒革に流麗な箔押しがされた装丁。

 ページ数は6ページほどか。ちょうど高級レストランのメニューのようだ。

 1ページにつき、四箇所のカードスロットが付いている。


「えーと、値段は……1万ガルドですね。あと、このバインダーホルダーもあったほうがいいですよ。こちらは2千ガルドです」


 そう言って出してきたのは、銃のホルスターのようにバインダーを腰に装着できる革製の器具だ。


「合わせて1万2千ガルドですね」

「う、結構するな」

「魔術用品はすべて高価ですから……。使い捨てのスクロールでも、この合計の十倍近い値段の物もありますからね」


 そういうものなのなら仕方ない……。

 俺はなけなしの1万2千ガルドをコルネットに支払い、召喚師の必携アイテム『マジック・バインダー』とそのホルダーを手に入れた。

 支払いをして、ホルダーとバインダーを腰に装備させてもらう。

 おお。安定感もあって、これなら激しい動きをしても大丈夫そうだ。

 俺は礼を言うと、『コルネット魔術用品店』を出た。

 所持金、残り5千ガルド。



 俺は大通りまで戻った後、コルネットに〈マジック・バインダー〉の使い方を聞くのを忘れていた事に気がついた。


「しまったな。普通のカードファイルみたいに袋状になってたりするわけじゃないし……」


 バインダー片手にうろついていると、大通り沿いの公園に差し掛かった。

 ここなら人目につかずに色々と試せるかも知れない。

 俺は公園の手頃な樹の下に向かうと、懐からカードを取り出した。

 バインダーのカードスロットにはうっすらと魔法陣が描かれている。

 ひとまずカードをそこに添えてみた。

 すると、磁石のようにカードがバインダーに吸い付く。


「おお、すごい。こりゃ便利」


 取り出す時も、掌を添えると磁石が反発したように戻ってくる。

 これなら、戦闘時でも咄嗟にカードを取り出せるはずだ。

 そうだ、リヴィアを出しとくか。

 俺は近くに人がいないのを確認してから、リヴィアのカードを手に取った。


「来い! 【リヴァイアサン】!」


 今朝召喚したのと同じようにカードを投げると、光とともに眼の前にリヴィアが現れ――――無い。


「……あれ?」


 その瞬間、急激に空を雷鳴が引き裂いた。


「うわっ! なんだ!?」


 空は緞帳のような暗雲に覆われ、バケツを引っくり返したような雷雨が街を襲う。

 天地をひっくり返さんばかりの暴風が巻き起こった。


「まさか、あいつ〈海神〉状態!? やばいやばいやばい!! 『戻れ』! もどれって!」


 必死に空に手を向けて念じると、上空から『ひゅーん』とカードが手の中に戻ってきた。

 同時に、荒れ狂っていた天候もまるで嘘だったかのように元の晴天に戻る。

 俺は全身を雨と冷や汗でびしょびしょにしながらカードをスロットに戻すと、草の上に倒れ込んだ。


『あー……。はっは。ごめん。なんか寝ぼけてた。寝起き悪いんだよね』

「そういう問題かバカ……」


 下手したら、街が一つ消えてたかも知れない。

 俺は今後に色濃い不安を覚えつつ、どっと疲れた身体に鞭打って立ち上がった。

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